地雷系女子とあの写真
「未有ちゃんだ! おはよー」
「ん、織部か」
朝の下駄箱で彼女と出くわすのはそこそこ珍しいことだ。いつもは夕木の寝坊に付き合わされて遅刻ギリギリになっていることも珍しくないが、どうやら今日は一緒に登校しているというわけではないらしかった。
二日間に及ぶ学園祭の片付けも終わり、どこか落ち着かないふわふわとした空気を残したまま、今日から通常授業のスケジュールが戻ってくる。押し付けられるような『普段通り』に流されるように、あたしたちの日常は少しずつ戻って来つつあった。
「あーあ、学園祭楽しかったなぁ。時間が巻き戻ったらいいのに」
「ノリノリでコスプレしてたしな。夕木との距離も少しは縮まったみてーだし」
「えへ、えへへぇ……やっぱりウェディングドレスは女の子みんなの憧れだよねぇ。……あれ? あの時別行動だった未有ちゃんがどうしてそれを?」
「あー……ほら、シフト中とか息合いまくってたし」
しまった。二人がスイーツの食べさせ合いをしている間、夕木姉妹と一緒に『壁』と化していたことは伝えていないし、今後も知らせるつもりはない。
適当に誤魔化したことを追及されると弱ってしまうところだが、織部はそれ以上に気がかりなことを思い出したようで、夕木の下駄箱をチラリと見た。
「……多分サク、今日はお休みなんだよね」
「そか。盛大に寝坊でもしたのか?」
「ううん、起きてはいたんだけど……なんだか様子がおかしくって」
「学園祭ではしゃぎすぎて体調崩しやがったのか? まあ実際、いろいろあったみてーだし、疲れが出たのかもな」
「それくらいだったらいいんだけど……様子がおかしかったのはサクだけじゃないんだよね」
「つーと?」
「私がサクのおうちに行ったら、いつも鞠理さんが迎えてくれて、サクのこと起こしに行くんだけど……今日は初めから顔が浮かない感じで、ちょっと他人行儀だったというか……そのまま追い返されるみたいになっちゃったんだよね」
織部に合わせて階段を上りながら、あたしは状況を頭に思い浮かべる。
鞠理こと夕木姉は、二人を恋愛的な意味でくっつけようとしている節がある。あたしのことを遠ざけてまで織部と夕木に二人きりの時間を演出していたし、二人がちょっといい雰囲気になっているのを恍惚の表情で眺めていたことは記憶に新しい。
そんな夕木姉が織部を露骨に遠ざけるのは、少し不自然にも思える。
相当ひどい風邪でも引いていて、それを織部にうつさせたくなかったんだろうか? そうならそうとはっきり告げてもよさそうなものだが、織部の言い草だと訳も分からないまま遠ざけられた、という印象になってしまう。
「最後にアイツに会ったのって、先週末の片付けの時だよな。その時は元気そうだった気もするが」
「そうだね。なぜか横野くんとはなんだか気まずそうにしてた気がするけど」
「それはいつも通りだろ」
「それはそうなんだけど、でも演劇部を突発で手伝うことになった時は、二人とも力を合わせて頑張ってたんだよ。サクも、嫌いなのを忘れてるんじゃないか、って思うくらい全力で協力してるように見えたし」
「助っ人が終わったから関係もいつも通りに戻ったんだろ」
「協力することになった時、『明日からは金輪際関わらない』って約束もしてたけど、あの感じだとなかったことになりそうだったのになぁ……」
「結論出てんだろ。完全にそれが原因じゃねーか」
「こういうのって、協力したことで友情が芽生えてうやむやになったりするでしょ?」
「夕木に限ってそれはなさそうだがなー……」
むしろ絶交する理由付けとして、またとない機会という扱いで捉えていそうだ。
「……そういや片付けの間、確かに横野も元気なさげだったよな。夕木に振られたのが原因だったか」
「それもあると思うけど、弾き語りでエントリーしてた後夜祭のステージ、直前で辞退したらしいよ? 劇の方でてんやわんやになってたからそれどころじゃなかったのかもしれないけど、本当は出たかったから後悔してるんじゃないかな。ギターの練習してる姿を見たって人もいるし」
「アイツの顔でギターと歌まで披露してたら、いよいよ引っ張りだこに収拾がつかなくなってただろーな」
そういう意味じゃ出なくて正解だ。いや、横野はあたしと違って、周りからちやほやされることを面倒くさがったりしないか。
話をしているうち、三階ぶんの階段を上り終える。本格的な夏は終わりを告げ、最上階に位置している一年の教室でも暑さが和らぎはじめている。そろそろ今年もウォータープルーフ仕様のファンデの出番は終わりになりそうだ。
二つある扉のうち、黒板側ではない後方から教室に入る。一歩足を踏み入れた時から、あたしは妙な空気を肌で感じ取った。
教室が異様なざわつき方をしていた。男女ごとに分かれ、いくつかの集まりを作って談笑していることの多いうちのクラスの連中が、今日はどういうわけか大半が黒板の前に集まっている。
「なんだろ……抜き打ちテストの日程でも貼り出されてるのかな?」
「事前告知されてたら抜き打ちの意味がねーだろ……」
何気ない会話を交わしていただけなのに、集団の最後方に位置している数人が勢いよくこちらを振り返った。まるで背後から突然、大きな声で驚かされたようなぎょっとした顔をしている。
かと思えば、こちらに届かないような小声でひそひそと何かを囁き合う。ご丁寧に口元を手で隠していた。興味はないが、あまり気分のいいものでもない。
「っ、ちょっと待って、あれって……!」
織部が何かを見つけたらしく、机の隙間を縫って黒板前の集団に突撃していく。ひとつの団子と化したクラスメイト達をかき分けるのは難儀しそうだったが、どういうわけか織部の存在に気付くなり、誰もが気まずそうな顔をしながらスペースを作って彼女を迎え入れている。どこかの神話で地海を割った神がいたらしいが、その小規模版を目の当たりにした気分だ。
人が捌ければ、あたしの位置からでも黒板に貼られているものが見えるようになる。
あったのは一枚の写真だ。薄暗い中で撮影したようで見やすいとは言えないが、写っているのがよく知っている人物たちだったこともあり、あたしの目ははっきりとそれを認識した。
夕木が服をはだけさせながら、横野の上に馬乗りになっている。そんな場面を切り取った写真を──




