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Summerise -茹だる暑さ、君を思い出す-  作者: 明日乃灯


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19/39

八月五日(前)「秘密基地を改造しよう」

今日も二本!




 『ねぇ、ここにしよ!お母さんから聞いたの!もう誰も使ってないんだって!』


 僕は目を瞑っていた。

 間違いなく眠っていた。

 

 なのに、“僕”は立っていて。

 茹だる暑さに額を滲ませている。


 『えー……?危ないよ、こんなとこ……』

 『大丈夫だって!私がついてるもん!それに、カッコいいし!』

 『カッコいいけどそれはなんの理由にもならないってば……』


 目を開けた。

 そして、この空間が朧げで、夢だと気づいた。


 思い出せないぐらい顔の輪郭があやふやな、麦わら帽子を被った少女は、“僕”の視界の中心に映る。


 『ふふふっ!それ以外の理由なんて必要ー?』

 『え、う、うーん……』

 『はーい!じゃあ決定ね!』


 “君”は強引に手を引いた。

 枝を掻き分けて、森を抜けて。

 そして見せたなんでもない景色に、意味をつけた。


 『──ここが私たちだけの、“秘密基地”だよ!』


 その心踊る言葉に。

 まるで楽園みたいだと“僕”は思って。


 “君”との思い出が増えてしまったと。

 守り続けていかなければならないと。


 『幸せ』な気持ちに、確かに僕はなったんだ。



    ◇



 「……?風香、何書いてるの?」


 縁側。午前五時。

 僕らはいつものように目を覚まして、まだ早い朝焼けの空を眺めていた。

 隣で風香はペンを握って、新品のノートに何かを記す。

 それは今まで持っていた日記とは別物であり、昨日のお出かけで購入したものだった。


 「えへへ、夢日記、だよ!」

 「あぁ……書くって言ってたね」

 「うんうん!忘れないうちに記録しておかないと!」


 良い夢でも見たのだろうか、そうやって上機嫌に夢の内容を綴る彼女。

 微笑ましく思いながら、僕も夢を思い出そうとしていた。

 だけれどやっぱり夢というのは“忘れるべき”もの。

 少し考えやしたって、どんな内容かもうすっかり浮かびやしない。


 「風香の夢はどういうのだった?見せてもらっていい?」

 「いいよー……いややっぱりだめ!」

 「えぇ……?」

 「良い夢だったからね!そういうのは心に秘めておくべきだって昔何かで見た気がするの!」


 僕も聞いたことのある迷信。吉夢は人に話すと叶わないから話さないほうがいい、悪夢は人に話すと邪気が出ていくから話したほうがいい。

 真偽はどうあれ、風香がそういったのだから、僕は大人しく彼女が楽しそうにペンを動かしているその表情だけを、眺めることにした。


 「……ねぇ、今日も楽しみだね」

 「うんっ、昨日でみんなにいっぱいお話ししたいことできちゃったからね!」

 

 “何を”、かなんて言わなくても、風香には伝わっていた。

 僕らの今日──八月五日の予定は未定だが。


 誰と遊ぶかは決まっている。



    ◇



 「なぁ、ロマンに欠けるとは思わないか?」

 「いきなりなんですかジン」

 「いきなりじゃない!ずっと前から思っていた!」

 「はぁ。そうですか」

 「というわけでドン。『エデン改造計画』」

 「なんじゃこりゃあ」


 天文台。午前十時。

 まばらに集まった見知ったメンバーと、僕ら二人は合流して、各々椅子に座り円形に囲って話し込んでいる。

 

 そうして新たな話題を提供したのは、リーダーのジンだった。

 

 「まず……そうだ、ライト。俺たちに足りないものはなんだ!」

 「あ、僕なんだ……。えー?足りない……ことなんてあるかなぁ」


 突然話をふられ、一応考えはするが入団歴も浅くて今に満たされている分特に何も出てこない。

 横でフウカもウンウンと唸って、何かを捻り出そうとしているがやっぱり思いつかないようだ。


 「存在する。はい遅い不正解お手つき失格敗北」

 「クイズ形式だったのこれ!?言い過ぎだよ!?」

 「じゃあ次、レイン!」

 「うーんやる気元気っすか!?」

 「残念!有り余っている!」

 むしろレインはそれしかないでしょ……?

 「はい次、ルカ!」

 「……秩序、ですかね」

 「残念!有り余っている!」

 「そんなわけねぇだろ」

 「ルークはどうだ?」

 「戦闘力か?」

 そんなの要求しないでしょ……。

 「お、一番惜しいな」

 「惜しいわけあるかよ」


 「というわけで、俺たちに足りないのは“要塞”だ」

 「どういうわけだ……」

 「さぁ、やるぞ、この天文台の改築を──!」


 何もかもめちゃくちゃなジンの思いつきに、僕とルカは分担してツッコんで頭を抱える。

 なぜ急にそんなことを、要塞はなんのために必要なんだ、とかいろんな疑問点が思い浮かぶが、それを言っても結局「カッコイイからだ」としか返されなさそうなのがわかってもう何も言わないことにする。


 「でも改築って何からするんですか。……というかこの場にいない他のみんなから許可とったんですか?」


 ルカがじとっとジンを見つめて、ある“三人”について言及する。


 ノア、テイラー、メアリ。

 僕ら九人の自警団は、今日はフルメンバーじゃない。

 理由は各自仕事があるということで、今朝無線機に連絡が来たのを全員が聞いていた。


 「フッ、とってない」

 「とってねぇのかよ」

 早すぎるツッコミ。

 「あぁ、それこそ狙いなのだ。要塞化したエデンの防御力を確かめるために実験台になってもらう」

 「仲間に何してんだ」

 「…‥フッ、まあノアもいるしそんなに手荒な真似はしない。ただの子供騙し、ドッキリというやつだ」

 「うわ、まだ肝試しのこと根に持ってる」

 「持っとらんわ!俺はねちねち陰湿に追求するみみっちい矮小な存在なぞではない!」

 「ルカちゃんもそこまで言ってないっすよ……」


 「というか俺が肝試しのことをやり返すのなら貴様らだ!レイン、ルーク、ルカッ!」

 ……あぁ、一昨日の肝試し、三人だけ“ガチ”だったな。

 「ハッハッハ、あの夜は傑作だったぞボス!」

 「笑っとんじゃないわ!いったい誰だったんだ!闇に便乗してこの俺を殴打したのは!」

 ……うん、横で見てたけど流石に可哀想だった。

 「あれは暴力!立派な拳!あんなのドッキリだからで罷り通っていいわけがない!」

 「ははっ」

 「なぁに笑ってるルカァッ!」

 

 ジンを中心にあれこれ言い合って、笑って、僕ら六人でも、変わらず自警団は自警団らしく回っている。

 

 結局のところ、僕らは遊びたいだけであり、このドッキリとやらも標的がそうジンがぶつかり合わない相手なだけに、これは壮大な冗談なのだ。


 それよりも僕は、突然ジンがこの遊びを思いついたことに“驚かせる”いう純粋な目的以外にも、『エデン改造計画』にかこつけて何か別の意図を含んでいるようにも思える。


 これはただの直感なのだけれど。

 そう、なんとなく、仲間と言葉を交わしながらも天文台の外壁をちらりと眺める、嬉しそうなジンの横顔にひっかかったから。


 「わっ、ね、ね、見てライト。改造計画に水風船自動落下装置があるよ」


 …‥前言撤回。たぶん全力でドッキリしたいだけだった。


 「なんだこの計画……」

 「フッ、これを入り口に設置すればひとたび水浸し」

 「ただ天文台が汚れて相手も自分も不快になるだけだ……」

 「ならばもっと実用的なものを考えるぞ、ライト」


 フウカと一緒に計画書を眺める。彼が一晩で描いたそれは杜撰といえば杜撰だけど、なかなか読み応えがある。実現すれば面白そうだと思えるアイディアがあった。

 

 それをルークとレインが後ろからさらに覗き込んできて。

 ルカはまだジンと安全性について言い合っていて。


 気付けば僕らは全員がその計画に乗り気だった。


 「……さぁ、フウカ。今日はこれで良いか?」


 ジンが彼女の方を見つめて問いかける。

 なぜならば彼女は“操舵手”。自警団の遊びの決定権を持っている。


 目一杯に君は笑って、そして頷いた。

 

 「──うんっ!今日は秘密基地の改造だー!」



    ◇



 「ふむ、まずは今まで世話になったエデンに愛を込めて掃除しなければならない」

 「変なとこ律儀っすよねリーダー」

 「そこんとこ真剣にやらないと舐められるぞ」

 「誰にだよ」


 計画第一段階。掃除。

 この場所自体取り壊すわけじゃないが、心機一転、綺麗にすることは大切だとジンは言った。

 まるで夏休みに暇だからと行う部屋の模様替えみたいだ。

 まぁそれでも僕ららしいかと、ジンがマントから取り出した人数分の手袋をそれぞれはめて立ち上がる。


 「床をモップ掛けする。棚、机等の重たいモノはルークとレインが外へ運べ。フウカとライトは椅子とラグ、小物類を片付けろ。ルカは俺と来て掃除道具を町から買い揃えてくるぞ」


 何からやればいいか、指示役はもちろんジンで、皆を取りまとめて使命を与えてくれるから手を動かすだけなのはずいぶん楽だ。

 

 「あ、それならうちの家いこ、ジン。店で使うのあるから」

 「む、そうだな。有難く使わせてもらおう」

 「ついでにノアちゃんに差し入れ持ってこっか」

 「あぁ。今日も暑い。ノアが好きな白くまアイスでも置いていこう、箱で」

 「良いけどたぶんすぐ溶けるって……」

 

 「ルーク!慎重にっすよ!このゲームがいっぱい入った棚とかぶちまけたらテイラーくん大激怒っすから!」

 「あぁきっとブチギレる!怖い!」

 「あの時みたいに一週間ずっと笑顔で敬語使われるのはもう嫌っす!」

 「さん付けで距離をとってくるのはキツかった!妙に優しいのも怖かった!震える、筋肉が痙攣する!」

 「ちょ、落ち着いてっす!ルーク!」

 「まままま任せろろろろろろ」

 「本当に落ち着いてっ!?」

 

 ペアで分かれるようにして、作業は進み出す。


 「さ〜、私たちも動き出そ!まずは……ソファかなぁ」


 君は僕の袖を引いて赤いソファを指差した。

 団員一人一人に自分の椅子があるように、あれは僕ら二人の座るところ。


 「うん、わかったよ。せーので持とうか」

 「了解っ!えへへ、いっぱい綺麗にしちゃおうね!」


 息を合わせて、持ち上げて、すっかり見慣れたソファに重みを感じて。

 フウカの言葉に僕は応えるように笑って頷き、そうして、今日の“遊び”も始まっていく。

 

   ◇


 「ありゃ、この椅子って誰のだっけ……?」

 

 僕らのソファ、ジンの玉座、ノアの切り株クッションを外に運び終えた後、フウカはまだエデンⅡ内に残る椅子の持ち主を、顎に手を当てて思い出そうとしていた。


 それは別名「人をダメにする枕」とも言われるビーズクッションだった。

 八月二日、予定を立てた時、僕は誰がどの椅子に座ったかを覚えていたから自信を持って言える。


 「これはメアリのだね。ほら、思い浮かぶでしょ?」

 「あー!たしかにメアリちゃん、ここにぐでーってなってた!」


 どんな体にもフィットするそれはいつでもどこでも睡眠に入る彼女にぴったりで、暇さえあれば顔を埋めている。


 「じゃあじゃあっ!あのハンモックは?」

 「あれはレイン。横になってよく揺れてるね」

 「あ、それも思い出せた!……二人のいいなぁ。私も今度許可もらったら寝させてもらおーっと!」


 正直個性しかない椅子(?)らで覚えてないとは『忘れっぽい』と評さざるを得ないが、彼女は律儀にも持ち主に報告してから寝るつもりだった。

 フウカらしいと笑いながらも、僕は一言付け足しておく。


 「寝る場所で言ったらソファも良さそうだよね。フウカがこの前寝てたみたいに」

 「え、えへへ……。ちょうど弾力が気持ちよくて安心しちゃってね……」


 彼女はそのことは覚えていた。

 顔を赤くして、申し訳なさそうに視線を逸らす。


 それは予定を決めた日の夕方。ソファで並んで座っていたら、彼女は喋り疲れたのか僕の肩にもたれかかり、突然深く眠ってしまったのを話に出した。

 まだ自警団に入って二日目で、また僕とも一週間とちょっとしか知り合ってないというのに、『安心して』眠れるとはどうかと思うが、少なからず気を許してくれたのが無意識の行動にも現れているのを知って、僕は心がなだらかな気持ちになる。


 「ライトも今度ソファで寝てみよ?そしたら気持ち良さわかるよ!」

 「えー?僕枕がないとあんまり眠れないんだよね……」

 「……!そっかぁ、枕がないと寝れないんだぁ……!」


 こちらの顔を見て、ニヤニヤと笑う彼女。

 言葉に出してから、そう言ったのは失敗だったと思った。


 また変に余裕を持ったおねーさんぶって可愛がられる。

 案の定、彼女は僕のその弱みにつけ込むように一歩踏み込む。


 「……なら、わ、私がなってあげようか?枕にっ」


 それは予想通りおねーさんぶっていて。

 けれど、予想外にも余裕は一切なくて。

 バカにしてるともいえない恥ずかしさが少し混じったような顔をして、君はそんなことを言った。

 

 どういうことだ。というか、そんな顔をするぐらいなら最初から言わなければ良いのに。

 僕はやっぱり心が穏やかになるのを感じつつも、答えを出す。


 「遠慮します」

 「えぇーっ!?即答!?」

 「そりゃ即答でしょ……。何言ってるかわかってる?フウカ」

 「わ、わかってるよ!私の膝を枕にしていいよってこと!」

 「わかって言ってたんだ……!?」

 「わかってないとこんなこと言わないよ!?」

 

 この年にもなって膝枕は、って気持ちもあるし、アジトだと皆に見られて恥ずかしいみたいなのもいっぱいある。

 けれどやっぱり頷けなかったのはフウカがあまりにも僕を信用しすぎてるせいだった。

 普通、そんなことは友達や親友にもやらないと僕は本の知識と常識の範囲で知っている。


 「僕なんかで本当にいいの?もっと慎重に選んで……」

 「なんか、じゃないよ!誠しかしちゃダメだもん!」

 「……ん、それは、嬉しいけど、でも」

 「でもじゃない!まぁまぁ、話だけでも聞いてよ!損はしないよー?」

 「悪徳セールスが始まりそうだ……」

 「ふふ、はじまるのは美徳セールスですっ!」

 

 聞いたことない単語の組み合わせまで出して、なかなか押しが強いフウカの言葉を一回聞いてみようと僕は待つことにした。

 

 「ライトはお母さんに膝枕されたことある?」

 「……ある、かな?あんまり覚えてないけど、たぶん小学一年生の時とか」

 「うんうん、私もそれぐらいの時によくやってもらってた!」

 「へぇ。……それで?」

 「ずばりっ!“膝枕”って“家族らしい”モノなんだよ!だから〜、私たち“家族”でしょ?ならやっておかないとなって!きっとお互いの絆がもっと深く繋がれる、だからうぃんうぃんってやつ!」


 彼女の理論は正しいか判定さえできないぐらい変なもので、少なくとも僕には思いつかない考えだ。

 家族ならば確定でやるモノではないし、やっておかなければいけない義務もないうえに、膝枕される方は休まらないからウィンウィンとは言えない。


 ……でも。


 「……はいはい。そういうことなら、また今度ね。誰もいない時に」


 僕らの関係を“家族みたい”だと言って喜んだ君を見て、昨晩僕らを“家族だ”と墓の前で伝えた円海さんを思い出して。

 

 その、ままごとのようなごっこ遊びに付き合わなければと、付き合ってやりたいのだと僕は、僕もまた変な表情を浮かべながら、頷いた。


 「……!うんっ、また今度!ふふふ、私の膝どんな子でも寝かしつけられるって評判なんだ〜」

 「一体誰から評されてるの……」

 「……誰からも評されてない?」

 「どういうこと」

 「だって私膝枕したことないもん」

 「じゃあなんでそのセリフが出てきた……?」


 やっぱり変な子。でも面白くて愉快な子。

 引き続き、その重たいハンモックらを二人で持ち上げて掃除の続きをする。



    ◇


 

 「おお。見事に更地になったな。よくやった貴様ら」


 家具を外に置くだけだからそうたいして時間はかからなかったが、子供の秘密基地という称号そのもののように乱雑に置かれた雑貨が全部消えたため、労力分の達成感はとてつもない。


 これからジンが海の家から持ってきた掃除用具を使って床を壁をピカピカに磨く。昼前にいい運動になりそうだ。


 「これからが本格的な掃除、また分担だ。まず単純な力仕事、重たいモップを使ってエデン中を走り回るのはルークがやれ」

 「あぁ!でもオレ一人か?」

 「なんだ不安か?ならば安心するがいい。我らが戦闘員、貴様のパワーならば何も困難はなく成し遂げられると俺は知っている」

 「……ボス」

 「体力のあるルークにしかできない仕事。それにこれより面白い筋トレはないぞ」

 「……はッ、あぁそうだな!」

 「うむ。掃除をすることで床だけでなく己のボディも磨き上げるがいい」

 「急に何言ってんだこの人」

 「ピカピカになるぜ、してやるぜ!ダイヤモンド富士のように!」

 「この人も急に何言ってんだ。なんで純正のダイヤモンドじゃなくてわざわざ富士なんだ」

 「あれほど巨大なダイヤモンドはないからな。目標は高く。この世にあるどんな物質よりも、綺麗な景色の方がきっと価値がある」

 「……なんか深いこと言った?」


 「床をメラニンスポンジで磨くのはレインだ」

 「了解っす!……ちなみになんで私っすか?」

 「それは貴様が最も根気のある人間だからだ。この作業は骨が折れる。でもレインは仕事を放り投げたりしないだろう?」

 「……!へへっ、そうっすよ!アタシは生粋の仕事人!なんでもお任せあれっす!」


 「団長団長!じゃあ私はー!?」

 「フウカはルカと一緒に窓のレールや小物の埃取りなどの細かい作業をしろ」

 「あいあいさー!」

 「一緒に頑張りましょうフウカちゃん!……で、私たちにもこの仕事を選んだ理由はあるの。ジン」

 「……?単純にルカはそういうのが得意だろう、昔から。自警団は雑な奴が多いからな。お前の器用さとこだわり深い性格には助かっている」

 「……ふーん、そ」

 「そしてフウカは、ライトから『目がいい』と聞いた。その洞察力でルカを助けてあげるがいい」

 「へぇライトがそんなこと……、うんっ!行こ行こルカちゃん!」


 僕はジンの横顔を見つめる。

 彼は即興で人数を割り振ったのではなく、あらかじめ誰の何が得意か、どんな性格なのかを全て把握した上で最も適した仕事を与えていた。

 やはりその姿はリーダーらしい。

 

 というわけで最後まで残った僕にどんなのが当てられるのか、ドキドキしつつも彼がこちらを向くのを待っていた。


 「ライトは俺と来い。計画を練るぞ」

 「了解。……掃除じゃないんだね」

 「あいつらに任せれば大丈夫だ。家具の再配置は全員でやればいい。それより、どういう風にここを仕上げ直すかを深く考えるべきだ」

 「まぁ、確かに?」


 彼はマントから紙とペンを取り出して、僕に押し付けた。これからアイディアをまとめて新たな秘密組織──エデンを作り上げていく。きっと大人が聞けば苦笑いしちゃうぐらいの子供の遊びだけど、僕はそう任された仕事が誉高いように思えた。


 「……ねぇ、僕をこの仕事に選んだのは?」

 

 皆が聞いていたから僕もついでに聞いてみる。

 ジンにとって、どのような存在に思われているかを知りたかった。


 「それは貴様が面白い奴だからだ」

 「えぇ……?僕、きっとつまらない、普通な部類の人間だよ」


 欠点ばかりで、自分のことを好きになんてなれたことのない僕は決して面白い存在じゃない。

 目を瞑ればこの島の仲間たちが思い浮かぶ。それらに比べれば個性もなくて、卑屈な自分は信頼されるにはまだ早いと心から思っている。


 でもフウカのように、君もまた、僕の眼差しの奥をしっかりと見つめて「ふっ」と微笑んだんだ。


 「いいや、お前は普通じゃない特別だ。俺によく似てな」

 

 そんな異常性の塊とも言えるジン本人からそっくりと言われて素直に喜ぶことはできない複雑な感情。けれど、少しはこんな僕が彼に近づけたのだと笑えてくるような変な気持ちもあった。


 「ユニークな奴がもたらしたアイディアというのは、えてして革新をもたらす。自警団最後のメンバーとして期待しているぞ」


 僕はNo.9。もう他の人を加入させないつもりなのか、最後のメンバーになんてなる自覚はなかった。

 でも、期待されてしまっては、答えないわけにもいかないな。


 ジンが外へ出ようと振り向けた背中を追いかけて、僕はその隣に並び立った。


 「考えてみるよ。ジン、ありがとう」

 「フッ、何の感謝だそれは。さ、まずは俺のエデン改造計画を見直して意見を言わせるところからはじめよう……」


 そうして僕らのお昼は動き出す。

 計画の立案は会話することが全て。だが、座って会議できる場所は掃除中。だから僕らは天文台の外、涼しげに風が吹く森の中を二人散策し始めた。



    ◇



 木陰。

 一昨日の虫取り大会終了後、休憩場所として選んだ切り株が並ぶちょっとした広場に僕らは座っていた。


 その傍らに図と文字を書き込んだルーズリーフが十枚以上散らばっている。


 「よし。これでエデンⅡの新しいレイアウトから、壁の塗装、天体望遠鏡の修理、防犯カメラの導入、レーザーによる生命体感知システム、それに伴う空き部屋の改装案まであらかた話終わったな」

 「……一応、話終わったね」

 

 その散らばった紙たちを僕が拾ってまとめ、それを眺めていた。

 本当になんだこれ、としかいいようがないツッコミどころ満載の奇想天外なアイディアたち。


 前半のレイアウトと壁を新しく塗装し直すのは、“改造”と名ばかりのただの微笑ましい模様替えで済んでいたが、後半の防犯カメラ云々からなんだかやっぱり様子がおかしい。

 ……これでも一応僕が“ギリギリやろうと思えば実現可能かつ人を傷つけない安全なモノ”に絞ったのだけど。


 「侵入者の撃退というより逃亡の方向性で“罠”にかけるドッキリではなくなってしまったが……、まぁ、あの三人は変容したエデンにさぞ驚くことだろう……フフフ楽しみだ」


 彼は驚かすのが当初の目的なのを未だに覚えていたが、これはドッキリというより微笑ましいサプライズになりそうだと僕は愉快に思っている。


 でも、ユーモアある机上の空論はここまでにして、そろそろ現実的な側面にも目を向けなければと彼を諭すことにした。


 「……だけどさジン。掃除はともかくとして塗装のペンキとかカメラとかレーザーとか、お金がいっぱい必要でしょ?僕らじゃやっぱり無理じゃないかな」


 ずっと思っていたけれど最後まで言わなかったこと。要塞化するって言ったってその金は無から生み出されるわけじゃない。ただのバイトを頑張っている高校生の子供たちには簡単に支払えない値段になってくるだろう。


 しかし、ジンは不安ごとを全て見透かしているようにその不適な笑みを絶やさなかった。


 「フッ、金の心配はいらん。この俺がいるからな」

 「…………え?」

 「俺がいる限り資金に底は尽きんのだ」


 自信しかないように言い退けた彼に僕は思わず固まった。だってそれは理由になってない。

 高校生の個人がそんなにお金を持っていると言えるわけがない。ましてやジンは団員から無職だと聞いた。

 それならば……。


 「……?親の金、ってこと?」

 「違うわ。人の金でそんな堂々と威張れるか」


 宇宙飛行士がどのくらい稼げるかは知らないが、そうではないとなると……。


 「……、ジン、そういうバイトはやめた方がいいよ」

 「違うわ!闇のバイトをしているわけではない!」

 「名前がかっこいいからってそれは犯罪だよ……?」

 「俺がなんでも“闇”という単語に惹かれると思うなよ!?」

 「じゃあギャンブルは身を滅ぼすよ?」

 「それも違う!この年齢じゃ違法!あと俺にはすこぶる運がないからそもそも一度も勝てない!」

 「えぇ……それって本当に怪しくないお金なの?」

 「あぁ、ちゃんと正規の手段で得ている光属性の金だ。得るのにリスクこそあるが、俺に限って破産することなどあり得ない。信じろ」


 光属性の金とは何か。僕は、『運が絡まない』かつ『堅実な稼ぎではない』条件で絞り込み、ある一つのことに考えつく。


 それはバイトではない、仕事とも言い切れない、社会科目の教科書やニュースでしか見ないような雲の上の世界だった。

 

 「株取引……?」

 「あぁ、正解だ。詳細に言えばデイトレード。金に困った時ちょちょっと一勝負すれば儲かる」

 「そんな簡単にできるのじゃないでしょ……!?」


 本当にそんな簡単なモノではない。

 下手をすれば数十万を超える借金だってあり得る危険で綱渡りな行為だと、浅くて上辺だけの知識はあった。

 

 でも、ジンは一度も失敗したことがないと、これからもすることはないとそんな姿に感化されてしまったのか、僕はその無意味な根拠を、僕らのリーダーが言っているのならそうなのだと、漠然と信じ始めていたんだ。


 「運ならともかく、データが全てである勝負の世界において俺の頭脳が敗北を喫することはない」

 「そう、なんだ。……うん、そうだね」

 

 これは現実主義の僕がツッコむのを諦めた末に出た言葉ではないことは、他ならぬ僕自身が肯定するし、簡単に信じてしまっている僕自身も変だと思っている。


 「だから工事予算はほぼ無限だ。……改造計画だけに限らず欲しいものがあればなんでも俺に頼めよ。自由に自由を謳歌するがいい」

 

 あまりに太っ腹なことを言う君。

 だけど僕はそんな欲しいものをせびるためにここに入ったのではないから。対等な関係でありたい、そう、気持ちだけを貰うことにする。


 「いや、いいよ。僕の欲しいものは、欲しかったものは今で満ち足りてる。皆と喋ってるだけの時間が楽しいんだ」

 「……フッ、そうか。そんなに気に入ってくれたか、この組織を」

 「うん。まだ、五日しか経ってないけどね」

 「絆は時間じゃないさ。たった一月だけの出会いでも一生記憶に残っていく。それが愛というものだ」

 「ふーん……、いいこと、いうね」

 「だろう。…….こういうのを茶化さず聞くのは貴様とテイラーぐらいだ」


 まだ双方立たないまま、切り株に座ってこんな話を僕らは面と向かって続けていた。二人だけだから、ワイワイしているのとは違うけど、こんな時間もやっぱり僕は楽しかった。


 「ま、話は戻るが、そう遠慮せずに足りないものを気軽に言うでもいいさ。組織のお金として、出してやる」

 「……ありがとう」

 「ちなみに言うと、あの棄てられた天文台の今の土地は俺が買い取ったし、水道ガス電気代は全部俺が払っている」

 「えええあそこ勝手に使ってるんじゃないの」

 「馬鹿言え。そんなの不法侵入だ」

 「いや不法侵入してるのかと……」

 「無論最初はそうだった。……前土地所有者には黙認されていたがな」

 「許されてたんだ……、でも?」

 「そんなのカッコよくないだろとなって買った」

 「……ふふっ、理由も、それでパッと行動に移せるあたりもジンらしいね」


 自立して大人っぽいけど、動機がやはり子供っぽいジンはようやく腰を上げてそのアジトへ戻ろうかと僕へ手を差し伸べた。

 その手を臆せず掴んで、僕らはエデンへ通ずる道を引き返し始める。


 「ねぇ、アジトにある冷蔵庫とかテレビもジンが持ってきたの?」

 「あぁ。一部譲られたり漂着物をリユースしてるのもあるが、大半は活動に必要なために買った」

 「活動に必要……、必要か?」

 

 エデンⅡ内の景色を僕は思い返してみる。

 そこには団員それぞれの椅子類だけでなく、ルークたちが運んだようなゲームの棚を筆頭に多種多様すぎる雑貨があった。

 冷蔵庫やずっと羽音がうるさいトリニティフェザーなど、生活を豊かにする電化製品ならば活動に必要だと言い切れるが……、率直に言えば“変”なものも多い。


 「……あのベンチプレスって、誰の希望で買ってあげたの」

 「当然ルークだ」

 知ってた。だってルークしか使ってないもん。

 「なんか重たいものを持ち上げたくなったらしいからポチッと」

 「ノリ軽っ、あと動機も軽っ」

 「フッ、負荷は重いがな」

 「なにそれ……。で、あのルームランナーは?」

 「あれはレイン」

 知ってた。運動命の筋肉バディだった。

 「なんか雨の日でも走りたくなったらしいからポチッと」

 「決断早っ」

 「フッ、あいつはこの島で誰よりも足が速くなった」

 「ちゃんと実益になってるなら良かったよ……」


 その後もジンは続ける。

 エデンにある異国のステッカーや木彫りのクマは独特なセンスを持つメアリが選んだのだと。

 ふわふわのぬいぐるみと、対して無骨なラジコンはノアの好みなのだと。

 ゲーミングパソコンのようなガジェット系はテイラーの趣味なのだと。

 なぜただの天文台にキッチンがあるのか、それはルカの要望で無理やり工事してくっつけたのだと。


 あの僕らの楽園は彼がただ自由を願うために、その手でいちから作り上げたモノ。

 彼の願いの結晶そのものがエデン。


 先日、写生大会でジンは天文台の外観を描いた。

 いったいどうして。そこには何かしらの“意味”が隠されていることだけはわかった、けれどそれ以上のことは僕にはまだ読み取れなかった。


 だから、今この機会に、歩みを止めて、自然と口から溢れ出して尋ねてしまっていた。

 

 「ジンは、エデンが好き?」


 変な質問。きっと当たり前の答えが返ってくる。

 でもその答えこそ、彼の口から改めて聞きたかったのかもしれない。


 「好きだ。俺の始まりの場所で……ここは、カッコいいからな」


 結局はその言葉に集約する。

 秘密基地なんて少年少女を過ぎ去った現在でも、ずっと僕らのロマンをくすぐってくる。


 「……ふふ、好きな理由が、カッコいいから、ね」

 「あぁ。……なぁ、それ以外の理由はいると思うか?」


 ジンは少しだけ笑って、何かを懐かしむように空を仰いだ。

 太陽を垣間見る、木漏れ日の中でそのマントは輝いていた。

 

 僕は答える。


 「いらないね。人が何かを好きになるのに、複雑な理由なんてきっと無粋だ」


 そう思い至れたのは、この島に来てからで。

 風香と、仲間たちと出会えたからなんだ。


 ──その時、一陣の風が吹く。


 「……!」


 森に吹き荒ぶ涼しい突風が、枝を揺らして、肌を優しく撫でた。

 風が吹いて行く方向へ、僕らは自然と顔を向けられる。


 そして木々の隙間。

 普段は葉と幹しか映らないはずなのに、この瞬間だけはその視界は開いていた。


 ある施設が、家が見える。

 ドーム上の屋根、蔦が絡まった褪せた白の壁。

 それはとても大きくて、人の歴史が詰まった宝箱。


 横顔だけ見えたジンは、その不敵な笑みだけは絶やさなかった。

 

 「──あれが俺たちだけの、“秘密基地”だ」


 僕はこの出来事を忘れない。

 ただの廃墟でしかない天文台が、僕らの手によってたった一つの“楽園”に変わる。

 ありふれた景色に意味を見出して、世界がまた一つ鮮やかになったこの瞬間を。



 僕はやっぱり忘れないだろう。

 

 



 

 

 

 

 

夢。アバンタイトルとでも言うのでしょうか。

なにやら作品の大きな謎を握ってそうですね。



さぁ、また今日もわちゃわちゃ会です。

ジンが金持ちなのであらゆるフィクションを可能にしていきます。

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