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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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44/65

才色兼備は追いつきたい

 真宵は屋台の店主と会話を交わしてから、かつお節が踊るひと舟のたこ焼きを手に、索理の元へと戻ってきた。


 その頬が持ち上がった表情に、さっきまでの一歩引いたような雰囲気は感じられない。正真正銘、真宵がこの夏祭りの一員になった瞬間に思えた。


「少し話しただけなのだが、なぜかおまけまでもらってしまったぞ。割高な出店が多い中で、なかなか気前のいい店もあるのだな」


 真宵が爪楊枝でひとつ、たこ焼きを持ち上げる。こちらにまでソースの焦げる香りが漂ってきて、散々祭りを堪能したはずの索理の口内に、またしても唾液が湧きだした。


 索理の目が自分の手元に向いていることに気付いてか、真宵はやや控えめな声で尋ねてくる。


「あれだけ食べていて限界に達していないのが恐ろしいのだが……やはり索理はそんな見た目をしていても男の子なのだな。まだ食べられるのなら、ひとつ食べてみるか?」


「いいの?」


「元々は索理がお金を出してくれたものだ。物欲しそうな目を向けられて断るわけにもいくまい。幸い、あの店主がくれた心意気もあることだしな」


「真宵の分を強奪するつもりだったわけじゃ……もらえるものならもらうけど」


 紙皿の舟ごと受け取ろうとするが、そこで気付いた。


 索理の手はさっき購入したりんご飴とケバブで埋まっている。たこ焼きを受け取るにはどちらかを消化する必要があるが、りんご飴はまだ肝心のりんごに到達してすらいないし、具材がはみ出すほどに挟み込まれたケバブに至っては、口をつけてすらいない。どちらも時間がかかりそうで、待っているうちにせっかくの出来たてが冷めてしまいそうだ。


「これはあれだな。私があーんしてやらなくては、索理はたこ焼きにありつくことはできないわけだ」


「うーん、そうみたいだね。悪いけどお願いしていい?」


「もちろんだ」


 真宵は真ん中あたりに鎮座するたこ焼きを突き刺し、索理の顔に近付けてくる。それに応えるように、索理はあーん、と口を開け、熱々の感触を待っていた。


 口に入る前から空気を伝い、温かさと食欲を誘う香ばしい香りが届く。待ちきれないと言うように、索理は身を乗り出した。


 そして、湯気をあげる小麦色の球体が、真宵の手によって索理の口に放り込まれ──


「……いや、ちょっと待て」


「あぐっ」


 ──なかった。


 真宵がいきなり爪楊枝を引っ込めたせいで、索理のファーストバイトは空振りに終わった。


 当の真宵はというと、差し出しかけたたこ焼きを見つめ、何やら考えを巡らせている様子だった。


「な、なぜにおあずけ……お手とかした方がいい? 両手空いてないんだけど」


「おお、それはかなり魅力的だな。今度犬耳と首輪でも用意しておこう」


「思いっきり冗談なんだけど……なんかガチっぽい感じで言うのやめてね? 渡されてもつけないからね?」


 妙に迫真の反応を見せる真宵から、索理は少し距離をとった。


「えーと、それで結局のところ、たこ焼きはボクの口には入らないのかな?」


「いや、そういうつもりではないのだが……あむっ」


「あっ!」


 何を思ってか、真宵は索理が食べるはずだったたこ焼きを自分の口に放り込んだ。爪楊枝についたソースまで逃さないよう、唇をすぼめている。


 当然、彼女の口から出てきた爪楊枝の先からは、たこ焼きは消えていた。


「ほっ、はっ、熱っ……だが、うむ。やはり出来たては格別だな。外はカリカリ、中はトロトロだ。タコも大きくて歯ごたえがあるし、いいアクセントになっている」


「あのー、真宵さん? ボクがもらうはずだった分を横取りして、お次は食レポですか? どうしてボクからたこ焼きを取り上げておいて、もっと食べたくなるようなことを言うのかな? またいつものイタズラなの?」


「ああ、すまない。そんな意地悪をするつもりはなかった。次はちゃんと索理に食べさせてやる」


「それならいいけど……」


 索理はねじ曲がりかけた機嫌を直し、再度真宵に向き直った。


 自分の口に入った分が相当熱かったのか、真宵は持ち上げたたこ焼きに自分の息をふーふーと吹きかける。


「さて、待たせたな索理。あーん、だ」


「あーん」


 真宵の声に合わせて口を開けると、今度こそ念願のたこ焼きが索理の舌に乗せられた。


 遠慮なく嚙み切ると、中からクリーミーな食感が一気に溢れ出す。真宵がある程度冷ましてくれたが、彼女の息が外側の皮を貫通して届くはずもなく、出来たての温度が索理の口内を直撃した。口の中を焼き尽くされるような錯覚に襲われながらも、塩味と酸味のバランスが絶妙なソースに舌鼓を打つ。


「はふはふ……うん、これは確かに、一個だけじゃ足りないくらい美味しいかも。ボクも買ってこようかな」


 まだ食べるつもりなのか。せめて持ち帰り用のパックに入れてもらったらどうだ。そんな真宵のツッコミ待ちの軽口を言ってみるが、


「……ひひ」


 彼女は何故か、爪楊枝の先を一心不乱に見つめていた。その口元は三日月型に吊り上がっている。


「追いついた、追いついたぞ藍……これで私も相互間接キスの仲間入りだ……咄嗟に思いついたが、我ながらなかなかいい考えだった。それに藍とはいつも弁当をシェアしているわけで、ふーふーの経験などあるまい。私の肺を通った空気が触れたモノを索理が口に入れる……これはある意味、間接キスを超えていると言っても過言ではないのではないか……?」


「……真宵?」


「なんでもないぞ」


 索理が尋ねてみれば一転、真宵はケロリといつもの表情に戻り、自分も同じ爪楊枝で次の一個に取り掛かる。


(一瞬、なにかおかしな真宵が見えた気がしたけど……気のせいかな)


 深追いすれば何か触れてはいけないものに行きついてしまいそうな気がして、索理はそれ以上の追及を避けた。


 行き交う人の流れから外れ、立ち止まってたこ焼きを堪能する二人。そんな二人に、声が投げかけられた。


「あっ! もしかしてセンパイ? 真宵センパイじゃないですか!?」


 Tシャツにホットパンツ、スポーツキャップのラフな姿。


 いつもの真宵とよく似たポニーテールの少女が、ちょうど最後のたこ焼きに手を付けようとしていた真宵に向かって、猛ダッシュで迫ろうとしていた。

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