地雷系女子と一軍女子
黒板前に人混みを作っている連中に、興味がなさそうにスマホを弄りながらも、横目でちらちらと様子を伺っている奴。
教室じゅうの人間が、多かれ少なかれ衝撃的な写真に興味を向けている。
「な、なに、あれ……ううん、サクなはずない……でもあの衣装は……」
織部が隣で鞄を取り落としていた。重箱みたいな弁当箱だけはどうにか守り切っていたが、彼女も黒板に貼られた写真に意識を釘づけにされているようだった。幼馴染のショッキングな写真を見せられては無理もない。あたしだって思わず足を止めてしまったくらいなのだから、昔から夕木を知る彼女にとってはもっと衝撃的だったことだろう。
ほとんど無意識でクラスの状況を感じ取ったあたしの目は、即座に異物を探した。
この状況で写真を一切気に留めていないような生徒。あるいはみんなとはまったく違った反応をしている生徒。
──いた。二人とひとグループがフィルターに引っかかる。
一人はなんとなく予想がついていて、それは横野だった。暗がりで撮られた写真とはいえ、一目見ただけであたしでも馬乗りになられているのが横野だと判別ができたのだ。ましてや彼は演劇に出演したときの王子様の衣装のまま。人違いの可能性は万に一つもない。
横野は自分の席に着いていて、机の木目でも観察しているかのように微動だにしない。明らかに顔が青く、今にも突っ伏す寸前といった様子で下を向いている。いつも余裕げな表情をしている彼と同一人物とは思えない変貌ぶりだ。
もう一人は原村寧だった。いつものテンションが高い様子はどこへやら、彼女も横野と変わらない──いや、それ以上に真っ青な顔をしている。分厚い眼鏡の奥で目が大きく見開かれ、口元は引きつったように持ち上がっている。小さな肩は哀れなほどに震え、そこから伸びる腕は太ももを強く握りしめていた。
彼女の顎を伝い、水滴が机に落ちる。それが冷や汗なのか涙だったのかは分からないが、原村はそれを拭おうともしない。よく見れば、トレードマークとも言えるカメラは彼女の首に下がっていなかった。
写真、カメラ、学園祭で夕木を隠し撮りしていた原村。
なるほど、大体の状況は掴めたような気がする。
だが原村があの写真を撮り、あそこに貼り付けたのなら、彼女が横野以上の衝撃を受けている理由に説明がつかない。
あんな写真を公開すれば、クラスの注目の的になることは誰でも想像できる。夕木と横野には特に深い傷を負わせることになるだろうし、むしろそういう目的があるとしか思えない行動だ。
写真を撮ったのは原村で間違いないのだろうが、こういった形で公開されるとは思っていなかったということだろうか。
ならば──いるはずだ。原村からあの写真を受け取り、クラス全体に知れ渡る形で公開した人間が。
最後に、教室の後ろの方で数人の集まりを作っている女子生徒たちに目を向ける。横野や原村から元気を吸い取ったかのような盛り上がりを見せている彼女たち。
一見黒板の写真には興味を示していないのかと思いきや、時々視線を向けてはクスクスと漏れるような笑い声を交わし合っている。
「マジでおもろ。みんな反応しすぎじゃーん」
「ね、ほんとウケる。てか夕木まだ学校来ないん? 反応楽しみすぎてニヤけるわ」
嗜虐的な表情を隠そうともしない二人は、他の生徒の椅子に後ろ向きで座り、中心にいる一人の机に集まっている。似たようなギャルメイクをしている二人だった。ブリーチで抜いただけの髪色が若干プリンになりかけている。平成返りブームに乗っかっているのか、パステルカラーのネイルをチラつかせ、キラキラと輝くデコシールで彩られたスマホを絶えず操作している。
「こらこら、あんま露骨な顔するとバレるでしょう? ウチらはなんも知らないんだから。寧が勝手にやっただけなんだし」
二人に形式だけの窘め方をした女子生徒。彼女こそがそのグループの中心なのだろう。名前は確か……神宮寺ナントカ。話したこともないので、下の名前が記憶にない。
取り巻きの二人とは違い、きっちりと色を入れている金髪は白人の地毛化のような自然さで、光輝くようなツヤがある。さらりと長い髪は、彼女が顔を動かすたびにサラサラと繊細さを主張しながら付きまとっている。あたしですら勝負の日にしか使わないつけまつげを惜しげもなく使い、日本人離れした赤色のカラコンを入れている。どちらも使い捨てか、せいぜい数回しか使用できない代物で、学生の身分で普段使いできるものではない。
質のいい日焼け止めをしっかりと塗り込んでいるのだろう、細く伸びる指も、ゆるめの校則すらも逸脱した短さのスカートから伸びる脚も、クラスで一番と言って差し支えないほどに白い。
ルックスに限ったとしても、クラスのカースト上位を席巻するに足る──見る者すべてににそう思わせるだけの説得力がある。
「寧ー?」
神宮寺が何の気なしに呼びかける。それだけで原村はびくりと肩を震わせ、自分を取って食わんとする化け物を見るような顔でゆっくりと声の方を向いた。
「あんたさぁ、いくらなんでもあの写真はやりすぎじゃない? よりによってあんなギリギリの写真撮るとか、しかもそれを大っぴらにするとか、さすがにヤバすぎだわー。てか性格わるっ」
「ええと……?」
「だってさぁ、あれ撮ったのあなたでしょう? ウチらは事前に見せてもらってたからショックは控えめだったけど、まさかあんな晒し方するとは思わなかったからそこに驚いちゃったなぁ。案外えげつないことやるよね。いじめだよ、こんなの?」
「いじっ……え? え?」
原村の震えがぴたりと止まる。凍り付いたように動けなくなってしまっていた。
「だ、だって、これは……寧ちゃんはただ、神宮寺さんにたの、頼まれてっ」
「いやいや、だってあんな解像度高い写真撮れるの、うちのクラスで寧くらいじゃない? ウチらとか絶対無理だよ。携帯のカメラしか使ったことないし」
「そうだよ寧ちゃん、トモダチのせいにするとか最低じゃない?」
「そうそうその通り。トモダチに罪を擦り付けるとかマジでありえん」
取り巻きからの援護射撃に、いよいよ寧の唇は紫色に変わり始めていた。下まぶたが痙攣を起こしている。
「何の騒ぎだ?」
その時、教室の前方で見知った声がした。
伊澄だった。朝から生徒会の仕事が入っていたのか、分厚めの書類を抱えている。
彼女は黒板に貼り付けられた写真を見るなり、表情をぎゅっと引き締めた。人混みの中に強引に割り入っていくと、貼りだされた写真を勢いよく剥がしとってくしゃくしゃに丸めた。
「なんだこれは。趣味が悪いにも程があるだろう」
伊澄がクラスメイトを見渡すと、誰もが気まずそうに目を逸らしていた。直後にチャイムが鳴り、黒板前に集まっていた生徒たちは条件反射のように自分の席に戻っていく。
「ふん」
その様子を見て、伊澄も鼻を鳴らして自分の席に着く。
伊澄の一つ前にある席は、やがて担任がやってきても空席のままだった。




