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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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41/65

女装男子とキャンディチャット

 さくたんが一世一代、渾身の一発ギャグを披露した、その直後。


「わり、遅くなっちまったー」


 まいんちゃんが部屋に踏み込んできた直後、さくたんは配信を見ている視聴者を前に、石像のごとく固まった姿を晒していた。


(滑った……完膚なきまでに滑り倒した……)


 なによりも失敗だったのは、一人配信になったタイミングでギャグを披露したこと。


 一発ギャグというのは鮮度が命だ。笑うにしろツッコむにしろ、隣で即座に反応してくれる観客が必要になる。


 にも拘わらず、よりによってさくたんは、画面の前の視聴者を相手にそれをかましてしまった。コメントを打ち込むにしても時間がかかり、すぐにレスポンスが返ってくるはずもない。そこに生まれた空隙を埋めるのは冷たい沈黙だけ。さくたんは部屋の温度が一瞬で下がっていくような錯覚に襲われた。


 心まで冷え切ったさくたんは、人肌のぬくもりを求めてまいんちゃんに縋りついた。


「たすけてまいん様……ボクにはお笑い芸人なんて無理だったんだ……」


「席外してたのほんの数分だぞ。あてしがいない間に何があったんだよ……なぁまいんちゅ、簡潔に三行で頼むー」


 床にへたり込んださくたんの情けない姿に半眼を向けつつ、まいんちゃんは再びスマホの前に陣取り、コメント欄を追いはじめた。


「えーとなになに……ってうおわ! おい、何があったんだこれ」


 直後、血相を変えたまいんちゃんが、今にも泣き崩れそうなさくたんの両肩を揺さぶってきた。されるがまま、首から上が縦横無尽に舞い踊る。


「ぎ、ぎぶ……キモチワルイ」


「あ。悪い」


 必死のタップで揺さぶる動きこそ収まったが、ものすごい握力が肩にかかっていることは変わらない。


 配信の空気をぶち壊しにしてしまったことを怒っているのだろう、と、シェイクされてまだぼんやりとしている頭を垂れた。


「ごめん、配信の空気冷やしちゃって……ボクがテンパって余計なことしたんだよ……視聴者ゼロにでもなってた……?」


「いや真逆だって。いいからコレ見ろ」


「い、いやだぁ、見たくない! これ以上恥を晒すくらいなら死んでやる! 舌でもなんでも嚙み切ってやるぞー!」


「いいからっ、ほらっ、こっち来いって言ってんだろ!」


 できる限りの力で抗うさくたんなのだが、それ以上にまいんちゃんが身体を引っ張る力の方が強力だった。じわりとプライドに傷をつけられつつも、抵抗むなしく、さくたんは配信の画面内に戻される。


 継続的に肩に力を込められていて、その場から逃げ出すことはできそうになかった。最後の抵抗として瞼を閉じ、哀れな自分の姿だけは目に入らないようにする。慈悲の欠片もない仕打ちだ。完全に滑ったあとの芸人が再登壇させられるなど、罰ゲーム以外の何物でもない。


「ぐぬぬぬ……これが世に聞く羞恥プレイか……」


「なーに言ってんの! そんなことより、いいからココ見るんだって! このカラフルなとこ!」


「カラフル……?」


 薄目を開けて見てみれば、まいんちゃんの言う通り、コメント欄がやけに賑やかだった。単純に縦に流れていくばかりだった文字列が連続していたそこに、何やらアソートキャンディのようなアイコンが並んでいる。赤、緑、黄色など、色自体はさまざまだ。


「これなに……?」


「さくたんは配信とかあんま見ないタイプだっけか? つか、配信者側じゃないとあんま見ない画面か。ひとつタップしてみ」


「う、うん」


 言われるがまま、試しに緑色をしたアイコンに触れると、ポップアップウィンドウがコメント欄に被さって表示された。


「えーと……『まゆさん さくたんかわいすぎる ¥500』……なにこれ?」


「なにこれじゃない。まずはお礼」


「あ、ありがとうございます……?」


「合わせて名前も呼ぶ!」


「は、はいっ! ……まゆ、さん? ありがとうございます」


 これでいい? と伺う意図でまいんちゃんをチラリと伺うが、彼女は何故か真剣な顔で腕組をし、無言で顎をしゃくるだけだ。


(次のも読め、ってことかな……?)


 別のアイコン──今度は赤色にした──をタップする。


「『カクカクの鹿さん いいぞもっとやれ ¥10000』……カクカクの鹿さんも、どうもありがとうございます。……もっとやれって何を? それにさっきから、このお金マーク的なのは一体……?」


「キャンディチャット。この配信アプリにおける、いわゆるスパチャ的なやつだよ。配信を楽しんでくれてるまいんちゅのみんなが、さくたんの可愛さにメロっと来ちゃったんでしょ」


「あー、なんか聞いたことあるかも……って、ちょっと待って!」


 たった今開いたアイコン──キャンディチャットに、さくたんはびしっと人差し指を突きつける。その指先も、こわばった顔も、カタカタと小刻みに震えていた。


「じゃあこの人は、『いいぞもっとやれ』って送るためだけに一万円払ってるってこと!?」


「そ」


「なぜゆえ!?」


「配信ってそういう文化だしなー。さくたんの一発ギャグが相当ウケたんだろ。つか、普通は一発ギャグくらいでこんなにキャンディ来たりしねー。一体なにやった? 普段そんなキャラじゃねーじゃん?」


「死んでも言わない絶対に言わない」


「ちぇ。あとでアーカイブ見るか」


「テンパりすぎて自分でも意味わからなかったから、本当にやめてください……というかアーカイブも消してね……クレープ奢るから……」


 今すぐ五体投地でもしたい気分で、さくたんは本気で懇願する。あの隙間風が吹き抜けたような空気がいつまでもネットの海に残り続けるなど、考えただけで首でも吊りたくなってしまいそうだ。


 顔面蒼白のさくたんに対し、まいんちゃんは「つーわけで」と一拍。


「さくたん宛てのキャンディは、責任もって自分で全部読み上げること。普通は配信の最後とかにまとめてやったりするんだけど、そろそろ終わろうと思ってたし。てかお前ら、普段あてしにもそんなに投げないじゃん! あてしよりさくたんの方が好みか? あぁ?」


 眉間にしわを寄せ、画面に向かって中指を立てるまいんちゃん。煽りに応えるように、カラフルなアイコンがポコポコと増える。


 あんまりそういうやり方はよろしくないんじゃないかなぁ、と思いつつ、さくたんは渋々、キャンディチャットの読み上げ耐久に挑みかかる。


 そろそろ終わろうと思ってた、の言葉を嘘にでもしたいのか、わんこそばのごとく追加されていくキャンディチャット。終わりの見えない戦いに、さくたんは目が回りそうになった。

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