女装男子とピアッサー
「んー、やっぱアイラインの引き方が課題だな。もっとこう、ギュンって感じでいかねーと。夕木のは控えめすぎる」
ようやく片付けを一区切りさせた未有は、索理式地雷メイクの途中経過を一目見るなり、むむむと眉根を寄せた。
「そう言われても、これ以上は不安定になる気がするんだよなぁ……」
索理としては、これでも勇気をもってこめかみ付近まで偽の瞼のラインを引き延ばしたつもりだ。それでも足りないとなると、いよいよ本当にこめかみに到達しかねない。
「というか、擬音で言われても分かんないよ。具体的にはどうしたらいい?」
「そーだなぁ……っと、髪が邪魔だ」
未有が横髪を耳に引っかける。
「あっ」
「どしたの藍?」
「未有ちゃん、ピアス空けてる!」
藍が未有の耳を指差して声を上げる。索理も身体ごと傾けて覗いてみれば、未有の耳を小さな金属の棒が貫いているのが見えた。ピアスをつける場所としてはメジャーな耳たぶには既に別のピアスがぶら下がっていて、今回藍が指摘したのは、いわゆる軟骨ピアスと呼ばれる場所に増えていた穴の方だ。
「昨日の夜、ちょっとな。休み中にホール完成させるつもりで空けた。今はまだ痛ぇけど、一か月もありゃ落ち着くだろーし」
「へぇー、未有ちゃんみたいなタイプってピアス多いの似合いそう。……でも軟骨って痛いっていうよね。おしゃれではあるけど、この年で空けてる人って珍しい気がする」
「痛くなかったと言えば嘘になる。だがおしゃれは我慢だ。どうせいつかは空けるつもりだったし、それなら早く空けた方が長い期間楽しめるだろ」
「ピアスかぁ……」
小さく呟くと、未有の注目が索理の耳に移った。
「そういや夕木は耳たぶも空けてないんだったか? 地雷ファッションやるなら空けといた方が自由度高いぞ。まああたしみたいに軟骨まで空けろとは言わねーが」
「そりゃあそうなんだろうけど……」
ピアスと言えばおしゃれに必須なイメージがあるが、身体に穴を開けるというまぁまぁグロテスクな行為を乗り越えているのだから信じがたい話だ。耳たぶならばまだしも、未有のように軟骨部分を貫いてみたり、おへその窪みを利用してみたり、果ては口や歯茎に空けている人もいるらしい。彼らがどういう思考回路でそうすることに決めたのか、索理には皆目見当もつかない。
「そういや、ピアッサー余ってるから持ってきたんだよ。空けてみるか?」
「えええ! 急な話すぎない!? ピアスってそんな気軽に空けるものだっけ!?」
「完成するまではあんまり不衛生にできねーが、今のうちに空けときゃ、夏休み後半のプールには十分間に合うだろ。あたしもそういう計算で空けたし」
「いや、心配してるのはその辺じゃなくって……え、本気で!? 今!?」
正直に言えば、索理もピアスに憧れていないわけでもない。耳にワンポイントの選択肢があるかどうかで顔全体の見え方が断然変わってくる。いつかは空けることになるだろうな、という漠然とした考えを持ちつつ、今日まで傷一つない身体で生きてきた。
痛みにビビっていたわけではない。断じて違う。
「痛いのは一瞬だけだからさ、優しくするし」
「なんか思わせぶりな言い方!」
未有が持参したバッグを漁り、存外簡素なつくりをしたピアッサーを取り出す。白っぽくて直方体型をしており、その一部がコの字型に抉れている。そこに耳たぶを挟み込み、穴開けパンチのような要領でスイッチを押し込むと、太めの針が飛び出して皮膚を貫く仕組みだ。
動画などでも見たことがあるから、やり方は把握している。問題はそこではない。
「む、無理、無理無理無理! ほ、ほら、第一、自分でやって失敗したら怖いし! 変なとこ刺さったらどうしよー、みたいな!」
「心配すんな、あたしは慣れてる」
「本気で空けるおつもりで!?」
ピアッサーを手に迫ってくる未有。座った状態の索理は仰向け気味になりながら、逆四つん這いで後ずさる。
が、そんな索理を後ろから羽交い絞めにしたのが藍だ。
「未有ちゃん、やっておしまい!」
「どうして藍が敵なの!?」
「いやあ、わたしもまだ空けたことないから、どんなものか見学させてもらおうと思って」
「ボクを実験台にしないでもらっていいかな!?」
いよいよ未有とピアッサーが眼前に迫っている。注射針の何倍もの太さがある針の先端がキラリと光った。こんな時に限って藍の力が妙に強い。というよりも、自分の手足が恐怖を前に仕事を放棄している。終わりだ。あんなものが人体に突き刺さったらひとたまりもない。
索理は訪れる瞬間から少しでも自分の感覚を切り離すべく、ぎゅっと目を瞑った。
──かちゃんっ。
「はうっ」
耳元で何かの部品が気持ちよくハマるような音──その音量を十倍くらいにしたものが鳴り響き、索理は思わず頭を逃がした。続いて、耳たぶを貫く熱さに襲われる。
「はぁっ、はぁっ……」
「な? 大したことなかったろ?」
「どこがだっ。まだ耳がキーンってしてる」
「そそ、ちょっとうるさいだけ。耳たぶなら神経も少ないし、そこまで痛くなかったろ」
……言われてみれば。
じわじわと痛み始めてはいるが、注射の時みたいなちくっとした痛み方とは違っていた。どちらかといえば、指の先端を強めに押しつぶされているような鈍痛が続いている感覚に近い。
「今ってボクの耳、どうなってるの?」
「耳たぶのど真ん中に、あたしとお揃いのファーストピアスがぶっ刺さってる。あ、ちなみにそれ、二週間くらいは外せねーからな。あとたまに消毒しとけよ」
「事後報告が過ぎる……」
熱を持った部分に恐る恐る触れてみれば、確かにそこには自分の耳ではない硬い感触があった。あまり動かしすぎるなよ、と未有からの忠告が入る。
「はぁ、怖かった……でも乗り越えられて一安心したかも。これでボクもピアスつけられるのかぁ。そこは楽しみかな」
「まだ右耳だけだけどな」
「……ちょっと待って。右耳?」
藍が何かに気付いたように反応して、スマホの検索タブに何かを打ち込み始める。
検索結果を目にした藍は、半笑いのような、それでいて気まずさの混じった、微妙な表情で索理を見た。
「?」
疑問符を浮かべるしかない索理に、藍は重い判決でも告げるように、大きくタメを作ってから言う。
「あのね、サク、未有ちゃんにも他意はないと思うし、落ち着いて聞いてほしいんだけど……そのままだと、サクが同性愛者ってことになっちゃうかも」
「……はい?」
予想もしていなかった藍の台詞に、索理は反射的に訊き返すことしかできなかった。




