女装男子と夏祭り
「……っていうことがあってさぁ」
「私が部活で参加できなかった裏で、そんな面白そうなことがあったのか」
「面白くなんかないよ……配信なんかしたことなかったのに、いきなり不特定多数の前で恥かいたんだよ……」
真宵と二人、そんな話をしながら夜道を歩く。普段の真宵ならばすたすたと足早に歩くところなのだが、今日の彼女は違う。一歩一歩を確かめるように、ゆっくりと足を踏み出す。
というのも、今日の真宵の足を包んでいるのは、履き慣れたスニーカーではない。深紅の可愛らしい鼻緒が結ばれた下駄だ。
となれば当然、服装も下駄に合わせたものとなるわけで──
「ところで、私の浴衣は似合っているだろうか? 鏡を見ながら自分で着付けたのだが、いかんせん不慣れでな、上手くできているか分からない」
「ばっちり大丈夫。真宵みたいなスラッとした美人が浴衣姿だと絵になるよね」
「そ、そうか……ぐぬぬ、索理は相変わらず、そういうことを臆せずに言う……悪い気はしないが……」
真宵が頬を染めて小さく呟く。
彼女が身に着けているのは、紺色をベースに、ところどころに金魚の柄があしらわれた浴衣だ。夜闇に紛れるような出で立ちの中、金魚だけが無邪気に泳ぎ回っているような印象を受ける。真宵の実直さと、いたずらっぽいところがそのまま浴衣になったように感じた。
普段はポニーテールに括っている髪は、浴衣に合うように後頭部で編み込まれ、簪によってコンパクトにまとめられている。普段は見えないうなじが惜しげもなく晒されていて、索理は見てはいけないものを見ている気分になり、そわそわと視線を彷徨わせた。
「ところで、索理は妹さんに着付けてもらったのだろ? ファッション関係に詳しいと聞いている」
「ああ、うん。浴衣自体、見繕ってくれたのも妹だしね。夏に一回か二回しか着る機会ないのに、毎年勝手に新しいの買ってくるんだよなぁ」
「妹さんのセンスもあるのだろうが、よく似合っているよ」
真宵が指し示してくる先は、透き通った薄青色の中、きれいな朝顔が咲き誇っている索理の浴衣。水色に花びらの、などとどこかで聞いた気もする。相性の良さはお墨付きというわけだ。もちろん、索理が履いているのも下駄だ。
真宵のように髪型も変えられたらよかったのだが、残念ながら索理の髪は自前のものではない。アレンジ自体は可能なものの、傷みやすくなるという欠点もある。そういった理由から、前髪をピンで留めるくらいの小さなイメチェンが精いっぱいだった。
二人で仲良く下駄を鳴らして歩く。その先には、この時間帯にしては珍しい大きな人だかりと、ぼんやりと夜闇を照らす屋台の光があった。
「見えてきたな。祭りを訪れるのは何年ぶりだろうか」
真宵の声は、いつになく弾んでいた。
近年の祭り屋台はバラエティに富んでいる。
わたあめやたこ焼きといった定番から、冷やしきゅうりにパンケーキといった色物まで。食べ物に限らなければ、くじ引きのラインナップにカードゲームの割合が増えたりと、昔ながらの伝統の中に、時代の流れを汲む層の参入を感じられる。
そんな出店を次々と渡り歩いていく索理。その両手と口は、ほとんどずっと埋まりっぱなしだった。
「おい、索理」
「ふぁに? ……にゅっ」
何の気なしに振り返った索理の膨らんだ頬に、真宵の人差し指が刺さる。危うく口の内容物を噴き出しそうになった。
いたずらの一環だったのだろうが、それが体よく成功しても、真宵の表情は浮かなかった。
「……少し食べすぎじゃないか?」
「もぐもぐ……ごくん。そお? せっかくのお祭りなんだし、いろいろ食べないと損かなって思ってさ。真宵こそ、さっきから見て回ってばかりだよね。あんまり楽しんでない?」
「そんなことはないぞ。だが、手持ちが少々苦しくてな。スーパーなどで手に入るものと比べてしまうと、屋台の売り物はどうしても高く見えてしまって、なかなか手が出ないんだ。この空気感を楽しむための対価だと、分かってはいるつもりなのだが」
「確かに、お祭り価格ってちょっと目が飛び出るくらいだよね。学生には厳しー」
「それだけ手当たり次第に食べていては説得力がないがな」
真宵の呆れた目線に対し、索理は右手の箸巻きを突きつけた。
「それがねぇ、さっき話した配信で手に入れた臨時収入があるから、この程度は痛くもかゆくもないんだよね。欲しい化粧品も手に入れちゃったし、あぶく銭すぎるから早く使い切っちゃいたい気持ちもある。というわけで、真宵も食べたいのがあったら遠慮なく言ってね?」
「む……」
索理の言葉に、真宵は眉間にしわを寄せる。真宵にとって嬉しくなるような提案をしたつもりだったのだが。
「どしたの? お腹痛くてあんまり食べられそうにない、とか?」
「いや、そういうわけではないのだが……」
真宵は視線を落とし、珍しく歯切れの悪い答え方をする。
「ほら……友人に奢ってもらうというのは、あまりいいこととは言えないだろう。そのお金は索理が稼いだものなのだろ? 私が食べるものを買わせるのは間違っている」
「そうかなぁ。もし真宵が逆の立場だったら、きっとボクに奢ってくれてたと思うけどね」
俯いた真宵の顔を覗き込むようにして、索理は混じりっ気のない笑顔を向けた。
「もし真宵のお財布に余裕があってお祭りを楽しんでる横で、お金のないボクが何も買わずに、まるで付き添いみたいに歩いてたら、どう思う?」
「索理の食べたいものの一つや二つ、私が買ってやるに決まっている。楽しさを共有できなければ、一緒に出掛けている意味が……あ」
「ほらね? だから遠慮しなくていいんだよ。数年ぶりのお祭りなんて、楽しまなきゃ損すぎるよ。それに真宵には、テスト前に赤点回避テキストを作ってきてもらった恩もあるしね」
「……そういうことなら、ありがたく相伴にあずかるとしよう」
真宵はおずおずと顔を上げると、近場にあったたこ焼きの屋台を指差した。控えめにねだるような視線を向けてくるその顔は、耳まで赤くなっていた。




