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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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42/65

女装と地雷と作戦大成功

「ぶぇぇぢがれだ……」


 あれからニ十分ほど。思いがけず、さくたんはとんでもない量の読み上げを担うことになった。配信が終わるや否や、ガサガサに成り果てた声を隠す余裕すらもなく、机の上に残っていたメイク道具をなぎ倒す勢いで倒れ込んだ。


 一人称で失言を仕掛けて以来、ぴんと張り続けていた緊張の糸。それが一気に緩んだことで、索理は文字通り、糸の切れた操り人形に成り果てていた。


 そんな索理の丸まった背中を、優しく撫でさする手があった。


「おつおつ。あの大収穫はさすがのあたしも予測できなかった。むしろあたしの配信の中でも、かなり上位に食い込むレベルだったんじゃねーか?」


 机に突っ伏した顔を向けてみれば、そこには一切疲れた様子のない未有がいる。それどころか、配信で見せていた笑顔の残滓なのか表情はイキイキとしているし、心なしかいつもよりテンションも高そうに見える。配信を始める前よりもツヤツヤとしている雰囲気すらもあった。だが、索理からすれば解せない話だ。


 話していた分量で言えば、どう甘く見積もっても索理が二に対して未有が八。キャンディチャットに関しても、露骨な煽りに対抗心を燃やしたまいんちゅが怒涛の連投を見せ、結果的にはさくたん宛てと同じくらいの数が届いていた。それらを慣れた様子で捌き切ってなお、このバイタリティを保っている。


 索理も未有も、学校生活で言葉を発することは多くない。その上でここまで差が出るとなると、もはや生まれ持った気質の違いとしか考えられなかった。


「まぁ、とりあえず男だってバレなかったみたいだし、よしとしようかな……」


「んあ? 夕木の顔見て一発で男だってわかるやつとかいねーだろ。メイク前ならともかくガッツリ地雷化してるし、ライブの画質で断定するとかほぼ不可能、って前提で配信出してるに決まってんだろ。見返されたら万が一、ってこともあるし、アーカイブは見られなくしとく」


「それは二重の意味でありがたい……」


 たった今生成された黒歴史が日の目を見ることなく闇に葬られると分かり、索理のどっと疲れた身体が僅かに弛緩する。


 未有は頬に小さな紅を見せつつ、ふらふらと視線を彷徨わせた。


「別に……お前にネットリテラシーだなんだ言われて、なんでもかんでも切り売りするのはよくねーかもと思っただけだ。困るのはあたしよりも夕木の方だし」


「そこはボクから見てお互い様以上な話だと思うけど。カリスマ地雷系女子が男と二人で配信とか、めちゃくちゃ炎上しそうな要素しかないし」


「燃えたら燃えたで構わねーよ。バズったらまだ見ぬ客にあたしの存在が知れ渡る。そうやって少しずつ、まいんちゃんはでっかくなってきた」


「もう少しやり方は選んだほうがいいと思うな……有料チャットを煽るのとか、多分いいやり方じゃないと思うし……」


 ちゃんとした知識があるわけではないが、確か大手の動画サイトでは、露骨に投げ銭を要求するようなパフォーマンスは規制対象だという話を見たことがある気がする。未有が利用していたのは聞いたことのないアプリだったが、同じようなルールがあったとしたら、注意を受けたりしてもおかしくない。


「あ、それで思い出した」


 だが当の未有は索理の心配などつゆ知らず、なにやらスマホを高速タップし始めた。


「夕木、ちょっと電卓アプリ開いて、あたしが今から言う数字を足してってくれ」


「電卓? いきなりどういうこと?」


「いいからいいから」


 意図は汲めないが、とりあえず言われた通りに電卓のアプリを起動する。


「えー願いましては……一〇〇〇円也、五〇〇円也、一二〇円也、五〇〇〇円也……一個飛ばして二〇〇〇円也、一〇〇〇〇円也──」


 次々と飛び出す数字を、言われるがままに指を動かして合計していく。


 二十個ほどの数字が読み上げられたのち、未有は「いくつになった?」と声を弾ませた。


「六一四二〇円になった……ねぇ、これって何なの?」


「何って、今の配信でお前が稼いだ金」


「え!?」


 驚きすぎて、声が思わず素に戻りそうになった。慌てて咳払いで取り繕う。


「き、気のせいかな……たった二時間足らず話してただけで、ろ、ろくまんえん……とか聞こえた気がしたんだけど……?」


「あたしも正直ちょっとびっくりしてる。でも何より、あたしがいない間にかました一発ギャグが相当ウケたらしいな。二人で話してる間もキャンディちょこちょこ来てたけど、あそこから急激に流れが来てる」


「読み上げてた感じだと、その後で慌ててたボクの反応が可愛かった、って人が大半だったみたいだけどね……って、そうじゃなくて!」


 索理はガバっと背筋を伸ばすと、未有に詰め寄った。


「少し喋っただけで六万円とか……さすがにあり得なさすぎる。近くのコンビニの時給知ってる? 一時間働いて千円とちょっとだよ?」


「その辺が配信業のアツいところだよな。バズって人気配信者になれば、普通に働くよりずっと簡単に金がもらえるし、熱心な信者に貢いでもらえたりする。まぁその分配信サイト側に徴税されるわけなんだが……つーわけで、ほれ」


 未有は持参していたトートバッグから財布を取り出し、そこから四枚の紙幣を抜いた。全てが一万円札だ。


 一体どうするつもりなのかと訝しげに見ていると、その四枚は全て、索理に向けて差し出された。


「……これは?」


「だから、お前が配信で稼いだ分。送られたキャンディチャットの中から、お前宛てっぽいのを抜き出して合計した金額だよ。配信サイトが三割ぐらい持ってくから、その分は差し引かせてもらってるが」


「いやいやいや、受け取れないよ! 黒河さんからお金とか!」


「あたし宛ての分も含めて、あとであたしの口座に振り込まれるから問題ない。むしろお前が受け取るのが筋ってもんだろ。出演料だと思ってとっとけ」


「でも!」


「大体な、思い出してもみろ。あたしが配信しようって言い出したきっかけはなんだった?」


「配信が鮮烈すぎてもう記憶の彼方だけど、確か……手っ取り早く稼げる、とか言ってたっけ?」


「そ。配信の投げ銭で手っ取り早く稼ごう大作戦。そして作戦は見事、大成功に終わったわけだ。それだけありゃ夏休み遊び倒せるし、メイク道具もある程度揃えられるだろ?」


「それはそうかもしれないけど……」


 ひらひらと揺らされる四人の渋沢を前に、索理はなおも言い淀むしかない。クラスメイトから高額のお金を渡されるという違和感と、その金額に見合うだけのことをした覚えがないという罪悪感。二つの巨大な壁が、索理の前に佇んでいる。


 だが、未有はそんな索理の葛藤などお構いなしに──


「お前が稼いだ金が財布に入ってる方が、あたしの居心地悪いんだよ。あたしの気分を良くするためだと思って、いいから黙って受け取っとけ」


 ──索理の服の襟をぐいっと引っ張り、持っていた紙幣を強引に捻じ込んだ。

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