決戦、カラオケボックス②
カラオケボックスの一室。
中の様子だけに注目すれば、華の女子高生が四人で仲良く、休日を謳歌しているように見えなくもない。
だが実際には、四人が揃ってからはただの一曲も楽曲予約はされず、誰の歌声も披露されていない。代わりに防音の厚い扉を貫通してくるのは、感情を積載されすぎた複数の怒声。
本来ならばほんわかとした空気が流れる楽しい場面のはずが、正反対の重苦しさが部屋の中を支配している。
「クソっ、アイスがもう溶け始めてやがる。コーヒーメーカーがちんたらしてやがったせいだ……あむ」
カフェオレをお供に無関心にパフェを頬張る一人を省いて、舌戦は激しく続いていた。
「何回言えば分かるのかな。ボクはただ、黒河さんにメイクを教えてもらいたいだけだよ。二人がどんな想像をしてるか知らないけど、疚しい気持なんか一切ないし、純粋に可愛いメイクができるようになりたいだけ」
「だったら、何も家に上がり込まなくても、場所は学校でもどこでもよかったんじゃないかな! わざわざ女の子のおうちまで行くなんて、どう考えても行き過ぎてるよ!」
「外でお化粧落とすの、ちょっとボクには無理かなぁ。クラスの子にすっぴんなんて見られた日には、学校行けなくなっちゃうかもね」
「っ」
藍は何か言いたげに口を開いたが、言葉に詰まって奥歯を噛み締め、代わりにテーブルがとばっちりを受けた。
「というか、藍も真宵もボクばっかり責めるけれど、二人だってかなり危ういことをしているよね? 今回の件、ボクはただ単にお友達の家に遊びに行っただけだけど、二人がやったことはそうじゃない。こっそり人の跡をつける人のことって、なんて言うんだっけ?」
「っだ、誰がストーカーだ」
品行方正を絵に描いたような真宵は、自分が犯罪者扱いなど承服できない、といった態度で身を乗り出してくる。
否、索理の方から引きずり出したのだ。
「探偵ごっこにしては度が過ぎてるよね。ストーカーと何が違うのかなあ? 二人が同級生の女の子だったから何も起こっていないってだけ。もしも男だったら、警察のお世話になってもおかしくないくらいの話だよ。頭のいい真宵なら、それくらい承知の上だよね?」
「くっ……それについては……申し訳ないと思う」
「おうちまで特定されちゃったのは、ボクじゃなくて黒河さんだよ」
「……すまない黒河。黒河に迷惑をかけるつもりはなかった。二度と近づかないし、悪用もしないと誓う」
「別に」
真宵が深く頭を下げるが、未有はそれに目もくれない。寛大な酌量も感情的な責罰も与えられず、真宵の罪は宙ぶらりんにされたままだ。真宵は気まずそうに俯いて、行き場をなくした視線を彷徨わせている。
「そ、そういうサクはどうなの。自分は悪くない、って態度でずっと話してるけど、黒河さんと何もやましいことしてない、って証拠でもあるの?」
「あるよ?」
スマホのメディア欄を呼び出し、最新の動画をタップする。再生が始まると、索理はスマホをテーブルの真ん中に置いた。
「これ、昨日のメイク中の様子を撮らせてもらったやつ。目を瞑ってる間は何をされてるのか分からないし、客観的な視点から見たブラシ使いとかを確認したくて撮ってたんだけどね。撮影した時刻も書いてあるし、このあとは写真撮ってすぐ帰ったから、これって証拠になるよね?」
画面の中では、未有の手が索理の目元に白っぽい粉をなすりつけている。藍がスクロールバーを左右に動かすが、基本的にはどの場面でも索理の顔がメインで映っているだけで、他に特筆すべきものが登場することはない。
「……サクの着替えは動画に入ってないみたいだけど?」
「そんなところまで証明しなくちゃいけない? 撮影はメイクが終わったところまでだし、着替え中の様子が動画に入ってるわけないよ。それでボクが何かした、って確信めいて言い張るのは無理があるし、言いがかりだと思う」
「でも、可能性がないわけじゃないでしょ!」
感情的に声を荒らげ、頑として譲らない藍。スマホの真横に振り下ろされる拳。テーブルが軋む。
「証明のしようがないところをつつかれても鬱陶しいだけで、話は何も進まないと思うよ」
索理はスマホを回収し、気疲れのため息をこぼした。
「というかぶっちゃけ、別にボクとしては、二人に認めてもらわなくてもいいんだよね。そんなにボクのやることが気に食わないなら、もう放っておいてよ。お弁当も、月曜日からはもういらないや」
「サクっ!」
藍が悲鳴のように叫んだ。
「サク、それは、それは、確定で一番言っちゃいけないやつだ!」
禁句だった。藍の涙が、精神が、表面張力を崩壊させ、決壊する。
「サクはわたしたちの気持ちなんかどうでもいいんだ!? どんなにサクのことを考えてるか、毎日どんな気持ちで話してるか、少しも知らないままで、それでそんなこと言うんだ!? 言えちゃうんだ!? なんなの、もう──もう!!」
何度目かの振動が、テーブルを襲う。
何度も繰り返されていたのだから、それは、いつかは起こる悲劇だった。
藍の幾度とない台パンで、上に乗っているモノは少しずつ位置がずれていき、テーブルのふちに寄ってしまっているものもあった。
じわじわと崖に近付いていたコーヒーカップが一つ。藍の一際力を込めた一撃が、ギリギリで耐えていたそのカップに、ついにトドメを刺した。
「っ、あっつ!」
陶器がぶつかり合う高い音と、空中に振りまかれるサンドベージュの液体。
被害を被ったのは、未有だった。パフェの底をほじくるのに使っていた長いスプーンが未有の手を離れ、カラカラと金属音を立てて落下する。
言い合いには加わっていなかった未有だが、パフェに夢中になっていた彼女は、コーヒーへの注意が疎かになっていた。結果、彼女の薄いスカートに液体が染みこみ、黒がさらに黒くなる。
「っあ──」
意図せず大惨事を起こしてしまった藍は、熱に浮かされたような顔をして、ふらふらと後ずさった。
「っく、くろ、ろかわさ、ご、ごめ──」
「藍、今はうろたえているよりも、先にスカートを脱がせるべきだ! 協力してくれ、早くしないと痕になるかもしれない! 索理は一旦外に出ていろ!」
真宵の声は焦りに満ちていたが、その判断は冷静だ。
一瞬にして表情を優等生仕様に貼り替えた真宵の言葉で、索理は部屋を追い出されることとなった。




