七月二十八日 「駄菓子屋で話そう」
「まことまことっ!今日は何する!?昨日は楽しかったよね〜!」
空は今日も快晴で、解放された窓からはその温度も、色も、蝉の鳴き声も外から筒抜けだ。
一番広い畳の客間で、僕たちは二人座ってテーブルを囲み朝ごはんを食べている。
円海さんは今日も朝早く仕事に行っていて、作り置きされた優しさに甘えながら、彼女とこんな話をしていた。
「うん、楽しかったよ、すごく。今日も遊びたいけど……、風香は大丈夫?昨日結構遠くまで歩いたよね、疲れてない?」
昨日は夏休み二日目。朝から晩までこの島で自由に過ごせて、午前にカレーライスを作ったその次のこと。まだ地形が覚えられない俺を引っ張って彼女は町一周を徒歩で渡るツアーをしてくれた。
船上から見えたように、狭い島の中の三分の一にも満たないこの街はそこまで土地が大きいわけではないが、一周となれば、山という高低差がつく分厳しいものにもなってくる。
恥ずかしい話、朝目覚めた時に感じた違和感は足の微かな筋肉痛だ。
昔はもっと動けたけれど、やっぱり“あの日”以降全然運動していないツケが表面化してきている。
少しずつでいいから、慣らすのも含めて、筋トレしていくべきか。
「私はあんまり疲れてないよー!いっぱい走る体力はないけど、一回寝れば全回復するのー!毎日、朝起きるのが楽しいんだ!」
こんな活発な彼女についていくためにも。
「ふふっ、大人が羨みそうな健康体だね」
「おっ、はじめて言われたなぁそんなの。……もしかして誠、調子悪い……?」
彼女は朝食を頬張る手を止めて、対面する僕を上目がちに覗き込んでいた。
そのつぶらな瞳で貫かれれば、朝起きてから強張っていたような筋肉が弛んで安らぐような気がした。
「いや?全然平気だよ。今日も、もう一回町を一周してもいいくらいに」
なんだかカッコ悪いところを見せたくなくて、つい柄にもなく強がってしまった。
「おおっ、元気いっぱいだ!」
「全速力で競走したっていい」
「ほんと!男の子は丈夫だねぇ……!」
「片足だけで走ったっていい」
「すごい器用だ……!?」
「逆立ちで散歩したっていい」
「ええっ!?そんなことできるの!?」
できるわけがない。
……強がり過ぎてしまった。そもそも逆立ちすら安定しないのになぜこう口走ったのか。
こちらの虚勢を疑うことなく、無垢な瞳で笑う彼女はいったいどこまでの嘘を信じるのか、その表情を見るためにからかってみたいという気持ちもあったかもしれない。
「……ごめん流石に嘘。でも、この島を歩きたいのは本当だよ。今日はどこへ行こうか」
正直に謝って、僕の本心を語った。
体力の心配はもうなくなったから、彼女の行きたいところへ散歩しよう。
きっとそれが、僕の夏を彩るナニカに成るだろうから。
「あははっ、やる気満々って感じだね、誠!ん〜!じゃあそうだなあ……、午前は“駄菓子屋”に行ってみようよ!」
彼女は手をポンと叩いて、今となっては田舎特有の店の名前を出した。
“駄菓子屋”。
そこは坂道の町の中腹にある、のどかな商店で、二日前、この島に来たばかりの時に風香と行ったことがある。
その時はもう夕方に差し掛かっていたのもあり、二人分け合う形のアイスを買ってベンチで食べただけだったが、今度は午前中まるまる使って駄菓子屋に入り浸るとは……、なんとも夏休みらしい乙な楽しみ方だろうか。
「いいね、乗った」
もとより断るつもりはさらさらなかったが、想像しただけでものんびりと楽しめそうだ。
お金についても、昨日のカレーライスで食材を買った時に余ったのもあるし、なにより今日も円海さんから昼ごはん代を二人分もらってしまった。
都会に比べれば物価もきっと安いため、十分に満喫できるだろう。
僕の答えを聞いた風香は、嬉しそうに笑って、机に並んだ朝食にとどめのひと噛みをし、平らげて立ち上がる。
「よーしっ!そうと決めれば早速しゅっぱーつ!」
「あ、はやいよ風香!僕まだ食べ終わってない!」
「待ちきれないもーん!はやくっ、はやくっ!」
彼女に急かされながら僕は、ようやく朝食の残り半分に手をつける。
それは美味しくないわけでは決してなく、むしろ意外に好みではあったが、些か朝に食べるには重かったのだ。
僕はいったい何を食べているのか?
茶色いドロっとした液体が入ったスープと、小麦色の棒状の固形物。
それはこの料理が運ばれてきたときに、初めて見る組み合わせ過ぎて「これなんて名前?」と聞いたことがある。
彼女はケロっとさも既出の料理かのように言った。
「焼きたて味噌カレンスパンだよ」
この茶色い液体は、円海さんが味噌を加えてチューニングした昨日のカレーの残りだった。
そしてお馴染みの朝食はフランスパンだった。
ええ?カレーとフランスパンを融合させたカレンスパン?
これは風香の造語じゃなくて存在する言葉なの??
僕の常識がおかしいだけ???
躊躇ったのも最初だけで、悔しいかな、味はとても濃厚でパン生地とよく絡み合い美味しかった。すごいなフランスパン何にでも合うな。
感心しながら僕はようやく平らげて、風香と一緒に食器を洗い始めた。
そこで見えたのがひとつのトートバッグにまるでネギみたいに突き刺さった、無数の小麦色の食材。
……え。もしかして、明日も明後日もフランスパン?
◇
「よいしょー!到着!」
時刻は朝九時。
お家からゆっくりと二人で歩けば、思っていたよりも早く時間は過ぎて町の真ん中へ辿り着いていた。
今日も太陽は飽きずにかんかん照り。
なるべく木の陰、建物の陰をつたって涼しい道を選んできたが、それでもうっすらと額から汗が滲み始めている。
喉も乾いてきたが、それこそ狙いだ。
やってきた目的地は、昔ながらの駄菓子から甘味の和菓子、飲料、アイスまで取り揃える島唯一の子供達の楽園。
空腹こそ最大のスパイスというように、喉の渇きもきっと同じで、運動した後の炭酸は絶品だろうとまだ駄菓子屋に入ってもないのに心が高鳴っている。
「それじゃあ扉を開けようか」
さすが都心部から遠く離れた田舎の島。コンビニのような自動ドアには縁がなく、手動、さらには円海さん家のようにスライド式の戸だ。
コンクリートで舗装された道から色濃い茶色の木製の床へ、風香より先に一歩踏み出してみれば身を包む雰囲気が変わったように思える。
おばあちゃんの家のような、安心する匂い。
ケーキ屋のような甘い香りや清潔感のあるアルコール臭はしないけれど、古い紙、焦げた醤油、湿った木材の匂いがジャンクに混ざり合って独特な空気で包み込まれる。
耳から聞こえる音といえば、煩いぐらいの蝉時雨は戸を閉めてもう小さくなっているけれど、一定のリズムを刻む今度は別の騒音が建物の中に響いている。
それは扇風機が首を振りながら奏でる音。
ぶっちゃけ屋内といえばエアコンでキンキンに冷やされたのを想像していたし、望んでいたが、この場所はまだ夏のうざったい部分から完全に隔離しきれていなかった。
でも扇風機によって人工的に発生された風が、風鈴をチリンチリンと鳴らしているのを見て、汗が引いていくのは確かなことであったから今はこの場所がとても心地よいと感じている。
さぁ、早速この店には何が置いてあるか、一面に広がる棚を眺めようとした時だった。
僕の視界の端の奥。
たいそうな機械は置いていないレジの机。
前来た時はそこに店主のおばあちゃんが座っていたけれど、今は別の誰かがそこにいたから、思わず二度見するようなことをしていたから、つい目が離せなかった。
「……むにゃ……っ、……ふふ……。……すぅ……」
……年若き少女が机に突っ伏して寝ている。
え、ええ?いまは営業……しているよね。不審者ではないだろうし、彼女は店員なのだろうか。
都会では考えられないが、こんなことをしていたって許されるのがおおらかな田舎ならでは……かな?
どうしたのだろう、と困惑して固まっている僕の背中からひょっこりと顔を出した風香は、同じ光景を眺めていたが、僕とは異なって一切動揺していない様子。
まるで、そんなのは珍しくもないことなのか、いつもと変わらないように島民へと向ける力いっぱいの挨拶をその少女に対して元気よく放つ。
「やっほー!きたよー茉里ちゃん!」
顔見知りか。気持ちよさそうな睡眠中にも、躊躇せず大きな声を出して風香は己の存在をアピールした。
さすがにこの音量で名前を呟かれれば、眠りの少女も起きざるを得ない。
その子は「わっ」とびくりと体を震わせたかと思えば、いまだ「むにゃむにゃ」と寝言を言いながら目を擦っている。
寝起きが苦手か、それともそれが単なる彼女の気質か、かなりのスローペースで、ゆっくりと意識を覚醒させているようだった。
ようやく座ったまま伸びを終えた後、彼女はこちらをみつめて、溶けるように「にへら」と頬を緩ませて声を放つ。
「ん〜……、おはよ〜、風香ちゃ〜ん」
なんだかこちらまでスローになってしまいそうな、マイペースな少女の話し方。
田舎だから余裕があるのだろうか、にこにこと笑顔な様子がとても魅力的だった。
「おはよ!あはは、今日も快眠だったね」
「えへへ〜、恥ずかしいなあ。ちょっと天気が良くてぇ……、おばあちゃんには内緒だよお〜?」
「もちろん。ここすっごく落ち着くもんね。私もずっと座ってたら眠っちゃうかも!」
「おお〜、そうだよそうだよお!この場所日差しがちょうどいいんだあ。おいでおいで〜、風香ちゃんも一緒にねよ〜」
どうやら二人はかなり仲がいい様子。
見たところ高校生、同年代か。風香は島民の誰とでもコミュニケーションが上手いのは知っていたが、こんな風に対等に会話している様子は初めて見た。
……というか、そういえば、この島で風香以外の子供を初めて見た。
「んー、とっても魅力的だけど、今日はだめ!この子とここのお菓子を食べ尽くしに来たの!だからオススメ教えて!店員さん!」
やはり「茉里」と呼ばれるその長閑な少女はここの店員か。風香はすっかり置いてけぼりになった僕を話に引き出した。
「おお〜お友達が上客さんにかわったぁ!いらっしゃいませーって言わないとおっ。……おやあ?わあ、見ない顔の男の子だあ〜!はじめましてえ!」
彼女は風香より先に店に入った僕を、寝起きには気づいていなかったようで、風香に肩を掴まれた僕の瞳を、ゆるやかな曲線を描いた目尻、特徴的なタレ目で興味津々と言ったように眺めている。
「は、はじめまして。えっと……」
商品棚を越してレジ前へと近づきながらその少女に近づいた。
そこまでは良かったものの、僕はまだ風香と違い島でのコミュニケーションに慣れていないから、人の知り合いにあったときどうするべきかわからず言葉が詰まってしまった。
「あ、わたし、水無瀬茉里だよ〜。いまは『茉里』ってよんで〜。そしてここで頼れる店員さんのアルバイトをやってまあす。きみのお名前はぁ?」
彼女は助け舟を出すように、自己紹介を円滑に行ってくれた。アルバイトというように、やはり彼女は僕と同じ学生の身分だ。
人と話すのは緊張する性分の自分だけれど、こうして穏やかに話しかけられれば自然と言葉が出てきていた。
「誠。葛城誠っていいます。その……よろしくおねがいします」
「おっけ〜誠くんねぇ。こーこーせー?」
「はい。15歳です」
「おお、同じくらいだあ。わたしは16〜!ちょっとわたしのほうが先輩だけどお、敬語じゃなくていいよ〜」
距離の詰め方が早いのが島民の特徴なのか、仲良くなるためにもっとも効果的な手段を最初に仕掛けてくれた。この島で出会った二人目の同世代、せっかくそう伝えてくれたのだから有難くタメ口で喋らせていただこう。
「……そうか。じゃあこうやって話すね」
「うんうん〜。敬語はむず痒いからね〜」
なんかそんなこと風香と初めてあった時も言われたな。
「だよねぇ。……あっ、そういえばこの島で敬語使ってる人みたことないかも!」
風香は突如閃いたかのようにそう言った。僕的にはにわかに信じがたい。普通、会社や学校のような縦方向に関係性がある社会に属していれば、敬語は当たり前だ。
それでも大人から子供にも、子供から大人にも敬語を使わない世界があるとは。
恐るべし千草島。
「全く使わないってことはないけど〜……まあ狭いとこだからね〜。みんなが家族みたいな感じなんだよお」
「……ふふっ、みんなが家族、か。いいとこだね」
この形こそ信頼性の表れなのか。
島での絆はある一方、それ以外には厳しい……なんてこともなく、僕のような部外者にも排他的ではない友好的な対応をしてくれるから、僕もいつかその家族の一員になれるような気がして正直に嬉しいと思っていた。
「そうとも〜。それで、誠くんはこの島になにしにきたのお?かんこー?」
「……まあそんな感じ、かな?八月が終わるまでここにいるつもり」
ぶっちゃけていえばここに来たのは、親の勧めであるだけで目的はないし、ただ長い夏休みを消化するためだから平たくいえば観光だ。
「おお〜!いいねいいねえ、いっぱい楽しんでえ!……あ、それじゃあ駄菓子屋さんにきたこともあんまりないー?」
彼女のいない一昨日に、この場所へ来はしたが、あまり長い時間は使えなかったし、僕が住んでいた地域にはもうその種の店は絶滅していた。
だから、本格的な雰囲気を纏うこの施設を楽しむのは、ほぼはじめてだといえる。
「ないかな。お菓子もあまり食べないし……」
「ほほ〜う。なるほどお!ここの駄菓子とってもおいしいよ〜!煎餅にラムネ、ミニ大福からどら焼き……。小さなご褒美がいっぱい!そういえば風香ちゃんも、ここ以外の駄菓子屋にいったことないって言ってたよねえ?」
茉里はよだれを垂らしながら、“小さなご褒美”と自分が大好きなお菓子を想像して指折り数えている。
いけないいけない、と気を取り直して彼女は風香に対してそんなことを尋ねた。
「うん!そうだよ!まだ食べたことないものいっぱいあるもん!」
風香は棚をさっと眺めながら、はじめてみる種類のポテトチップスを手にとって、キラキラと目を輝かせて味を想像している。
正直、僕はそれを意外だと感じていた。
彼女のように活発な子は、幼い頃にお菓子をいっぱい食べてきていると思っていたから、これさえも初めての体験なのが不思議と頭に引っかかった。
「ふっふーん。よおし、わかったあ!ここは茉里ちゃんにまかせてえ!名誉店長代理のわたしが〜……、駄菓子びぎなーの子たちにすべてを案内しちゃいまあす!」
僕たち二人の返答をきいて、うんうんと頷いた後、茉里はゆっくりと立ち上がり、レジを止めて、こちらを先導し始める。
「おおっ!うんっ!解説お願いしまーす!」
「はあい!端から端までぜんぶ説明しちゃうよお!」
僕たちが来るまで彼女が寝ていた通り、この駄菓子屋内には他の客はいない。
けれどこうやって三人で話すのは、客足がない午前中が決して寂しいわけではなく、むしろかけがえのない時間であることを強調させていた。
「ね、誠っ」
早速、茉里がレジに一番近い棚のそばにある駄菓子を「どれがいいかな」と物色している時だった。
風香は振り返って、僕だけにしか聞こえないように小さく声をかけた。
「どうしたの?」と自分でも驚くぐらい優しく声をかければ、彼女は満面の笑みでこう言った。
「ふたりで全種類制覇しちゃお!」
……ああ。なんて彼女は目を外せないほどの表情で、こんな魅力的な提案をするんだろう。
きっと今日のお昼は炭水化物を取れないな。
まあいいか、君の笑顔を、僕はずっと、見ていたいから。
◇
「はじめはこれ〜!うめえ棒〜!」
「あ、これなら僕は食べたことあるな。めんたい味とか好きだったかも」
「あ〜、いい趣味してるねえ」
「でもあんまり他の味は知らないな。……ここ、たくさんの種類が置いてある」
「ふっふっふ〜、わたしの好物だからねえ、おばあちゃんに頼んで全種類置いてもらったの〜」
「全種類!?茉里ちゃん、ここの店長さんの孫娘なんだよね?いいなぁ、美味しいものいっぱい食べれそう!」
「いえーい、特権なのです〜」
「それでいいんだね……。じゃあ店員さん、イチオシの味はある?」
「全部好きだけどお……、やっぱりこれかなあ!」
「おお〜!おいしそう!」
「じゃん!フランスパン味!」
正気か?
「すっごくかったいんだぁこれ!サクサク感ゼロ!」
正気か?おいしいか?
「それどんな味するのー?」
「フランスパン味〜!」
それは知ってるよどんな味だよ。
「そっかー!」
納得しないでよ風香。
「麦と塩を感じられる素朴な逸品でえす!」
本当にフランスパン味!?
◇
「次はこれえ!三分の一でにっがあいのが当たるやつ!」
「あー、たまにこういうのみかけるけど、買ったことなかったなあ」
「ほえー!私、これ初めて見た!どんな味するのかなあ!?」
「想像を絶する味だよお」
「想像を……!?」
「苦虫を噛み潰したような味〜」
なんだそれは。
「わあっ、そんなのが世界に存在するんだー!面白そう!気になってきた!」
「……外れを待ち望んでない?」
「ふふっ、そうかも。さ、誠のぶんは〜、これっ!」
「僕に選択権はないんだね……。じゃあ、風香は真ん中のこれね」
「じゃあわたしはこれ〜!」
「……そういえば店員さんも食べていいの?」
「お金を払えばおっけーなのです!というわけでえ、にっがいの引いた人がおごりね〜!」
「いいね乗った!誠も、乗った!」
「選択権はやっぱりないんだ」
「はいせえのっ!」
「………お?甘い……!」
「………ん〜、あたりだあ!」
「………ぐえ」
「あははっ!ハズレは誠のだったか!」
「……ぐおお……が、ああ……」
「ふふ〜、わかるよお、言葉を喋れなくなるぐらいだよねえ」
「す、すごい……!誠が本当に苦虫を噛み潰したような顔になってる……!」
これは本当にやばい。
とてつもなくやばい。存在してはいけない。
な、なんかこう……本当に昆虫の血液みたいな汁が口で暴れまくっている。
駄菓子のレベルを超えている。
「くやしい〜?」
全速力で首を縦に振る。
「じゃあ二回戦目だ〜!」
「……ごくん。……風香。今度は僕が先に選ぶから」
「……お、おお〜、お手柔らかにぃ……?」
◇
「一回飲み物をのも〜!」
「だね!……誠が可哀想だし」
「……もう絶対あのお菓子買わない」
「三回連続はわたしも初めて見たよお」
「途中泣きそうになってたね……」
「風香も食べればわかるよ……。はあ、喉を洗いたい……。冷たい炭酸っておいてあるかな?」
「もっちろ〜ん!炭酸ならなんでもいーい?」
「うん。……あ、苦いの以外なら」
「あっはは〜そんなの売ってないよお!風香ちゃんはなにがいい?」
「私は〜……、誠と同じやつにしようかな」
「おっけー、苦いやつねえ!」
「売ってないんじゃないの!?」
「冗談冗談〜!じゃあわたしもおなじのにするから、デカいのわけあお〜!奥からコップ取ってくるねえ、おふたりでちょっと話してて〜」
「わかったー!いってらっしゃい!」
「……なんか穏やかそうな人にみえて結構アクティブだね」
「ねー。私も最初に会った時そう思ったかも。……なんだかそんなのんびり屋さんで元気なところが“千草島の人”って感じするなぁ」
「のんびり屋さんかつ元気っていったら、僕からしたら風香も“この島の人”って印象だよ」
「おお〜!嬉しいね、はじめていわれたよ。いままでしっかりもののクール系病弱少女でやってきたからなあ」
「どの口が!?……風香は一月前にここに来たんだよね。茉里とはどうやって知り合ったの?」
「んー二週間前ぐらいかな。まだ島に来たての頃にふらっとここへ来たんだ」
「結構最近なんだね。随分と仲良くみえるよ」
「そう!?私、歳の近い友達って茉里ちゃんしかできたことないからそう言われて嬉しいな!」
「へえ。……え、“しか”?もしかして風香──」
「やあやあ、戻ってきたよお。炭酸は無難に黒くて甘いこれにしよ〜」
「おお!これは飲んだことある!美味しいよねー!……ん?誠なにか言おうとした?」
「……いや、なんでもないよ。僕もこれは自販機で見つけたらよく飲むな。苦くなくて安心」
「もお警戒しすぎだよ誠く〜ん」
「あははっ!そんなに嫌がってたら食べさせたくなっちゃうかも!」
何を?
「茉里ちゃん、ほかに苦い食べ物ある?」
なんてことを聞いてくれたんだ。
「あるよお」
あるな。
「食べる?」
食べない。
「嘘嘘っ!全種類制覇するっていったからね!苦いのも甘いのも、二人で半分ずつ食べよ!」
「……それなら、いいよ」
「よしっ、それじゃあ茉里ちゃん、次は甘いのを教えて!」
「まかされましたあ!」
◇
「きなこ棒にふ菓子、煎餅、スナック菓子、ラムネ、フルーツヨーグルト……。いっぱい食べたね!」
「うん。やっぱり美味しかった。これこそ駄菓子だね」
「ふふ〜ん!気に入ってくれてよかったあ。店員さんとして嬉しい限りだよお」
「チョイスが良かったからだよ!お腹もいっぱいで大満足!」
「いまは……十二時か。もう三時間も経ったんだ。あっという間だね。……それで茉里、ずっと僕たちの相手をしてくれてたけど良かったの?お店の仕事とか……」
「う〜ん?大丈夫だよお、お客さんが来ない時はずっとお昼寝して店番してるだけだしぃ」
逆にそれでいいの?
「なにより今日は、誠くんたちが丁重にもてなすべきお客さんだったからねえ!ふたりで三日分ぐらいのお買い物をしてくれて助かったよ〜」
「ほんと?それならよかった!」
「うんうん〜。それに島の外から来た子と話せたのは楽しかったしい!……ふっふー、それじゃあふたりとも、別腹は空いてる?」
「別腹?」
「そうそう!食後のでざーとってやつ。わたしが奢ってあげちゃうねえ!」
◇
駄菓子屋の中には、棚が置いてある木の床以外にも奥の方に一段上がった畳の部屋──座敷がある。
そこに敷かれた座布団に座り、机を囲んで、僕たちはたくさん見繕った駄菓子を食べていた。
こちらにだけ向けられた扇風機。
室内温度はきっと入った時と変わっていないが、その風とよく冷やされた飲み物。そして暑さを忘れるほどの楽しい会話の中で、僕は心地のよい冷涼感に包まれている。
「さあさあ、持ってきたよお!安い棒アイスだけど、これがいちばん人気なんだから〜!」
彼女が自分の分含めて三本、外の冷凍庫から両手に抱えて持ってきたのは、坊主の少年がパッケージにプリントされたソーダ味のアイスだった。
……これにも確か変な味の商品が展開されていた気がするが、フランスパン味でも苦虫味ではなさそうで心の底から安堵する。
「ありがとう茉里」
「わあっ!これ、そういえば食べたことないや!ありがとう茉里ちゃん!」
そう僕たちはお礼を言いながら、彼女の腕から冷たいそれを取っていく。
パッケージを剥きながら、僕はこれを「食べたことがない」という風香の方を自然と眺めてしまっていた。
……正直、これはどこにでも売っている極めて王道の庶民的アイスだろう。
そんなものを興味津々に眺める彼女が、僕の目には奇異に写っていたから、僕は“彼女がこの島に来る前”のことを知りたいと思ってしまった。
こう考えるのはこれが初めてではなくて、数々の定番駄菓子を、この島に来る前まで、食べたことも、あるいは知りもしなかったということが、世間から隔離されたモノのように見えてしまったんだ。
その隔離は、ド田舎に住んでいたから、という理由ではなくて、もっと別の方向で隔てられていたような──。
「……ま…と、誠!どうしたの?アイス溶けちゃうよ!?」
「あ、ああごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた」
思考にふけっていたら、いつのまにか剥き出しになっていたアイスは気温によって溶け始め、ぼたぼたと手に冷たいのがかかっていた。
そのことに僕は意識を引き戻されて、さっきまで何を真剣に考えていたか、もう思い出せないほどに現実と対面していた。
そうだ。せっかく貰ったんだから残さず食べないと。
……というか、アイスが溶けた?
ここは屋内なのに??
……やはり、暑くないと感じるのは耳から聞こえる風鈴で騙される体だけらしい。
外の世界は変わらず、茹だる暑さの太陽が猛威を振るっているのだ。
「んーっ!おいしいねえ。夏はやっぱりこれだあ!」
すっかり店番を放棄して、遊ぶことに夢中になった店員が、小さな口とスローペースな喋り方通り、ちまちまと棒アイスを舐めてその甘みを確かめている。
彼女は食事中も雑談の最中だというように、にこやかに微笑みながら僕たち二人の顔を見てこういった。
「それで、ふたりはこれからなにするか決まってる〜?」
「……?これから、って?」
「誠くんと風香ちゃんは観光にきたんだよねえ。わたしはここが大好きだけど〜、この島って自転車があれば半日で回れるぐらい小さいんだあ。だから……なにか“目的”がないとすぐ飽きちゃうかなあって」
彼女は自分の生まれ育った島を過度に賞賛も卑下もせず、ありのままの事実としてその問題点を伝えた。
その言葉は、夏休み気分で流されるがまま行動していた僕に思考の猶予を与えていた。
“目的”、それはなんだろう。
僕はこの島で何を成し遂げたいんだろう。
ただの休暇として、この日々を最終日まで消化してしまったら、僕はきっとひどく後悔する。
それは疑いようもない確信に近い。
でも咄嗟にはそれが考えつかないから僕はアイスを頬張るスピードを緩めて固まっていた。
そんな時、意外にも、彼女はいつもと違った凛とした空気を纏って、優しい声色で小さく、宣言する。
「──私はあるよ。“目的”」
風香は大人びたような、憂いを帯びた表情で目を伏せ、笑って言った。
それは何、と声に出して言う前に、風香はとても“風香らしい”答えを出す。
「『夏を全力で楽しむこと』、だねっ!もちろん、『誠と』っ!」
さっきまでの彼女は夏が見せた幻覚みたいに、いつもの調子、元気いっぱいの声に戻ってこちらをもうひとつの太陽みたいに照りつける。
風香と出会ったのは二日前だ。
それなのに彼女の目的には僕が当然のようにいる。
でも僕はそれが、なぜか嫌じゃなかったから。
僕もそれを“目的”にしたいと思ったんだ。
「──僕も『夏を楽しむ』のが目的だ。『風香と』、ね」
少し照れくさいけど先に言ったのはそっちだから、僕はもう、ほっぺたが熱くなっているのを気にしない。きっとこの夏の温度のせいだから。
「……ふふっ。うんうん!良い“目的”だねえ!いいこときけちゃったあ。……絶対、あの子はふたりを気に入るよ」
茉里は僕たちのやりとりを、にへらと笑いながら聞いていた。
そんな彼女が最後に何かボソっと言ったような気がしたが、すぐ横で僕の言葉に嬉しそうに反応して肩を叩く風香がいたから、何も聞こえず勘違いだと思うことにした。
「ええ〜!?誠今なんて言った〜!?ねえねえもう一回言って!」
……風香。痛い。肩叩きすぎ。あともう言わない。
「あはは仲良しさんたちだねえ。そうだ、この島を楽しみたいならいいところ教えてあげるよ〜!んっしょ、紙とペン持ってくるね〜」
茉里は座敷から慌ただしく降りて、店の奥へと小走りで駆け、学校で使うだろうルーズリーフとネームペンを引っ提げて戻ってくる。
「……?茉里ちゃん、何描いてるの?」
彼女が何かをイメージして筆を走らせているのを、不思議そうに眺めながら風香は声に出して質問していた。
茉里は美術センスがあるのだろうか。
さっと描いた曲線が、何を示しているのかすぐにわかった。
「地図だよお。ふたりともこの島がはじめてだか
ら〜、大人も知らない、わたしたちだけの秘密基地……じゃない遊び場を教えてあげる〜!」
さすが生まれ故郷。何も見ずとも完璧に地理を把握しており、島の輪郭を一筆書きで成功させた。
そこから付け加えるように、彼女が赤ペンで丸をして文字を数箇所に書き始める。
「おお〜!この場所が遊び場なの?」
風香は目を輝かせて彼女に詰め寄った。
僕はイチオシポイントと赤文字に書かれたその名前たちを記憶した。
“駄菓子屋”、“図書館”、“灯台”、“海の家”、“堤防”、そして、“山中の廃屋”。
彼女は六箇所の地点に特に思い入れがあるようで、その周囲だけやけに詳細に情報が足されていった。
僕はこの島に来た時に、港にいたおじさんから観光用のパンフレットを貰ったが、それには記載されていない面白そうなモノたち。
「むむ、どれも、行ったことないなぁ」
「あれ、風香もそうなの?」
「うん。街中の散歩が多いから施設にはあんまり入ってなかったの」
地図を見て僕らが感想をこぼしていると、書き終えたのか、茉里がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「どれも素敵なところなんだ〜。景色が綺麗、とかじゃないけど、きっと。……面白い何かが待ってるよ」
彼女は嬉しそうに目を細めて笑っている。
その時だった。
──ザー……、ザザ、ザー
砂嵐?
酷いノイズが駄菓子屋の中に響く。
なんでそんな音が鳴っているかはわからなかったが、どれから鳴っているかは予想がついた。
「……?茉里?ポケットのそれ、何?」
彼女のポケットには銀色の筆のようなモノと、黒くて携帯のような四角い箱の二つがあった。ソレは両方茉里の右ポケットからはみ出していて。
後者について彼女は僕たちに説明する暇もないまま、突然立ち上がる。
「──帰ってきたんだ」
茉里はお菓子を食べていた時よりも嬉しそうな表情で、今度は聞き間違えないそんな言葉をひっそりと呟いた。
「ごめんねえ二人とも!仲間から連絡が来ちゃったからあ、今日はお開き!お店も閉めちゃいます!」
「ええ……!?そんなこと勝手にしちゃって良いの?」
「良いの良いのお!店長代理だから〜!地図、なくさないでねえ?」
おっとりした仕草が嘘みたいに、彼女は浮き足立つかのようにソワソワと閉店の準備を進めていた。
机に開かれた地図は、忘れないように、僕が丁寧に折りたたんでポケットにしまっておくことにする。
「……ね、誠。いったい誰からなんだろうね?」
「僕も気になるな。でも……それを聞くのは明日以降にしようか」
あのザーザーしたノイズで何がわかったのだろう。
彼女にしかわからない暗号のようなそれを探求したい心はあるが、今は彼女のことを優先させてあげるべきだろう。
またいつか、駄菓子屋に立ち寄った時に、まだ食べ尽くせていない種類のお菓子と共に聞いてみよう。
そう思ったのだった。
「……!そうだよ!また会えるもんね!今日は一回お家に戻ろうか!」
「うん。……それじゃあ僕たちは行くよ。駄菓子、美味しかったよ。またね、茉里」
「ばいばい!茉里ちゃん!」
すっかり駄菓子屋の匂いに絆された僕たちは、再び炎天下の中を歩くことに躊躇してしまいそうだったが、意を決して戸を開ける。
まだ夏休みは始まったばかり。
きっとどこかで、それかまたここに来れば、茉里という少女と出会えるだろう。
だからこれは、何十とある彼女との別れのうち、最初の一つであるだけだ。
そう思えば、僕たちはまだ八月にすら入っていないことが、とても遅いことのように思える。
「うん、ばいばあい!……今度は、ここじゃない場所で、会うかもねえ」
戸が閉まりかけるその時。
彼女の終わりの言葉は、音量を増した蝉時雨によって掻き消されていた。
水無瀬 茉里
駄菓子屋で働くマイペースな子です。
喋り方が可愛くてボケキャラで、書いてて結構好きな子です。




