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Summerise -茹だる暑さ、君を思い出す-  作者: 明日乃灯


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20/35

八月五日(後)「秘密基地を改造しよう」

後半!


 時刻二時。場所は森の中。

 僕らは少し遅めのお昼ご飯を、レジャーシートを広げて楽しんでいた。

 このおにぎりは、そしてサンドイッチは、天文台のキッチンでルカが作ったもの。


 「んー!美味しいよルカちゃん!」

 「あぁ!最高だ!やはり筋肉を動かした後のルカの料理は逸品だな!」

 「それは筋肉をうごさなかったら美味しくないってことすか?」

 「そんなわけないだろレイン!?」

 「へへ、ごちっすルカちゃん!『いつもどーり』最高に美味かったっすよ!」

 「オレをダシにして好感度高いこと言うな!?」


 「あは、ありがとうございますみなさん。でも、この数時間で結構疲れましたね……」

 「うん、そうだね。皆でだいぶ働いたよ」


 エデン改造計画。

 その第一歩は掃除からだった。それを始めてから四時間が経った現在。作業自体は各自満足できるまでとっくに終わっていて、計画は『第二段階』へ移行。そして、それももうすぐ終わろうとしている。


 「貴様ら、少ない人員でよくやった。壁の塗装はあと数分もすれば馴染んでくるだろう」


 第二段階、壁の塗装。

 会議の後、僕ら二人は数万円するほどの塗料とローラーを街から買って戻ってきた。

 

 築五十年以上。植物が壁の傷に住み、色は褪せた白、内部も外部もところどころ色が剥げていた。

 せっかくピカピカに磨いて綺麗になった床も、壁が汚ければ意味がないと僕らは全員で真っ白なペンキで塗りたくることを決めたのだ。

 それは模様替えを超えた壮大な日曜大工。普通にやれば費用も時間もバカにならないが、ルークとレインの圧倒的な身体能力で、地上から天井のドームまで難なく舗装を完了。そしてジンがいつの間にか用意していた高性能ドライヤーで乾かせばたった数時間でここまで綺麗な仕上がりとなったことに、僕はただ貴重な体験だったと感動している。


 「リーダー!次は何からやるっすか!」

 「そうだな、午後はレーザーの取り付けと、空き部屋その1をモニター室に改装する必要があるがそれは六人もいらないからな……」

 「おい待て」

 「なんだルカ」

 「なんだじゃないんだわ。こっちがなんだなんだわ」

 「なんだばっかりだなッ!」

 「なんだなんだー!」

 「ちょ二人とも静かに。ジン、レーザーってなに」

 「LASERとは特定の英単語ではなく、五つの単語の頭文字を繋げたアクロニムだな」

 「そういうことじゃないんだわ」

 「ちなみに日本語訳で誘導放出による光増幅放射だ」

 「へーそうなんだ!それは知らなんだ!」

 「フウカはなんだ言いたいだけでしょ……」

 「なんだい、バレちまってんかい!」

 「キャラまで変えて無理やりすぎるよ!?」

 

 「……もう、なんか確定事項みたいになってるからどうせ変えられないんだろうですけど……、なんでレーザー?今までも必要なかったじゃないですか」

 「……ふん、防犯のためだ。危機が起こってから対策じゃ遅い」

 「それはそうですけど、でもお金だって無限じゃないんだから……。ライトくんは止めたんですか?」

 「いや難しいんじゃないって止めたけど……なんかすでにエデンに大量の箱が届いてた」

 「手遅れだった」


 先の二人だけのエデン改造計画会議を思い返しても、ジンはドッキリらしい分野の内容はめちゃくちゃだったが、防犯に関しては僕が口を出す隙もないくらいにきちんとしていた。

 まるでこの企画はそれらが目的だったかのように。


 「あって悪いものではないだろう?さぁ、手を動かさんと始まらん。戻るぞ、計画再開だ」

 「……はぁ。じゃあやったりましょうか」

 「おう!筋肉のクールダウンも終わったぞ!」

 「元気もりもりっす!」

 

 そうして四人は立ち上がり、エデンへと戻ろうとする。 

 あれだけしっかり肉体労働したと言うのに、少し休んだだけで皆やる気を取り戻していた。

 なんだかこんなにはやくに休憩が終わるのは、いつも通りじゃないと、僕は違和感を覚えた。

 

 少し考えればきっとそれはメンバー的に運動神経がいい子たちで固まっているからで、ちょうどメアリ、テイラー、ノアの体力ランキングの下位勢が不在だからだということに至る。彼女たちはのんびりと動くから、キビキビ動く今のメンバーたちとは違う、それが違和感。


 そしてそれを突き止めるためしばらく考え込んでいたからこそ、僕は気付けたんだ。


 その集団に少し遅れて、額を押さえながら不器用によろりと立ち上がる彼女に。


 (……フウカ?)

 

 君はなんでもないような表情にすぐ取り繕った。

 でも僕は君が活発な性格の割に体力がないことを知っている。それにこのうざったい暑さにも弱い。

 無理をしているんじゃないか。もっと休憩が欲しかったはずなのにそんなこと言えなかったんじゃないのか。

 そう考えついて、近付いて肩を持って、「休んでいいよ」「僕が代わりに頑張るから」なんて彼女を労る声をかけようとした。


 ──だが、そんな僕よりも早く、動き出した人物がいた。


 「……ふむ。よし、貴様ら分担だ。男女で分かれて行動するぞ。男は機械の取り付け、女子はエデン内部で家具を置き直す作業を進めてくれ」


 ジンの指示。

 直接的にこそ一切言ってないが、それはフウカを見つめながら出た言葉。

 彼は恐ろしく視野が広く、団員全ての様子を観察しているようだった。


 「フウカには物の整頓をやってもらおう。本やゲームカセットを並び替えておけ」

 「……え、う、うん!任せて!私頑張っちゃうよ!」


 やはり彼はフウカの疲れを見抜いている。

 エデン内部はエアコンとトリニティフェザーで随分と涼しいし、整頓は重いものを運ばず座りながらできる仕事。


 「レインとルカはライトが作ったこの計画書を参考にして家具を置くのだ。あまりにも重い物は放置か外の俺たちを呼ぶがいい」

 「おっけーっす!」

 「うん、わかった」

 「時間はたっぷりあるからな。ゆっくり会話でもしながら作業しろ」

 

 ジンは余計なことを言わず、人をやる気にさせる最適解の声をかける。


 ジンのその背中を見ながら、フウカの誰にもバレないようにほっと小さく息を吐く姿を見ながら、僕は僕の至らなさを知った。


 (……僕は、彼女が疲れているのを知って、なんと声をかけようとした?)


 覚えている、僕は彼女の“体”を労る言葉をかけるつもりだった。


 それは、彼女の“心”を労っていない。

 それは真に彼女のことを考えていない証。


 なぜなら今、フウカはあんなにも笑顔で喜んでいるのだから。


 「えへへ、まだ眠っちゃうには早いもんね」


 小声、でも確かに聞いた。それはどういうことだろう。わからないけど、少なからずそれは本音で、仕事を貰ったことを嬉しく思っている。

 

 ……彼女は皆と一緒にいたいんだ。

 疲れていても、眠気に襲われても、遊んでいたい。

 それこそが彼女が大切にしたい“自由”だ。


 ジンのおかげで、僕はそれに気付けた。


 「ルークはカメラとレーザーを設置してくれ。箇所はライトが指示しろ。俺は配線類をやる」


 パンと彼は手を叩き、空気が動き出す。

 風をもたらすリーダーの号令。

 僕らの昼が始まっていく。



    ◇



 「ね、ね、フウカちゃん!一つ聞いてもいいっすか!?」


 旧天文台──エデン内部。

 三人が涼しい人工風を浴びながら作業をしている。帽子を被った褐色肌の女の子が、座って本を並べてている紫の瞳の子へちょっかいをかけるように脇腹をくすぐった。


 「ひゃっ!?な、なんでいきなりくすぐったのレインちゃん!?」

 「え?なんでくすぐったんっすかね、あたし」

 「いやいやいや無意識なの怖すぎますよ!?」


 可笑しなことを言った彼女に対し、遠くから即座にツッコミを入れ、二人に近付いたのはポニーテールの生真面目な少女だ。

 

 「そこに脇があるから、あたしの手が勝手に動いちゃったんすね」

 「そんな登山家みたいな……」

 「なるほどそこに脇があるからくすぐっちゃったんだねぇ」

 「なんでこれで納得できるんですか!?」

 「それなら仕方ない仕方ない」

 「どうして許せる!?」

 「ふふ、ルカちゃん!ノアちゃんの頭を見てたら撫でたくなるのと一緒だよ!」

 「……あぁ、それなら納得できますね」

 「えええ納得できるんすか!?」

 「その衝動は理解できるし許せちゃいます」

 「……あ、あたしがいうのもなんすけど、とうとうツッコミの要が堕ちたっすね……」


 彼女たちは一度作業の手を止め、互いに向き合う。


 「それで、それで、レインちゃん!私に聞きたいことってなぁに?」

 

 フウカはその質問の先が酷く気になるように、レインの瞳を見つめ尋ねる。


 「そうそう!それはズバリっすね……ライトくんのことっすよ!あの人ってなにもんなんすか!?」


 彼女は自警団No.9の男性について、興味津々な様を隠さず目を輝かせて話題に出した。

 その人を詳しく聞くなら、最も距離が近いフウカに聞くのが一番良いと思ったから。


 「え、ライトのことー?」

 「はい!ライトくんってどっから来たんっすか?ここに来る前なにやってたんすか?ずっと気になってたすけど、言う機会なくて……、でもフウカちゃんは一緒に住んでるぐらい仲良しじゃないすか!だから知ってるかなって!」


 彼らは“仲良し”ではあることは疑いようのない事実である。たったの一週間程度でもう、心を許せる家族同然の絆が芽生えている。

 ただ、お互いにお互いの全てを伝え切るには、まだ時間だけが浅かった。

 

 「えへへ、うん。私はライトと仲良しだよ。……でも、ごめんねぇ、実はあんまりライトの昔話は知らないんだ。なんで、この島に来たのかとか」


 ライトはフウカに過去の話をしない。

 そしてフウカから無理に聞こうともしない。

 それゆえに、互いにほんの少しだけ寂しいと思う。


 「私たちはふたりとも、円海さん……萩原さんの家で巡り合っただけ。……だけどね、私、ライトの“今”のことならなんでも知ってるよ!」


 過去は知らない。

 けれど、共に生活を共にした一週間の、この島での彼ならばずっと側で見つめてきた。

 寝顔からお風呂上がりまで。全部の表情をフウカは覚えている。それは他ならぬ現在の“誠”を知っているといっても嘘ではない。


 「……へへ、やっぱり二人はいいバディ同士っすね!」

 「本当ですね。微笑ましいです」

 「えー?そうかなぁ、嬉しいなあ。……ちなみにレインちゃんはどうしてライトのこと気になったの?」


 フウカは二人にそう言われたことに喜びを隠せないままにやけた声を出す。そして、なぜいきなりそんなことを聞いたのか、改めて問いた。


 「どうしてってライトくん、すっごく不思議な子じゃないっすか!頭も良くて運動もできて、ゲームもどんどん上手くなってきてて!」

 「あ、それは私も思いました。なんだか、『なんでもできる』って雰囲気ありますよね!……ほら、これ、見てください。全部ライトくんが考えたんですよ」


 ルカはポケットにしまった四つ折りの紙を開き、二人の前に見せる。

 それはルーズリーフ、会議の時に描いたエデンⅡ内の新しいレイアウト。

 彼はこれを現在の散らばった家具の状況から、その個数と大きさを整理してもっとも見栄えが良くなるように再設計、それを図にしてわかりやすく書き表したのだ。

 “普通”の人は、彼がそうしたように、その速度と正確性で考えることなどできやしない。


 「とっても助かりました……」

 「何から運んだら楽チンかも書いてくれてたっすからね!」

 「えへ、えへへ。すごいねぇ誠は!」


 彼女は自分自身が褒められているというわけではないのに、上機嫌に笑う。

 嬉しいのだろう。自らが気まぐれに作ったランキングに『全部ランクインしてみせる』と宣言した彼が、言葉通り全てに才覚を顕して自警団から認められているのが。


 「……ふふ、でも、『なんでもできる』ならライトもだけど団長もすごいよねー!」

 「あぁ、あいつはいいです」

 「冷たいね!?」

 「なんかライトくんが凄いのはうおおって感じなんすけど、リーダーが活躍してるの見てもはいはいって感じなんっすよね」

 「ドライだね!?」


 ジンには凄さを認めるものの一貫して塩対応なのが、この自警団の古から続く常識だった。


 「……それにライトくんがあいつと違うのは“優しさ”ですよ」

 「優しさ……?」


 「はい。さっき私がご飯を作ってたじゃないですか。みんなが疲れていたのでひとりでも大丈夫だと言ったんですが……それでも自然と作るのを手伝ってくれて、何も言わずに最後に残って片付けまでしてくれたんですよ?」

 「あ、それならあたしもあるっす!一昨日のスイカ割り大会の時、目隠し中に転ばないようにさらっと服の裾握らせてくれたんっす!エスコートすっごく上手でした!」


 あとはこんな時に、とか、こんなやり方で、とかライトの意識すらしていない何気ない当たり前の仕草を交互に彼女らは語る。

 彼はたった数日で、ここまで女の子に褒められるようなことをしてきたのだと、やっぱりフウカは誇らしげに微笑んだ。そして「私もライトにこんな優しさを貰ったよ」とほんの少し対抗心を滲ませて、三人の会話は続いていく。


 「……ふふん、ライトに早く会いたいなぁ」


 彼の会話で盛り上がるからこそ、すぐ近くにいるはずなのに、フウカはそんなことを無意識に願い、言葉を溢してしまった。

 それにレインは逃さず追撃する。


 「……あ、あの。二人はどんな関係なんすか……?」


 レインは案外初心な少女。直接的にはその関係性の正体を言わない。けれど、その質問は誰が聞いてもどんなことを知りたいのかわかるだろう。

 いわゆる、恋仲か、どうか。


 だが、そんな意図は彼女には汲み取れない。

 ただ素直に、なんの恥ずかしげも見せず、堂々と答える。


 「私とライトは家族だよ!血は繋がってないけど……それでも、同じ家に住んでるから、家族なの!」


 あまりにも胸を張って言うのだから、ドキドキと年頃の女子高生らしく構えていたレインも、ルカも、絆されて笑みをこぼす。


 「……あ、でも強いて言うなら飼い犬と飼い主?」

 「前も聞いたんですけどやっぱりなんですかそれ」

 「あ、羨ましいっすよそれ!あたしも立候補したんすけど多頭飼いは良くないって断られちゃいました」

 「その理由もやっぱりおかしいですよ?」

 「ふふ、自由な私を自由なまま鎖で繋いでくれるのがライトだからね〜!」

 「どういうことですか……!?」


 七月二九日に交わしたどんな小さな会話も、彼女はまだ忘れていない。

 それほどまでに嬉しい出来事だったのだから。


 「じゃあ、逆にライトくんはフウカちゃんのことどう思ってるんすかねぇ……?」

 「どう……って、んー、どうだろ……?」


 他者から見た自分なんて、ここに来てから気にしたことのなかったフウカは天井に目を向けて考え始める。

 それより早く答えを出したのは、なぜか気恥ずかしそうに笑うルカだった。


 「あは。そ、それはもう最初に言ってたじゃないですか。この自警団に入った時に」


 誠がジンに対して、宣誓したあの瞬間。

 そしてあの言葉は団員全員、風香も含めて、しっかりと耳に残していた。


 そのシーンが、三人同士に鮮明にフラッシュバッグされる。


 「──“宝物”。……私、そう言われたね」

 

 嘘で固めような甘い言葉なんかじゃない。それは紛れもないライトの本心。彼女らはその場面を思い出して、ルカとレインは言われたわけではないというのに、みんなで頬を桃色に染めていた。

 誰もが恥ずかしくなってしばらく何も言葉を話せない時間が続く。

 

 フウカは、その誓いを決して忘れることがないほどに、人生で言われた言葉の中で最も幸せなモノなのだと、改めて気付いてしまった。


 「……こ、こほん!もう、ライトの話はおしまいね!」

 「は、はい!そうっすね!」

 「で、ですです!作業も進めながら別の話をしましょうか!ジンに怒られちゃいます!」


 雑な咳払いをして、流れを変えたフウカ。

 彼女はライトの話から離れつつも、遠からず、あるコトを話題に出す。


 「そうだ。みんなも入団の時“宝物”を聞かれたんでしょ?私、知りたいな!」


 誰もが自警団に入った理由がある。

 自由を望んだ過去が。

 フウカとライトが答えを知っているのはメアリだけだった。


 「あー随分前に答えましたね……。……あんまり覚えてないですけど、きっと、私は宝物を“海の家”と言ったと思います」

 「海の家……!いいね、ルカちゃんの素敵なお家だ」


 遠い日を眺めるように過去を辿ってルカは語った。

 それ以上フウカは聞かずにもうひとりの方を見る。


 「あたしはしっかり覚えてるっすよ!四年前も今も、変わらない。──“運び屋”って答えたっす」


 いつだって動きやすいようにパンツスタイルで、日差し対策に帽子を被った仕事熱心な少女は言った。

 自らの宝物が、代々続く、家業なのだと。


 「へぇ……!なんだか、カッコいいね!」


 どんな想いが込められてそれが宝となったのか、フウカはそれを知らないけれど、ありのままの感想を伝えられるのは彼女の無邪気さゆえの美点だった。


 「えー!カッコいいっすかぁ……?へへ、ありがとうございます!」

 「あは、レインちゃん、ひとりで配達できるようになったのはここ最近ですけどずっと前からお仕事手伝ってましたもんね」

 「そうっすよ!この仕事は……、あたしの一番の誇りですから」


 彼女の誇りは一日たりとも休むことはない。

 今日だって、朝の配達の後に自警団の活動に参加している。


 「ふたりとも素敵な“宝物”だね。……他のみんなのも知りたいなぁ……!」


 彼女は残りの団員に想いを馳せる。もっと深く仲間と絆を深めたいがために、最も大切なものを知りたいと願う。


 「きっと、聞けば教えてくれるっすよ、フウカちゃんなら!」

 「ですです。私たちはフウカちゃんの“宝物”も聞いてるんですから」


 そう背中を押されたことに彼女は嬉しくなって、より一層、みんなに、ライトに会いたいと腕を捲った。


 「うん!さぁ部屋の整理っ、早く終わらせちゃおっか!」


 エデン改造計画。

 団長がもたらしたそれは、至って平和に、より互いを知る結果へと導き、そしてつつがなく終わっていく。



    ◇



 「ザザッ……〈全員、定位置につけ。そろそろ奴らが来るぞ〉……ピッ」


 時刻十九時。

 『奴ら』はバイトが終わり、そして僕らは通常ならもう帰り始める時間。

 しかしこうして、まだ“真っ暗な”天文台に残り息を潜めている。


 僕はポケットに入れた無線機が、いつもの周波数とは違う信号を受信して音を発するのを、エデンⅡ内部でジン以外の僕らが各自しゃかみこんで聞いていた。


 「ライト、わくわくするね……!」


 耳元で囁かれるこそばゆい声。

 それは散らばって待機する中で、隠れる場所が限られており僕と同じ所に配置されたフウカだった。


 僕らは何でこんな隠密するような真似をしているか。


 単純。ノア、テイラー、メアリの三人を驚かせるためだ。

 結局防犯カメラやレーザーはすべて設置完了し、それらを監視して同期づけるセキュリティルームは、みんなで天文台の使われてなかった空き部屋を改修した。

 ついでにその部屋へ高性能のデスクトップパソコンとゲーム類を移し、モニター五枚を贅沢に使ったそこはセキュリティルームという名の、実質『エデンⅢ』。ロマンに溢れる第三の秘密基地となる。


 とまぁ、そんな大層なモノを作り上げた分、もうこれで時間がなくなってしまった。

 要塞化はできたものの、撃退──つまり驚かせるような仕掛けは何もない。

 当初のドッキリが果たせない。

 いやもう別にそんなのはどうでもいいんじゃないかと全員が思っていたが、ジンだけは子供のように「絶対やる」と言って聞かなかったから、呆れつつも笑い、僕らはまだここにいる。


 「フウカ。確認ね、三人が扉を開けて電気をつけたら紐を引くんだよ」


 たいした時間が取れない僕らが驚かす手段はなんとも古典的、それでいて一回僕とフウカも喰らった爆弾。

 片手に持つなんともめでたいクラッカーだ。


 普通お祝いする時に使うよねこれ、ただ単に大きい音でビビらせてるだけだよね、とかもちろんルカと一緒にツッコんではみたがもうなんでもいいやと、僕も彼女も衝動に誘われてその作戦に参加した。


 「よーし……!めちゃくちゃ腰抜かすぞー……!」

 「クラッカー握ってそのドッキリへの意欲はなかなか無いよ」

 「度肝抜かすぞー……!」

 「やる気あるのはいいけど……」

 「病院送りだー……!」

 「やりすぎじゃないかな!?」


 僕とギリギリ密着するぐらいのその距離感でフウカははしゃいでいる。なぜか少し緊張していたが、彼女の彼女らしい冗談のおかげで気が抜けてしまった。


 「──ザザ、〈レーザーが反応したぞ。……今三人がエデンに入った。いつも通りエデンⅡへそのまま向かっている。……フッ、しくじるなよ〉」


 ひとりモニター室にいるジンが外の状況を報告した。

 僕らの作戦は明快。仕掛ける場所はエデンⅡ。ジンが無線機でエデンⅡへと誘い込み誰もいないと油断させてからのズドン。……ズドン?パン?まぁなんでもいいがそんなことをされたらフウカの言葉通り腰ぐらいは抜けてしまうだろう。


 「〈……来た。突入まで数えるぞ。残り、三、二……〉」


 いよいよという時に、暗闇の部屋で僕らは何となく顔を見合わせた。

 皆、ルカでさえも興奮を隠せないように怪しい笑みを浮かべて、三人の驚く表情を楽しみにしている。

 どうなるのだろう。彼らはドッキリをかけられても笑って許してくれるだろうか。


 そう考えたその時だった。


 「〈い…………、え、あ、やば〉ピッ」

 

 

 …………え?



 僕らは皆一様に通信が切れた無線機を見つめた。


 「あいつ死んだ?」

 「死んだな!」

 「終わったっすね」

 「南無阿弥陀仏ー」

 「流石に軽すぎるよ……!?」


 ボリュームこそ控えながら、何かあっただろうジンの安否を話し合っていた。全員すごくドライだったけど。

 ドッキリは中止か、この状況をどうしようか、しばらく暗闇の中で立ち上がって待機していれば、従来の想定通りこの部屋の扉がゆっくりと開けられた。

 

 まさかと急いで僕らは遮蔽物に隠れ、クラッカーを構える。

 この作戦は変わらず決行だと全員の思考が一致したのだ。


 そして、ついに誰かの手によって電気がつけられる。


 「──わぁっ!」


 先陣を切ったのは隣のフウカで、続いて連続的に破裂音が鳴り響く。レインとルークの五本持ちクラッカーも正常に作動した。


 だが、光に目が慣れ、ようやく視界がはっきりと開けた時。

 

 「……って、え?」


 ──そこには誰も入ってきていないことに気付く。


 「あれ、じゃあ誰が……」


 その言葉を言ったのは僕で、困惑している四人を置いて、彼らに開かれたはずの扉に何も警戒せず無防備に近付いた。


 そして、僕の目の前に小さな女の子二人が勢いよく、視界いっぱいに飛び込んでくる。


 「「ばーっ!」」

 「……〜〜ッ!?!?」


 意識外からの急襲に僕は思わず跳ね上がってしまった。不意打ちに弱いのは今更どうしようもなくこっちの腰が抜ける。

 そうして落ち着き、ようやく僕はその女の子二人が誰かハッキリと認識できた。


 それはこちらの思惑全て知っているかのようにニコニコと笑うメアリとノア。


 「ふふ、ライト先輩、破れたり」

 「わたしたちにはお見通しなのだあ」

 

 二人はしゃがみ込んで動けない僕へ手を差し伸べて、悪戯気に満足していた。


 「え、えー、二人ともなんでわかったんですか!」

 「そうっすよ!完璧に隠密してたのに!」

 「ん、逆に聞くけどおにいから無線で呼び出されたのに、電気ついてなくて警戒しないと思う?」

 「あ」

 「あと実はこそこそ聞こえてたよお?」

 「おっと」

 「……ルカねえがいて、気づかなかったの?」

 「はしゃぎすぎてつい……」

 「……まぁ、みんな正座して、よ」

 「はい……」


 僕も薄々成功しないとは分かっていたが、ドッキリを仕掛けるのが初なことで同じくはしゃいでいて、そこまで頭が回っていなかった。

 二人は本気で怒ってはいないものの、こちらを嘲るように笑ってクラッカーを没収し、地面に座らされた。

 ……当然の報いだった。

 

 そして、反省の最中、扉の奥からこの計画の創始者が姿を表してくる。


 両手を紐でくくられて。


 「フッ、貴様ら酷い様ではないか」

 「いやお前がな」

 「真っ先に捕まったっすよね」

 「逮捕されてるなボス」


 自分を棚に上げて煽るジンは、逃げられないように呆れたような表情で笑うテイラーに掴まれていた。


 「私たち団長に売られたー?」

 「否。フッ、俺が仲間を売るわけがないだろう!」

 「……さっき『寝返って計画を話すからそっちに加担させろ』って言ったのボクみんなの前で言って良いの?」

 「あ」

 「こいつ殴っていいか?」

 「ボクがそれに返事するよりも前に『あそこに五人クラッカー持って隠れてるぞ電気つけたら飛び出してくるぞ』って早口で言ったこともみんなの前で言っていいの?」

 「こいつ殺していいか?」

 「テイラァァ!言って良いわけないだろう!そんな聞き方するならワンクッション挟む必要はない!」

 「情けない提案したジンくんがわるいよお?」

 「おにい、ギルティ」

 「……ノア、俺はどんな罰を受ける?」

 「火炙り」

 「あまりにも重すぎる!?」

 「それか一日だけ呼び名裏切りカス野郎。ん、選んで」

 「背に腹は変えられん……呼び名の方だ」

 「クソォ!俺たちのボスが裏切りカス野郎になっちまった!」

 「あたしたちがここまでやってこれたのは、裏切りカス野郎のおかげだっていうっすのに!」

 「裏切りカス野郎から受けた恩は忘れないよー!」

 「失せろ裏切りカス野郎」

 「お前ら遠慮ないな!?」


 ひとしきり裏切りカス野郎を罵るくだりを行った後、バイト組の三人が僕たちを解放する。


 「ふふ、まぁこんなこと今更怒ったりしてないんだけどね……それより!ずっと言いたいことあるんだよ!ボクたち!」


 テイラーは微笑んで、僕たちを許し、そしてこのエデン全体を指すように手を大きく広げる。


 「ここ、すごく綺麗になってるじゃん!」

 「ん。壁も新しいし……わたしのクッションが洗われて、きれいになってる……」

 「床もお顔が反射するぐらいピカピカだあ!あ、わたしが拾った木彫りのクマさんが棚の特等席にいるね〜」

 「ほら、二人が言うようにとっても驚いたんだから!」


 三人は嬉しさを隠せないように、電気をつけた新生エデンを見て回る。

 とてもドッキリに成功したとは言えないが、驚かせること──サプライズには成功していた。


 「あとあとっ!あのモニター室なに!?あんなテンション上がるのみたことないよっ!ねぇボクも今度から使っていいのっ!?」


 テイラーは普段の様子から考えもできないほど興奮気味に声を荒げて、エデンⅢを見つめてそのロマン溢れる内装に夢を馳せている。

 ゲームとガジェット類が大好きなテイラーにとってそこは確かに楽園のようかと、僕らはおそらく全員が無邪気にはしゃぐ彼を可愛らしく思っていただろう。


 「このすごい……なんて言うんだろう、模様替え?」

 「改造だ」

 改造か?

 「そう改造は誰がやろうって言い出したの?」

 さすが親友、当然のように流せる。

 「……テイラー先輩。そんなの決まってる」

 「あ、もしかしてジンくん……じゃない裏切りカス野郎くん?」

 「おい言い直すなよ」

 「そうですよ裏切りカス野郎が主導したんです」

 「お前はいつにも増して俺を名前で呼ぶようになったなぁ」

 「でもでもっ、聞いてくださいっす三人とも!この新しいお部屋はライトくんが考えたんですよ!すごくないっすか!」


 そこで突然話を振ってきたのはレインだった。彼らはそれに感心するように答えてくれる。

 真剣には考えたが正直まだ日が浅く、全てを理解しきれていない僕のものだからなんだか気恥ずかしかった。


 「おお〜、これとっても綺麗にまとまってていいねえ!てっきりジンくん……じゃない裏切りカス野郎くんだと思ってた〜!」

 「だから言い直すなよ」

 「そんなそんな……。裏切りカス野郎ほどじゃないけど……でも、気に入ってくれて嬉しいな」

 「ライトも言うのか?それは謙遜なのか?」

 「ふふ、ありがとう、ライトくん!それに裏切りカス野郎くんとみんな!ボクたちこんな綺麗なアジトになってすっごく嬉しいよ!」

 「もうやめてくれ。良いことを言ってるはずなのに台無しなんだ」


 もう本格的な夜は近い。

 今日のバイト組と居残り組は混ざり合い、いつものようにエデンⅡのそれぞれの椅子に座って、囲みあって、今日の出来事を話し合う。

 バイトの時にこんなお客さんがいたとか、こんな魚が釣れたとか。

 掃除中にこんな大変なことがあったとか、こんな面白裏切りカス野郎エピソードがあったとか。


 今日は八月五日。

 自警団としての予定『エデン改造計画』は、裏切りカス野郎の思いつきで始まったただの“遊び”だった。

 でも、それはただの『微笑ましい小さな思い出』で終わるものではなくて、今この瞬間、新たなエデンに驚き、喜ぶ彼ら三人の“笑顔”によって『忘れることのない思い出』にへと至る。


 それは僕とフウカにとって、いやこの場の皆にとって何よりも代え難い幸せなこと。


 『夏を楽しむ目的』

 

 その大きくて、途方もない道のりの一歩を、今日もまた刻めたんだ。


 「……さぁ、貴様ら。もう十分楽しんだ。そろそろ帰るか」


 裏切りカス野郎はこうしていつも、誰もが望まない“解散の合図”を率先してやる。それは誰かがやらなければならないことで、悲しいことなのは裏切りカス野郎自身が一番分かっているのだ。


 でも、その都度決まって、裏切りカス野郎は言葉を付け足す。


 「また明日の午前十時。来れるやつは来い。待っている」

 「……うん。僕らは行くよ、ね、フウカ」

 「もっちろん!明日は何を遊ぼうかなぁ!」


 再会の合図。団員もそれに毎回応えるのだ。


 「あー……、んー、ごめんなさいっす!みんな!そして裏切りカス野郎!」

 「なんで皆と俺を分けたんだ。その意味ないだろ伝わるだろ」

 「あたし明日いつもより荷物運ばなくちゃいけなくて午後からの参加になりそうっす……!先、遊んでおいてくださいっす!」

 「ふむ、了解した。励めよ、レイン」

 「あざっす裏切りカス野郎!」

 「……貴様それ今日までだからな?明日呼んだら承知しないからな?」


 「それなら私も明日は海の家の仕事があってちょっと難しいです……、みんな、裏切りカス野郎は任せましたよ!」

 「ん、わたし明日もある、任せる裏切りカス野郎」

 「あたしも任せたっす!裏切りカス野郎を!」

 「おう!任されたぜ、裏切りカス野郎を!」

 「なぁ言いたいだけだろう」

 「そんなことないですよ裏カス」

 「略すでない!?なんだそれは!?裏のカスタマイズメニューみたいでなんかカッコいいだろう!?通だけが知る隠しレシピ!」

 「お〜、裏野郎を任されましたあ」

 「なんか随分と味が濃そうなラーメン屋になったな!?たぶん東京のどこかにあるぞ!?」

 「ん、カス」

 「すばらしいぞノア!変に組み合わせない、引き算の美学!」

 「だからノアちゃんには甘いのなんなんですかこいつ……」


 これが僕らのいつも通り。


 騒ぎながらも、ゆっくりと静まっていく。


 裏切りカス野郎──ジンが、最後に電気を消して。


 明日もこの場所で、始まっていく。

 

 


 

後半書いててすごい楽しかったです。

天丼が好きすぎてごめんなさい。


それと、地の文の主体を変えて改めて思いましたが、基本的にこの話は「誠」の一人称で動きます。

彼が特段意識していないことはさらっと流して、その描写の一面だけが真実を表しているのではなことを先に言っておきます。

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