八月八日(後)「お菓子を食べよう」
「ねえね〜!みんな何食べたい〜!?」
僕ら四人は、冷房の効いた町唯一の小さなスーパーで買い物をしていた。
「え、まだ買うの」
「え?まだって〜?」
「いや店二周したよねお菓子っぽいもの全部買ったよね」
「いやいやあ、こんなの前菜だよ〜」
「びっくりフルコースだよ」
「じっくり煮るソース?」
「ちがうよフウカ」
僕が思わず驚きを口に出してしまったのは無理がないだろう。
だって横を見れば多種多様なお菓子だけで満杯のカート。これ以上何が入るんだ。
そう思っていれば、それを引く係を率先して担ったテイラーが肩をすくめて、もう無駄です、といわんばかりに諦めていた。
「これはお菓子パーティの基本だからねえ、今日はお菓子作りもするんでしょ〜?」
「うんうんっ!主菜はこれから作るんだよライト!」
「そういうことか……」
「あとスープも〜!」
「お菓子でどうやって作るんだ」
「コーンポタージュを潰してお湯かけたらコーンスープが出来るよ〜!」
「思ったよりちゃんと考えられてたな」
本当にメアリはお菓子だけのフルコースを作るつもりなのか、やけに気合が入っていたが、そのメインディッシュは僕らの意見も取り入れてくれるようだった。
正直、これといって食べてみたいモノはなかったが、作ってみたいと、住んでみたいと、今朝思えたモノはあった。
それを思いついた全く同じタイミングで、君は話を切り出した。
「メアリちゃん!実はライトとルカちゃんと話し合ってたんだけど……、今日『お菓子の家』を作ってみない!?」
駄菓子屋で見たその絵画。僕らはそれに強く惹かれて、自作してみたいと思ったのだ。
「おかしのいえ……!……うんっ!そんなの作れるの!?できるなら、わたしやってみたい!」
やっぱりこの提案は彼女を喜ばす大正解。なんとしてでもその二人のワクワクを叶えてあげたいと思った。そして、それは僕だけじゃなかった。
「すごい、面白そうだね!ボクもやってみたいよ!」
「テイラーもおもう〜?やった〜!満場一致で決定だ〜!」
「いやジンには聞いてないけど……、まあいいか」
「いいよいいよ〜!きっと賛成してくれるよ〜!」
「じゃあボク、脳内のジンくんを降ろしてみるね!」
「テイラー?」
「『フッ、【糖の摩天楼】か。面白い。いいだろう、我が力を以て創造に尽力してやろう、ジンだけにな!フハハ!』だってさ!」
「待て待て待てテイラー」
「わぁ!そっくりだねー!」
「いやまぁ喋り方はそっくりではあったけどもすごいバカにしてたよ今」
「してないよ。いいそうでしょ、ジンくん」
「……………うん、言うね」
「ほら〜!じゃあ満場一致〜!」
どこか遠くの方からツッコミの声が聞こえてきたがもう振り返らないことにする。
そうして、僕らはお菓子の家を作り上げることが確定した。
次に決めるべきことといえばもちろん材料だ。
「むむむ、お菓子の家の作り方って誰か知ってるかなあ?」
「知ってる人、私知ってるよ!」
へぇ?誰だろう。
「ライト!」
僕だった。
「知らないよフウカ。作ったことないよ」
「いや知ってる!」
「なんで他ならぬ僕の言葉が否定されるの!?」
「あはは、すごい頼りにされてるね、ライトくん」
「……そういうテイラーこそ、知らないの?司書さんならそういうの見たことあったり……」
「は、ないね」
「ないよね」
「ふふ、ヘンゼルとグレーテルの絵本のお菓子の家なら何度か見たことあるけど、それには作り方なんてないし……」
「……じゃあ、スマホで調べてみる?」
「あ、それはダメだよー!ライト!面白くない!」
「面白さ必要かなぁ?」
「必要!」
「じゃあ、必要か。よし、考えてみよう」
「ええ……?なかなかすごいねライトくん……?」
「そうだよ〜!二人を見習ってテイラーぁ!レシピなんて見ない方がいいんだから!」
「それはそんなわけないね?」
僕はとりあえず記憶から探ることにする。
お菓子の家。実はその存在は絵本の中だけでなくて、ドイツのクリスマスの伝統文化にもあるという、どこかで見た知識を思い出す。
肝心のレシピなんて思い出せやしないが、細かい装飾は抜きにして、土台自体は家らしくあればいいだけで、単純だということに気づいた。
壁と屋根と、ドアとあと窓。それらをクッキーやウエハースの市販品で切り抜いたり組み立てたりして、接着剤代わりにアイシングや溶けたチョコレートを使えばいい。
……うん、これならいけそうだ。
「おっ、考えついた顔してるね、ライト!」
「まぁね。……よし、メアリとフウカにお願いしたいものがあるんだ。探しにきてくれないかな?」
「もっちろん!」
「はぁい!働きま〜す馬車馬のように〜!」
今日限りはパワーの有り余っている二人に、それを発散させて最高の状態でお菓子を食べられるように指示を出す。
正直、設計図もなくてビジュアルも思い浮かばないけれど、土台があって装飾に使える潤沢な材料があればなんでも作れるだろう。
余ってもエデンの冷蔵庫に置いておけばいいし。
僕は手書きのメモを渡して、彼女たちを走らせた。
舐めすぎだと思われるかもしれないがそそっかしいフウカもメアリと一緒にいれば転んだりすることはない……、ないかな、一緒になって転びそうかもしれないな。まぁ、僕より年上の二人だから流石に大丈夫だろうと放任して、会話しながら楽しそうに材料を探すコンビを見守っていた。
それを見て、僕と同じ感情を抱いていたのは、やはり何かと立ち位置が似ていた彼だった。
「ふふ、メアリちゃん、すっごく楽しそう」
テイラー。メアリのバディで、優しい雰囲気の中性的な、けれどジンやルークとも気の合う男の子。
僕が彼女たちを先導させたのは、こうして彼と一対一で話してみたいと思ったからだ。
特に理由はないけれど、強いて言えば仲良くなるため?
「フウカも楽しそうだ。……嬉しくなるよ。それをみているだけで」
「おおー?ライトくんもそう思うんだね、ボクもわかるよその気持ち」
「だよね。なんというか……飼い犬を見ているイメージ」
「なんかすごいイメージしてるねライトくん??……まぁでも、わかるなぁ。ふたりとも大型犬みたい」
「本当にそうだよ。フウカがお姉ちゃんで、メアリは妹」
「……ふふ、その通りだね」
カートを押した彼は、僕が書いた材料を探して棚の前で睨めっこしている二人を眺めて続けて言った。
「──実はね。ふたりが自警団に入るまで、一番の歳上はメアリちゃんだったんだ」
何かを切り出すように、僕にしか聞こえない声量でテイラーは言った。
「生まれた月が早いってのもあるけどさ、僕らの中で一番お姉さんみたいに頑張ってたのはメアリちゃんなの」
「へぇ……、しっかり者だっていうならルカの方だと思うけど……」
「ふふ、ルカちゃんは意外と甘えん坊さんだから思ってるより妹っぽいんだよ?」
「それは……なんとなくわかるかも。たしかに、レインやノアも、メアリに対して甘えてるように接してるね」
「そうそう。誰かが喧嘩しても、悲しいことがあっても、絶対にメアリちゃんは落ち着かせるように宥めてくれるから。自然とみんな甘えちゃうんだ」
七人の自警団では、きっとジンが長男で、メアリが長女のような空気感だったのだろう。
でも、それは今や変わってしまった。
「フウカが一番年上のお姉さんになっちゃったね」
この夏で成人になるという彼女の到来で、メアリの立ち位置は少なからず動いたのか。
それは良い方が悪い方か。テイラーは笑って続きを話す。
「うん。ボクは──嬉しいよ。二人が来てくれて」
「嬉、しい?」
「メアリちゃんはね、全然姉らしくないんだ。すぐ寝ちゃうし、忘れっぽいし、マイペースだし、お菓子に関してはすごくわがまま」
言葉の内容に対しては、言い方がかなり優しく、愛がこもっていて、それは貶しているわけではないと思ったから僕はまだ何も言わなかった。
「なのにさ、遊びの中では一歩引いてボクらに微笑んで遠巻きに見てる。しっかりものらしくしようとしてるのかな。……でも時折り、寂しそうに目を逸らすんだ」
「………」
「本当はすごく甘えたがりなんだと思う。きっと、誰よりも。……だから、今、フウカちゃんの前であんなに自由に笑っていられるのをみて、ボクはやっぱり嬉しいんだ」
彼は僕と会話しながら、ずっとその背中を見ていた。きっと、いろんな想いが詰まっているのだろう。
彼らが積み重ねてきた過去は知らないけれど、だから、新参者の僕がわかることを伝えてみる。
「メアリが姉っぽくなくて、今のフウカとの関係が嬉しいのはわかる。だけど、自由に笑えているのはきっとみんなもいるからだよ」
「……え?」
「僕からすれば姉らしいとか関係なく、メアリはメアリらしい。彼女は僕の目にはずっと自由に生きてきたように思える。……それは、後ろに自警団やテイラーがいてくれたからだと思うんだ」
フウカと出会う前のメアリは知らないけれど、そうたいして変わらないのだと想像する。
姉らしく遠慮していた面もあったとしても、きっと自警団が好きでそう振る舞っていたのだから君がそうして気負うことはないと僕は言いたかった。
「いつも寝癖を直して、こうやってカートを押して当たり前のようにテイラーが後ろをついてきてくれるから、メアリは今も楽しそうに笑えているんだと思うよ」
「えぇ?ふふ、そうかなぁ……」
「だから、テイラーこそ頼れる兄のように思われてるんじゃない?」
「うーん、都合のいい弟みたいな扱いはされてるけど……」
彼は不服そうに苦笑いしつつも、照れくさそうに耳を赤らめていた。
僕の的外れかもしれない言葉が、彼が背負う何かを少しでも軽減できたのなら良かったと、その表情を見てそう思う。
だけれど、彼はすぐにその笑みを収めて、寂しそうな顔に変えた。そうさせた、出来事。視線の先はじっとメアリの背中だけを見ている。
「……でもね、ライトくん」
彼はそこで言葉を止め、僕の方を向いた。まるでこの先の言葉はどうしても彼女に知られたくないように。
「ボクがいくらお世話係みたいにそばにいたとしてもさ、届かないところが、あるんだ」
「……届かないところ、って」
思わず聞き返す。彼は自分の無力感に苛まれていた。この先はデリケートでおせっかいだけれど、聞いておかなければいけない気がした。
「メアリちゃん。たまに、お菓子を食べ終わると、苦しそうな顔をするんだよ。食べている間は、お菓子を考えている間は、あんなにも笑顔なのに」
「……そうなの?知らなかったよ、僕」
「あはは、たぶん誰にもバレないようにしてるから。ボクの勘違いだとも思うけどさ、やっぱり引っかかるんだ」
長年共に過ごしていたテイラーだとしても、それは違和感程度で確信には至らない。「何か隠してる?」なんて直に聞けやしないことぐらいわかってる。
それでもバディのテイラーが心配だというのなら、あの幸せそうなメアリを痛々しそうに見つめるのなら、きっとそうなのだろう。
「……今日のメアリちゃんさ、寝言を言っていたんだ。とても、悲しそうに、声を絞るように」
そうだ、彼が起こしに行ったのだから、無意識下の言葉がまろびでたのを聞こえていてもおかしくない。
テイラーはそれを僕にだけ伝える。
「──『おとうさん、おかあさん』って」
その二言。僕は昨日の出来事が瞬時にフラッシュバックする。
僕らが天へと届けた手紙たち。
各々が自分宛か、もしくはもう届かない誰かに宛てたそれらのなかで、メアリが選んだのは『両親』だった。
嫌な予感。なぜ、メアリがそれを送ったのか、なぜ、メアリはおばあちゃんの家である駄菓子屋に住んでいるのか、なぜ夢でその二人の名前が出てきたのか。
もはや、考えるまでもなく、答えは出ていた。
「ボクはさ、四年前にこの島に来たんだ」
テイラーはそんなことをいきなり言った。てっきり彼ら自警団は全員この島で生まれた者たちだと思っていた。そう切り出したのは、テイラーは移住者の身であったから、まだ踏み込めてない領域があると、僕に伝えているのだ。
「ボクが来た時に、もうメアリちゃんはメアリちゃんだった。きっと、そんな悲しい顔をするようになったのを知っているのはジンくんとルカちゃんだけだと思う」
「あの三人は、幼馴染なんだね」
「うん。昔から衝突はあっても、それを中和できる存在がいるからずっと仲良しな三人組。だから、ボクには、ボクが来る前の話をあまりしてくれない。………というか、聞けないよ。そんなこと」
メアリという少女の核心に迫る『両親』について、僕とテイラーは同じく何も知らなかった。
でもやっぱり、“何かをしてあげたい”という気持ちも、僕らは同じだった。
「テイラーはさ。メアリの『過去』を知りたいと思う?」
僕は尋ねる。人の過去を掘り返す行為を肯定するか否か。
彼は少し考えて、首を振った。
「……ううん。知りたいと言ったら嘘になるけど、ボクは彼女の『今』だけでいい。そのそばで支えていたい」
決意を持った言葉だ。
とても優しさで詰まった表情だと思う。
「それなら、テイラーはそのままでいいんじゃないかな。いつも通り、近くにいて。もし、メアリが限界に近づいたら話を聞いてあげればいい」
それは根本的な解決になっていないかもしれないけれど、メアリが安心できるのは、他ならぬ何も知らないテイラーの存在だと僕は信じている。
「……そっか、うん、そうだね……!ありがとうライトくん。こんなこと初めて人に話せたよ」
彼は幾分か心の気掛かりを減らせたかのように、少し晴れた表情で、いつも通り笑っていた。
当然僕もメアリの過去について気になることがある。それでも、テイラーがそうするのだから、今はそれを忘れてただ彼女がやりたいようにやらせよう。
「ライトー!テイくん!ちょっときてー!」
フウカが僕らを呼んだ。
人が少ないスーパーだからこんな大声でも誰にも気にされない。僕はテイラーと見つめて笑い合って、そして二人でそこへ駆け出した。
◇
「いや、買いすぎだろ」
「でしょうね」
駄菓子屋に帰り、開口一番。
パンパンのレジ袋を四つ携えてきたのをみてジンは言った。
「大丈夫だよ〜」
「何がだ」
「まあまあジンくん。メアリちゃんがこう言ってるし」
「いやだから何がだ」
メアリには甘いテイラーに呆れつつも、ジンはやれやれと首を振って、ルカに対し敗北を認める。
「ほら絶対袋三つは超えるって言ったでしょジン」
「いや二つが限界だろう……今は六人だぞ、食い過──」
「あ」
「すぎ、杉田玄白」
「無理な戦略?」
「ちがうよフウカあってるけどちがうよ」
ギリギリ多幸感に包まれ聞いてなかったメアリによってジンは命拾いした。
こんな茶番はいいのだと、さっさとジンは話を進める。
「さ、貴様ら。ルカから聞いたぞ。お菓子の家を作るのだろう?」
「うんっ!そのための材料いっぱい買ってきたの!」
「どれ、見せてみろ。………ほう、必要なモノは揃っている。ふむ、これくらいあれば多少大きいサイズでもいけるな」
「お〜!もしかしてジンくん作り方わかるのぉ?」
「あぁ、昔やろうとして覚えている」
「……あの時のことね」
「あの時〜?わたしたち作ろうとしたことあったっけえ?」
「否、ない。俺が個人で作ろうとしただけだ。観賞用に」
「団長ってそんなキャラだったっけ!?」
「別にいいだろうが。俺はメルヘンなんだ」
「自称メルヘン男子高校生超こええな」
「ええい、覚えてるもんは覚えているから仕方ない。さぁ、さっさとやるぞ作戦会議だ」
やはり彼がいれば話は早く進む。本当に彼が観賞用に作ろうとしたが疑問を持つが、深くは突っかからず、買い物組の僕らはとりあえず促されるがまま座敷にあがって、机を囲んだ。
「まず材料を買ったのは誰だ、ライトか?」
「うん。よくわかったね?」
「団長ならば当然だ。それで、具体的な完成予想図は既にあるのか?」
「いやそれは全く。これから話しあって決めようかなって」
「了解した。ならば──メアリ、貴様がデザインしろ」
ジンは唐突だけれど、最適な役割を振った。
指を差されたその人は呑気に首を傾げている。
「わたしぃ?いいの〜?」
「あぁ。設計図には正確性以外にビジュアル面でのセンスが必要だ。メアリが最も秀でている」
メアリは絵が上手い。
しかしそれだけでなくデザインセンスもあるだろう。
先日のパラフォイルカイトのメインデザインは彼女一人で書き上げていたし、自警団ひとりひとりのバッジも実はメアリが考えたのだとか。
僕もぶっちゃけ彼女からアイディアをもらおうと思っていたし、誰一人その配役に文句を言うことはなかった。
「えへへ〜!じゃあがんばってかわいいお家考えてみるねえ!」
「励め。ほらこれに描くがいい」
ジンがそうして、店の奥から持ってきたもの。それはイーゼルに乗っかった、真っ白なキャンバスだった。それとアクリルの絵の具。設計図には向かないけれど、絵を描くには最適の画材。
「え、これ……!新しいやつ〜!?」
「あぁ、暇だったからエデンから持ってきたのだ。筆は自分のがあるだろう?」
「うんっ、ありがと〜!わたしに任せてよぉ!」
「……本当は、心の奥底の邪悪な俺がテイラーに書かせたら絶対面白いぞと囁いていたのだがな」
「あ、それはやめておきましょう」
「やめておこ〜……」
「だな。そもそも家にならない」
「さ、三人とも……絶対そうなるだろうけど、ボク複雑な気分だよ……」
そういえばテイラーってなんかカブトムシだかなんだかわからない化け物を生み出すほどの画伯だったっけ。
「よし。とりあえずイメージが作られないことには何も始まらん。メアリが完成するまで……そうだな、お菓子パーティでもするか」
「えぇ〜!?わたしぬきぃ!?」
「フッ、冗談だ。早く描き上げるがいい。それまで団長であるこの俺を辞書の中の褒め言葉が尽きるまで順番に賛美していく遊びでもするか」
これも冗談であってくれよ。
「じゃあ私からですね」
「お、やる気があるなルカ」
「あ、尽きました。もう終わりですね」
「お前の辞書は薄すぎる」
「やっぱりありました。カス?」
「お前はそれが褒め言葉だと思うのか?」
「おっけーじゃあ次ボクね!」
「テイラーはそれがセーフ判定なのか?」
「いつも頼りになって、仲間想いで。ジンくんすごくかっこいいよ」
「……………ありがとう」
「えー照れてるー!団長!かわいい!」
「あは、きっと半分冗談で適当に扱われるオチだと思ってたんでしょうね。たぶん直球は来ると思ってなかったんです」
「ええい、うるさいわ貴様ら!少なくともルカには適当に扱われたわ!」
結局は会話。くだらないいつも通り。それでもよかった。
主役は彼女だから。その人の創造が終わるまで僕らはそばで、ただ何も進めず、支えている。
◇
「ん〜……!みんなぁ!完成したねえ!」
もう時刻は昼過ぎだった。
僕らはお菓子の家を作り上げたんだ。
それは誰もが行動に移すのは初めてで簡単なことじゃなかった。
まずメアリが一枚のキャンバスに大きく絵にしたのは、望むがままのお菓子の家。
僕らが事前に買っておいた食材等も無視して、彼女が思い描く理想のヘクセンハウスをカタチにさせる。
壁はクッキーのレンガ、屋根はチョコレートの瓦、窓枠にはカラフルなグミ、雪のように砂糖をまぶして、煙突の煙にはホイップクリームを、装飾にはジャンルを問わないありったけの駄菓子まで。
それを描き切った彼女はとても晴れやかで、作り始める前に挟んだ前菜としてのお菓子パーティでは、ゆっくりとひとくちひとくちを噛み締めて幸せを味わっていた。
心なしか、駄菓子屋の一角に飾られたあの『お菓子の家の絵画』と構図も材料もよく似ていたけれど、彼女はひとつも話題に出すことはなかったから僕らはそれを伝えなかった。
そうしてひとしきり食べ終わった(メアリのお腹はまだ五分にも満たない)頃、僕らはついに動き出す。
まずは土台作り。イメージだけのイラストから、ジンが必要な材料と実現可能なサイズを導き出し、ルカとテイラーがそれらを組み立て、くっつける。
作業の進捗は早かったんだ。というのも不器用なレインとルークではなく、器用寄りの二人でかつジンの複雑な注文も理解できるほど、その絆が深かったから。
そうして一時間にも満たないぐらいで外殻を作り上げた二人を労り、計画の第二段階、装飾は僕とフウカ、そしてメアリが担当する。
これにはかなり難航した。フウカが飾り用のいちごを食べたり、メアリが好奇心に負けてホイップクリームを直で飲み始めたり。
紆余曲折あったけれど、それでも、僕らは完成させられたんだ。
「おー!こうみると結構おおきいの作ったねー!」
「あぁ。縦も横も五十センチ。市販のより八倍はある」
「本当はもっと大きくて、人が住めるぐらいが良かったんだけどねぇ〜?」
「それは残念ながら不可能です……」
「ふふ、やってみたかったけど、難しいね、メアリちゃん」
「……本当は真剣に物置小屋サイズぐらいの家を作ってみようと思ったんだがな。材料がこの島では足らんから今日は無理だった」
「それは絶対無理だね。これの体積の百倍は超えるね」
僕らは座敷の上の机に乗せたヘクセンハウスを眺めながら、ぼりぼりとお菓子パーティ由来のせんべいを食べて感想を言っている。
目の前にお菓子の塊があるのにそっちを放置するのはかなりおかしな光景だけれど、実はまだ接着剤代わりのアイシングが固まっていないため、もうしばらく待つ必要があったのだ。
「えへへ〜!それでも、わたし作れてうれしいなぁ」
メアリが言った。
僕らは僕らのしたい遊びをしているだけだけれど、これは彼女が主役のものだから、これを作って良かったとその満面の笑顔で思えるんだ。
「お菓子のお家。──きっと、甘いんだろうなあ……」
彼女がこれでもかと言うほど砂糖を振り撒いていたからそうに違いない。だが、僕はその言葉に、それ以上の意味を見出せるように聞こえてしまう。
「うん、絶対甘いよ。胸焼けするぐらいに」
「だよねぇライトくんっ。わたし、甘いのが大好きだからそれくらいじゃないと〜」
誰もがわかり切っていることをメアリは言う。
そして、僕はその言葉で今朝の風香とのやり取りを思い出した。
『甘いは特別な感情』。僕はそれを生まれて初めて感じた味覚であると答えを出した。
両親の味。
否が応にもそれとメアリが結びついて、僕は彼女にも『甘い』のが特別に感じられるような出来事があったのではないかと、想像してしまう。
「ねえねえ!みんなで写真撮ろうよー!」
突き抜けて明るく言ったのはフウカ。
お菓子の家はいずれ食べたらなくなってしまう。それでも『思い出』として残すのが何より大好きな彼女だから、その提案に僕が真っ先に乗って、誰も断りはしなかった。
「あ、じゃあボクが撮るよ!みんな寄って!」
テイラーがカメラを取り出して、ひとり離れたところから僕らを写す。
そんな姿にジンは呆れのため息をついて、手を引っ張った。
「おいおい、貴様も映るに決まってるだろう」
「ですです。台はここにありますよ。タイマーで撮影しましょうか」
「そうだよぉ!ほら、わたしの隣、きて!」
メアリは隣の床を叩き、テイラーの定位置のようにその横に座れと示す。
彼はまた少し照れつつも、すごく嬉しそうな顔を浮かべて「うん」とカメラの設定をして小走りで寄ってくる。
誰も除け者にしたりしない、そんな同級生の絆が僕の目には輝いて見えて、フウカと一緒に見つめ合って微笑ましいと笑顔をこぼした。
カウントダウンの後、連続のシャッター音が聞こえて撮影会は終わる。
撮れた写真をテイラーは確認して、そして思わず吹き出していた。
「あははっ、ジンくんこれすごい半目っ!」
「おい笑うなよ。そりゃあ数十枚も撮ればあるだろう」
「ふは、ごめんごめん。本当にいい写真。エデンのアルバムに入れておこうっと」
「……なぁ、それ半目のやつじゃないよな」
「いれちゃってくださいテイラー」
「いれちゃえ〜」
「いれちゃうね」
「孤立無援。絶望」
テイラー。彼は自警団内での役割は副団長以外に『記録係』という一面を持っている。
エデンにあるというアルバムの管理を任されているようだった。
満足いく写真を見つけられたのか、それを見せ合って、彼らはまたお菓子をつまんで会話を楽しんでいた。
◇
「あ、ボク、お茶持ってくるね。喉乾いちゃった」
「俺も行こう。コーヒーで甘さを中和する」
「ルカちゃん!わたし、買ってきたマシュマロたべたい!」
「いいですね!あっちのレジ袋にありますよ、一緒に持ってきましょうか」
赤い夕日が、駄菓子屋に差し込んでいる。
もうすぐ今日が終わりそうだった。
それでもまだお菓子の家は固定のためにひとつも齧られていなくて、綺麗なカタチを保っている。
なぜなら、バイトや予定が入っていた他のメンバーも呼んでそれを味わいたかったから。
和やかな時間、皆はそれぞれ同じタイミングで座敷から離れていた。
僕は特に何も用がなかったから、ただ取り残されてそのお菓子の家を眺めていた。
本当に、素人が作ったにしてはよくできていたと思う。
そしてその時、横を見れば、僕と同じく取り残されたある一人の少女の視線が、お菓子の家ではなくて、遠いあるモノに惹き戻されていることに気づいた。
メアリは、駄菓子屋の壁にかけられた絵画を、じっと見つめている。
「……ぅぁ」
珍しく無表情だから、どんなことを思っているかはわからない。
でも、少なからずそれは幸せなことではないと思えてしまった。なぜなら彼女はすぐに感情を顔に出す子だから。
それは違和感。そして、彼女は視線をまた変えて、僕らが作った本物のお菓子の家と見比べて、ポツリと、“本音”を漏らし始めた。
「──こわれなければ、いいのになぁ」
どんな願いがこもっているのだろう。
そばにいるのは僕だけだった。でも、何も口を挟むことはできなかった。「お菓子はいずれ腐るから食べなきゃいけないよ」なんて真面目な答えは意味がないと思ったから。
「そうしたら、ずっーと、幸せ」
独り言だ。僕に語りかけていない。
彼女は起きたまま夢を語っている。
甘いものが大好きな少女は、その永遠を望んでいる。
「だけど、いつか壊れちゃう、どう、すればいいのかなぁ」
それは叶うわけがないとわかっていた。
認めたくないように、彼女は、そのお菓子の家へ、ゆっくりと手を伸ばす。
「──あぁ、たべなければ、それは、甘いまま……?」
彼女はどこかおかしかった。
表情は苦しそうだった。
絞り出すように声を出していた。
彼女が伸ばした右手は、確実に、その『家』に近づいていた。
「ま、まって、まってメアリ」
明らかにおかしな様子を見て、僕は嫌な予感がしていた。
何かに取り憑かれて、そのお菓子の家に触れようとする。
「おまたせ、メアリちゃん……って、どうしたの?」
「……!待て、メアリ、まだそこは固まっていないっ」
二人が帰ってきたけれど、メアリはそれに気づかない。
「でも、これは、ほんとに甘いの?わたしはそれを、確かめないと──」
制止の声にも止まらない。
彼女はついにお菓子の家の『扉』を押した。
硬い板チョコでドアノブは装飾なだけ。
きっと、彼女はその家の中身を見ようとしただけなんだ。
実際は内部の家具なんて何も作ってないけれど、彼女はそれを何かに重ねてしまって、どうしても知りたいと思ってしまって。
そしてドアなど本来開けるための機能はなく、壁だけの役割を果たしていたから、それが強引にも下から押しのけられたら。
──お菓子の家は、バランスを崩す。
「……ぇ?」
壁のどこかがパキッと音を立てた。屋根が傾いた。
そこでようやく、メアリは自分のしたことに気付いたようだった。
「メアリちゃんっ!?」
テイラーが崩れかけるお菓子の家に慌てて駆け寄った。だけれど、一度不安定になってしまったモノは、そう簡単に元のバランスを取り戻さない。つけられてしまったヒビは治ることはない。
ジンは、離れた場所から目を逸らして動かなかった。
メアリは今も、意識が何かに引っ張られていた。
「まって」「嫌だ」と誰かが小さく呟いた。
だけれどそれも虚しく──今、完全に崩れ落ちる。
「……ぁ、ぁ……」
軽いお菓子だから派手な音は立たなかったけれど、メアリの微かな声は、誰の耳にも大きく聞こえた。
僕らが作ったお菓子の家は壊れてしまったんだ。
次に誰かが口を開くよりも前に、離れたところからフウカとルカが戻ってくる。
「あちゃあ……、壊れちゃいましたね……。自重ですかね。土台の問題かぁ……」
「あー……!いや、私が装飾載せすぎちゃったんだよ!欲張りすぎちゃったな」
メアリが手に触れた瞬間を見ていなかった二人は、自分のせいだと落ち込んでいた。僕らはその答えに何も言えなかったけれど、続いて前向きなことだけは言おうと話を繋ぐ。
「ま、まぁ崩れちゃったけどまた作ればいいよ!床にはこぼれてないし、もう食べちゃおうよ!」
「そうだな。元よりお菓子の家など創造し、そして破壊して食すモノだ。撮影もしたし、もう未練はないだろう。いただくぞ」
二人の言葉は尤もである。どうせ食べるのだから、壊してしまったぐらいで落ち込まなくていい。
崩れるのが早くなっただけ。
でも、そうとは割り切れないのは、ひとり、彼女だった。
「………ぁ、あ、うあ」
声にならない悲嘆に暮れた鳴き声。泣き声。
嗚咽混じり、虚な目をして手を伸ばす。
「……やだ、こわれ、いや、まだ、確かめ、ないと」
もう誰のことも視界に入っていない。
頭の中は目の前の崩れた家で埋め尽くされている。
彼女は誰が見ても変だとわかる。
それでも止められなかった。
痛々しく、辿々しく、赤ん坊のようにただ求めるその手が。
甘い、甘い、お菓子の方へ向かっているのを。
再び、触れた。板状のチョコレートに。
それを見つめた。
僕は思い出した。それはスーパーで買った、カカオがあまり入ってないミルクのとびっきり甘いモノ。
彼女は縋るように手繰り寄せ、それを小さく、一口齧る。
『どれだけ美味しいのだろう』
そうやって、お菓子の家を前にメアリは口癖のように言っていた。僕も気になっていた。皆で作ったひとつの味を。
初めに食べたのはメアリで、その表情を僕らは見ていた。食べ物を口に入れたらすぐに、味の是非がわかる。表情に出やすい彼女だから。褒め言葉が素直な彼女だから。
──だけど、彼女は、顔を青ざめて、たまらずそれを吐き出した。
「……ぅ、ぇ、ぇぇ。……な、なんで、なんで、なんでなんでなんで」
彼女自身も理解が及ばない。怖がっている、震えている、泣いている。
疑問しか生まれなかった。僕らも、彼女も。
「──どうして、甘くないの?」
彼女はそう言って、自暴自棄になるように次々とお菓子をその口に放り込む、壁のクッキーも、窓枠のグミも、かつて飲み込んだホイップクリームの煙だって。
それでも、彼女は、『甘さ』を見つけられない。
「ぁ、うあ、うああぁああ!」
いつだってマイペースで、落ち着いた彼女はもうそこにはいなかった。
子供のように怯えて、取り乱すメアリ。
そして、その狂乱は、突然収まって、最後にひとつ名前を呼んだ。
「──おとうさん、おかあさん」
そこには全ての感情が詰まっていた。
僕らがそれを尋ねるよりも宥めるよりも、慰めるよりも、メアリはこの場のどこにもいたくない衝動に駆られて、全てを捨てて走り出す。
ここは駄菓子屋。彼女のお家。
その奥の自分の部屋に、彼女は閉じこもってしまった。
「……ッ、テイラー!いけッ!」
「……う、うん!」
何が彼女に起きたのかすべてわからない僕たちの時間を、突き動かしたのはジンだった。
彼女の唯一のバディである彼の背中を押して、『今を支えたい』と誓ったその人は走り出す。
その間、僕は何もできなかった。
ずっと、僕はメアリの近くにいたのに、止められなかった。聞いてあげられなかった。
メアリが突然いなくなって、フウカやルカの心配する声が飛び交っていたとしても、僕はその崩れたお菓子の家をただ眺めるだけだった。
なぜ、そうなってしまった。
僕の頭の中だけの問いに答える者は誰もいない。
……
暗くなった駄菓子屋。
四人になった僕らが、崩れたお菓子の家をラップに包んで後片付けをして、ゴミを捨てて掃除機もかける。
もうすっかり、元の駄菓子屋。おばあちゃんに使用許可をもらったその場所は、明日からいつも通りに営業できる。
だけれど唯一、片付けられなくて、増えてしまったモノは。
イーゼルに載る、彼女のキャンバス。
──この空間にふたつめの、『お菓子の家』の作品だった。
しんどい




