女装男子とピアスとシンパ
「同性愛者ってどういうこと!? ボクそんな趣味とかないんだけど!?」
「う、うん、えっとね、順番に説明するね」
藍がスマホに顔を近づけつつ、書かれているらしい内容を読み上げていく。
「始まりは、ちょっと昔の文化によるものみたいで──」
曰く、右耳にピアスをしている人には『守られるもの』、左耳にしている人には『守るもの』というイメージが付随するらしい。
そう意味づけられた所以としては、中世ヨーロッパの頃に出来上がった文化が関係しているらしかった。
男性が大切な女性に対し、一対のピアスの片方を送る、という風習があった。そこには命に代えても守る、という固い信念が込められている。
騎士である男性は、右手を使って剣を抜き、愛する女性を守る。そのためには、いつでも利き手を空けておく必要があった。必然的に女性は男性の左側を歩くことになる。そこで、並んで歩いた時にピアス同士がそばにいられるよう、男性は左耳に、女性は右耳にピアスをつける、という習慣が広まっていったのだそうだ。
そういった流れの中で、片耳だけのピアスにはそれぞれ、男性的、女性的というイメージが付くようになったのだとか。
「確かに、ヨーロッパの方は男女でかなり明確な線引きをしてるイメージはあるな。どっかの言語には、男性名詞とか女性名詞とか、そういう意味わからん決まり事もあるらしーし」
「でもさ、それだけで同性愛者、ってなるのはおかしくないかな? あくまで男っぽい、女の子っぽい、ってイメージだけの問題だよね。むしろボクみたいな女装男子的には、右耳ピアスの方がそれっぽく見えるんじゃない?」
「それが、そうもいかないみたいで……」
未だ消えない疑問符に、藍はさらに先を読み進めていく。
「さっきも言ったんだけど、片耳ピアスにくっついてるイメージは『守る人』『守られる人』なんだよね。それが転じてというか……つまり、自分の意志で片耳にピアスを付ける人は、そのイメージを自分からアピールしてることになっちゃうんだよ」
「んん? ちょっとボクにはよくわからなくなっちゃった」
「そんなに難しい話でもねーぞ。むしろやっと話が見えてきた。自分の意思で片耳ピアスをしてるやつは、他の人間に対して意思表示をしてるってことだな。『誰かを守りたい』──男性的に見られたいやつは左耳に、『誰かに守られたい』──女性的に見られたいやつは右耳に、ってわけだ」
「そそ。さらにこれが転じまして、自分が恋愛対象として見ている性別をこっそり表明してる、っていう風に解釈されるみたい。少し話を戻して、並んで歩いてる中世ヨーロッパのカップルを思い出してほしいんだけど。要は、同じ側にピアスをしている性別の方に自分を置き替えて、もう片方にいる性別と恋愛をします、自分はそういう人間です、っていう、周囲への静かなアピールなわけだね」
藍が画面のスクロールを終えたところで、未有がなるほどな、と手を打った。
「シンパ、ってやつだな」
「シンパ?」
「そ。シンパシーの略だ。自分のセクシャリティをさりげなくアピールするために利用される特徴のこと。他にもSMだとか、人には言いにくい趣味の人間が使っていることが多いらしい。あたしが知ってるのだと、ハンカチの色がどうとか、鍵の持ち方が違うだとか、不自然なリボンをつけてるだとか……」
例をいくつか列挙していく未有に対し、索理はまだ困惑顔のままだ。
「どうしてそんな、わかりにくいことをするんだろ?」
「そりゃー、一般的にカミングアウトしにくい趣向だからだろ。同じ趣味を持ってる人間に対してだけアピールできりゃ、人混みの中なんかでも互い同士だけで通じ合える。仲間内だけで通じる暗号とか、目印みたいな役割ってわけだ。シンパシー=共感者って言うくらいだしな」
「なるほど、確かに……」
ようやく腑に落ちた索理は、頷きながらも考えを巡らせ、話を総合させる。
「……つまり、今のボクは──男性と恋愛がしたいって、こっそり自分からアピールしてる女装男子ってこと?」
「そうなるかも。まぁ、あくまでステレオタイプなイメージの中での話だし、確定ってわけじゃないけど」
「つか、夕木くらい完成度の高い女装なら、むしろそっちの方がいいんじゃねーか?」
「いいわけあるかっ! 今すぐにピアスを塞いでもらっていいかな!?」
「おい、あんま触るなって! 変に動かしたら膿んだり肉芽になったりするぞ!」
「離してよ! ボクは男と恋愛するつもりなんてさらさらないぞ!」
じたばたと暴れ、耳たぶを貫くピアスを無理やり引きちぎろうとする索理を、未有が必死になって止めてくる。
「さ、サク、落ち着いて! 対策というか、ちゃんとその意味合いを打ち消す方法も書かれてるから!」
藍が慌てて声を上げれば、それに反応して索理がぴたりと動きを止め、ケロリとした顔で言った。
「それを先に言ってよ。耳たぶが裂けるところだった」
「織部、そういうのは早く言ってくれ……コイツ、本気だった……あたしが止めなきゃ本気で耳たぶ引きちぎってやがったぞ……」
肩で息をする未有に、藍は苦笑いで謝罪する。
「ごめんごめん。でもそういう話をSNSかなにかで見たことがあって、実際にそういう意味合いとして受け取る人も少なくないみたいだから、一応言っておかなくちゃと思ったの」
「言い訳はいいから、早くその打ち消す方法ってやつを教えてやれ。夕木が飢えたオオカミみたいな目になってる」
「うん、方法自体は簡単だよ。打ち消すっていうか、そもそもそういう意味合いを込めてピアスしてるわけじゃないですよ、これはただのファッションですよ、って主張できればいいんだよ。だから──」
藍の手が、索理の左側の髪をふわりとかき上げた。
「──こっちも開けちゃえば問題なしってこと。サク、もう一回だけがんばろっか?」
「ぶぇぇ……」
索理は安心と絶望を織り交ぜた感情に突き動かされ、思わずテーブルに頭を預けてうなだれた。




