七月二十九日(後)「海の家で食べよう」
「おお〜!すごいねえ!この辺は人がいっぱいだ!」
護が住む灯台から歩いて数十分。
僕たちは来た道を戻るのではなく、逆に進むことで島を一周し町の方へ戻ることにした。
そこの入り口、なにやら人が多く集まっており、風香はそんな感嘆の声を漏らしていた。
「観光客……なのかな?島の人にしては派手な格好が多いね」
僕たちがみていたのは昼時の砂浜。
島民からすればなんの変哲もない海だろうけど、僕みたいな都会から来たものからすれば、こんな風景は心を奪われるほど綺麗に映る。
だから、この箇所に人が集まるのは納得もいく。
だがそのほかにも、もうひとつ理由がありそうなことを僕は考えついていた。
「皆、海の家が目的なのかも」
「わあ……っ!そんなに人気なんだ!そこ!」
茉里から貰った地図。
灯台から地道に歩いてきたその道のりが正しければ、そろそろ赤丸の海の家に辿り着く。
混んでいる浜辺、そこにちょうど「おいし〜〜!」と一言が添えてある建物が一軒、活気を持って立っていた。
「……あ、看板だ。『海の家イカルガ』……。ここで間違いないみたい」
「だね!そういえば今までもこのお店みたことあったかも!ちょっと家から遠くて行ったことなかったけど……」
僕たちはそうこういいながら、硬いコンクリート道を外れてその海の家の近くへと足を進めていった。
「はーい!イカ焼きと生ビールのお客様ー!お待たせしましたー!ゆっくりしていってくださいねー!」
人で賑わうガヤガヤとした声たち。
ひとめで繁盛しているとわかるその店の構造は、簡素かつ清潔感のある木材を用いた仮設建築物で体裁を整え、広く取ったベランダのようなステージに白い机と椅子が並ぶ、いかにも“海の家”らしいモノであった。
「あ、みてみて誠!ここにメニュー書いてあるよ!」
「へえ、なになに?フランクフルトに海鮮系、かき氷にドリンク……おお、おお!」
僕は思わず嬉しさのあまり喜びの言葉を漏らしてしまった。
何が嬉しいか?
フランスパン味とかなかったことだよ!!
そんな当たり前なことに安堵した自分に、すっかりこの島に染まってしまったと恐怖を覚えつつも、もうお腹がぺこぺこだから何かを頼もうと、とりあえず一番人気のメニューを店員に尋ねようとした。
だけれどまだ少し遠慮がちな僕は話しかけられずにいるのに対して、こういう時に躊躇なく先陣を切れるのはさすが、風香だった。
「こんにちはー!あのっ、このお店で一番人気なのはどれですかー?」
風香はずっと客の注文対応をしていたひとりの店員──それも同級生ぐらいの若さの女性に声をかける。
「はーいいらっしゃいませー!オススメなのは……って、おお、若い子たちだ……」
店員は風香のその幼い顔とハッキリと対面して、少しの間硬直する様子を見せた。
……?ここでは観光客自体はいるが高校生となるとそれほど珍しいのだろうか。
「じゃない、じゃない。失礼しました!みなさんこちらの焼きそばをよく頼まれますよ!」
「へえ……!じゃあそれを……」
「ふたつで。お願いします」
焼きそばを食べる気満々だった風香は、注文する個数をいう前に僕の方を覗いてきたから、合間に入って続きを言った。せっかく飲食店に来たのだから別のものを食べても面白いが、やはり同じ味を共有するのも趣がある。
「……!承りました!そちらのテーブルでお待ちくださいね」
その店員はこちらの注文を笑顔で受け入れ、後ろのテーブルを五の指で示した。
僕たちはそれに座って会話を楽しむことにする。
「ねぇ、誠。この島ってあんまり私たちと同じ歳の子っていないよね?なんだか子供もあんまりみないし……」
「……まあ、都心と比べたらここは田舎だからね」
若い観光客に驚いた店員の言葉をきっかけに、彼女はこの島の寂しさを語る。
言ってしまえば悪いが、千草島はアクセスがお世辞にも良くはなく、ほぼ限界集落に近いだろう。
だから僕が知る“町”とは随分と異なって見える。
「そういえば風香ってさ、この島の外から来たんだよね。そこは都会なの?」
彼女の島に来る前、過去のこと。
今まで何も知らなかったからこそ、暇な待ち時間を潰すにはちょうどいい話題だと思った。
「うーん……まあ、すっごく都会なところだよ。いろんな人がいたし、街並みも綺麗だった。科学の最先端の街だーってお父さんが言ってたよ」
「へえ。それはすごい。風香ってシティガールだったんだ。……ちょっと意外かも」
僕は千草島によく似合うおおらかな性格、そしてよく似合うワンピースと麦わら帽子を被る彼女が、目まぐるしく流行が移り変わる都会出身だということがおかしくて、不思議に思えていた。
「誠ー?それは褒め言葉かなー?」
「ふふっ、もちろん。褒めてるよ」
僕の言葉が馬鹿にしているように感じたのか、少しだけ冗談めかして怒った様子の彼女がとてもいじらしくて、つい笑ってしまった。
彼女は僕の本心に満更でもなさそうに表情を柔くする。
「おっ、えへへ。それなら許すー!」
「ありがとう。……そしたらこの島は科学の最先端からは遠く離れたところにあるね」
「あははっ!たしかに!高層ビルもないし、電車なんてない。……でも、私、ここの雰囲気好きなんだ」
彼女はベランダの隙間から柔く吹いた風に髪をたなびかせながら、浜辺の向こう、住宅街の遠い光景を見つめていた。
……僕は、彼女の気持ちを理解できる。
だって、僕も、嫌いじゃないから。
止まったような、けど微かに動く、この島の夏が。
「そうだね。ここはとても、いいところ。……ね。前の街はどんなところだった?思い出は、ある?」
僕はあまり深くは考えずとも、彼女自身のことが聞きたくて口走った。
でもそれは、やはり聞き出すには早すぎる関係のようで、失敗だったのかも、しれない。
「思い出かあ。……まあないことはないけど、こっちに来てからの方が笑った回数は多いよ!」
「……そっか。それならいいね。きっとその街は風香にとっては窮屈だったんだよ」
一瞬、チラリと目線を逸らしてから、なんでもないように笑い出したのを見逃さなかった。
僕は彼女の態度で、少しだけ察してしまった。
彼女は元の居場所を自分から話そうとしないし、この島へ来た理由もわからない。
それは少なくとも、前の街が“好きではなかったこと”が原因の一つを占めているのだろう。
きっと天真爛漫な彼女が馴染める街は、島民が気ままに過ごせるここしかないと、僕はそんな言葉を言った。
「窮屈。……ふはっ、そうかも!」
「そうだよ。きっと、他の町じゃ、駄菓子屋で寝れもしないし屋外でビーチフラッグもできない。でしょ?」
「うん、そうに決まってるよ!そんなのできるのここの島だけ!……そっか、私はもう自由なんだね」
「もちろん。ここは誰も縛らないよ、誰も鎖を繋がない」
「お〜!野良のわんちゃんみたいだ」
「なにそれ……。でも危険行為は別だけどね」
「ふふん、じゃあ私が危ないコトをしそうになったときは、誠が私を縛ってよ」
「まずは危ないコトをしないでください」
「わかったって〜!……でも縛るのはいいんだね?」
「言い方。……僕は円海さんに頼まれた風香の“遊び相手”だからね。危険を防ぐためなら」
「ふふっ!やったー!飼い犬のわんちゃんに昇格〜!」
「それはグレードアップしてるの……?」
「うん。勝手に逃げないようにしっかり手綱、握っててね」
僕が昨日も今日も彼女についてまわっているのは、初日に円海さんから「遊び相手になってあげて」と頼まれたから。
もちろん内心、僕がそばにいるのはそれだけじゃないと自分でも知っている。でもこんなことを彼女にいうのは恥ずかしいから言い訳として使っていたのだ。
僕はきっと、そんなお願いがなくたって明日も明後日も、彼女と共に町へ出かけるのに。
「……よし。じゃあ明日どこ行くか決めておこうか」
“二人で”。それを暗に含み、僕は話題を切り替え未来の話を始めようとする。
おもむろにポケットから取り出したのは、先も使ったばかりの地図。
茉里特製のそれは眺めているだけでワクワクが止まらないような、カレンダーに埋め尽くせるぐらいの遊びが眠っていた。
「うん!灯台と駄菓子屋、海の家はいったでしょ〜?あと残ってるのは“図書館”と“堤防”、“廃屋”かー!」
「どれも少し距離が離れてるね。まだ夏はあるし、一日一箇所ずつ回ることにしようよ」
「うん!賛成!」
ここまでが楽しかったから、きっとこの後も面白い何かが待っている。
確信めいた望みを抱いて僕は青空に思いを馳せていた。
「それじゃあ明日は──」
こうして地図上のある点を指そうとしていた時だった。僕でも風香でもない第三の声が、テーブルの上に響く。
「堤防が、オススメですよ」
それは先ほど聞いた女性の声。
僕たちの注文を承った、エプロンを身につけた店員だった。
「お客様お待たせしましたー!こちら焼きそばおふたつです」
「あ、ありがとうございます……!あのオススメっていうのは……?」
彼女は両方の手に大きな皿の料理を乗せていて、それらを僕らの向かいに並べる。
大層なボリューム。みているだけでよだれがでるような、食欲をそそる茶色。
けれど僕の興味は料理よりもいまは彼女の言葉にあった。
「文字通りオススメってことです。そこ、釣りができるんですよ。よく魚が集まるんです。うちで使うのも、毎朝何匹か凄腕の釣り師さんが獲ってるのを使ってます」
彼女は接客慣れした、落ち着いた優しい口調で「明日も晴れますし」と付け加えて、そんな声をかけてくれた。
見ればわかるいかにもな観光客の僕たちを丁寧にもてなしているようだ。
「へー!お魚釣り……!誠!私、やったことないからやってみたい!」
「僕もないよ。道具も何から揃えればいいかわからないし……」
「あは。そんな難しくないので大丈夫です。釣り場の近くの小屋にレンタルセットがありますし、きっと尋ねればうちの人たちは快くやり方も教えてくれますよ」
無邪気に目を輝かせる風香の提案に、僕も未経験だったことから拒否しかかっていたが、店員の温かい言葉でやってみようという気力が湧き始めた。
「おおっ!それなら安心だ!」
「そうだね。……教えてくださってありがとうございます。助かりました」
僕はその店員が教えてくれなければ、堤防での釣りに挑戦することがなかったかもしれない。だからこそ、僕たちの会話が丸聞こえだったのか、口を挟んでくれたことに感謝をする。
「いえいえ!観光客の方がこの島で楽しんでもらえればなによりですから。……あの、その地図、茉里が書いたものですよね?」
彼女は料理を提供した時に使ったお盆を脇に抱えて、続けて喋りかける。
そう名前を出した人物はこれを描いたズバリその人で、よっぽど仲の良い関係なのか、文字とイラストだけで確信を持って聞けたそのことに驚いていた。
「え!そうだよー!茉里ちゃんが教えてくれたんだ〜。ねえ、あなたも茉里ちゃんのお友達なの?」
人と人との繋がりが見えることがよっぽど嬉しいようで、風香は話題を見つければ一直線に突っ込んでいく。
店員は元気よく頷いた彼女を見て、何か小さく呟いた後、笑って言った。
「そっかこの人たちが……。はい、私は茉里の仲間ですよ」
ここでも僕は、わざわざ彼女が“友達”ではなくて“仲間”だと呼んだことに微かな疑問を抱いてしまった。
なんだろう、この島の方言的なものだろうか。
「その……、あの子はどうでしたか?何か失礼なことをしていませんでしたか?」
「え!?いやぜんぜん!むしろいっぱいあそんでくれて楽しかったよ!」
「そうですか。よかった……。あの子、駄菓子屋で働いてるんですけど、店番中でも平気でお昼寝するぐらいおバカな子なんです」
あ、いや、それは来る前ぐっすり寝てました。
「働いてるのに勝手にお菓子をつまんだり……」
一緒に食べました。アイスまで行きました。
「お客さんと奢りのゲーム仕掛けたり……」
僕が負けました。三回。
「さらにはもう客が来ないと思ったら勝手に店を閉めちゃうんです」
閉められました。目の前で。
……いやこう考えるとすごいな茉里!都会だと考えられない破天荒さだよ!
「でもちゃんと優しい子なので仲良くしていただいてとても嬉しいです」
「いえいえ、こちらこそだよ!……それで、あなたの名前を教えてもらってもいい?」
せっかく共通の友を見つけたのだから店員と客の関係で終わらせたくないと、風香は思ったのだろう。
空腹、熱々の焼きそばを前に彼女は笑顔のままその子の瞳を見つめた。
僕もこの島に住む期間は長いのだから交流を持っていた方がいいと追加で口を挟む。
「僕は誠。葛城誠です。そして……」
「私が風香。桔梗風香だよ!夏の間だけここに住んでるんだ!」
彼女が萎縮しないように話しやすい流れを作れば、驚きつつも、優しく微笑み返して伝えてくれた。
「……!丁寧にありがとうございます!私は斑鳩心愛です。この『イカルガ』という店の店主の娘で、手伝ってるんですよ。……おふたりとも高校生ですか?」
なるほど、苗字が斑鳩でこの海の家の店名と同じ。茉里といい、この島は都会と違って社会が狭い分、実家のあとを継いだアルバイトに就くケースが多いのだろう。
「そうです。僕は15で、風香は17、だよね?」
「うんうん!もうすぐ誕生日だけど!」
「あ、そうなんですか?私、16で高校二年生なんです。おふたりのちょうど中間ですね!」
そうか、あまり意識していなかったけれど僕は高校一年生で風香は高校三年生だから、その狭間の僕たちの先輩でもあり後輩でもある代の人がいるのか。
なんだか風香と同級生だと思って接していたから不思議な気持ちになる。
「ちなみに茉里は私の同級生ですよ。あとほかにも二人この島に同い年がいます」
「わあ!茉里ちゃんも年下だったんだ。この島に四人も高校二年生の子がいるんだね〜!どんな子なのかなぁ……!?はやくあってみたいよ!」
「ははは……、少し、いやだいぶ変わってる人たちですけどね……。きっと、ちかいうちにすぐ会えると思いますよ」
子供がいないことで少し寂しさを覚えていたけれど、この島にもまだ出会ったことのない同世代がいるんだと思うと、風香の言う通り巡り合わせが楽しみになってくる。
……そういえば、護って何歳なんだろう。外見は高校生みたいだったけど灯台守が仕事だって言ってたし……。
「おっと、長くお邪魔しちゃってすみません。料理冷めちゃいますね……!あの、もうすぐ休憩なんです。良かったら食後にまたお話しさせてもらえませんか?」
僕たちが出会った中で、心愛はいちばんの常識人のようだった。
物腰柔らかにそう言ったのを誰が無碍にするだろうか。
「もちろん!」
◇
「すみません、誠さん風香さん!おまたせしました!」
「大丈夫だよー!お、服装着替えてるね!」
「はい、エプロンのままだと恥ずかしいですから」
「どっちも似合ってるよ!」
「あは。なかなか嬉しいこと言いますね……、ありがとうございます!」
僕たちが皿を平らげてから数分。
客足の少なくなったベランダでゆったり海を眺めていれば、店員──心愛が店の奥から小走りで駆け出してきていた。
僕たちは彼女を手を振りながら迎え入れ、風香の店員でこのどこまでも続く浜辺を共に散歩しようということになった。
灯台の近くとは少し異なる砂と日が、爽やかに思えた。
「そうだ、心愛さん。ここの焼きそばすごく美味しかったです。いつも祭りとかで食べるものよりも濃厚で……。あと具材にエビとホタテ使ってましたよね?これもこの島のものなんですか?」
「おー!ですです!港からもらってきてるんですよ」
「へえ。……あと違ってたら恥ずかしいんですけど、オイスターソースもいれてますか?」
「……!すごい、ご名答です!隠し味でちょっぴり!」
ここの料理は、素人目に見ても唸るほどの美味しさをしていて、心の底から称賛と感謝を告げる。
この味を忘れないようにと、ひとくちひとくちを味わいながら食べ進めた分、いろんなことに気づくことができた。答え合わせをしてもらい、自らの味覚を確かめられたことを嬉しく思う。
「本当に美味しかったです。ごちそうさまでした」
「おぉ〜?すごいねえ誠!私美味しいって感想しか言えないよー?海鮮が入ってることも気づかなかったし」
いやそれは気付いて。
「ふっふっふー、実はこの料理、私がレシピを考えたんです。カウンターからふたりが『うまいうまい』って食べてくれてるの見て嬉しかったですよ?」
彼女はにこりと海の似合う気持ちの良い表情で僕たちに笑いかけた。
食事中の顔を見られたのは恥ずかしいけれど、その感動が料理人にありのまま届いていたのなら何も言うまい。
「これを心愛さんが……!すごい、お上手ですね」
「いやいやそれほどでも〜……!」
「その、なんていうか、安心しました。…………あの、変なこと言ってもいいですか?」
僕がいつもより料理のおいしさを熱弁しているわけ。それはこの店のラインナップに安心さが備えられていること。つまり……。
「この千草島ってフランスパンが名物なんですか?」
ずっと聞きたかったこと。朝食に欠かさずフランスパンが出てくる異常事態はただ円海さんの好物なだけと捉えられたが、うめえ棒フランスパン味が出た瞬間脳がバグり始めた。
ちなみにあれから街中を出歩く時に、飲食店でのメニューをチラリとみれば『フランス』の文字が見えて目眩がしそうになったこともある。
どうか、僕が変なことを言っていると受け流してくれ。そう願っていた。
「あ、あはは……。そうじゃない、といいんですけど」
そうじゃないんだ!?
「別に小麦の産地なわけじゃないんです。でも島民がみんなフランスパンが好きで……」
やっぱりそうなの!?取り憑かれてるのは円海さんだけじゃなくて島ぐるみなの!?
「うん!美味しいよねフランスパン!」
……そういえば風香は島民じゃないのにフランスパンに毒されていた。
…………というか別に僕もフランスパン嫌いじゃないし、むしろ好きになってきたな。
「はい、美味しいんですけど、な、なんかこう普通じゃないっていうかぁ………」
心愛は頭を抱えるように悶々と苦悩する様子だった。
「あの、私、ここのおすすめは焼きそばだっていいましたよね?」
「あぁ、はい。美味しかったですよ?」
「それは大変ありがとうございます。……でも、一番人気なメニューは違うんですよ」
「……へぇ?」
「うちの曽祖父の代から受け継がれてきたレシピなんですけど…………、ブルスケッタって知ってますか?」
なんて?
「あ、私しってる!」
なんで?
「パンの上ににんにくを乗せたお料理でしょ?」
パンかい。
「ですです。うちではそれのベースにフランスパンを使うんですよ」
フランスパンかい。
「ブルスケッタはイタリア料理なのに」
ブルスケッタはイタリア料理なのにかい。
「本来そこにはトマトとか載せるんですけど、うちはこの島で獲れた海鮮を添えるんです」
……あれ?意外と郷土料理?
「これが悔しいんですけどすごくマッチしてて、島民一の人気を誇ってるんです……」
たしかによく見ればメニューが書かれた看板とは別に、ブルスケッタ専用のデカい看板が置かれていた。
……僕が知覚する前に、脳がフランスパンを認められなくてフィルターをかけていたのかも。
「え〜!ちょっと興味あるかも!」
「……僕も。でも、焼きそばもすごく美味しかったので後悔はないですよ」
「あは。お世辞でもそう言ってもらえて嬉しいです……」
レシピを自力で考案した者に、別の物を食べてみたいというのは不躾だっただろうかと、彼女が気落ちしないために本音を伝えた、が、どうやら彼女はそれを本気だと捉えていないらしい。
「あの、心愛さんはこの料理があまりお好きではないんですか?」
「あ、いえいえ!むしろ大好きなんです。けど、さっき言ったようにこれは“普通”ではないというか……」
まあ確かにこの嗜好には異常性は見られる、だが、彼女は何か別に思うことがあるように息を吸った。
「──私、ずっとこの島で生きてきたんです」
僕たちから目線を逸らし、足を止める。
彼女は浜辺の砂を踏みしめて、無限に広がる海──のその奥を、夢見るようにじっと眺めていた。
「いつかは外に出たい。でもそれはこの島の居場所が嫌いなわけじゃなくて、もっと大好きになりたいから」
それは僕たち、外の世界からやってきた者には理解できないものかもしれない。
でも、それをわかりたいと思って、彼女が続ける言葉を待っていた。
「外の世界の“普通”な生活を、“普通”な料理を極めたあとに、この島の“普通”を認めたい。私は、だからここの“異常”と戦ってるんです」
彼女は僕たちに話しかけているようでいて、遠い海の向こうへ独り言を話しているようだった。
それはとても大きな挑戦。なぜそう願ったのかは僕たちには到底汲み取れない。
「いつか伝統の味にも負けない、“普通”でもあり“異常”でもあるこの島で生まれた私の味を作りたい………って、あ、あはは。何言ってるんでしょうね私!観光客のおふたりにへんなことを──」
けど、笑い飛ばしてなんか絶対にやらない。語ってくれた夢は何よりも尊いと思ったから。
僕は、僕たちは彼女と同じ方を向いていた。
「──頑張って。心愛さん」
僕はまだ人生経験が浅いしそれに……都会から逃げてきた。
だから立ち向かえる勇気を持った彼女にかける、甘い言葉は見つからない。ただ純粋に励ましのみしかできないけど、それで十分だ。
「……へ?」
「うん、誠と全く同じこと言おうとしてた。心愛ちゃん。私、あの焼きそばとーっても美味しいと思ったよ。でもこれからもっと美味しくできるっていうなら、ずっと楽しみに待ってられる」
風香は僕とは違って、まるで先輩みたいな、大人びた言葉を囁いていた。裏表がないことが確信できる、笑いながらの表情は間違いなく風香にしか醸せない雰囲気を生み出している。
「あはっ。……ありがとうございます!ほーんと、お二方はこの島にいない、優しくて、普通で、変わった人ですね!」
僕たちの言葉は届いたか。
心愛は人懐っこい笑みを浮かべて、この瞳を貫いていた。
「ふふっ、普通で、変わってる、ね〜。初めて言われたなあそんなの」
「私も初めて言いました。……あの、もう少し歩きましょ?この砂浜が終わるくらいまで」
僕たちは、心愛というひとりの少女の抱える“普通”という言葉の意味を知りたくなって、ただ夏の午後を分け合って過ごす。
◇
「ちょっと不安なことがあるんですけど聞いてもらえませんか?」
「え、不安?なんでもいいですよ」
「この島の常識が世間では非常識なのかを答えてもらいたくて」
……なるほど?
「第一問。回覧板がある」
「あー。それは僕のところもありました。全然変わったものでもないですよ」
「あぁ、そうなんですかよかった……。どこの地域も献立共有しあってるんですね」
献立共有しあってないよ?
「一行日記を当番制で書いてるんですね」
一行日記を当番制で書いてないよ?
「都会の人も絵しりとりやるんだ……」
やらないよ!?
なにを回覧してるの!?
田舎、フレンドリーすぎるよ!?
〜〜
「や、やっぱりやらないですよね!?親が勝手に書いて近所に渡すもんですから私たちのプライベート筒抜けですもん!」
…‥苦労してきたんだね。
「じゃあ情報が回るスピードもそんなに早くないんですか?」
「情報……、そうですね。というか、近所に住む人でも顔も名前もわかんない人がほとんどかも……?」
「うええ!?そんなことあるんですか!?住所の数字上一桁が同じ人は名前も顔も一致するのが当たり前じゃないんですか!?」
「そんなのはもう他人だね……」
「私が学校で転んだ時、一日後には茉里経由で島のみんなからイジられたっていうのに……!」
それは本当に苦労したね!?
「ふふっ、でも逆に私は『いいな』って思っちゃったなそれ」
「……風香さん?」
「都会は良くも悪くも無関心だから、家族以外に自分を見てくれる人って少ないの。もし家族から離れちゃったらね、それがすこーしだけ寂しかったり」
「……なるほど。……前に私がすごい熱を出した時、親が大陸の方に行ってたんです。でも誰かが日替わりで看病してくれて……」
「……暖かい人たちじゃないですか」
「ですです。……たしかに、みんながみんな他人みたいに接すると考えたら、少し、いやかなり寂しいですね」
「うんうん。もちろんそれが嫌になる時もあるかもしれないけどさ。……孤独よりも辛いことはないから、私は憧れるな」
夕暮れ。日は落ちかかり空が赤に染まる。
風香の顔が影に隠れていた。
僕はまだそれに踏み込めなくて、後ろ姿を見ているだけだった。
けれど心愛は言葉をかけられた。
「それなら回覧板、しませんか?」
「おぉ?いいの!?」
「もちろんです。町のじゃなくて私たち専用の回覧板を新しく作ってってかんじになりますけど……!」
「ええ!ものすごく嬉しいよ!楽しそう!」
風香はその提案に顔をあげて、とても元気に彼女の手に縋っていた。
くだらないことを共有するだけの回覧板。でもそれはくだらないだけじゃなくて、その中には優しい想いしか込められていない幸せな手紙のような物だと、僕は思った。
「お家は萩原さんのとこですよね?そこなら郵便物と同じようにすぐ届けられますよ」
「ふふふっ、ついに私にも回覧板が回ってくるんだ……!」
普通そんな喜ぶ物じゃないけど、ってツッコミは野暮だから僕は何も言わずに微笑んでおく。
◇
「それじゃあ第四問!町全体に聞こえるスピーカーがある!」
「あー……!僕のところは一応ある、のかな。緊急時に放送がなったり子供が帰る時間になると音楽が流れたりします」
「おぉ!これは常識だったんですね!ふぅ、忘れ物があったりすると名指しで拡散されることが都会でもあるんだ」
「それはないね……」
「ないんですか!?」
「ふふっ、あったら便利だけどね〜」
「たぶん現代人は恥ずかしさの方が勝つよ」
「いやいや、うちの島もやられるとそりゃ恥ずかしいですよ……!」
「お?心愛ちゃんは経験者?」
「いや私自身は呼び出しはないんですけど、仲間たちが名指しで呼ばれて……」
「それは……恥ずかしいでしょうね……」
「本当は知らないフリしたいんですけど、こんな狭い社会じゃそれも無理で……。おちおち働けもしてられない日でした」
「他に放送はどんなのが流れるの?」
「まあ煩くないように基本は朝なんですけど……、今日の天気とかでしょうか」
それなんてラジオ?
「よく目を覚ましやすい穏やかな音楽とか」
もうスピーカーでラジオ垂れ流してるだけだよね?
「町長による小粋なトークとか」
ラジオ以外でしてたまるかい。
「あ、あと夏場はラジオ体操流れます」
ラジオじゃねーか!
◇
「とうちゃーく!行って帰って、いい時間だねー!」
灯台まで歩き、昼を食べ、そこからずっと砂浜を渡った今日のこと。足は随分と疲れていたが、筋肉痛に見舞われそうなひどいものではなく爽快感のある疲労だと思う。
海の家にたどり着いた頃には、完全には暗くないけれど、もう夕方が終わりそうな色をしていた。
「あの、今日はお二人で観光を楽しんでいる中、私のわがままで付き合ってくださって本当にありがとうございます」
彼女はこの島にはやはり似合わなすぎるほど礼儀正しい。
でも、こんなに話していてもなお僕たちが遠慮していたと思っているのには呆れ笑いが出てしまいそうだったから、僕たちは言った。
「こちらこそありがとうございます。焼きそばも美味しかったですし、この千草島の面白い話もいっぱい聞けて楽しかったですよ?」
「そうだよそうだよ!もとより今日の予定はなーんにもなかったけど、それで良かった、って思えるぐらい充実した一日だったよ!ぜんぶ心愛ちゃんのおかげ!」
都会にいた頃は、友達とそばにいてさえ、インターネットを用いることが暇つぶしの王道だった。
でも、ここにきて散歩をして会話をするだけでこんなにも楽しく、そして早く時間は過ぎ去っていくことに気付く。
真の充実とはこんな時の過ごし方を言うのだろう。
「あは。も〜本当に優しい人たちなんですから!そんなまっすぐにお礼言われ慣れてないんです!調子狂っちゃいますよ!」
照れ隠しに顔を隠す彼女が、しっかり者のキャラにしてはその時だけとても幼く写った。
「それじゃあ暗くなる前に別れましょうか!」
「うん!……ね、また会えるかな?」
風香が彼女の瞳を見て質問する。
もちろん海の家に来ればまた会えるが、きっと彼女はそういうことを言っているのではなく、“友達”としてまた会えるか、ということなのだろう。
「絶対、会えますよ。絶対」
「ふふっ、そんな強く言い切るんですね」
「はい!風香さんと誠さんには私自身がまた会いたいですし………それに、アイツが見逃しませんから」
心愛はそこで気になる誰かの存在を仄めかす。
僕たちがそれにつっかかるよりも先に、彼女が言葉を続けたからそれを尋ねるのはやめていた。
「回覧板、しましょうね!最初は私からです!」
はじめての別れの言葉は、また繋がり合うための約束だった。
斑鳩 心愛
この作品の中でめちゃくちゃまとも枠な子ですね。
一番女の子らしくて可愛くて、そして話の展開的にとっても助かる最高の子です。
書いてて好きなキャラです。




