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Summerise -茹だる暑さ、君を思い出す-  作者: 明日乃灯


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八月七日(後)「手紙を届けよう」


 「おかえりっ!ライト!レインちゃん!」

 

 エデンの扉を開けた僕たちを出迎えたのは、配達の疲れなんてもうとっくに取れたように笑う、フウカだった。


 「たっだいまーっす!」

 「おいおい随分と遅かったじゃないか!昼になるところだったぞ!」

 「いやいやまだ六時半じゃないっすか……」

 

 次に僕たちに駆け寄ったのはルークで、そして続々とあたたかい皆が集まってくる。


 「おかえり!ふたりとも!いやぁ、朝から運動するっていいね、気分がスッキリするよ」

 「わあ、まさか地蔵の如きテイラーがそんなこというなんてねえ?」

 「ん、万年引きこもりのテイラー先輩が、すごいこといってる」

 「え、えぇー?なんか複雑だけど……ボクら体力ない組ももっと頑張ってみない?」

 「おっ、いいっすねテイラーくん!それなら三人とも、あたしのジョギングコース教えるっすよ!」


 僕を引っ張っていた手は、扉を開ける前にはもう離されていて、そして彼女は人混みの中に恐れず元気に入る。

 僕はそれを微笑ましく眺めていた。


 そんな保護者のような目線で見ている隣に、君がひょっこりと肩を突きながら現れる。


 「ねぇ、レインちゃん、すっごく元気出たねっ!ライトがなにかしてあげたのー?」


 僕にしか聞こえない音量で、にっこりと笑うフウカ。そうか、君は昨日レインが無理をして笑って、何かを隠して元気がなかったことに気づいていたんだ。さすが自警団で一番年上なお姉さんだと、ふっと声を漏らして答えた。


 「ううん、なにも。これからもっと彼女は元気になるよ。フウカの計画でね」

 「……!うんっ、もう基本的な考えはみんなに話したんだー!あと工作コーナーをひらけばおっけーだよ!」


 フウカの計画が具体的に何かはまだわからない。

 だから、これからレインと一緒に聞いてみよう。


 「むむ、ところで、いまジンくんはどこにいるんっすか?」

 「あぁジン様か!あそこにいらっしゃる!書き終えたらすぐにここへ来らっしゃるぞ!」


 「………はい?」

 すごい、僕とレインが今同じ顔してる。


 「いやぁ、ジン様はすごいね、働き者だ」

 「すばらしい“いんすぴれーしょん”が湧いてきたとかいって興奮してたねえ、ジン様!」

 「ん、めずらしくすごそうだった、ジン様」

 「俺に任せろって頼りになったよージン様っ!」

 「いや、なんすか、それ」


 エデンⅡの扉が開き、中から何か大きな用紙を抱えたいつもの変態マントマンが出てくる。


 「……お。来たなレイン。おかえり。さぁ、早速やるぞ」

 「なにをっすか!?あと、さすがにその前にみんなのこの変な口調について聞いてもいいっすか!?」

 「フッ、俺の素晴らしさに気づいただけにすぎない」

 「そんなわけないっすよ!?現実ならこんなことがありえるわけがないっす!夢に違いないっす!」

 「おい貴様失礼だな貴様」


 僕とレインが困惑の渦に飲み込まれ、それを解消するよりも前にちょうどよくキッチンからもう一人、安心安全のツッコミ少女がバゲット入りの木カゴを持って現れる。


 「あ、レインちゃんおかえりなさい!お腹空きましたよね?フランスパン焼いてきましたよー」

 「ただいまっすルカちゃん!ありがたいっすけど、聞いてもいいですか!?」

 「……?ジン様のことですか?」

 「うわあっ!ルカちゃんも染まってた!終わった!これは夢だっ!」


 一時絶望でしかなかったが、やはりこれは現実であると証明するように、ルカは吹き出すように笑い、冗談はこれまでと否定する。


 「あは。うそですっ、私があいつを敬うわけないじゃないですか!」

 「よかったぁあぁ!そうっすよね!」

 「おい貴様ら失礼だな貴様ら」

 「……っく、みんな、すまない。オレが勝負で負けたばかりに一日『ジン様を敬い崇めること』という罰ゲームを喰らってしまって……ッ!」

 いやまぁそんなことだろうとは思ったよ。

 「いやいいよ。ルークだけでよかったのに僕らは勝手に乗っかっただけだから」

 「面白そうだったしね〜ジン様呼び〜」

 「うん、なんか、罰ゲームでしかそう呼ばれないの、滑稽。あわれだから参加した」

 「結構酷いこと言うっすねノアちゃん!?」

 「え。俺の凄さを思い知ったから敬語に目覚めたわけではないのか?」

 「んなわけないだろジン様(笑)」

 「ルカァァァァッ!」


 本当にこの組織はそれぞれが自由奔放で、誰かしらが騒いで乗っかって鎮まる時は来ない。

 いつまでも聞いていたいけど、せっかく全メンバーがここにいるのだから、フウカに目配せして、今日の予定を“改めて”皆の前で宣言することを促した。


 「よぉしっ!さ、始めるよー!今日の予定は『ソウルの配達』ね!」


 本当は昨日やるつもりだったもの。千草島に住む誰かにそれを送る。でも雨が降ってしまったから、僕はその予定をさらにバージョンアップするように頼んだんだ。


 「……?配達って……」

 「うん!ライトから頼まれたんだ!ソウルをここじゃない遠くのどこかに届けるにはどうしたらいいかなって!」


 レインは僕の顔を見つめて、そして、その全てを握るフウカの希望の企みを聞く。彼女はそれを知って笑った、そして僕も、それを初めて知って、笑ってしまった。



 「だから〜!思いつきました!──“空”にソウルをぶっとばしますっ!」



 あぁ、君はやはりぶっ飛んでいて、面白い頭を持っている。

 

 「見えなくなるまで、遥か彼方に!そしたらきっと“どこか”へ届く!ね、あり得なくなんてない、でしょ!」


 僕たちの預かり知らぬところまでそれが行ってしまえば、それが受領されたか、紛失してしまったか、わかる由などない。確率はきっと恐ろしく低い。けど、僕たちは結局『送りたい手紙が手元から消えて、“届かせよう”と動いた』のだから、確率はゼロのわけがないんだ。

 

 「絶対面白いと思うなー!私たちの色とりどりのソウルが、あの晴れた空の向こうにいくんでしょ!雲の向こうにだって、地球の外にだって行くんでしょ!そんなの、ワクワクするしかないよっ!」


 事情を何も教えてないのに、フウカは完璧なキッカケを提供した。

 

 「そう、っすよ!それができたら、絶対に届くっす!」


 僕たちがその“夢”のような遊びについて、実現可能かどうかあれこれ言う前に、もう既に動き出していた人物が、手段を話す。


 「フッフッフ、フゥアハッハッハ!」

 声デカ。

 「フウカからその相談を受けてな、俺はついに考えついた!貴様ら!この設計図を見るがいいッ!」


 どうやって空へ届かせるか。そこにはいろんな試行錯誤とボツ案が端っこに書かれていて赤ペンでバツされていて、そして、最後まで残ったひとつの案がその一面にでかでかと描かれている。


 それは必要な材料さえ全て記載された、大空を自由に飛ぶ、風を受けて舞い上がる、一枚の凧。


 「──超巨大パラフォイルカイトッ!これにくくりつけてぶっ飛ばすのだッ!」


 数多の理論を乗り越えた上に、ジンがあまりにも堂々と言うから全員がそれは『実現』できると確信していた。


 「凧揚げ……!それで、空まで届かせるんすね!?」


 光明が見えた。太陽の如きフウカが思いついて、彗星の如きジンがそれをカタチにする。僕らの目標は、これで一つになったんだ。


 「あぁッ。条件は風が吹き荒れる今が絶好調だ。機会はみすみす逃しやしない。さぁ、キビキビ手を動かしてさっさと作り上げるぞ!」


 どこまで未来を見据えているのか、ジンはソウルを届ける最後のピースをはめるように計画の指示を出し始めた。



   ◇



 パラフォイルカイト。

 それは普通の凧のように骨組みが一切ない、布製の袋のような構造。

 風をはらむことで揚力を生み出し、そして空高く羽ばたかせていく。もしいつか地上に落ちたとしても、軽いから誰かを傷つけることはない。

 

 なぜ超巨大なモノにしたのか?

 それは二通だけじゃない、たくさんのソウルを括り付けて載せる必要があったから、浮力が必要だった。

 手紙は存在する誰かのためのものだけじゃなくて、自分宛に送るのもあるとジンは言い、それで団員皆、半ばタイムカプセルみたいなノリで書き上げ共に飛ばすことにした。


 なぜわざわざ凧にしたのか?

 ガスを入れた風船ひとつひとつに紙をくくりつければ、目的通り空へ送ることができるだろう。

 しかし、そうしなかったのは呆れるほどの単純な理由で。ジンが、フウカが、ひいては僕までもが口を揃えて、否定した。

 “そんなのカッコよくないだろう”

 たったそれだけで、危険なその“遊び”を僕らは望んでいる。


 「……どう、レイン。順調?」


 この場所はエデンⅣ、昨日ずっといた新生会議室。

 今ここにいるのは一人の強き仲間だけだった。


 「あ、ライトくんっ!順調っすよ!もう言葉がとまんなくてやばいっす、フィーバー状態っす!」

 「ふふ、なにそれ。でも、それならよかった」

 

 彼女の机には、昨日よりもたくさん補充された色鉛筆やクレヨン、水性から油性のペン、または書道で使うような筆まで、多種多様に置かれている。

 “誰が”わざわざ置いたのか、はたまた“誰もが”なのか、そんなの全部使わなくたっていいのに、レインは全ての道具と色を使ってただ一人へのソウルを綴っている。


 「へっへへ〜、こんなにも楽しいんすねぇ、文字書くのって!」

 「お、レインもわかる?良いよね、勉強するの」

 「いやそういう文脈じゃないっすよ!?手紙っすよ手紙!?」

 「あはは、知ってる知ってる、冗談。けどレインは勉強きらい?」

 「いやそりゃ嫌いっつーか苦手っすよ……、数学とか高校入ったらもう二次関数が動き出してさっぱりっす……」

 「あ、じゃあ嫌いじゃないんだ?」

 「ん、一応、っすけど……、分かったら楽しいし、なにより勉強はあたしが立派な運び屋になるために必要なことっすから」


 「……ふふ、それじゃあまたいつか、今度は皆で勉強会でもしてみようよ。きっともっと好きになれると思うよ」

 「……!おおー!いいっすねそれ!絶対ライトくんの教え方分かりやすいと思うっす!」

 「あ、もう僕は教えるのは確定なんだ」

 「それ以外に誰がいるんすか!」

 「うーん、誰が頭いいかとかはあんまりわかんないけど、ジン様とか?」

 「いやジン様は頭はいいっすけど、まじ感覚派すぎて教えられると逆に頭悪くなるっす」

 「そんなことある?」

 「数学のわかんないとこ聞いたらなんか足し算のやり方がわからなくなりました」

 「そんなことある?」


 「へへっ、あとあと、実は同じ“高校一年生”ってあたしとライトくんしかいないんすよー?」

 「そっか、もうみんな同い年だと思ってたけど、結構離れてるんだよね」

 「そうっす、小さい島だし、同級生が少なくて……あたし、新鮮でした、ライトくんが」


 この二日間で秘密を共有しあって、彼女とは仲良くなれたと思っていたから、その次に続いた言葉が、僕は純粋に嬉しかった。


 「だからっ、やってみたいっす勉強会っ!憧れてたんすよ!テスト前に同じクラスの“友達”とそういうことやるのって!」


 僕らは同じ組織に属する“仲間”だ。でも、今、彼女の口からそれだけの関係じゃないことを改めて伝えられて、僕も『友達と勉強会をする』という当たり前に憧れていたことに気づいたんだ。


 「…….うん、絶対やろう。面白いよ」

 「へへ、約束っすからね!……あーあ、ライトくんと同じ高校に通えてたらきっと休み時間も退屈せずに話してたっすのに!」


 そう彼女が溢したことで、僕が自警団の一員としてあり続けられるのがこの“夏の間”だけであると、ジンもフウカもこの島から去ってしまうという真実を突きつけられるような気持ちになった。

 だから、いつかくる終わりまで、楽しみ尽くそうと僕は思った。


 「……さ、レイン。お返事はどのくらい書けた?」


 もともと彼女がひとりで気負ってないか、確認するために僕はモノづくり集団から外されてここに来ていた。いつも通りの雑談から話を戻してその進捗を聞く。その内容を盗み見ることはしなかった。


 「あっ!まだ今第二章が終わって第三章を書き始めたとこっす!」

 「ふふ、なんだかすごく長編になりそうだなぁ」

 「もっちろん!そのくらい、あたしはおじいちゃんに伝えたいことがいっぱいあるっす!……でもあっちはみんなどんな感じっすか?」

 「うーん、もう縫い付けは終わってあとはデザインだけだけど……、メアリがこだわってるからまだ時間はかかるかも」

 「ふはっ、簡単に思い浮かぶっすね!なら、あたしのソウルはもうちょい待っててください!すぐに書き終えるんで!」

 

 この扉の向こうで僕らの仲間が懸命に作業をしている様子を描けたのか、レインは一層集中した様子で、目の前の問題に取り組み始める。


 もう、僕はいらないな。

 

 熱中する彼女のコップに僕の水筒からお茶を注いであげて、頑張れとエールの念だけ送って、僕はその部屋を去った。



   ◇



 「ククク……、【アルティメットカイト:マークⅴ】強度良好。装飾良好。そして千草島、天気風向き、共に良好。さらにソウル──絶好調!」


 涼しくて晴れやかな朝だ。

 僕らは、見通しが良くて平坦で、空も上も臨める灯台近くの一本道に集まっていた。


 全ての準備を終えて、今、空に、“どこか”に想いを飛ばす。


 「……すぅ」


 誰よりも緊張している君は、大役を担った君はそれを悟らせないように深呼吸をした。その微かな震えを見逃す僕らじゃない。


 「……団員No.5ッ!コードネーム『レイン』!」

 「っ!?うぇ、は、はいっ!」


 何も警戒していない彼女が飛び上がるぐらいの音量で、ジンは自身が授けたその名前を呼ぶ。

 

 「準備は、いいか?」

 「……!はいっ!レインっ、同じく絶好調っす!」


 名前を呼んで意志を尋ねた。それだけで彼女は落ち着いたのだから、やっぱり彼の持つカリスマ性には誰も敵わない。


 彼女はそう宣言して、ヘルメット代わりの帽子を被り、跨る愛車『クモちゃん』のエンジンをふかし始めた。


 「ザザッ……〈コホン、こちらジン。只今より、《オペレーション・ゼフィロス》を決行するッ〉!」


 僕のポケットに入る無線機と目の前の人から同時に音声が発せられた。

 《オペレーション・ゼフィロス》。

 西風の神の名を冠した、やけに仰々しくてカッコいいそれはノリと勢いでジンが名付けたものだ。


 僕はレインと最後の目配せを交わして、互いに信じ切って、配置につくように歩き出しながら無線機の声に耳を傾けた。


 「〈今一度、流れを確認する。この作戦の絶対目標は『空へソウルを届かせること』。そのために我らが【カイト】を用いて遥かなる先へぶっ飛ばす〉」


 心地よい風、西からかはわからないけど、とても温和でどこまでも飛んでいけそうだった。


 「〈この作戦の要は、レインである!〉」


 ひとり、神経を研ぎ澄ませた彼女を後押す言葉。

 

 「〈大きすぎた【カイト】はもう人力では舞い上げるための風を集めきれない。そこで、原動機付自転車【ミス・クラウド】のパワーを使うッ!〉」


 きっとこの無線機を聞いた誰もがレインのツッコミを思い浮かべるだろう。一方通行の無線ではその様子はわからないけど、僕らは心が通じ合って吹き出していた。


 「〈時速三十キロ、我が計算によればそれで【カイト】は持ち上がる!どこへだって飛べる揚力を持つ!〉」


 設計にはジンしか携わっていないけど、その言葉を確信している、きっと飛べる。

 手紙を届けるためのパワーを操縦するレインも、カイトにうまく風が入るように布を広げる各メンバーも、全員がジンを信じている。


 そして僕は、約束の地へ、配置を完了した。


 「〈計画第二段階。持ち上がった【カイト】は原付に備わったままでは飛んでは行けない。だから──ライトが断ち切れ!〉」


 それが僕の役割。

 僕より相応しい人はいただろうに、それでもこの役割を指名したのは、他ならぬ“友達”のレインだったから、絶対の成功を僕は誓った。


 「〈貴様らッ!準備はいいか!〉……ピッ」


 作戦は単純にして明快だ。もうジンの説明が終わって、まもなくレインは走り出す。

 遠くの方から「おー!」という声がまばらに届いていて、こんな離れていても僕は発案者のフウカのものだけは聞き取れていた。

 責任重大、足も震える。


 そして、これからカウントダウンがはじまるという時に、無線に割り込んで一言喋り出した人物がいた。


 「ザッ、〈……レイン、仲間を信じて全力で突っ込めよ。オレたちが絶対に護る〉……ピッ」


 それは普段より落ち着いたテンションで、決意のこもった声、彼女の唯一のバディだ。

 ルークはひとり、単独してこの直線の先にいる。

 それは万が一、僕がカイトを離すのを失敗したり、飛んでいかなかったりした時、レインの命を守るためのガードナーとして“護る”役割。

 彼女は幸せ者だろう。どんな困難な道のりだとしても、必ず助けてくれると信じられるその大きな背中があれば、どこへだって羽ばたける勇気をもらえる。


 もうバイクに搭乗していたレインからの返事はなかったけれど、きっとこの想いは全員が共有していた。


 「〈さぁ、行くぞ。三秒前──《オペレーション・ゼフィロス》──行動、開始ッ!〉」


 身が引き締まる号令で、ついにその飛行機は走り出す。

 エンジンが全開で回っているのに、かなり重たいように、スピードは思うように加速しない。ハンドルだって完全なコンクリートの上じゃないから安定しない。風は上手く布の中に入り込まず、カイトはしばらく這い続ける。


 でも、それでも、レインは進む。

 仲間は持ち上がらない凧にも諦めず、追走して帆を張り続ける。

 風を吸って、蓄えて、どこまでも遠くへ行けるエネルギーに変えるように、ただ飛んでいくことを願っている。


 そして──カイトはついに持ち上がった。


 「……っ」


 僕の声かレインの声か、息を呑んで、その瞬間を待ち侘びていた。一度空気を蓄えたそれはもう僕らが制御せずとも風に乗っていける。


 だから、切り離すんだ。

 手に持った鋭いハサミで、レインの後ろの荷台に引っ掛けられた紐を断つ。

 それでこれは、僕たちのソウルを抱えて、“どこか”に飛んでいく。


 車に比べれば随分と遅いから、できないことじゃない。

 でも、もし僕がタイミングを逃せば、早すぎたらハサミでレインに傷をつけてしまって。遅すぎたらカイトに絡まってレインがスリップしてしまって。

 命を握ってると思えば必ず成功する保証はできなかった。


 こうして考えている間にも、どんどんレインは近づいてくる。焦る。いや、大丈夫、いける、僕はできる。

 そう自己暗示しても確信には至らず落ち着けない。


 でも、僕は見えた。


 バイクに乗って、走りながら笑っているレインの顔が。どこまでも無邪気に楽しそうにしているその顔が。

 朝焼けに輝いた、カイトにくくりつけた僕から“あなた”宛の手紙が。


 そしたら、もう僕は絶対失敗しないと、思えていたんだ。


 「──飛べ」

 「──行け」


 これ以上なくレインと接近したその瞬間。

 二人の声は重なって、そして僕のハサミは、糸を断ち切った。


 風の音がする。

 それは離れていく。

 僕らが手で掴めないほど遠くに。


 その時、世界はゆっくりに見えて。

 風に吹かれて真っ直ぐ進むそのカイトに吊るされた数枚の白は、朝を示す太陽の光を受けて、輝いて見えた。


 「──。」

 

 声が聞こえた。これはただの風の音だった。脳の認識のバグで、意味なんてなかった。それでも、それは短い誰かの名前を呼んでいるように聞こえた。

 

 それだけで、十分だった。


 「うおおおおっ!止まれぇ!レイン!」

 「ちょ、なにしてっ、道に立つなっすルークっ!轢きますよッ!?」


 平常通り、動き出した時間の中で僕を過ぎ去った向こうで二人の大きな声が聞こえる。


 「構わんッ!オレはお前を受け止めるッ!」

 「いや受けなくていいっすから!意味ないっすから!問題ないから止まるからーッ!」


 常軌を逸したとしか思えない行動、原付が直進しているというのにバディは恐れずそれを相撲のように構えて待ち受ける。

 それはかなり可笑しいけど、彼なりの優しさで、彼ならどんなことでも耐えられると知っているから、僕はそれを笑って見ていた。


 彼女は困惑しつつも信じて、彼を轢いた。


 「ふんッ!……っ、っ、っ!……フッ!ほらなっ!オレは受け止めたッ!」


 これが自動車なら電車なら、いかにそのデカい筋肉だとしても跳ね飛ばされていたが、原付でブレーキが効いているなら彼はそのパワーを一身に引き受けて勢いを殺すことが出来た。そして何も痛がる様子を見せないまま、屈強な自警団戦闘員は彼女の手を差し伸べる。


 「はぁ……っ!もう、ルークったら……、ありがと!」

 「ハッ、礼ならいらん!さぁ、見届けるぞ!」


 熟年コンビは無事の喜びもひとしおに、特等席へ走り出す。

 僕の後ろからも、六人分の足音が聞こえていた。


 彼らは皆、空に浮かぶ船を見ている。


 僕も、それを最後まで見ていたいから、走り出す。海が迫る崖の先まで。


 「フッ、オペレーション、コンプリート」

 「わあ〜!わたしたちが描いたコンパスマークがあんなに遠くに〜!」

 「ねぇねえライトっ!すごい、すごいよっ!」


 僕らは同じ場所で希望の光を見つめる。

 服の裾を強く引っ張るフウカは、はじめての絶景に、達成感に、興奮が隠せないようだった。


 僕も、嬉しい。

 嬉しいんだ、この感情は。胸の奥の暗闇は完全に消えてはいないけど、ずっと、遥かに楽になれた。

 それは彼女のおかげ。


 僕の依頼を引き受けてくれた、君のおかげ。


 その横顔を見た。名前に反して雨なんて似合わないほどに、君の笑顔は晴れやかで、そしてその表情にふさわしく、、全力で言葉を叫んでいた。



 「さよならぁぁぁっ!あたしはっ!もう、大丈夫だよーーっ!!」


 

 それは彼女が伝えたい全て。

 だいすきな人へ贈る、別れの言葉。

 

 お守りはもういらない。

 彼女はひとりでどこまでも届けられる、一人前の“大人”の運び人に、今変わった。


 

 

 

レイン√、了。

メインヒロインは風香以外ありえませんが、それでも魅力的な子達を描けていけたら良いなと思います。


さぁ、次は誰でしょうか。

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