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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
一章

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26/27

決戦、カラオケボックス③

 夕木が部屋を追われていった。二人の手でスカートを脱がされた。垂れ落ちたコーヒーがニーソックスにも垂れたからそれも脱がされた。


 拭きとれるだけの液体を拭きとった。夕木が脱いだままになっていたカーディガンが、あたしの仮装備になった。


 下着は無事だった。ホットコーヒーを浴びてしまった脚も、少し赤くなっているが問題ない範囲。突然の事態にも冷静だった伊澄が店員に氷嚢を頼んでくれて、織部が目に涙をためたままそれをあたしの太ももに当てている。コーヒーは淹れてから時間が経っていたし、処置としては大げさなくらいだ。痛みもほとんど残っていない。明日には赤みも引くだろう。


「ごめん、黒河さん熱かったよね……ほんとごめん……服も汚しちゃって」


 そう、どちらかというと問題なのは服の方だ。伊澄がスカートをテーブルに広げ、染みになった部分をティッシュでトントンと叩いている。手際はいいし応急処置として間違ってはいないのだが、結局は一度、クリーニング業者に預けて徹底的にやってもらう必要があるだろう。


 濡れたスカートを履いて外を歩きたくはない。となるとこのままではまずいわけだが、そこはまぁ、あとで夕木にでも替えの服を調達してきてもらうにして、だ。


(分かっちゃいたが、とんでもなく面倒な争いになってやがったな……)


 織部と伊澄が強情なのは、数日前の昼休み、二人がかりで詰められた時から何となく察知していた通りだった。言い分の正当性はともかく、こいつらにも譲れないものがあったのだろう。


 問題は、こんな状況を意図的に作り出し、あたしまで使ってこいつらを無駄に煽って、争いをいたずらに大きくした夕木のほうだ。実質的なことを考えれば、あたしの脚にコーヒーを飲ませたのは夕木だということになるかもしれない。


 あたしの見る限り──付き合いは決して長くないが──夕木はもっとまともな人間だと考えていた。おかしいのは学校にまで女装してくる趣味? 性癖? くらいで、その他の部分はまともな感性で組み上がっていると信じきっていた。


 純粋に可愛さを求める姿、受けた恩に律儀に礼をしようとする態度、あくまで自分が女ではなく女装男子だという自覚を忘れずに、超えてはいけないラインは確実に守る紳士さ。家に上げても問題ないレベルには信頼を置いていた。特に地雷メイクを気に入ってくれた、という一点においては、かなり好意的にすら思っていた。


 何が夕木の逆鱗に触れたかと言えば、それは疑いようもなく、この二人が夕木から地雷メイクを剥奪しようとしたことだ。言い合いでも口にしていたように、夕木の中では織部と伊澄と今まで築いてきた友情よりも、あたしから地雷メイクを教えてもらう方が優先度が高いのだ。


 自分の身とメイクを売り物にしているあたしからしても、メイクってのはそこまで比重を置いている要素じゃない。見続けてくれているフォロワーに対して、清く正しく誠実な存在であることを示す方がずっと重要だ。だからこそ、一緒に写真を撮った夕木の性別に言及してしまわないよう、コメントを返す際には細心の注意を払うようにしている。


(普通、メイクの手法一つにそこまでこだわるか? たかが地雷メイクだぞ?)


 地雷メイクができようができなかろうが、夕木の人生はそこまで大きな変化はしないだろう。せいぜい日々が少し晴れやかになって、その代わりに自分を見る周りの目が少し冷ややかになるだけだ。


 だが、コーヒーの一件が起こる直前、織部を焚きつけて感情を爆発させた禁句。それが及ぼす影響はもっと絶大だ。


 夕木は明確に、織部と伊澄との友人関係が終わっても構わないと言い放った。そしてそう告げてみせた夕木は、織部とは違って頭が沸騰しているわけじゃなかった。


 素だ。恐ろしいことに、夕木はまったくの素で、ひどく冷静な頭で、自分に二人との関係を断ち切ってもいいという意思があることを示した。あの時の夕木から少しでも衝動的な様子が汲み取れたのなら、織部の怒りもあそこまでボルテージが上がることはなかったかもしれない。


 このシチュエーションを作り出したのも、友人を煽って事故を引き起こしたのも、元を辿れば地雷メイクがしたいと言い出したのも、全部、夕木が原因。


 全てがあいつの掌の上だった、ってわけじゃない。むしろ持て余してすらいた。もし誰も彼もを操れたのなら、もっと穏便に事が済んでいただろう。


 ただ、あいつは分かっていた。自分の掌の中に留められるもの、その総量の限界値を。


 だから切り捨てようとした。掌から落ちていくものを拾う素振りも、失うことを惜しむ表情も見せず、こぼれて自由落下するものを、ただ他人事のように見ていられる。


 そういうやつなのだ。夕木索理という人間は。


 ああ、もうひとつあった。自分のことってのは、どうしてこう、いつもいつも灯台下暗しなのか。


 夕木の唯一にして最大の作戦、それはあたしをこの場に呼んだことだ。


 あたしの顔を見ただけで、あの二人は動揺して、あたしと地雷メイクに関する話しかできなくなる。話題を切り出す手間が省ける上、精神的優位な状態から戦いを始めることができる。


 おまけに、あたしは伊澄に対するデコイに使われた。織部の怒りを煽り、結果的にコーヒーをぶちまけさせたことだって、どこまで狙っていたのか今となっては分からない。


 地雷メイクを自分のものにする。そのためなら、師弟などと表現してくれたあたしのことさえ、勝つための駒にできる。


 こいつらはあたしよりも夕木との付き合いが長い。あたしよりもずっと夕木のことを知っていたはずだ。本性を知らないはずがない。


 ならば、その上で問いかけるべきことがある。都合がいいことに、夕木も席を外している。


 あたしは氷嚢を織部の手ごと蹴り飛ばして、カーディガンの中で足を組んだ。ひじ掛けに立てた頬杖に体重を預け、世の全てを俯瞰で侮るような、小馬鹿にするような、白い目で二人を見る。




「んで……お前ら、『あんなの』が好きなん?」

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