決戦、カラオケボックス④
そこからの織部と伊澄の動揺は、さっきまでとはまた違っていた。
ぶんぶんと手を振ってみたり、顔を真っ赤にしてみたり、ソファにうなだれてみたり。
「サクが好きとか、あたしたちそんなの黒河さんに言ってないでしょ!」
「そ、そうだ。索理を好きとか、そういう話はしていなかったろう」
「いや、お前らのあの態度見りゃ誰でも分かるわ普通に……」
夕木の件であれだけ突っかかっておいて、察しがついていない、と思われていたのなら心外だ。そこまで鈍くなれるほど、あたしはバカじゃない。
ただ、この二人が夕木のあのサイコパスな性格に気付いているのだとしたら、なにがそれほどまでに彼女たちの心を駆り立てているのか。
おまけに女装男子ですらある。他にも男子がいる中で、わざわざ夕木である理由が分からない。
でも──
(それを聞いたら、あたしも蚊帳の外じゃいられなくなるんじゃねーのか)
あたしは一人でいい。夕木のことは気まぐれだ。メイク講座だって、こいつらに言われてスパッとやめられるくらいの出来心で始めた。今回のことだって、夕木が言い負けるのなら、そのまま関係を断つつもりだった。もちろん加勢する気はなかったし、事実あたしはなにもしなかった。
こいつらと夕木。その三角形は、今はバランスを保っている。そこに踏み込んで、踏み荒らして、引っ掻き回すだけの理由は、あたしにはない。
ダメ男が好きってやつもいるしな。恋愛は自由だ。
キメ顔で言った言葉を翻すなど恥ずかしさの極みだが、引き際もわきまえておくべきだろう。
「ま、人の好きなモンにケチつけるべきじゃねーか。変なこと聞いちまった」
でも、少し遅かった。あたしが話を切り上げようとするほんの一瞬前、織部が何かを決意した眼差しで、まっすぐにあたしを見つめていた。
「あ、あのね黒河さん、サクは、昔はあんな風じゃ──」
「藍ッ!」
伊澄の声が飛ぶ。マイクを通していないはずなのに、耳がキーンと、ハウリングを起こしたような音を拾った。
索理を追求している時すら、伊澄はそんな声を出さなかった。その迫真さを感じ取ったのは織部も同じだったようで、吐き出してしまおうとした言葉が喉元で止まっている。
「……藍、それを索理のいないところで、索理の許可なしに話そうというのなら……私はもう、藍をライバルとは認められない」
「真宵、ちゃん……そうだね、ごめん」
「謝ることはないが、絶対に誰にも話すな、と言っていたのは他でもない、藍の方だったはずだ」
「……うん。そうだった。わたしが冷静じゃなかった。ごめん黒河さん、今の全部、忘れてもらっていいかな、確定で」
「お、おう……よくわかんねーけど」
どうやら妙な爆弾を抱えていやがるらしい。忘れておけば爆発しないのなら、二度と引っ張り出せないよう、記憶の物置の一番奥にしまっておくことにしよう。
「えっと……それで、なんだったっけ。どうしてサクのことが好きか、だっけ」
気を取り直したように、織部はあえて気丈な声を出す。 頬を真っ赤にしながらも、たどたどしくも、言葉を紡ぐ。
「わたしはね、サクとは小さい頃からずっと付き合いがあって、あっ、でも、それだけで運命って思ってるわけじゃなくてねっ。……サクは、昔はもっと──大丈夫だよ真宵ちゃん、話せるところだけ話すから」
伊澄の視線による叱責に、織部はひらひらと手を振って返しつつ、続ける。
「昔のサクって、ほんとに元気いっぱいでね。誰とでも楽しく話せる子供で、今と違って女装もしてなくて。いつも隣にいて、その明るさが眩しくて、温かかった。──手放せなくなった」
藍がぎゅっと胸の前で握った手は、少し汗ばんでいた。
「物心ついた時から、わたしのそばにはサクがいた。保育園も小学校も一緒だった。いてくれないと寒いって思うくらい、一緒の時間を過ごしてきた。だからね、これからもそばにいてくれないとわたし、凍えちゃうんだ。今のサクを見てて、黒河さんがどう思ったのかは大体わかってるつもり。想像もつかないでしょ、サクに温かみなんてさ」
「だな」
「だから、これはわたしだけの気持ち。わたしだけしかサクに温かさなんて見出していないのかもしれないけど、それでもそばにいたいの。だから、好き」
「そうかよ。……んだよ伊澄、語りたそうな顔しやがって」
「黒河が聞いたのだろ。聞きたくないと言うのなら構わないが」
「勝手にしろよめんどくせーな……」
感じた呆れをそのまま投げかければ、伊澄が改まって居住まいを正す。
「私にとっての索理は、一言でいえば癒しだ。傍に置いておくだけで落ち着く。というか可愛いがすぎる。ぬいぐるみみたいに扱いたい。抱きしめたくなったときに抱きしめられてほしい」
「ん?」
「藍とは違って、私は索理とまだ数か月しか、それも学校にいる間しか一緒に過ごせていない。だからこそ、これからの人生はできるだけ索理と一緒にいるために使いたい。うちに帰ったら索理がいる生活がいい。永遠に愛でていたい。むしろ時間の方が停滞してほしい」
「おい、伊澄……?」
「索理はとってもいじわるのしがいがある反応をするんだ。根っからの弄られキャラなんだろう。私のそばで、いつもちょっと恨みがましそうな眼で見つめてくるのが似合っている」
「お前の好きが歪みまくってることはよーくわかったわ……」
高校に入ってからの関係ということはつまり、伊澄もあたしと同じで女装姿の夕木しか知らない。だとすると、伊澄が好きなのは女装した夕木ということになる。
思考回路の質が違うから、恋愛観も変な方向にねじ曲がってしまうのだろうか。
そんな風に考えていると、織部が寂しそうな顔をして、小さく呟く。
「まぁ……サクはわたしたちのこと、好きなわけじゃないんだろうけどね……」
「少なくとも、地雷メイク以下の存在としか思われてねーことは確かだな」
片想いとは往々にしてこういうものなのだろうが、その相手にあれだけはっきりと態度に出されては、こいつらの恋心も浮かばれない。
二人とも方向性は違えど、夕木のことはちゃんと好きらしい。だったらやはり、その関係は三人で完結しているんだろう。対して、あたしは全く関係のないところに打たれた、一つのドットに過ぎない。
三角形ってのは、構造学的には安定感がある形だ。いつかは崩れるのかもしれないが、夕木がどちらのことも選ばず、こいつらが望み続ける限りは壊れることはない。
だから、このままでいいのだろう。こいつらも、あたしも。
その言葉でもって、あたしはこの三人との関係を結論付けた。
「ね、ね、それで? 黒河さんは?」
表情を一転させた織部が、目をらんらんとさせながら顔を近づけてくる。
「ん? あたしがどうかしたか?」
「黒河さんは、サクのどこが好きなの?」
「はぁ?」
何を言ってんだコイツは。寄ってきた顔にチョップをかましておく。
「アホか。あたしがいつそんな話をした? あんなやつを好きなのは、お前らみたいな物好きしかいねーよ」
織部は不満そうに、「えー、じゃあ誰が好きなの!」と問い詰めてくるが、ひらひらと手を振って回避。
あのイカれ具合を知ってて、直接ぶつかり合って、それでも好きだってんなら、それ以上あたしから言うべき言葉はない。
あたしの関係ないところで、好きにやってくれ。




