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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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40/65

女装男子はレアキャラ

「そんでぇ、この前写真上げたクレープあるじゃん? あそこマジ激うまで! ビジュとか気にする間もなく貪り尽くしたんだけど──『あのクッキーとクリームマシマシだったやつ?』、そうそれ! 途中までは楽しめてたんだけどさぁ、あてし調子に乗りすぎて、トッピングメガ盛りにしちゃったんよね。そのせいで食べきる前に限界来ちゃったんよ。わかるじゃん? 気持ちではまだまだ食べたいんだけど、甘みを身体が受け付けないあの感じ。『まいんたそ、それは年……ゲフンゲフン』、はぁー!? こちとらぴちぴちの十代なんだが!」


 生配信は続く。


 まいんちゃんのトークは無尽蔵の湯水のごとく溢れ、呼応するようにコメントがつく。それに対してまいんちゃんがさらにリアクションし、さらに話題が広がる、という形式を大まかに保ち、配信の雰囲気はどんどん盛り上がっていく。


 隣にいるさくたんまでもが時間を忘れてしまうほどには、そのひとときを共有している全員が、まいんちゃんから飛び出す軽快なトークに引き込まれ、夢中になっていた。


「──でさぁ、実はそのクレープ、さくたんと一緒に食べに行ったときのやつなんよ。さくたんはいちごのを食べてたんだけど、それもまた絶品だったみたいで! あてしも次はいちごにしよっかなって。ほら、『さくたんの食レポよろ』だってさ」


「えっと、そ、そうだなぁ……酸味とのバランスが絶妙に取れてて、甘すぎないから飽きずに食べられる感じだったよ。ボクは追加トッピングしてなかったんだけど、まいんちゃんの限界増量クレープがちょっとうらやましかったな」


 時々さくたんにも話が回って来るので、無難な答えでお茶を濁しておく。間接キスのことには触れず、微妙にフェイクを混ぜて話している様子から、彼女が場数を踏んでいることがさくたんにも分かった。


 数秒遅れて反応がやって来る。


 『ボク……?』、『さくたんボクっ娘なの!?』、『ギャップやばい! 意外とそんな感じなんだ?』などと、一人称に関するコメントが複数ついていた。


 途端、さくたんの背筋を悪寒が抜ける。


 (ヤバ、何も意識せずにいつも通りの口調で喋ってしまった……でも男だってバレたわけではなさそう……?)


 今まで静かにしていたおかげであまり注目されていなかったのだが、今の一言を皮切りに、コメント欄の話題は一気にさくたん一色になっていく。首元を伝う一筋の冷や汗を、カメラの解像度が映し出していなければいいのだが。


「『まいんちゃん、さくたんってリアルでもボクっ娘なの?』、そだね。出会った時からこんな感じ。『あざとくね?』、はぁ……お前はなーんにもわかってない。さくたんはボクっ娘界最かわのボクっ娘だからいいの。つか地雷メイクのボクっ娘とかレア中のレアキャラだぞー? まあこの場合、あてしが最レアキャラのさくたんを引き当てたってことになるのかな? うらやましいだろ、うらやましいんだろー! 正直になれよ、このこの」


「あ、あはは……」


 まいんちゃんがまくしたてる横で、さくたんは頬をかきながら愛想笑いで凌ぐ。コメントの波は少しずつ収まって、納得の空気が流れはじめているように感じられた。


(助かった、あのままだと追及されてもおかしくなかった……かわいいとかいろいろ言ってたけど、誤魔化してくれたんだろうな)


 胸を撫でおろしつつ、今後は少しのボロも出さないことを改めて心に誓う。


 そんな折、今まで足も崩さずに画面の向こうへ語り掛けていたまいんちゃんが、ふと腰を上げた。画角には彼女の細い脚を包む黒のニーソックスが映る。


「ごめ、ちょっとトイレ行ってくるー。さくたん、その間繋いどいて?」


「え、えええ!?」


「みんなさくたんのこと気になるってさ。いつも通り話してればいいから。よろー!」


 そんな言葉を残して、まいんちゃんは席を外した。がちゃり、とドアが閉まる音がして、さくたんは画面の前に一人取り残されることとなった。


(失言しかけた直後に放置とか、けっこうヤバいんじゃないかな!? さっきみたいに横で笑ってるだけが一番楽だったんだけど!)


 視線を彷徨わせて落ち着かない様子は、配信を見ている数百人──いや、たった今千人を超えた──が凝視している。


 いっそミュートでもしておこうかと思ったが、設定画面のどこを触ればいいのか分からない。下手に触ってクロマキーが解除されたりすれば、ここが男子の部屋であることが割れてしまうかもしれない。先の失言など話にならないくらいの、取り返しのつかないやらかしだ。


 不安な気持ちを縛り上げ、さくたんは画面の真ん中に座りなおした。


「ええと……なんだろ、何話したらいいのかな……そだ、コメント読もう……なになに」


 小さなスマホ画面をさらに分割しているので、コメント欄の文字はかなり小さめだ。顔を近づけ、まいんちゃんの手際を見本に読み上げていく。


「『さくたんやほー』、や、やほー? 『かわいいね、どんなパンツ履いてるの』、あなたは確か出禁になったはずでは……『さくたんって、まいんちゃんとどんな関係なの?』、まいんちゃんとは同い年で、ボクからお願いしてメイク教えてもらってるんだ」


 自然と一問一答になってしまう。話題を広げたり転換したり、まいんちゃんは上手にコメントを利用していたが、初心者のさくたんにはそんな器用さは備わっているはずもなく。


 まいんちゃんが温めた場をどうにか冷まさないように、とは思うのだが、一人きりで話していると不安感に駆られてしまう。自分が上手くやれているのか、それとも孤独に空転しているのか、よくわからなくなってくる。


 だがとにかく、今はコメントの力に頼るしかない。そう思いなおし、やや流れが穏やかになったコメント欄を見ると。


「ん? 『さくたんが近い』……近い? あっ」


 流れる文字ばかりに注目していて気付いていなかった。配信メイン画面のさくたんは今、かなりカメラに寄って顔がアップになってしまっている。慌ててのけ反り、カメラと距離を置く。


 近いということは、顔周りがよく見えてしまうということだ。


 骨格や喉仏はメイク技術でできる限り見せないようにしているとはいえ、確かにそこにあるものを隠すには限度がある。場合によってはウィッグと地毛の境目が映ってしまったりするかもしれない。


 画面に近付くのは危険だ。かと言ってバストアップが映り込む距離まで近づけば、次々に更新されていくコメント欄を追うことは難しくなる。


(ど、どうすれば……)


 唐突に襲い来る究極の二律背反。そして焦れば焦るほど、自分の頭から話題は何も出てこない。


 配信以前に、そもそも普段から会話する相手が少ない人間なのだ。まして会話の相手が文字で、しかもそれが満足に読み取れないとなれば、状況は困難を極める。


 ──こうなったら、もうアレしかない。


 今まで誰にも披露したことがないアレを、ついにお披露目するときが来たというべきか。


 さくたんは画面外で、強めに握った拳で膝を叩く。一度目を閉じて意識をリセットしてから、画面の奥まで見通すような真剣な眼差しを向け、告げた。


「……一発ギャグ、やります!」

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