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夕木索理は女の子になりたい!  作者: 朔良 海雪
三章

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女装男子、探しています

「黒髪の地雷メイクの子と、薄桃色の髪の子……いないなぁ。間違いなくここの制服なんだけどなぁ……」


 すれ違う人間が露骨に距離を空けて歩いていく。人通りの多い廊下の中、まるで男の周囲だけが聖域であるかのように、ぽっかりと穴が空いていた。


「まいんちゃん……さくたん……」


 SNS上で偶然見つけた、まいんちゃんというアカウント。彼女の地雷メイクになんとなく目を惹かれ、投稿を見るためにフォローして、たまに行われる生配信にも顔を出すようになった。


 配信上でのまいんちゃんはいわゆる塩対応系で、どんなコメントにもあまり心を揺らがせたような反応は見せない。そんな彼女をおちょくり、声を荒らげたツッコミを受け取るのが楽しくなって、気づけば積極的にコメントする方になっていた。


 そんな彼女がこの間、珍しくツーショットを投稿していた。


 地雷メイク仲間だという、薄桃色の髪をした女の子。その圧倒的な魅力が視線を釘づけにした。笑顔のまいんちゃんとは対照的に、自分に自信のなさそうな不安げな表情が庇護欲をそそる。


 思わず保存してしまったその写真は、数日後にはSNS上から削除されていた。理由が分からずに自分の手元にある写真を見ていて、気づいた。


 制服だ。二人はお揃いの制服を着ていた。つまり二人は同じ学校に通う学生であるということ。指定の制服は学校によって細かな違いがある。


 ネットを漁れば何でも出てくる時代だ。調べれば特定されてしまうかもしれない。それに気付いたまいんちゃんが写真を削除したのだろう。


 案の定、彼女たちの通う高校は比較的簡単に突き止めることができた。足の届かない距離ではないことが分かったので、ちょうどよく開催されていた学園祭に潜り込み、一目拝んでおこうという算段だった。


 その間には、まいんちゃんの配信にさくたんがゲストとして登場するという一大事もあった。その慌てようは、まさにあの制服ツーショットから受け取ったイメージそのもので、期待感は高まるばかりだ。


 とはいえ、そう簡単に見つかるものでもなさそうだ。外部の来客も多いうえ、彼女たちの所属クラスどころか学年すら不明。まいんちゃんの年齢も非公開で手がかりは皆無だった。


 他の学生の服装を見ても、この学校であることは疑いようがない。あとは足で探すしかないと考え、出店も回らずに廊下を歩き回り続けているが、今のところ成果はない。


「あのっ」


 唐突に声をかけられた。スマホと周囲とを往復する視線が止まる。


「すみません、この学校の先生だったりしますか?」


 スポーツキャップの活発そうな少女が、手を後ろに組みながらゆっくりと近付いてくる。困り眉と愛想笑いをないまぜにしたような表情。夏ということもあって四肢の露出が激しい。小麦色の肌に視線が吸い込まれる。


「えぇ? あ、いや僕は……」


「お手洗いを探してるんですけど、お客さんがいっぱいいるせいでどこも混んでて……あまり混んでないトイレとかご存じありません? ほんと限界で……」


 少女は返事を待たず、男の手を取った。自分よりも体温の低い少女の華奢な手に、思わず鼻の下が伸びそうになる。


 手を引かれるがままについて行くと、少女は最寄りの女子トイレの前で一度立ち止まった。


 混んでいるという割には、トイレの外に列は出来上がっていない。中の様子までは伺えず、少女の言う通り混みあっているかどうかはわからなかった。


「ここのトイレなんか特にひどくて……もう十五分も、どの個室も空かないんですよ。女子トイレって全部個室だから、中で何してるか分からないですし。そうだ、ちょっと声かけてくれませんか?」


「え?」


「お願いできませんか? 化粧直しとかならまだ諦めもつきますけど、スマホ触ってるだけだったら早く出て欲しいですし」


 少女がぐいぐいと引っ張ってくる。日に焼けた見た目通りスポーツでもやっているのか、かなり力が強い。体重には二倍ほどの差がありそうだが、ものともしていない。


 日ごろから運動不足なこともあり、ほとんど引きずられるように、男は女子トイレのタイルを踏んでしまった。


「何をしている!」


 別の声が矢のように飛んできた。見れば、腕組みをした男子生徒──否、男子の制服に身を包んだ女子生徒と、彼女に伴ってやってきたらしい初老の男性が立っていた。恐らくは彼が本物の教員だ。どちらも細身だが、その目は糸で引っ張られているかのように吊り上がっている。


 女子生徒が腕に着けた腕章を見せつけてくる。


「男性が女子トイレに踏み込もうとするなど言語道断。職員室で話を聞かせてもらうとしようか」


「い、いや、そんなつもりじゃ……僕はただ……」


 縋るように、手を引いてきた少女の姿を探す。だが少女はいつの間にかどこかへ消えていた。繋いでいた手は空っぽになっている。


 誰か、状況の一部始終を見ていた人はいないのか。希望を求めて辺りを見渡すが、遠巻きに飛んでくる軽蔑の視線と目が合ってしまう。男を取り巻く聖域は、女子生徒と教師らしき男性を残し、さらに面積が広がっていた。


 暑さによるものではない、嫌な汗が全身から噴き出してくるのを感じる。


「校内でこのような事件が起きてしまったことは非常に遺憾です。今後の一般開放については、入校に条件を付ける必要があるかもしれませんね」


「ち、違うんです。本当に、これには理由が──」


「問答無用です。それよりも、早くそこから退いていただけますか。これ以上中に入るのなら、警察に通報させていただきます」


 冷ややかな声を浴びせられ、男はだらりと肩を落としてとぼとぼと廊下に戻った。


 ただ、さくたんの姿を一目見たかった。それなのにどうしてこんなことになったのか分からない。今となってはどこに行ったかすら不明な、トイレを探していたはずの少女が何を目的として声をかけてきたのかも。


 突き立てられる軽蔑の視線から逃れるように、男は教師の後をすごすごと追従していった──

いつのまにか100話到達してました。こんなエピソードで迎えることになったのはアレですが、長いことお付き合いいただいている方、本当にありがとうございます。

構想でいうと、索理くんたちのお話は折り返し地点手前と言ったところです。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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