地雷と友人と気になる人
「ほらサク、さっさと詰め込まないと時間なくなるよ!」
「そうだぞ。何のために早い時間から集まっていると思っている」
「ぶぇぇぇ……もう許してぇ……」
真顔の藍と真宵に両側から詰められ、索理は涙目で悲鳴を上げた。強制的に机に向かわされているのだ。
時刻は早朝。早出の先生が校門を開錠してくれたのとほぼ同時に登校を済ませた索理たち。
その目的は一夜漬けならぬ、一朝漬けである。
「ここで頑張らないと夏休みが三割なくなる、って焦ってたのはサクじゃん! 泣き言言ってる暇あったら単語ひとつでも覚えて! 綴りまで確定で!」
「無理だってぇ、こんな呪文みたいなの……」
「たった六文字しかないけど! とりあえず書く! 手動かしたら覚えるから!」
「今日の藍はまったく甘くない……」
索理のシャーペンが、藍に尻を叩かれて走る。
そんな二人の様子をやや引いて眺めているのは、腕組みをしている真宵だ。
「ふむ、索理のために赤点回避専用のテキストを作ってきたつもりだったのだが、どうやらそれもすべてこなせるか怪しそうだな。基礎ができていなさすぎる」
「そーだよサク、なんで過去形とかbe動詞とか、果ては曜日の単語すら抜けてるのかな!? どうやって高校受かったの!」
「必要ない知識は頭から抜け落ちていくものです」
「今確定で必要になってるからね!?」
「藍、突っかかりたい気持ちは分かるが、その時間で少しでも先に進ませた方がいい。このままだと最後までたどり着く前にテストの時間が来る」
「分かってるけど……あーもう、どうしてもっと早くからやっておかないの、サク……! あたしだって余裕あるわけじゃないのに……」
やきもきとしながら貧乏ゆすりをする藍、呆れと苦笑いの混じった表情の真宵、頭がオーバーヒートして今にも目を回してしまいそうな索理。
早くから登校していたとはいえ、一時間もすれば他の生徒たちもやってくる。周囲が騒がしくなれば索理の集中力が落ちる。それまでが勝負になる、とは、真宵の見解だった。
ガラッ、と、前後に二つある教室のドアのうち、後ろにある方が開かれる音がして、索理たちは反射的に振り返った。
「あ、おはよ、黒河さん」
ドアの向こうから現れたのは、試験当日でも変わらない個性的なメイクを施した未有の顔だった。
索理がした挨拶に反応はない。というか、恐らくは聞こえていない。彼女は自身の髪色と同じ、黒いヘッドフォンをしていた。
肩を叩けば気付くだろう、と索理が席を立とうとするが、どす黒い笑顔をした藍にがっちりとホールドされ、引き戻される結果に終わった。
未有は索理たちの存在に見向きもせず、自身の席にまっすぐ向かう。頬杖で窓の外に視線を投げるいつものスタイルが出来上がったところで、真宵がその正面に腰かけた。
「おはよう黒河。ヘッドフォンなんて珍しいな」
視界に入ってようやく自分以外の存在に気付いた未有は、ヘッドフォンを外して首に引っかけた。
「伊澄か。こんな早くから何してるんだ? つか、夕木と織部もいんのかよ。お前らいつもはもっとのんびり来てるだろ」
「カラオケの時から思っていたが、黒河は案外周りのことを見ているのだな。てっきりこのクラスの誰にも興味がないものだと思っていた」
「黙っててもいろいろと耳に入って来ちまうんだよ。このクラスの連中は声が大きすぎる。……てか、カラオケで思い出した」
言葉を区切ってようやく、未有の目が真宵をまっすぐに捉える。
「お前ら、いつの間に仲直りしたんだ? あの日は結局、織部が癇癪起こしたっきり顔合わせてなかったろ。それなのにいつの間にか普段通りみたいになってた。あのあと顔でも合わせたのか?」
「いいや? 週明けの学校で元通りだ。休日がもう一日挟まってくれて助かった。時間が経って、お互い頭が冷えたんだろう。私も含めて」
「そういうもんかね……羨ましい限りだ」
未有は気怠そうな横目で、テキストと格闘する索理たちの様子を眺める。すぐに投げ出そうとする索理の机を、藍がバシバシと叩いて発破をかけていた。
「確か黒河も成績がよかっただろう。索理の学力は今、赤点ラインの上で反復横跳びを繰り返している。藍とはあの調子だが、黒河の言葉なら耳を傾けるかもしれない」
「あいつが耳を傾けるのは興味のあることだけだろ。あたしがどうこうじゃねー」
「ふふ。黒河が索理に興味がない、というのは、どうやら心の底からの本音らしいな」
「それ以外の何だと思ってやがったんだよ……」
真宵は降参だとばかりに両手を上げる。
「いや、正直なところを言えば、私たちは不安だったんだ。索理は今まで私たち以外との関わりを持っていなかったし、他の誰かを求めることはないと勝手に高をくくっていた。それが黒河だったことで、余計に神経質になってしまったのかもしれない」
「あいつの不安定さは、少し関わっただけのあたしも感じたからな」
「その上で、すまなかった。面倒なことに巻き込んでしまったな。近いうちに埋め合わせをさせてくれ」
「近いうちに、って、テスト終わったら夏休みが始まるだろ」
「ああ。つまり、夏休み一緒に遊ぼう、という誘いなのだが」
思いがけない提案に、未有の顎が一瞬頬杖から浮く。
「……なんであたしが」
「言ったろう、迷惑の埋め合わせだ。だがそれ以前に、私たちはもう友人だろう?」
「なっ」
未有の膝がぶつかり、机がガタガタと音を立てた。本人も頬を赤らめ、目を見開いて固まっている。
だがすぐに、未有は見透かすような瞳を取り戻し、声を低くして言った。
「……さてはお前、あたしが夕木に変な手出しをしないように、近くに置いて観察するつもりだな」
「否定はしない」
「嘘でもしとけよそこは」
「友人に嘘をつくつもりはないよ」
友人。その単語で、真宵は未有を黙らせにかかる。
「ひとまず連絡先を交換しないか? 夏休みに予定を立てるとなると、連絡が取れなければ難しいだろう」
「あ、あたしは──」
「黒河さんの連絡先? わたしもほしいー!」
「どわ!?」
死角から勢いよく飛びついた藍によって、未有はまたしても心臓を跳ねさせた。
「黒河さ……ううん、未有ちゃん、この前は本当にごめんね。クリーニング代ちゃんと足りた? 足りなかったら言ってね?」
「耳元でうるせーよ! あと流れで呼び方を変えるな! つか夕木の勉強はどうした!?」
「サクはトイレだよーんっと。てか、未有ちゃんも勉強できるんだってね? 地雷系なのに意外!」
「あたしのイメージどんなだよ……別にあたしが勉強できようがお前らには関係ねーだろ」
「ふむ、だが確かに意外だな。世間でいう地雷系の性格に、黒河は当てはまらないのではないか?」
「だからあたしのイメージどんなだよ!」
「まぁまぁ、とりあえず未有ちゃんも、サクのお勉強手伝って……んぉ?」
藍の視線は、未有が首から下げているヘッドフォンに向いていた。耳当ての部分からは、僅かに穏やかな音楽が漏れ出している。
「その曲なんだったっけ。聴いたことある気がする」
「あ」
未有が慌てた様子でスマホを操作すると、小さく聞こえていた音が消えた。
「ね、ね、未有ちゃんってどんな曲聴くの? わたし未有ちゃんのこともっと知りたい!」
「こ、これは別に……ええと、だな」
狼狽する未有の頬は、真宵が友人という言葉で引き出した紅潮よりも、さらに赤い。
「これは……最近気になりだした人が歌ってた曲ってだけだ」
友人に嘘はつかない。そんな真宵の言葉に影響され、正直に白状することで追及を逃れようとした未有だったのだが──
「へー、流行ってる歌? 未有ちゃんってみんなの知らない名曲とか知ってそう!」
「私たちにも共有してくれないか? 黒河のようなタイプが好む曲には興味がある」
──珍しく歯切れが悪くなった言葉は、新たにできた友人二人の好奇心を煽るだけに終わった。
一章はここまでです。お付き合いいただいた方、本当にありがとうございます。
引き続き間を空けず、二章の夏休み編に突入します。一章に比べていちゃつきが増え、あんまりシリアスにはならない予定です。
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