八月十一日(前)「沖釣りをしよう」
『ん、おかーさん、それ、なに?』
視座が低くて、世界の全てが大きく見えた。
“僕”は大きな大きな、頼りがいも包容力もあるその人を見て、率直に尋ねていた。
『んー?あ、このネックレスのこと?』
“僕”が指差したのは、その人──おかーさんがいつも首からかけているその装飾品だった。
それがファッションのアイテムだということはちいさな“僕”でもわかる、けど、その“デザイン”が何を意味しているかが気になってしまった。
『うん。なんで、コンパスなの?』
方位磁石を模した銀細工。
おかーさんは海に出かける時に、いつだってそれを大事に抱きしめている。
『あ、ぼくも聞きたいな。どんな意味があるの?』
横にいる“僕”より少しだけ背の高い、頼れる男の子──おにぃちゃんが一緒に質問してくれた。
『お、じゃあふたりには教えちゃおっかなー?コレはね、お父さんがくれたモノなんだよ』
『おとーさん?』
その時を懐かしむように、今は遠くにいるおとーさんを快晴の青空に映して、おかーさんは上を見上げて目を瞑っている。
『そう。コンパスはね、どんなに嵐が吹いても視界が真っ暗になっても、宇宙に投げ出されたとしても、進むべき“正しい方向”を見失わない。人生で迷子になりそうな時にこれを見れば、きっと、帰れる。……ってお父さんが随分前にプロポーズと一緒にプレゼントしてくれたんだよ』
そっか、おかーさんの仕事は大変なんだ。いつか、帰れなくなってしまうほどの危険もあるんだ。
でも、それさえあれば、お母さんは帰れる勇気をもらえるんだ。
『コンパス……!これがあれば、誰でも帰って来れるんだ……!』
隣のおにぃちゃんはとても目を輝かせて、“僕”と同じことを呟いて、一言一句余さず、その言葉を噛み締めるように記憶していた。
それはたしかに、素敵な言葉だと思った。
そんな二人を見て、おかーさんは最後に伝えてくれる。
『……そうだ。これをね、いつかふたりにあげようと、ずっと前から思ってたんだ』
突然、それを握りしめたあと、おかーさんはそのネックレスを外す。なぜ、そんなことを、そんな穏やかな顔をしていうんだろう。
『え、どうして?それはおかーさんの大切なものじゃ、ないの?』
『もちろん、大切なものよ。でもね、お母さんはそれより大切なモノがあるの。授けたい祝福があるの』
おかーさんは“僕”に近づいて、そして抱きしめるように、背中に、首の後ろに手を回した。
耳元で“僕”の名前を囁いた。
『──。迷子にならないでね。きっと、これが、導いてくれるから』
“僕”はそのネックレスを着けられたんだ。
いつかおかーさんが貰った暖かな加護を、今度は“僕”が受け取った。
それは軽いはずなのに、すごく重くて、そしてその重みがなぜか、嬉しかった。
『ふふっ、よかったね、──』
となりでおにぃちゃんが笑ってる。でも、このコンパスはひとつしかないから、これはおにいちゃんは貰えない。だからおかーさんは続けて言った。
『あらあら、もちろん──にもあるよ。優しいお兄ちゃんには、これをあげる』
『……え、いいの?』
『もちろん。私たちは、二人に迷ってほしくないんだから』
おにぃちゃんが託されたのも、コンパス。
でもそれは“僕”のようにアクセサリーのそれじゃなくて、蓋がついた、機能性のある本物の懐中コンパス。
おにぃちゃんはそれをすごく嬉しそうに抱きしめて、そして、笑った。
おかーさんは薄れゆく世界で、最後にもう一度、まじないをかける。
『だいじょうぶ。これから先のどんなことがあっても、私たちのそれが帰る道を示してくれるから。──だから、進み続けてね』
“僕”はそれを忘れない。そのために、それと共にあり続ける。抱きしめ続ける。胸に、心臓に重ねて、そのコンパスをずっと、なくさない。
◇
「誠っ、今日はエデンに行く前に寄りたいところあるんだけど……いい?」
いつも通り。支度を済ませ、縁側で。
風香と並び朝日を臨む。
今日の朝は三人で川の字になって寝ていた状態から目が覚め、円海さんと少し早い朝ごはんを食べ、仕事に送り出した。
天気もいい。朝から活動的で良い日になると直感した。だからもちろん、風香のそれにも断るわけがなかった。
「いいよ。どこにいくの?」
「ふふっ、それはねー!」
彼女は溜めて、僕の手を引っ張った。外へ向かう。
「乃彩ちゃんのいる堤防だよっ!」
◇
ここに来たのは八月一日以来だ。
一本の長い道に、釣具やクーラーボックスを持った意外と多くの人が並んでいる。
千草島一番の釣りスポット、その最奥に彼女はいた。
「……うん、これで、だいじょうぶ。はい」
「おぉっ!ほんとかっ!ありがとな乃彩ちゃん!」
そこには彼女だけではなく、釣り竿を抱えた見知らぬ誰かが先客として訪れている。
乃彩はその人に少し古びた何か──おそらくラジオを手渡して、それが無事動作するか、確かめさせていた。
ボタンをカチッとするまで押し込めば、それは軽快な音を奏でて海沿いの堤防を彩り始める。
「すげぇ、完璧に直ってるぜ!このお礼は……もうしばらくはねぇが、また昨日みてぇにうちの船に乗せることで返させてもらおうかな!」
「……!うん、それでいい。ばいばい、おじさん。また壊さないように、ね」
「おうよっ!じゃあな、乃彩ちゃん!」
元気な老齢の釣り人と、おとなしい少女の交流はもう終わったのか、別れを告げて、そのおじさんは僕らの横を通り過ぎていった。
何をしていたんだろう。そんな疑問は僕の口から聞かずとも、隣の子が好奇心を隠さず伝えてくれる。
「おはよー乃彩ちゃん!ねえね!さっきの人と何話してたのー?」
「わっ、風香先輩っ……、それと誠先輩も、おはよう」
風香は飛びついてその頭を撫でた。
僕らに気付かずとても驚いたようだったけれど、顔を見て真っ先に出てきた言葉がおはようの挨拶だったことに笑ってしまう。
「おはよう乃彩ちゃん。……さっきの、ラジオだったよね。直してあげたの?」
「あ、うん。あのひと、昨日音が鳴らなくなったみたいで、わたし、ああいう機械いじり、好きだから、家で直してあげた」
状況から推測されることで聞いてみたが、どうやらその通りみたいで、僕は彼女のその能力に驚いてしまった。
どれほどそれが複雑な作りをしていたかわからないが、直せると思えるほどの自信を持っていること、また、節々から覗けるとてつもない器用さの片鱗から、彼女の兄とよく似ているなと思ってしまう。
「へぇ……!乃彩ちゃんそういうの得意なんだね!」
「ん、任せて。わたし、実は自警団のエンジニア担当」
「初耳すぎる」
「エンジニア……!いつもどんなことしてるの!?」
「ん、壊れたものの修復、改造。……だけどいつもおにぃが先に直すから仕事はあんまりない」
実は自警団にはそれぞれ役割があるらしい。僕は……一応書記らしくて、風香は操舵手、ルークなんかは戦闘員だったっけ。
ノアとはもう十日以上の付き合いになるけれど、釣りのイメージしかなかったからその趣味は新鮮に感じた。
「あと、趣味だけど、ラジコンとか、作ってる」
「……!ラジコンって乗り物を操作できるやつー?」
「そう。戦車とか、ドローンとか、潜水艦とか」
「それは……、すごいね乃彩ちゃん」
前にエデンの整理をした時に、なぜあるかわからない工具セットを見つけたのを思い出した。そして、その大量のモノたちはジンが買い与えたらしい記憶もある。
聞けば聞くほど才気に溢れる彼女に、僕らは夢中になっていった。
「今度……あそんでみる?」
「いいの!?ありがとう!たのしみだよ〜!」
「わっ、……うん、完璧なの、つくってみる」
風香は彼女の提案に嬉しそうにして、抑え切れないようにその頭を優しく撫でて喜びを表現していた。
驚きつつも満更ではないように、受け入れ、そして思い出すように他のエンジニアエピソードも話してくれる。
「あ、そういえば凪沙先輩のガジェット、よく分解して組み立てて遊んでた」
「いいんだそれ……」
「無許可で」
「いいのかそれ?」
「ふふ、ほとんどちゃんと直してるからセーフ」
「ほとんど」
「たまに誤る」
「たまに失敗してる!?」
「しばしば改良される」
「成功率は一応高いんだ……」
「今度……やってみる?」
「それは凪沙に聞かなきゃいけないよ?」
ここにいないテイラーのエデン内の扱いが可哀想には思えてくるが、ゲーム繋がりで彼と乃彩は随分と仲が良い印象があった。
そして、時間が経ったのち、しばらく話は逸れてしまったが風香が改めてもう一つ前の出来事について深掘りしていく。
「それで、乃彩ちゃーん?さっき、あのおじさんから何かお礼の約束をしなかったー?」
「あぁ、船に乗せるとか言ってたね。昨日、何してたの?」
同じ部分が気になったようでその質問を重ねて乃彩に訊ねた。昨日と同じ礼、つまり彼女は先日も、船に乗っていたことになる。
「あ、それはね。わたし、最近沖釣りしてた」
沖釣り。それは岸から離れた海の奥へ、船に乗って行う釣り方の総称だ。
最近彼女がエデンの活動に参加していない訳を今語る。
「ああいう壊れたモノを直してたら、漁師のおじさんが船に乗せてくれて。いろんなもの、釣ってる」
「へぇ……!海の上で釣りってすごい面白そう!」
「うん、面白い。なかなかみないの釣れるし、楽しい」
風香は興味を示しているし、僕も船に揺られながら釣りをするのはロマンがあるとも思った。きっと定員的に僕らが乗り込むのは難しいだろうが、それでも貴重な体験をさせてもらった乃彩のその意外な人脈に驚くばかりだ。
「……それで、先輩たちは、なんでここにきたの?」
現時刻九時程度。エデンの集合前に、ここへ来た理由はまだ僕もわからなかった。
「えへへ、それは乃彩ちゃんのお仕事を手伝うためだよー!今日も海の家に渡すために釣るんでしょー?三人でやったら早く終わって、遊べる時間作れるんじゃないかなって!」
そうだ、八月九日。メアリとお菓子の家を作る時に彼女は東奔西走してメンバーを朝から集めてくれた。その時に彼女は、今と同じように乃彩の釣りを手伝っていたのだ。
今日はそれも僕を交えて、一種の遊びとして満喫しながらも、乃彩と触れ合いたかったのだろう。
「いいね、僕も手伝うよ。大丈夫かな、乃彩ちゃん」
「……!もちろん、うれしい。ぜったい、たのしくなる」
こうみえて彼女は感情表現が豊かな子。僕らの提案に真っ先に乗って、すぐにバッグに入れていた予備の釣り竿をばたばたと展開し始めた。
いつもは凛とした猫みたいな子だけど、この時だけは小型犬が嬉しさを堪えきれず尻尾を振り回しているみたいだった。
◇
「……で、釣るのに夢中になりすぎて集合時間に遅れてしまったと」
エデン。十時半。僕ら三人は、階段の上でマントを翻す変人に詰められながら立っていた。
「ごめんね、ジン」
「謝っても許さん」
「じゃあ団長には謝らないほうがいいー?」
「たぶん謝った方がいいよフウカ?」
「ん、謝らなくてもいい」
「そんなわけないよノアちゃん」
「そうだなノア。謝らなくてもいいんだ」
「いいんだ!?本人が言うならいいか!?」
ジンは階段を降りてきて、ひとつため息をつきながらも少しだけ嬉しそうにして笑った。
「全く、今日は誰も来ないかと思った」
僕は辺りを見渡した。いつもはルークやレインが騒がしく彩っているはずなのに、この場には僕ら四人以外人の気配がない。
それもそのはずで、昨日からすでに欠席の連絡をしていたのだ。それで元々いくつもりだった僕らが遅れて、ジンはこの場所でひとり待っていたと思えば、そんな似合わない悲しそうな顔になるのも無理はなかった。
「おにぃ、孤独死」
嫌だなその死因。
「フッ。……実際そうなっていたかもな。貴様らがいなかったら遊び甲斐がなくて心が萎れる」
「へぇ……!団長って意外と寂しがりやさんなんだねー?」
「……なんかすごい撤回したくなってきたな。年下扱いするな貴様」
「私の方が年上なのに!?」
「ふふ、でもわたしたちがいるから、少なくとも今日は、死なないね」
普段、わりと兄に対して辛辣なノアだけれど、嫌いなんかとは程遠いように微笑みを向けて遊びに誘う。
そうすれば、その人は心臓を抑えてパタリと地面に倒れてしまった。
ええ?
「……ぐふ……、あぁ、マイリトルプリンセスが可憐すぎて目が眩んで死にそうだ。というか死んだ今」
「あ、ノアちゃんが人殺しになったー」
「え、わたしのせい?」
「フッ、ノアに前科はつけさせない。生き返った」
「そんな命ってフレキシブルなんだ」
「フレキシブルにもなるだろ」
「なるかなぁ」
「まあいい!さぁフウカ、今日は何をする!四人で何でも楽しみつくしてやろう!」
テンポよく強制的に話を切り替えるため蘇生して、ジンはフウカの顔へビシッと指差して発言を促した。
彼女は、エデンのカレンダーの横、僕らが八月の初日に書いたやりたいことリストを眺めて「むむむ」と唸っていた。
「……あっ!やっぱりこれ、やりたい!」
文字に光るモノを見つけたのか、彼女が提案したのはノアのやりたいことの欄に入っていた遊び。
それは随分と、ついさっきの出来事とリンクしていた。
「『船で釣りをする』……か!うん、いいんじゃない。できるかわからないけど、僕もやってみたいな」
「わたしもう先にやっちゃったけど……、またやりたい、な。みんなとやったら、絶対、もっとたのしくなる」
僕はもちろん彼女のしたいことに断るはずなくて、そしてノアも嬉しくなるようなことを言ってくれて、僕らの遊びは多数決で決まった。
これはどうやって叶えようか、今からでも乗れる船はあるのか、ワクワクとしながら僕が考えていれば、この遊びに賛成かをまだ伝えていないジンがついに口を開く。
それは、とてつもなく偉そうに自慢げに、不敵な笑みを浮かべた言葉だった。
「フハハッ、ならば乗るがいい、──我が船に」
◇
船に乗るのは三度目。
小型船に乗るのは、これで二度目。
僕らは今波に揺られている。
「わぁー!何度味わってもやっぱいいねぇ、潮風は!」
「本当だね。すごい気持ちいいよ」
天候絶好調。
窓を全開に、うるさいエンジンの音すらもまた醍醐味に、太陽を浴びながら風を浴びていた。
船、それを運転するのは大人の円海さん……ではなく、やはりなんでもできるイメージにふさわしい、ジンだ。
彼はエデンの玩具箱にあった謎のサングラスをかけて、もうベテランな風格を出しつつそのハンドルを握っている。
「フゥハハハッ!」
声デカ。
「どうだ!我の華麗なるドライビングテクニックはッ!さぞ生存欲が満たされることだろうッ!」
満たされていいのかなそれ。
「すごいねぇだんちょー!高校生って免許取れるんだ!」
「あぁ。制限付きだが16から取れるぞ」
ジンなら車に乗っても馬に乗ってもおかしくないと二人して思っていたが、ついに彼は船を実際に運転してしまった。
つくづく島らしい文化というか、そもそも彼らしいというか、驚くことばかりだ。
「……はじめてしった。こんなのいつとったの……?おにぃ」
助手席に座るノアが隣を見てジト目で言った。特等席のその位置にすっかり馴染んだように見えていたから、それに驚いてしまう。
「え、ノアちゃん知らなかったの?」
「うん。去年は絶対なかった」
「フッ、今年の夏こそ絶対に使いたかったからな。春に向こうで取った。……こっちには良い“師匠”もいるしな」
「へぇ、師匠?」
「あぁ。この島にはとんでもない猛者がいるのさ」
夏に並々ならぬ情熱を注ぐ彼は、勉強にも忙しいというのに片手間に免許試験をこなしてしまったらしい。
誰よりも身近なノアが知らなかった、というぐらいなのにこの新品の船を手足のように動かせているからこそ、彼はよっぽどその“師匠”と秘密の練習をしたのだろう。
もっとその話を深掘りしたいと思ったその時。
──突然とびきり強い風が吹いた。
何よりも、横の彼女に僕は意識を吸われる。
「──フウカ、帽子っ!」
「わっ、あぶなかった……!ライト、ありがと!」
彼女は外に出る時、いつも麦わら帽子を被っている。強い風にそれは弱いから、この大海原へ飛んで行かないように僕は彼女の頭を優しく押さえつけるように捕まえた。
少し古びた、麦のざらついた感触。決して軽くはない重み。
どうやら円海さんに貰ったらしいその帽子。思い出がたくさん詰まっているだろうから、彼女にずっと持っていてほしいのだ。
「おっと……すまない。大丈夫か?」
「フウカ先輩、平気?」
「うんっ、ライトが助けてくれたから!」
「……そうか、良かったな。その麦稈帽子。なくしてくれるなよ」
僕が帽子を取ってから彼らは振り向いて、その安否を確かめた。にこやかに無事と伝えたフウカにジンは優しい微笑みと言葉を与える。
「いやぁ、にしても船って結構早いねー!」
「ん、そう。でも、船の上は体感速度倍になるだけだって。実はあんまりはやくない」
メーターを指差してノアが喋り、それは先日円海さんから教えてもらったことと重なった。
「らしいね。……あ、ちゃんと時速三十キロだ。ありがとう、ジン」
海の上は速度に関する法律がない。でも安全な走力で走ること、というルールは定められているからそれを遵守する彼は意外にも思えた。うんうん、安全が一番だ。
「へぇ意外と……、ねぇ、団長!最高速度はどのくらいまで出せるの!?」
おっと?
「フッ、百キロは余裕だ」
「法律はー?」
「制限はない」
「おぉお!出してみよう!」
「待て待て待て待て待ってフウカ」
「あ、ライト怖い?」
「そういう問題じゃないよ!?命だよ!?」
「フレキシブルな命?」
「違うよ!?そんなのないよ!?」
「うむ。そうだフウカ。命は一度きりだからな。全力で走るのはまた安全な時にしよう」
「はーい!えへへ、楽しみだねーライト!」
「あ、僕も一緒なんだ……」
スピードを感じると陽気な性格がさらに破天荒になるのか、帽子を片手で押さえながらもフウカは更なるスピードを望んでいるが、それとは反対にジンは少しずつスピードを緩ませ始める。
後ろを見れば、ぼやっと輪郭として千草島がみえる。陸から五キロぐらいの距離だ
おそらく、もうすぐ目当ての“釣りスポット”に辿り着くのだろう。
「……ふむ、この辺か。ノア、魚群探知機を使ったことは?」
「……!ある。昨日、やらせてもらった」
「ふっ、それなら任せるぞ。よく見極めろ。がんばれ」
やる気に溢れている彼女を見て、ジンはすごく兄らしく背中を押した。備え付けられているわけじゃなくて、独立した機械としてネジで止められた漁師必須の道具。
魚の反応をキャッチする魚群探知機のモニターは、サーモグラフィーのように赤色や青色で次々表示されるだけで、素人の僕らには何を意味しているかわからなかった。
「魚群探知機……!?なにそれすごい面白そう!」
「ん、フウカ先輩きになる?」
「とっても気になる!」
「フッ、それなら教えてやれ、ノア」
未知のモノには何にでも興味を示す彼女は、席に座ったままそれを覗き込み、ノアから軽いレクチャーを受けている。
僕は彼女たちを尻目に船長と会話することにした。
「……ジン、これってすごく高いんじゃないの?」
「フッ、まぁそうでもないさ。お下がりだからな」
「へぇ。……探知機って仕組みが気になるなぁ」
「それなら今度ノアと一緒に探知機改造の回をやるか」
「なんだそれ」
「エデンにはありとあらゆる探知機がある」
「なんでだよどんな種類だよ」
「火災探知機、金属探知機、盗聴器探知機、嘘発見器」
「本当になんであるんだよ」
「なんか楽しくならないか?」
「どうして??」
「それらを全部混ぜてありとあらゆるモノを探知できるような神器を作れたとしたら……そんなのワクワクするだろう」
「ワクワクするか………いや、するね」
「どんな無くしものでも見つけ出せるとしたら?この世に辿れない痕跡はないのだとしたら?」
「………うん、それは心踊るね」
「フッ、なら決まりだな。今度探知機で遊んで……そうだ、自律型ドローンにそれを融合させれば命じればなんでも探してくるようにできないか?」
「ロマンの塊だね……!」
「おぉ……!わかってくれるかライト……っ!よし、絶対やるぞ!」
「やるぞー!」
「……なんか、おにぃと先輩、楽しそう」
「ふふ、どっちも男の子だからねぇ」
変な会話を適当に楽しんでいれば、やがて、絶好のポイントを見つけたのか、ノアはニヤリと笑ってジンの肩を叩いた。合図、それに従い彼は船のエンジンを切って留める。
そしてノアは傍に掛けていた釣り竿を持ち上げ、立ち上がり片手を差し伸べる。
「ん、いこ。今日は、お魚パーティ」
あぁ、やっぱり彼女は戦闘系料理人。
釣る前から、釣った後のことを考えている。
どんなに心強いんだろうと僕らも立ち上がって、その手を取った。
ノア√。
常盤兄妹は書いてて楽しいです。




