リーゼの秘密
ハデスを出てから1時間程歩いた時、霧の切れ間から巨大な何かが姿を現した。羽をはばたかせ雄大に空を泳ぐ姿は正に空の支配者の異名を持つに相応しい堂々たる振る舞いだ。
「ドラゴン...」
巨大な身体を羽で浮かせている、何故あの大きさで宙に浮いているのかさっぱり理解出来ないがアレがヤバイのは本能で分かった。羽をはばたかせる度にヘリコプターよりも大きな風切り音が周辺に響く、霧に隠れたり切れ間から現れたりする。巨体はジャンボジェット機サイズで飛行機と違うのは直線で飛んでいない事、上下左右に自在に飛行する様は不気味で恐ろしく感じた。
「あの大きさは流石に手こずりますわ。それに今は一番駄目なので見つからないように岩場に身を隠しましょう」
リーゼの誘導で岩場の影に隠れドラゴンをやり過ごした。ドラゴンが去っていく方角の空を見ると紅く燃えている、活火山が噴火した様な火柱が霧を伝って空に立ち上っていく。ドラゴンのはばたく音が少しずつ遠ざかって行った。
「リーゼロッテさんはあんなの倒したんですか?」
「あれよりもう一回り小さいのでしたら昔に、今のはドラゴンでも上位種ですわね」
リーゼの冷汗が首筋に伝っていく、圧倒的な緊張感から解放された黎明の旅人は警戒しながらアポロンに向け歩みを進めた。ドラゴン遭遇から程なくしてモンスターの集団と遭遇してしまった。トロルの集団で知能は高く無いが少し統率があり腕力が強い。
「さぁ、やりますわよ」
リーゼロッテは背中に背負った大戦斧を手に持ち構えると先陣を切って戦った。それは正に神話級の戦を目の当たりに...ってあれ斧を振るってると言うよりは斧に振り回されてる感じがするのだが気のせいだろうか?いや、あれは振り回されている。間違いない軸がブレてるし何より敵に当たって無い等と鈴木が考えているとアンナが参戦を急かした。
「太助さんも早くフォロー入って下さい!」
アンナは詠唱を始めるとリーゼや鈴木に被害が出ない様に敵陣の後衛に向けて魔法を発動した。アンナの火と風の混合魔法は室外、特に雨以外の日はエゲツない威力を発揮する。後衛のほとんどが薫製の様に黒焦げになり水分を蒸発させられていた。
「リーゼロッテ!一旦下がれ」
鈴木がリーゼをアシストし敵との間に割って入った。
「これくらい私一人で倒せますわ、見ていて下さい」
振りかぶる斧を戻せず、リーゼは尻餅をついて転んでしまった。すかさず鈴木はミハイルの火属性から発動する炎を使ってリーゼにモンスターが近づかないように牽制しながら徐々に敵の前線を後退させて行く。後退したトロルからアンナの魔法の餌食となり二十分立たない内にトロルの集団は壊走した。薫製トロルからお金がドロップされる、鈴木は一枚ずつ拾い集めながらリーゼに疑問をぶつけた。
「さっきのはどういう事か説明してくれ」
鈴木の質問にリーゼもお金を拾いながら答えた。
「私達吸血族は夜の眷属、日中は固有スキルの薄暮の覇王が発動しませんの。ましてや太陽の光を浴びようものなら吸血族の恩恵は全くありません。町娘と一緒ですわ、もしもパーティーから出て行って欲しければ脱退致しますが如何します?」
リーゼの問いに鈴木は食い気味に返事をする。
「俺達は仲間だ。責めてる訳じゃ無い、足りない分は補い合えば良いだけだ。動きが違ってたから好奇心で聞いただけで、傷つけたのなら謝るが脱退なんて寂しい事を言うなよ」
アンナが続く。
「夜だったらあのドラゴンを討つんですから、戦力としては十二分ですよ。それにリーゼロッテさんの凄い所一杯見てますからパーティーメンバーとして一緒に冒険して下さい」
2人の熱意に打たれリーゼは薄っすら涙を浮かべると元気良く快諾するのであった。一悶着から3時間後ようやく一息つける見晴らしのいい丘に出た。霧は晴れたが空模様は曇天でシットリした空気がお肌に潤いを与えた。とりあえず荷物袋からレジャーシート替りの薄めの布を敷いて腰を下ろした。アンナがティーカップに紅茶を注ぎリーゼと鈴木に手渡した。
「ありがとうございます、アンナさん」
「ありがとう」
「どういたしまして」
リーゼは紅茶の香りを楽しむとコクリと一口紅茶を飲み込む。アンナが畳み掛けるようにクッキーを出してきたのには流石の女子力としか言いようがない。この冒険と言う殺伐とした世界でティーカップやポッドを持ち運ぶ労力を惜しまないアンナの姿に称賛の眼差しで見つめる鈴木であった。リーゼは頬をほんのり朱に染め、まったりとティータイムを堪能して過ごした。
「ところで太助」
「ん?」
「今から向かう山岳地帯ですが、一点留意して頂きたい事が」
リーゼが言うにはアポロンへ向かう道中ではオーガなる人喰い鬼が現れるらしい。オーガは常に群れで行動する習性があり襲われると一瞬で蟻集状態になるらしい。その光景は正に地獄絵図で国や村が襲われたら根こそぎにされ草木も残らないとの事。
「そんなの襲われたら無理じゃないか」
「昔は村どころか国も一夜で消えたなんて話もありましたが、今は大丈夫です。奴等はある鉱石が弱点で国や村には必ず設置されていますわ」
「国や村には入ってこれないって事?」
「そうですわね。村の中や国の中は安全ですが、遭遇したら一目散に退却いたしますわよ」
休憩を終え一つ目の村を目指し突き進む、更に平野を抜け川を渡り2時間程歩き続けた、いつの間にか雲が風に流されて太陽が煌々と照りつける。気温が上がり汗でビショビショになりながら我慢して歩を進め、鈴木の足がパンパンになりながらやっとの思いで一つ目の村に到着した。
「疲れたー宿屋はどこだ?」
鈴木は村に到着した瞬間から目を身開いて宿屋を探した。
「あそこじゃないですか?」
アンナが指差す方向に宿屋の看板があった。
「とりあえず宿屋に行こう、荷物も置きたいし」
「賛成ですわ」
小柄な女性が大戦斧を背負って何時間も歩いていたのだから、想像通りリーゼは汗だくになりながら鈴木の提案にいち早く賛同して、フライング気味に宿屋に行こうとしていた。そんな彼女の背中を見ながら鈴木は道中に話したリーゼとの会話を思い出しながら笑った。
「カルとアマンダに身体能力向上の強化魔法をかけてもらっていたので、こんなに歩くだけで疲労するとは思いませんでしたわ」
いつも礼儀正しく上品な彼女もこの暑さと湿度によるベタつきになりふり構わず我先にと宿屋に早足で入って行った。




