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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
二章

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37/65

幼馴染は穴を空けたい

 ピアッサーは一回きりの構造で、血液に触れる、という衛生的な観点からも、同じものを再使用することはできない。


 幸いにして、未有の鞄にはもう一つ、ピアッサーの予備が入っていた。もしかすると、最初から両耳に空けるつもりで持ってきていたのかもしれない。


 だが正直なところ、あの耳元でピアッサーが作動する瞬間をもう一度味わいたいとは思えない。


 痛みこそ少なかったとは言え、身体の一部を針が貫通するのだ。それも大仰な音を耳もとで響かせて。


 そしてその小さな凶器を、今度は藍が握っていた。


「こ、これをサクの耳に……目標をセンターに入れてスイッチ……」


「手が某パイロットくらい震えてるけど」


「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」


 完全に憑依されてしまった藍が、虚ろな目で手の中のピアッサーを見つめている。


「なぁ、やっぱあたしがやるか? やったことないんだろ。使い方によっては怪我に繋がる可能性もある。まっすぐ刺さらないと貫通しない場合もあるし」


「わ、わたしがやるから!」


 尻込みした様子を見かねた未有が声をかけるが、藍はそれを強い語気で突っぱねた。


「一応、空けられる側の意見も言わせていただくと……経験豊富そうな未有にしてもらえるほうが安心できるかも」


「サクはやっぱり未有ちゃんがいいんだ! この前はなんでもない相手みたいに言ってたのに!」


「気持ちじゃなくて技術的な話なんだけど……」


 下手をするとただの怪我で終わりかねない。ピアッサーはあくまで自己責任の代物だ。ちゃんとしたピアス穴を空けてもらうのなら、皮膚科にでもかかったほうがよっぽど安全で衛生的。


 それを、こんな不安定な状態の幼馴染に任せてしまっていいものだろうか。


「……だって、サクの初めては未有ちゃんに奪われちゃったんだもん」


 藍が人聞きの悪い言い回しでぼやく。


 いじけたように指をこね回す藍だったが、そこに真剣な声の横槍が入った。


「おい織部、そんな考えでやりたがってるんだったらやめとけ。ここでお前が空けた穴が、夕木の身体に一生残るかもしれないんだぞ。それに失敗したら余計な傷を負うことになる。遊びでやってるわけじゃねーんだ」


「黒河さんは、ほとんど強引にこっちの穴を空けられましたけどね?」


 索理の主張は、二人の女子の真剣な空気の間で黙殺された。


 未有の説教じみた言葉に、藍は一瞬だけ俯いてから顔を上げ、視線を尖らせる。


「……わたしだって真剣だよ。ほんとに本気で、サクの身体に新しい穴を空けたい。わたしの手で」


「だから言い方!」


「そこまで言うなら、あたしに止める理由はねーな」


「ずーっと無視されてる……ボクってこの場に存在しないんだっけ?」


 当事者の意見など完全無視で、結局は藍による施術が決定したらしい。


 索理とて、片耳ピアスで望まないレッテルを貼られたいわけではない。ピアスも両耳につけられる方が選択肢が広がるし、何より自分と一致しないイメージを払拭するためにも、もう一方にもピアスを空けることには異議はない。


 だが、藍の緊張と嗜虐の混じり合った表情を目の当たりにすれば、不安を感じずにはいられなかった。


「そ、それじゃ、サク……いくよっ」


「ひぃ……」


「できるだけ優しくするから、ね」


 常套句なのだろうか。未有も右耳を貫く直前、そんな事を言っていた気がする。


 藍が左側に回り込んでくる。耳たぶに熱い視線が注がれているのがわかる。首元にかかる吐息がくすぐったく、思わず身を捩ると、藍が「動かないで」と囁いてくる。息の多い声が扇情的。震えの元である口と、受け取る鼓膜との距離が、非日常的なほどに近い。


 敏感になった耳もとにまた、あの「かしゃん」が来る。索理の肩にぐっと力が入った。


「……ごくり」


 またも現実から逃避すべく、索理は再び、視覚を自ら遮断。すぐ横にいる藍の息遣いだけが聞こえる。


 その藍が、ゆっくりと動き始めた気配がした。


 索理の顔が不意に動かないよう、頬から顎にかけてが藍の手で包みこまれる。温かい体温が伝わってくる。小さな頃に触れた柔らかさとは違う感触があった。毎日台所に立つことで出来上がった、母親みたいな手だ。初めよりも震えは小さくなっているが、それでも少しの恐怖感もない、というわけではなさそうだ。


(人を傷つけることをするんだから、当たり前だよね。もしボクが藍だったらきっと……)


 藍の呼吸音が近づいてきて、いよいよその時が来るのだと、索理は覚悟を決め、自分の太腿に押し付けた両手を強く握りしめた。


 そして──


「──や」


「……や?」


 藍の唇から、小さく音が漏れ出したかと思えば──


「やっぱ無理ぃーっ!」


 情けない叫びを残して、藍は索理の部屋を飛び出していった。そのまま足音も気にせずドタバタと階段を駆け下りていき、最後に下の階で、玄関のドアが激しく開閉される音がした。


 あの調子だと、自分の部屋まで猛ダッシュで直行して、布団でも被っているだろう。


 にしても、最後の最後で投げ出すのなら、さっきまでの二人のやりとりはなんだったんだろうか。


 索理が張り詰めていた息を吐き出し、ぎゅっと瞑っていた目を開けると、ちょうど未有が床に落ちた何かを拾い上げていた。


「おいおい、ピアッサー投げたら危ないだろーが。一応針が露出してんだぞ……っと。さて、夕木動くなよいくぞー」


「え? うわぁ!?」


 かしゃん。


 左の耳たぶに、小さな熱が灯った。

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