七月三十日(後)「釣りをしよう」
「まーことっ!ね、どこがいっぱいお魚いるかなー?」
蒼華との出会いの後、朝食のフランスパンを食べて僕たちは家から出かけていた。
ちなみに今日はバターをこれでもかというほど塗りたくっただけの結構変哲のないパン。シンプル故にやはり美味しかった。以上。
そうして僕たちがどこを目指してきたかというと、当然、堤防だ。
『釣りをしよう』という約束。一面海に囲まれているこの島だが、どこでも釣れるというわけではなく、安全性の面も含めて港の近くの波止場が最高のスポットなのらしい。
その辺りをとりあえずぶらぶらと歩きながら、僕たちは海の奥で泳ぐ、うっすらとだけ見えた魚を眺めていた。
「わぁ……っ、こんなにいるんだお魚って!……早く釣ってみたいなぁ」
「そうだねぇ。でも、やっぱり気が早いんじゃない?」
彼女へ気の抜けた返事をしながら、僕は何も持っていない、てぶらな両手を前に差し出した。
そう、釣りをするには、素手掴み以外きっと道具が必要だということが素人にもわかる。
僕たちはそんな人類の狩猟手段として古代から開発されてきた道具を何一つ所持していない。
気が早い、と言ったようにまだ僕たちは魚を探したとしても何もできない段階にいたのだ。
「気が早くもなるよー!だって釣具屋さんしまってたんだもーん」
「まさか今日だけ休みとはね……」
彼女は軽く不貞腐れるように口を尖らせて数分前の出来事を言った。
僕たちは無策で釣りに出かける愚か者ではなく、釣具を持たない自分たちでも、港の近くにある釣具屋でレンタルサービスを提供していることを知っていた。
けれど、それは年中使えるというわけではなくて、従業員の高齢化から店を開けられる時間が随分と縮小していたようだったのだ。
そして案の定その被害をもらって、僕たちは何も道具を揃えることができずに、ただ堤防の周りを散歩することに目的が切り替わっている。
現在地は、とりあえずとにかく奥へ、堤防の果てまでと、釣り人の多い港付近を超えた僕たち以外に誰もいない静かな場所だ。
「ん〜……!こんなにのどかな天気なのに釣りできないなんてなぁ」
「ね。ちょっと残念だ」
「お魚を前にして釣れないのは山を前にして登れない登山家の気持ちと同じだよ」
なんか知らない気持ちで例え始めちゃったよ。
「ご馳走を前にして食べられない子供の気持ちと同じだよ」
知ってる気持ちだったよ。
「……ふふっ、そんなに釣り楽しみにしてたんだね」
「もちろん。いままでやったことないものだし、誠もないっていうから、二人未経験のまま始められる趣味だと思ったんだ」
僕は、考えもしなかった、彼女が残念な表情をしている理由に目から鱗が落ちる思いだった。
経験してこなかったものを二人一緒に始めて、二人で試行錯誤しながら上手くなる。
きっと彼女はそんなことがしたかったのだ。
ただ経験者に教えてもらうだけじゃないその尊さを僕は知っているし、確かに僕も風香とそんな遊びをしてみたい。
あぁそう考えれば……とても残念な気分にもなるな。
「……ね、ねえ、誠。みて、あの子!危ない!」
釣りを諦めて、海から視線を外し空を眺めていれば、風香は突然僕の裾を引っ張って、動揺するように声を荒げる。
何かと見れば、そこにはひとりの少女が立っていた。
堤防の果て。
最も陸地に遠い、人工の建造物。
テトラポッドに片足をかけていた。
着込んだオレンジのライフジャケット。
手には指先が出た専用の手袋。
そしてそれが握るゴツい漆黒の釣り竿。
初心者の僕たちからしてみればそれは重課金者装備のようにも思える万全の状態。
だが、その子の命はまさに海の奥から忍び寄る魔の手に、掴まれている。
「……!──助けないと」
海の獲物のパワーは凄まじく、外見中学生程度の少女が勝てる筋力ではなく、釣り竿越しに彼女はその体重ごと引きずられてしまっている。
その少女の表情も、心なしかすごく焦っているようで、はたからみれば緊急事態。
周りに大人は誰もいない。
ならば、と僕は考えるよりも先に風香を置いて走り出した。
命を、見殺しにしたくない。
そうして僕はその釣り竿に触れる。
「──重……ッ!?なに、これ!」
その棒に手を添える一瞬だけで感じられた重さ。体ごと持っていかれそうになってもおかしくない衝撃を、数秒間耐えていたその少女に僕は驚いていた。
でもそれはやっぱり限界だったみたいで彼女は小さく苦しさの息を漏らした。
「っ、君、大丈夫!?僕に貸して!」
少女は側で大きな声を出した助っ人に気づいて、今更目を丸めていた。
彼女が釣り竿のグリップの部分をしっかりと握っているから、僕はそのぶん大して力を込められずに、竿の尾の小さな部分を引っ張るだけだけであり、その役割を交換しようと提案した。
だが彼女は小さな腕をプルプルと震わせながら、首を横に振る。
「む……むり……、いま離したら逃げられちゃう……!」
どうやら交代のために力を抜いて仕舞えば、それを魚が見逃さずに引きちぎってしまうのだろう。
そんなもの、海へ引き摺られてしまうリスクに比べれば捨てればいいとは思うが、彼女は僕には理解できない執念を持っているようだったから口を噤んで最善を考えることにする。
最優先は命を助けること。
獲物を逃すのがダメなら捕まえるしか選択はない。
だが僕は釣りの何もかもを知らないから、適切な支え方もアシスト方法もなにも、こんな状態にやれる手がわからない。
だから玄人らしきその少女に尋ねていた。
「僕は何をすればいい!?」
「……!じゃ、じゃあドラグを緩めて……!」
「ドラグってなに!?」
「リールの前のつまみ……!左に……!」
意気揚々と飛び出してきたけれど専門用語が何一つ伝わらず、乱暴に聞き返した。
それでも教えてくれた少女に報いるため、僕は指示に従ってその釣り竿の糸を緩める行為にでる。
これに何の意味があるかは、少し考えれば理解できた。引きの強い大物にわざと力の余白を与えてパワーを分散し、糸が切れないようにしているのだ。
ジリジリと限界のように思えた釣り竿本体の音は、多少おさまって重さも緩和されている。
「……!そう。ありがとう……!」
「よし、次はどうしたらいい!?」
「……そのまま。わたしが、釣る。腰、抑えてて」
彼女は僕が来る前、確かに焦っていた。
だが、張り詰めた糸が緩んだ時。
彼女は小さく深く息を吸って、これ以上ないほどに集中して海の奥を見つめていた。
幼い体には似つかわしくない覇気とも言うべきその眼光。
僕は口を挟まず、その指示通り、ライフジャケットを引っ張って体を支えることに専念する。
「誠!私は何を!?」
「僕の服を掴んで!」
遅れて走ってきた風香。彼女もその少女の力になりたいと、助けを申し出してきた。
だがその少女は深い集中状態にいるようで言葉を返さない。
そこで僕は独断で、体を支える力は何人増えてもいいだろうと僕の後ろにつくことを要請した。
風香は「わかった」と強く頷き、僕の後ろへ回って腰をぎゅっと抱きしめるように掴んでいた。
服を掴めと言ったはずだが、と本来なら彼女の接近に緊張したはずだが、少女の危険というのもあって風香から抱きつかれていることには全く気づいていなかった。
ただ、人を死なせたくないというので、頭は精一杯だった。
「……。──ここ」
そうして体感数分にも近い数秒が過ぎた後、僕が掴んだライフジャケットの先の少女は、小さく、自信満々に言葉を宙へ放つ。
──その時、全ての力は背中へ帰って。
青く光るナニカが青空というキャンバスに舞った。
「わあ……っッ!」
「おっ、と!」
急に楽になって倒れるように姿勢を崩した、僕と風香の驚いた声。
それでようやく理解した。
その獲物は無事に釣れたのだと。
「……やっぱり、大物……!」
彼女は助かったその命に感謝するよりも、自らが空へ放り投げたその魚をキャッチして、近くのバケツに流れるようにいれてそう言っていた。
……本当に、こうやって落ち着いてみれば幼い少女だ。
伸びきっていない背と長い髪。
目を輝かせてその大きな魚をじっとみている様子はとても子供らしく思えた。
「あの。手、大丈夫?」
僕はその少女に何から声をかけようかなと迷った末に、一瞬握っただけの素手が擦られてヒリヒリとしているのをみて心配から入ることにした。
彼女はそこでまた僕たちの存在に気づく。
「え、えっと。うん、大丈夫。手袋してるから」
話しかけられ慣れていないのか、もじもじと色々な方向を見ながら言ってその手を見せた。
これはかなりいいグローブのようで厚いそれがグリップと衝撃吸収の役割を果たしており、僕のような被害は見られなかった。
それならよかったと、僕は吸ったままだったこの息をゆっくりと吐いて安堵する。
誰も怪我しないで済んだんだ。
「……君は、こんなところで何をしてたの?」
「え……?釣り、かな」
それはそうだった。
「じゃなくて。ひとり?」
「うん。今日は、一人で釣り、してる」
「……そっか。さっきみたいな魚は多いの?」
「ううん?こんな岸にいるなんて、滅多にない。すごい、レア。だから……、油断した」
「……よかった。いつもあんなピンチなわけじゃないんだね」
「……本当、助けてくれて、ありがとう。……ございます」
僕はなんでこんなことを聞いて、言わせているんだろう。初見の相手には敬語を使うのがデフォルトの僕なのに、まるでこの子には迷子の要保護者みたいな、小さい子にやるような口調になってしまう。
そうまでして僕が彼女に伝えたかったことは、ひとつだった。
「今度から気をつけてね。怪我するかもしれないよ」
「……うん。……でもライフジャケットあるし……」
「それでも危ないものは危ないよ。さっきだってテトラポッドに頭から転んでもおかしくなかった」
「……うう、うん。……ごめんなさい。気をつけ、ます」
大物を釣った喜びに溺れたい気分は彼女にあったのだろうが、僕はそれよりも、目の前で命の危険があるということが敏感なほど異常に怖くなって、説教紛いのことをしてしまった。
そうまで無意識のうちに喋ってのち僕はようやく気づく。
結局最後は自分の力で釣り上げた、自分より遥かな経験者に知ったような口を叩いたものだということに。
きっと僕なんかじゃ小言を言える立場にすらない見当違いの言葉だったんじゃないかとも考える。
「……ごめん、言い過ぎたね」
「……え、いや、わたしが油断したから……」
そうして顔を合わせるのがきまずく感じてきた頃、隣の風香は変わらずの能天気さで話しかけた。
「まあまあ!ほら、大きいの釣れてよかったねえ!釣りとっても上手!いまのはなんて魚なの!?」
「……、シイラ」
「ほえー!初めて聞く魚だぁ。誠は?」
「僕は……聞いたことあるかな。暖かい海に棲む魚じゃなかったっけ。実際に見たのは初めてだ」
「食べれる!?」
「それは知らないな」
「美味しいかな!?」
ご馳走を前にした子供か。
「……食べれる、よ。美味しい」
「ほんと!?」「へぇ、そうなんだ」
「うん。ハワイでは高級魚。別名マヒマヒ」
「えー!可愛い名前!由来は?」
「……食べたら体が麻痺するから」
毒魚!?
「嘘」
嘘!?
「……舌が麻痺するほど、おいしいから」
なるほど、それなら納得いくな。
「嘘」
それも嘘!?
「ハワイの言葉。だからわたしもわからない。……ごめん」
謝る必要はないし、謝るならなおさら嘘をついた意味がわからないが、この子はやっぱりこの島の者らしく愉快な少女なのだと僕は小さく笑った。
「高級なんだねえ、このお魚……」
「うん。普段は釣れないし、わたしも出会ったの二回め。……それにこの子、とても大きい」
「たしかによく肥えてるね」
「ね、ね。これどこかに持って行ったら調理してもらえないかな!?」
すごい食いしん坊みたいだよ風香……。
僕は呆れつつも変わらない風香を温かい眼差しで見つめていれば、その少女はなにやら釣り竿をしまって、持参のリュックをごそごそと漁り始めていた。
「……?どうしたの?」
「……わたし、できる、よ」
僕の質問に答えるように、彼女はリュックから取り出したある道具──鋭く光るナイフを片手に構えた。
「ええー!?お魚捌けちゃうの!?」
「うん。慣れてるから、大丈夫」
島育ち故の行動か。素直に感心できる特技。
僕は幼い子供にやらせるというその危険性を鑑みるよりも、「慣れている」といった彼女を信じることにした。
「……えっと、あ、あの。………いっしょに、たべる?」
彼女はその言葉をいうのに、随分と躊躇していた。
それは決して僕たちとそれを食べるのが嫌というわけではないのが、表情でわかって。
それならなぜこんなに緊張しているのか。
彼女は、恥ずかしそうに赤くなった顔を背けて、落ち着くのか逃げるように海を眺めていた。
……僕はなんとなくその心を読み取れた。
きっと彼女は、普段の彼女らしくなく、勇気を出してその言葉を言ったのだろう。
ならばこうしてやるのが一番だった。
「うん。食べさせてもらおうかな。魚を捌いてるところ、ずっと見たかったんだ」
「私も食べさせてもらうー!ね、みせてみせて!」
「……!う、うん。おとーさんと比べて、上手くないけど、でも、がんばる」
これが巡り合わせ。
きっと釣具レンタルができていればこんな波止場の奥まで来ずに、人の多いそばで釣りを楽しんでいた。
それでもこうして出会えて、危ないところを救えたのだから、きっと運命で。
そして彼女とその魚を食べるところまでも、運命だ。
「ねぇ。君の名前は?」
「……わたし、乃彩。常盤乃彩」
釣り竿が似合う海の少女は、こうして僕たちに笑いかけた。
◇
「ん。まずは締める」
「すごい暴れるマヒマヒが一撃で……!」
かなり経験者だ。三枚おろしも会話をしながら恐ろしく正確にやり始めている。
「乃彩ちゃん、怖くないの?」
「……最初は怖かったけど、慣れた」
それは、怖いよね。僕だって目の前で生き物を殺して食べたことはない。
「怖さの後に美味しさがあると思えば、立ち向かえる」
……あれ結構すごいこといってる?
「次第に、美味しさのためにすすんで締めるようになった」
だいぶ好戦的だね?
「人間の業」
人間の業!?
「魚は美味しいけど、自分で締めたら、もっと美味しくなる、よ」
「あぁ。それはわかるかも。苦労するほど自分の中の価値があがるみたいな」
「うん。だから他の人に、捌かせたくない。全部わたしがやる」
ヤンデレ料理人?
「この世のすべてをわたしが捌く」
常軌を逸したヤンデレ料理人?
「魚、かかってこい」
戦闘系料理人?
「あははっ、乃彩ちゃんはすごいねぇ。いつから釣りし始めたの?」
「……五年、前?この島、あんまり遊び場ないから」
「すごい、ベテランさんだね。そういえば乃彩ちゃんは今何歳?」
「わたし、十四歳。中学二年生」
意外だ。もっと幼いと思っていた。学年こそふたつ離れているが、僕と一歳差。
「おお〜!まだまだ成長盛りだねえ。ちなみに私は十七で誠は十五だよー!」
「歳上……、ふたり、なんて、呼んだらいい?け、敬語つかう……?」
「名前は好きなので呼んでいいよ。別に敬語は大丈夫。こっちもこんな感じだし。……ちなみにもし敬語使われるってなるとムズムズしますか?」
「うん。くしゃみ止まらない」
そんなガチのアレルギーなんだそれ。
「……じゃあ、好きに呼ぶ。誠先輩。風香先輩」
先輩呼びにタメ口。
今朝出会ったのが、呼び捨てで「っす」口調の舐め腐った敬語だと考えれば、とても対照的な存在だった。
……そして先輩呼びに、並々ならぬ興奮を隠しきれない者がひとり。
「……!せん、ぱい!もっといっぱいよんで!」
やっぱりそう呼ばれるのが好きなんだ……。
「……?風香先輩?」
「〜〜!うんうん風香先輩だよー!わかんないことあったらなんでも聞いてね〜!!」
すごい自信だ。
「うん。……じゃあ魚をたくさん釣るには?」
「うんうん、運だね」
なんでも聞くだけでなんでも答えられるわけじゃなかった。
「うーん。やっぱり、運、か」
うんうん多いな。
「でも実力っていうなら、乃彩ちゃんはもう充分上手だと思うな。一瞬見ただけだけど……、私たちに教えて欲しいぐらいだよ!」
「……そう?……この後、暇?先輩たち、釣り、してみる?」
「……!するする!やったあ!」
「教える、よ。私の道具、貸す。……でも、あんまり教えるの上手じゃないかも」
「……ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいよ。上手じゃなくてもいいんだ」
「……?上手じゃなくても?」
「うん。僕たちはいっぱい釣るのが目的じゃなくて、“楽しむ”のが目的だから。ねえ、乃彩ちゃん。僕たちに釣りの楽しさを教えてくれるかい?」
「……うん!それなら、できるかも。誠先輩、風香先輩。まかせて」
僕も『先輩』と呼ばれることが嬉しいのか、同級生や風香と話す口調より随分と優しく喋っているのが、自分でもわかる。
そんな可愛らしい後輩は、会話をしながらも淡々と魚を捌き続けていた。
皮も剥いで、必要な背骨の部分は綺麗に捨てられている。
……すごい。僕もあとで魚の捌き方を教わってみようかな。
◇
「それで、乃彩ちゃん何作るのー?」
「綺麗に切れてるね。刺身?」
「ううん。刺身は美味しいけど、ちょっと怖い。アニサキスいるかも」
「へえ、アニサキスって?」
「寄生虫だね。たしかに火を通したほうがいいか」
「体内に虫がいるの?でも、虫ってタンパク質だよね?お得じゃない?」
おいマジかよ。毒だよ。その考えはないよ。というか虫を食おうとしないでよ。
「これは、ダメ。食べる命の量は二倍だけど、美味しくない」
食べる命の量ってなんだよ。全然プラスじゃないよ。美味しくないが理由じゃないよ。毒だよ。
「なるほど。アニサキスは食べちゃいけない虫なんだ」
「うん。食べちゃいけない虫」
逆に食べていい虫を教えてよ。
……いや教わってもたぶん食べたくないよ。
「じゃあ、何を作るの?」
「……アヒージョ」
「あぁ。いいね。海鮮系ならぴったりだ」
「それなら私も知ってる!由来はなんだっけ?」
「由来?僕は知らないな」
「……熱くて食べたら『アヒー』っていっちゃうから」
嘘だよね?
「嘘」
嘘かい。
「スペイン料理だから由来はわからない」
「へえ、スペイン料理……。にんにくとシイラだけで食べるの?」
「ううん。フランスパンつける」
フランスパンかよ!!!
「アヒージョにはバゲットだもんね〜」
スペイン料理にフランスを混ぜるなよ!
「うん。切ったパンに乗せて食べると、美味しい」
すごく美味しそうだよ!でもなんでフランスパンがそこに当然のようにあるんだよ!リュックの中からありえない長さのが出てきたよ!畳める釣り竿よりスペース取ってるよ!
「……よし、準備できた。あと、火が通るまで、時間かかる」
「じゃあ、それまで会話して待っておこっか!フリートークの今日のお題は〜……、じゃん!『こんな魚は嫌だ』!」
出たよフリートーク!
あとなに!?これ大喜利!?
この島の人は本当にこんな遊びして時間潰すの!?
「焼くと柔軟剤の匂いがする」
本当にそんな遊びするんだ!?
それと乃彩回答早いね!?
一個目の答えの質じゃないよ!?
真顔でそんなこと言わないで!?
「鱗が固形石鹸」
なんで追加で言った!?
溢れ出る大喜利魂が止まらなかった!?
また真顔で言わないで!?
……あとシンプル嫌だなフローラルな魚!大喜利上手いの怖いよ!乃彩!
◇
「う〜んっ!すっごく美味しかった!ご馳走様!」
「うん。いままで食べたことない新鮮な味だった。それとフランスパンもいい組み合わせだった。美味しかったよ。ありがとう。乃彩ちゃん」
「……ん、ふふ。お粗末さまでした。わたしも、シイラ久しぶり。さすが高級魚」
「ぷりぷりだったね。マヒマヒ」
風香、その呼び方気に入ってる?
「まりまりだったね。プヒプヒ」
それはどういうこと?
「……じゃあ、釣り、する?」
「うん!」
「……へえ。釣り竿ってこんな構造だったんだ」
「名称は、覚えなくていいよ。今回のは糸でとるだけ」
「でも面白いな。これがリールか……。ハンドルで直接糸を回すんじゃなくてギアを噛ませて巻きやすくしてるんだ。……で、これがドラグ。魚の動きに合わせて自動で糸を出すなんてすごい。理にかなっている」
「……!誠先輩、結構興味、ある?」
「うん。釣り竿は触れたことない世界だから。……あとシンプルに形もかっこいいね。黒色もよく映える」
「……ぶらぼー」
「なにが!?」
「良い、よね……!この釣り竿……!」
「うん、乃彩ちゃんの指抜きグローブもかっこいいと思う」
「すごい、おにぃ以外にわかってくれる人、いるんだ。……嬉しい」
「おにい?兄がいるんだ乃彩ちゃん。……へえ、趣味合うかもね」
「……………いや、あわないで、ほしい」
「どういうこと!?」
「……ふふふっ、誠ったら男の子だなぁ」
◇
「そういえば使う餌って何にするの?ルアーってやつ?」
「ううん。ルアーは擬似餌。だけど、使うのは本物の餌だから、ちがう」
「じゃあ何を使うのー?」
「フランスパン」
魚も好物なのこの島。
「ちぎったやつ、針につけて垂らせば食い付く」
「なるほどー!よし、じゃあ私、やってみるね!」
「頑張って。……気をつけてね?」
「もちろん!ライフジャケットも貸してもらったし安心!」
「でも油断しないで──」
「──それに、いざとなれば誠が助けてくれるでしょ?私は君の飼い犬なんだから」
「……なにそれ。まあ、助けるよ。できる範囲で」
「それが聞けたのでもう大船に乗った気持ちでーす!」
「……泥舟にならないように気をつけるよ」
「あはは!ほら、ライフジャケットの手綱!しっかり握ってて!」
◇
「……わっ、ひっかかった!……ぐぅ……、魚って重いんだね。びっくりしちゃった」
「うん。体重だけじゃなくて、泳ぐ速さもあるから。ちっちゃくても、侮れない」
「さあ、いける?風香。手伝おうか?」
「大、丈夫!よしっ!いけそう!釣り上げるよ!」
「──そいッ!」
「おぉ!すごい、釣れたね!風香!」
「……アジ。いいね。美味しいよ」
「美味しいんだ!」
「魚を釣って一番の感想が味についてなんだ……」
「アジだけに?」
ニヤッと突っ込まないで。……意識してないけど恥ずかしいでしょ。
「これとても楽しいよ!ねえ、乃彩ちゃん。この釣れたアジどうすればいい?」
「そしたら針から外して……、まな板の上において。わたしが締めて、クーラーボックスに入れて持ち帰る」
「おー!獲ったらすぐ締めるんだ!」
「うん。鮮度が段違い」
「じゃあ、私は一回釣りやめて乃彩ちゃんが締めるの待ったほうがいいかな?」
「いや、大丈夫。風香先輩には、いっぱい釣って欲しい」
「いいの!?乃彩ちゃんの釣り竿なのに……」
「わたし、釣るより、捌くのが好き」
なんか物騒なこと言ってる。
「命を美味しくいただければいい」
……やっぱり乃彩ちゃん、戦闘系だよね。
◇
「誠、すごい!釣り上手だね!」
「……センス、ある。竿動かすの、上手」
「そう?褒めてもらえて嬉しいな」
「まるで、生きてるみたい」
「………?なにが?」
「フランスパン」
「フランスパンは生きてないよ」
「そうかな。魚がすごい勘違いしてる」
「魚だから仕方ないか」
「私もフランスパンが生きてると思っちゃった」
「風香だから仕方ないか」
「……冗談なのに。適当に流されちゃった」
「あれ、冗談だったの?」
「えー!?誠どういうことー!そんなにバカだと思われちゃってる!?」
「ふふっ、嘘嘘。からかいがいがあるだけだよ、ごめんね」
「……ふたり、すごく、仲良いね。どんな関係?」
「私たち、友達だよー!最近この島に来て、一緒の家に住んでるの!」
「あぁ、僕たちのことあんまり伝えてなかったよね。ふたりとも島の外から来たんだ」
「……ふふ。それは、うすうす、しってた。だって見たことないし。……やっぱり、アレは先輩たちだったんだ」
「……?アレってなに?」
「……ん。…………秘密」
「秘密!?」
「きっと近いうちにわかるから。その時まで、待ってて」
「ほーう!そんなにいうなら無理に聞かずに楽しみに待っておこっかなー!」
「……じゃあ、僕も待っておくよ。………それより、全然釣れなくなっちゃった」
「うん。まあ、運だから」
「うんうん。運だねぇ」
「うーん、運かぁ……」
「……誠、ツッコミめんどくさくなってる?」
「……いや?」
「じゃあ待ち時間フリートークね!お題は……『新たな海の遊びを教えてください』」
「……む。……難しい……」
「『逃げろ!ビーチフラッグ』」
「乃彩ちゃんより先に誠が答えた!?回答が早い!?なにそれ!?よーいドンでどれだけビーチフラッグから離れたほうが勝ち!?真顔で言った!?護くんから着想得たよね!?ちょっと面白そう!?やってみよう!?やろう!?」
多い多い、ツッコミが多い。そんなに深掘りしなくていいボケだからこれ。
「……負けた」
大喜利に負けとかないから!そんな悲しそうな顔しないで乃彩ちゃん!
「貝殻メテオしか思い浮かばなかった」
なにそれ!?ルールを想像もできないよ!?たぶん言ってたら優勝だったよ!?
◇
昼時はとっくに過ぎていた。
でも夕暮れにはまだ遠かったから、釣って遊べる時間は多く残されていた。
だけれど、時間以上に“天気”という問題があったから、僕たちはそろそろ釣りの片付けをし始めている。
「……台風。通る。大雨かも」
「あちゃー!いいところだったのにぃ……」
午前はあれだけ晴れだったというのに、ものの数時間で天気は不安定になる。これこそ、夏の醍醐味ともいうべき特殊な気候だろう。
名残惜しさはあるけれど、きっとまたここに来ればひとりの友達──乃彩と出会える。
だから寂しくなんてないと、僕たちは再会を誓った。
「……先輩。魚、あげる」
そうして彼女は、彼女が持参していたふたつあるクーラーボックスのうちのひとつを僕たちへ受け渡した。
その中身を開けてみれば、よく捌かれて血抜きされたて凍った新鮮な魚が眠っていた。
三人で五時間は釣ったか。そこには等分したとはいえかなりの量が入っている。
「いいの?乃彩ちゃん。僕たち教えてもらってばっかりだったし、乃彩ちゃんが一人で釣るよりも足いっぱい引っ張っちゃったよ」
教えてもらっている最中に、『釣った魚はどうするのか』と聞けば、彼女は海の家を代表にこの島の店に卸すようだった。
趣味だと本人は言うが、それは立派な仕事。
それだというのに僕らは邪魔をして、魚をいただく道理もない、申し訳なさに溢れていた。
しかし、それでも彼女は引くつもりは一切なく、こんなことを言った。
「ううん。足、引っ張ってない。……先輩たちと釣りするの、いつもより楽しかった、よ」
「……うん、そっか」
彼女は恥ずかしそうに照れ笑いして視線を逸らす。それがなんだか可愛くて、僕も優しく笑ってしまった。
「ねえ。先輩たちも……、釣り、楽しかった?」
僕たちは彼女に「釣りの楽しさを教えて」と言った。それがどうだったかの答えを聞かれている。
もちろん、答えは。
「あぁ、楽しかったよ」
「うん!とーっても楽しかった!」
嘘でもお世辞なんかでもないということはわかってもらえたのだろうか。
彼女は、表情筋が乏しいなんて感想を全く見せないほどに、暖かい表情で笑っていた。
「それなら良かった。また、会おう、ね……っ!」
恥ずかしくなったか、別れを伝えた後に先へ走り出した乃彩の背中を、僕たちはじっと見て、手を振り続けた。
「……うん。ばいばい、乃彩ちゃん」
「とっても、いい子だったなぁ」
「釣り教えてくれたしね。良かったじゃん、先輩」
「お〜、誠も先輩って呼んでくれた!?」
「どうだろうね。……さ、僕たちも行こうか。台風が来る前に」
遠く続く空の向こうに、灰色の塊が、徐々に徐々に、そして早く動いているのが、見えていた。
今日の午後は……きっと、風香とトランプ尽くしだ。
常盤 乃彩
妹キャラ。
喋り方に癖がある無口キャラ……と思いきや、なんか意外と結構喋ります。それも愉快に。
大喜利が得意な設定は書いてる途中に急に生えてきてびっくりしました。
先が読めない可愛いキャラ。書いてて楽しくて好きなキャラです。




