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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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女装と地雷と生配信

 未有のスマホ画面は大きく三分割されていて、視聴者に向けて映し出している映像がそのまま表示されている右上部分と、その隣にはコメント欄。それらを支える土台のように、下部には視聴者数やコメント数を集計するカウンターや、音量調整や表示する背景などの設定画面がある。


 未有によって赤色のボタンが押し込まれた瞬間は、思いのほか静かなものだった。未有もそれを分かっているのか、今になって前髪の割れを直している。いわゆるゲリラ配信で、この時刻に始めることは告知していないのだから当然だ。唯一動きを見せる映像の中では、索理が不安そうな顔でこちらを見返していた。


 それでも十数秒もすれば、空っぽだったコメント欄に、ぽつぽつと書き込みが増え始める。


『こんにちはー』、『1コメ』、『まいんちゃん♡』、『会社のトイレからこんまいん』、『わこつ』、『こんまいんー初リアタイきちゃー!』……


 カウンターはみるみるうちに数を増やし、視聴者数もコメント数も、あっという間に三桁に到達した。


「わこつ……? こんまいん……?」


 索理が見慣れない言葉の並びに首を傾げる隣で、未有がおもむろに口を開く。


「あいあい、皆のもの、こんまいーん。こんな真っ昼間からあてしの配信来るとか、暇人ですかっての。……あ、こらそこ、『まいんたそも配信してるんだから暇でしょ』、とか言わなーい。これがあてしの仕事だっての」


「!?」


 ──あれ!? 黒河さんってこんな話し方だったっけ!? 声色もなんか変わってるし!


 軽く見積もって半オクターブは上がっている声のトーンや、普段の彼女からは考えられない軽快な口調。だがそれだけではない。画面の中の未有は、教室では絶対に見せないようなニタリとした笑顔を崩さない。目尻を下げて人懐っこい表情をしながら、それを維持したままで、一秒を待たずに更新されるコメント欄からいくつかをピックアップして反応していく。


「『お昼何食べた?』、そう言えばまだ食べてなーい。皆のものは何食べたん? え? 『まいんちゃんとリンクコーデするためにもやし生活です』、って、それはぴえんすぎてあてしが心配になるし。ちゃんと食べないと立派な地雷系になれんぞ? 『惣菜パン』、『コンビニ弁当』、『カップ麺』──君たちはもっと栄養偏らないもん食べな? 『まいんたそのリボン食べたい』……お前は永久に出禁。おい、乙女の秘密の花園におっさんが紛れ込んでるぞ殺せー?」


 その様子を横目に見ていて、索理はなんとなく理解した。


 今の彼女は、未有であって未有ではない。インターネットの世界で生きている『まいんちゃん@はたらきたくない』なのだ。


 キャラクターを作っていたり、演じていたりするわけではない。これは未有のもうひとつの顔だ。普段の無愛想で投げやりな口調の未有も彼女であり、配信を通して繋がっている視聴者とあざとく交流している姿も、また彼女なのだ。


 ならば今の彼女のことは、未有ではなくまいんちゃんと呼ぶべきなのだろう。


 索理が考えをまとめている間にも、未有改めまいんちゃんは一人でとめどなくしゃべり続けている。


「おっさんは焼却したかー? あてしたちの女子会に紛れ込んだユダはいないな? ……よーし皆のものよくやった。おっさん共は出禁か、それが嫌なら自我出さずにROMっとけって……あ? 『今日のぬいどこ』? ──あーそうだ、今日は出先なんよ。配信するか分からんかったからぬいはお留守番してて……だから悪い、また次回なー。『えー』、『ぬいも出禁』、だからごめんって。あーでもほら、代わりにほら、今日はスペシャルゲストがいてさ……」


「っ」


 まいんちゃんが索理の背をぽんぽんと叩く。直接の視線はないけれども、まいんちゃんに代わり、自分が注目の的になったのがわかった。


「あてしのインスタで顔見せしてるだろ? こちら、この前一緒にツーショ撮った『さくたん』! 念願のリアル地雷メイク仲間なんよ」


 ──さくたん!?


 思わず声に出そうになったのを、慌てて両手で抑え込む。何の打ち合わせもしていないのに、索理の配信内での名前はたった今『さくたん』に決定したらしい。


「ほらさくたん、まいんちゅに挨拶して」


「まいんちゅ……?」


 配信が始まってわずか数分だというのに、既に情報量が多すぎる。分からない単語も多数。


 索理の頭ではとてもではないが処理が追いつかず、もはやどうにでもなれ、と索理──改め、さくたんは意を決した。


「は……はじめましてーっ。さくたん、って言います。地雷メイクは始めたばかりで、ほとんど未……まいんちゃんの弟子みたいな感じなんだけど、仲間って言ってもらえて嬉しいです。みんなよろしくー……こ、こんな感じでいいですか?」


「さくたん堅いなぁー。みんなにもあてしにも敬語とかいいって、タメじゃんか。緊張してんの?」


「してるに決まってるよ! 配信とか初めてだし、いきなりだし!」


「とまぁ、さくたんはこういうのやったことないから、みんな優しくしてなー。ほら、『さくたんかわいい』、『好きかも』ってさ。あ? 『まいんたそより可愛い』だぁ? お前は出禁だっつってんだろー!」


 さくたんがガチガチに緊張しているのとはまるで裏返しに、まいんちゃんは軽快にトークを繰り広げていく。この場には二人だけしかいないのに、画面の向こうで笑いが起きているのが聞こえてくるようだ。


 配信に関しては、まいんちゃんが主となってトークの流れを作ってくれそうだ。さくたんは話を振られた時にだけ対応して、あとは隣でにこにこと笑っておけばいいだろう。


(とにかく……この配信で一番やっちゃいけないのは、ボクが男だってバレることだ)


 まいんちゃんとしての投稿内容を見た限りでは、彼女には男とは一切縁がない、リアルが孤独なネット依存の女の子というブランドイメージが染み付いているようだ。そこに突然男っ気が混じれば、間違いなくそのイメージは崩壊する。


 普段から声や仕草には細心の注意を払っている。まいんちゃん……ではなく未有と初めて話した日にもお墨付きをもらった。それでも、自分の一度のミスが彼女の積み上げてきたものを壊してしまう可能性だってある。


 と考えれば、どこまで慎重になってもやりすぎということはないだろう。


 次々とコメントを捌き続けるまいんちゃんを横目に、さくたんは密かに決意を固めるのだった。

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― 新着の感想 ―
意図的ならごめんなさい。 こちらのエピソード、るのだった。から始まっています。 感想 未有がもはや別人(笑) 新たなペルソナを垣間見て、心のオタカラが盗まれるところでした。
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