八月三日(後)「みんなで遊ぼう」
八月三日の最後!
時刻十九時。
これは都会の街で暮らせば、住宅街の灯りのせいでたいして暗いとは思わない時間だった。
でもこの千草島では違う。
夜の明かりは月の光。さらにアジトと灯台を繋ぐ山道となれば、もはや人工の光なしには歩けないだろう。
「うーん。皆大丈夫かな……」
僕はそうやってつい心配のあまり言葉を漏らしてしまう。
言葉の先は天文台の窓の外へ。
でも他団員はもう既に言葉が届く範囲にはいない。
暗闇の外を安全な場所から眺む。
そう、僕──僕“ら”は、まだ『肝試し大会』の犠牲者として待機中だった。
「なんだ不安か?ライト」
「そりゃあね……ジン。特にフウカが気になるよ。転んだりしてないかなって」
「フッ、なかなか過保護だな貴様も」
「……まぁ、そうかも?」
僕らが犠牲者として決まり、すぐに他の皆はここを出て驚かす仕掛けを作るため出払ってしまった。
無線で準備完了の合図が揃うまで、このエデン内でジンとふたり、会話をしている。
そして僕が、フウカという同期を異常に心配しているのは彼女が僕の“宝物”であり、そしてそれに気付かされた理由である『滑って転んだ』事件にある。
あの時は間一髪で助けられたが、今度同じことが起きて怪我をしてしまった時、そばに居ないのを悔やむ気がして胸騒ぎが止まらなかった。
自分でも変だと思っているこの精神状態を落ち着かせたのは、僕の肩に触れる、意外にも温かいジンの大きな手のひらだった。
「落ち着け。大丈夫だ。島に慣れてないフウカのためにルカが共に行動すると言った。あいつは俺がノアを任せるぐらい頼れる人間だ。……我が団員を信じろ」
それはハキハキとした彼らしいものじゃなくて、穏やかで優しい言葉。けれど確固たる意思もこもった、組織を率いる、人の上に立つ風格。
僕は昨日と今日とで、ジンとルカは互いにいがみ合ってばっかりで相性は悪いのかもしれないと思っていた。
でも、本人がいない今。彼が彼女を誰よりも認めていると知ったんだ。
「……うん。確かに、安心だね」
「あぁ。……それよりも警戒しておいた方がいいぞ」
「……?なにに?」
「あいつらのドッキリだ。あれはもはや遊びじゃない。どんなB級ホラーよりも心臓に悪い」
「そんなに……!?ジンは過去に何されたの……?」
「なんでもされた」
「なんでも!?」
「ベタなやつからしょうもないのまで全て忘れることはないが……一番心にキたのはノアに嫌われるドッキリだな」
「あぁ……うん、効きそうだ、ジンに」
「あれは四年前のちょうど今日と同じ八月三日だった。ネタバラシされるまで涙が止まらなかった。そうしてこの世に海が作られた」
「すごい壮大になっちゃったけどそんぐらい泣きそうなのはわかるよ……」
「あと三年前の六月十五日、透明人間として扱われるドッキリもキツかった」
「うわ、皆から無視されるやつ?」
「そうだ。誰からも反応されず、妹に挨拶を告げても返されなくて俺は泣いていた。川が作られた」
「結構かわいそうだね……そのドッキリ」
「あぁ。俺にはバディがいないのを寂しく思うようになったのはその時からだった」
「だいぶかわいそうだね!?トラウマになっちゃった!?」
「そして二年前の一月六日、俺だけタイムリープしてるドッキリも酷かった」
「な、なにそれ」
「翌日になっても、ずっと同じ状況で同じ会話を繰り返されるのだ。それが十日間続いた」
「十日!?」
「沼がつくられた」
「だんだんスケール落としてくるのは何?」
「あと俺はその日からずっと目を覚まして最初に電波時計を見るのがルーティンとなったな」
「純粋にトラウマだ……、ジンがすごく可愛そうに見えてきたよ」
「……!あぁ、ライト。そう言ってくれるのはお前だけだ……」
そうしてほろほろと泣き出すジン。
その涙にどんな過去が詰まっているのか、彼の自警団での扱いを垣間見るようで同情しかない。レイン筆頭に他のメンバーに舐められているんだろうけど、今日一日過ごして分かったように、彼は決して嫌われているわけじゃないのだから元気を出して欲しかった。
「テイラーはこういうの止めたりしないの?しそうな性格だと思うけど」
「あいつは確かに自警団の良心。だが押しに弱すぎる……っ!うちの女性陣の意見に逆らえないのだ。親友である俺の言葉も届かないほどに」
女性陣を思い出す。
意外と強かなメアリ、無邪気に暴れるレイン、ジン虐には乗り気のルカとバイオレンスなノア。
…….あぁ、たしかにテイラーが断れない理由がわかったかも。女性陣の押しが強すぎるんだ。
苦笑して僕は話題を変える。
「ね、あとさ、ジン。よく日付まで覚えてるね?いくら印象深かったとはいえそんなにすぐ出てこないよ」
僕が突っ込んだのはその数々のドッキリを何年前の何月何日すらまで言い当てる彼の能力にあった。不思議なそれを、なんでもないように彼は答える。
「フッ、俺は全て覚えてるさ。仲間と遊んだ記憶を忘れることはない。たったのひとつも、な」
当然に言い切る彼の姿が輝いて映る。
これは彼なりの冗談か。
人間は忘れていく生き物なのだ。
楽しい記憶や一瞬の幸せは、数年、あるいは数日経つだけでも思い出すことができない。
忘れたくないはずの大切なモノも両手からこぼれ落ちていく。
そして、最も忘れたい過去の罪であるほど、忘れてやったと思ったその時に“夢”として罪を掘り出してくる。
記憶は永遠に続くことを許さず天邪鬼に脳裏に付き纏う。
こうして、人は不確実に記憶を保持し続ける。
それは理論的に完成された美しい仕組みだとは、僕は思えなかった。
だからただの虚勢だとしても『仲間と遊んだ記憶を忘れることはない』と自信満々に言った彼が、反対に美しいと思えたんだ。
「俺はライトのことも忘れないぞ。何があったって覚えている」
「……ふふっ、そっか。僕ももう仲間だもんね」
「あぁ。……初めて出会った時のこと。俺がなんと質問をして、そしてそれになんと答えたのか、もうライトは忘れているか?」
自警団に入り、こうして行動を共にすることを許される前、余所行きの格好と喋り方をしたジンと出会ったことがあった。
彼は「別に忘れていてもいいがな」と付け加え誤魔化すようにしていたが、声色は随分と落ち着いていて、どこか悲しそうにも聞こえたんだ。
だから、僕は伝える。
僕も記憶力はいい方だから。
仲間のことを忘れるわけがないって。
「──ジンが『夏に目的はあるか』って尋ねたね。そして僕らは『夏を楽しむ』のが目的だって答えたんだ」
フウカと二人で揃えた答えは今でも随分と鮮明に覚えている。
この島に来る前までは色褪せた世界に生きていたからこそ、フウカと知り合ってから覗いた景色と言葉は強く残る。
「……フッ、ああその通りだな。なぁ、どうだ。今日という夏は、楽しかったか?」
僕がソファに座る一方で、ジンは玉座にもたれかかるだけで窓の外を見て立っている。だがしかし、現在その瞳が僕を貫いて、ようやく本題に入ったのだと理解した。
きっと、この話を二人っきりでしたかったから、僕を肝試しのペアに指名したんだ。
「うん。最高に楽しかった。この島に来てから、毎日人生で一番幸せな日を更新してるよ」
「ははっ、良いことを言うなライト。それならば俺も遊んだ甲斐があったというものだ」
ジンは僕にこれ以上ないほど、朗らかな笑みを浮かべた。
彼はいつも高校二年生と思えないほどに大人びて、なんでもできるけれど、その顔はやっぱりあどけない少年のような無邪気さを帯びていた。
「忘れるなよ。ライト。この日々を。何年経っても、何十年経っても」
「……任せてよ。一生忘れるものか」
記憶はいつまでも自分だけのものであるから、忘れさたって悲しい想いをするのは自分しかいない。
でもなぜかジンがそんなに願うから、僕も任せて欲しいと声に出した。
「フッ、あぁ。任せる。……それと、随分と馴染んでるぞ。その腕章」
彼が近づき、僕の腕を指差した。右腕には昨日貰った僕の団員ナンバーを示すバッジ付きの赤い腕章。
これは元より彼のモノだったという。
馴染んでいると言われて素直に嬉しかった。同時に、聞いてみたいと思った。
「──ねぇ……」
この腕章は、いつ使っていたのか。
なぜ使わなくなったはずのこれを、大事に玩具箱の中にしまっていたのか。
そう口にしようとしたその時、僕たちの黒い箱が音声を受信する。
「ザザ……ッ、〈あ、あー!こちらフウカー!もうみんな準備できたよー!〉」
それは特定の周波数越しにキャッチしたフウカの元気な声。数十分ぶりに聞いた声が随分懐かしいと思った。
「さぁ、行くか。ライト」
「……うん。行こうか。灯台まで、だよね」
僕はジンになんて聞こうとしていたんだっけ。間が悪く掻き消されてしまったけど、まあいいかと僕は先導して部屋を出ようとするジンについていった。
外は暗闇。
でもなぜか、皆がいると思えば明かりがついているように、光って見えていた。
◇
──最後は、僕の、やりたいこと。
「みんな持ったー?せーので火つけるからねー!」
全ての団員は、操舵手であるフウカの言葉に各々らしい返事をする。
僕らは、ある一本の紙切れを持っていた。
それはただの細い糸じゃなくて。
火薬が詰まった、小さな──花火。
「よーしっ!いくよー……!せーのっ!」
彼女の号令に僕らは焚き火のような、大きな火の塊にそれを近づけた。
場所は灯台近くの浜辺。火遊びをしても、大人にも誰にも気づかれない。
僕らだけの一瞬の秘密が、今一斉に弾けたんだ。
「──!わあ!すごいすごい!ライト!みて、綺麗な色がっ!」
全員の、種類が違う花火が多様に咲き乱れる。
皆が思い思いに感想を言い合う中、君は僕の名前を呼んで隣に並んだ。
彼女は誰よりも、この手の中で咲く花火よりも、目を輝かしてその一瞬の栄光を眺めている。
見るだけで笑ってしまうほどの大袈裟なリアクション。
どこまでも純粋なその顔がとても眩しくて可愛いと思った。
「すごいね。綺麗だ」
彼女の言葉をリフレインするだけで、中身の詰まったような返事じゃなかったかもしれない。でも、僕は本当にそう思ったから、フウカと同じ種類の花火を手に持ちながらつぶやいた。
「……どう?花火は楽しい?」
「うん!楽しすぎるよっ!こんなのが合法なんだね……!」
「そんな目線で花火は初めて見たかな……」
──『花火大会』。
これは僕のやりたいこととしてあの予定表に書いた。それをフウカが今日の締めくくりに選んで今がある。
僕がなぜ、この願いを書いたか。
それはもちろん僕が花火をしたかったってのはあるけれど、一番は、フウカがこれまでの人生で花火をしたことがないと知ってしまったからだ。
そんなの、やらせてあげたいに決まっている。
きっと、いつどこでどんな誰とよりも、楽しく遊べるはずの“今日”はないと思った。
「……あ、どうしよ……!火の勢いが落ちてきちゃった……」
花火は永遠に続くことはない。それを知った君があまりにも悲しい顔をするから、せめてそれが少しでも長く続くように、僕はもう片方の手を使って彼女に一本手渡す。
「大丈夫。まだ花火はあるから」
「おおー!こんなに使って良いんだね……!」
「ふふっ、それと、火は絶やさないようにしよう。まだ今持ってる花火は点いてるでしょ?新しいのに近づけてみて」
「うん!あっ、こっちにも火がついた!……えへへ、こっちも綺麗!」
ひとつの花火は、すぐに終わる。
その輝きは記憶に残るだけで途絶えてしまう。
でもそれだけでは終わらせたくない。
それが燃えた『証』を使って、次の世代にバトンを渡すように、火を繋いでいく。
ただの延命に見えるかもしれない、けれど、そうして何世代先に宿った命は一人だけのものじゃないと、連綿と受け継がれていった始まりの火花もそこに刻まれていると僕は思うから。
それがまるで悠久に結ばれていく人の歴史のように目に映るから、僕は昔から、泡沫の夢のようなその遊びが、大好きだったんだ。
「あははっ!見て見て、ルーク!秘技、花火四本持ちっす!」
「ちょっとレインちゃん!?危ないですよ!?」
「うおおっ!片手でその量を掴むとは!ええい負けてられん!じゃあオレは五本持ってみせる!」
「ルーク、それは物理的に無理じゃないかな……」
「ははッ、テイラー!筋肉に不可能はない!」
「残念ながらあるよ……!?」
「ふッ!ほら、できた!」
「ええ!?これどこで掴んでるの!?」
「関節だ」
「それは筋肉関係あるの……?うーん、普通にすごいけど、一気に持ったら火傷しちゃうんじゃ……」
「するわけない!うお滑った。あっつッ!」
「言わんこっちゃなかった」
「あ、オレの皮膚が厚くて言うほど熱くなかった」
「それは筋肉のおかげだね……」
「ふへへ!なんかこのまま走りたい気分っすね!」
「絶対ダメですよ!?転んだら大変で──」
「いってきまーす!」
「おいちょっと待てレインちゃん!」
「あはは〜、わたしも走ろお!」
「なんで!?実は花火って走らなくても楽しいんですよ!?」
「走ったらもっと楽しいよお?」
「そういうものかなぁ!?」
「ん。わたしも足がウズウズしてきた」
「ノアちゃん……!?」
「よし、走ろ。両手に花火持って」
「許可できない!?意味がわからなすぎて!」
「ルカねえ、そしたら、たぶん、楽しいよ?」
「そういうものかなぁ!?」
「いってきまあす!」「いって、きます」
「待って二人とも!?……あー、もう!私も!」
そうやって側から会話を聞いているだけで、自然と顔が綻んで、仲間たちの尊さを感じさせてくれる。
僕はそれがとても幸せなものだと思った。
「みんな元気だねぇ……!……うん?ジンくんはあそこで何やってるのかなー?」
「ほんとだ。珍しく一人で隅に……」
僕らのリーダーはいじられキャラにしろ、頼れる場面にしろ、いつでもその中心にいた。
でも今は誰にも交わらず、地面にしゃがみ込んで“ナニカ”を用意している。
一瞬、ニヤッとした怪しい表情が見えた。
……あ、これなんか企んでる。
「フハハッ……。これで全員度肝抜いてやるわ。俺に“肝”試しを仕掛けたことを後悔するがいい……!」
近づいたらその呟きが聞こえた。
……僕も、ついさっきの出来事を鮮明に思い出す。
灯台までの暗闇の森。数え切れないぐらい襲いかかってきた恐怖。ベタに啜り泣く声とか、足を掴まれるとか、十分怖かったけど、もっとヤバかったのはありえない量の爆竹とか、ただの純粋なパンチとかだった。
いや、まあ、そりゃ誰だってビックリというか泣くだろうというレベルの災厄を受けたんだ。ジンが。
僕は不思議なぐらい標的にされていなかった。
唯一狙われたのは、長い白い布を被ってお化けのコスプレをしたフウカが「わっ」と驚かしただけ。申し訳ないけど怖さよりも『可愛い』という感しかなかった。
……なんかごめん、ジン。
ってなわけで、ジンが彼らに恨みを持つのは、まあ妥当か。
僕らはなんだか面白くなりそうだと、また、地面に置かれた“ナニカ”に見覚えがあったから、近づいて話しかけた。
「……それ、ねずみ花火?」
「なんかうねうねしてるねー?」
通称、花車。火薬を詰めた紙が輪になり、ひとたび火をつければ誰にも予測できない方へ暴れ出す。危険な花火の代表と言っても過言ではない。
「おぉライト、フウカ。その通りだ。……そうだ、貴様らも付き合え。甘えた餓鬼共を地獄の底へ叩き落とすぞ」
「めちゃくちゃ根に持ってる……!?」
「我が眷属を嗾ける」
「ねずみを眷属と呼んじゃうんだ」
「聞け。作戦はこうだ」
「なんか自然と付き合わされたな」
「やるやる!面白そう、聞かせてー!」
「……やってみるかぁ」
「フッ、助かる。まずは貴様らが無警戒の奴らを連れて一箇所に集めろ。そして俺が予め円形に配置した紙に着火し、誰も逃げられない炎のバトルフィールドを作る」
「思ったよりすごいこと言ってるぞ」
「したらばあとは、地面を這う我が眷属を一斉に解き放つ。生きるか死ぬか、未来を賭けたデスゲームを行う」
「ドッキリのやり返しにしては本気すぎる……」
「デスゲーム……!」
「フウカはなんで目キラキラしてるの普通憧れたりしないよ怖いよ」
「まぁ、安心しろ、ライト。水を用意しておくし、誰一人本当に怪我をさせることはせん」
「そこは信頼してるけど……、でも、終わった後絶対に殴られるでしょ。ジンが」
「…………あ」
「……やめとく?」
「……いや、やる。あいつらを驚かせないと気が済まん。俺は人が恐怖に怯える姿を見るのが何よりも好きなんだ」
「でもノアに嫌われちゃうんじゃない?」
「よしやめよう。安全な遊びを考えるか。なるべく人が笑顔になれるようなことをしよう。俺は人が幸福を噛み締める姿を見るのが何よりも好きなんだ」
……僕も、彼の扱い方がわかってきたかも。
ジンはいつだって、さりげなくどんな遊びの中でも団員の安全を気にしていたから怪我のリスクにはそう怯えなかった。
でも彼自身が心的外的問わず怪我をしそうだったから別の遊びをやってみる。
ほんとに、なんでもよかったんだ。
ねずみ花火でも、蛇玉でも、ロケット花火でも。
僕とフウカと、そしてジンの三人で、一瞬の輝きを忘れないようにと楽しみ尽くす。
途中からテイラーとルークも、喧しく大量に花火を抱えてそばに集まってきて。
そして走り終えて帰ってきた女性陣が砂まみれの衣服をはたいて。
僕らは、この世に、この夜に、ひとつになって。
火の花を眺めたんだ。
◇
「最後は、線香花火、しようよ」
その言葉は僕が言った。
あれだけあった昼時に買った花火も、もう残り九本しかない。
良い時間。ひとり一本。それを燃やしきれば今日が終わる。
名残惜しいけれど、終わらせないまま帰るのは、それはそれで寂しい気もして。
僕は意を決して皆と向き合っていた。
「やろやろ!ね、ライト。これはどういう弾け方をするの?」
「これは……、なんというか、段階によって燃え方が変わる面白い花火なんだ」
「段階……?」
僕の知識があやふやな部分を、颯爽とジンが補足する。
「あぁ。草花によって五段階に例えられている。始まりは小さな火、それを『蕾』、そしてバチバチと力強く火花が散り、それを『牡丹』、更に勢いを増し激しく光るのが、『松葉』。全盛期を過ぎ、萎れていくのが『柳』。そして最後に訪れる儚いそれは、『散り菊』だ」
咄嗟に聞かれて、それをそらんじるには、よっぽど興味があるか記憶力が良いのかの二択、あるいはその両方。
どんな反応をするのだろうと僕は君を見ていたら、君は僕が考えもしなかったことを鋭く、無垢に言った。
「へぇ、お花で例えてるんだ!……でも、なんだかそれって人生みたいにも思えるよね!」
何気なく言ったそれには深い意味があった。
春の幼少期から、眩しいぐらいの青春時代を経由して、守るべきものが増えた青年期へ、穏やかに風が吹く老齢へと至る『人間』の一生を表しているみたいだと君はあっけらかんと表現した。
つくづく、フウカは僕にはなかった視点を与えてくれる。
それが君に染まっていくようで、言いようもない気持ちになる。
「おお〜、良いこと言うねえフウカちゃん!」
「たしかに。花火は人生、かも」
「花々しく散る……!ふむ、筋肉だな」
「それは意味がわからないや……」
各々彼女の言葉に反応する。
皆、どこかそれに納得するようだった。
でも、彼だけはいつものようにカッコつけて、あるがままの思想を示す。
「フッ、我はその例えを否定する。線香花火なぞ、重力に従って、燃料を垂れ流して、消えゆくだけの受動的な存在だ」
ひと呼吸をして、言葉を溜める。
フウカは顔を上げて、息を呑むようにその続きを待っていた。
「人間は違う。病に侵されようが、忘却の檻に囚われようが、どんな理不尽にも抗って生きるのだ。重力が地球を縛っても、人は空を飛んだ。燃料が尽きかけても、人は治療の術を得た。意志があるから、人は生きている──。それは能動的な存在である他になく、こんな小さな火薬の束で表現できるものか」
いったい。
いったい、どうして、彼はそんなことを言ったのだろう。
ただのカッコつけ?
いや、それには強く滲む彼なりの想いが見えた。
「……。人は、能動的……、理不尽に、抗う……」
僕の隣でフウカは彼の言葉を反復する。
他の団員は、またいつもの厨二臭い逆張った言動だと、肩をすくめて笑い流していたが、フウカと、そして僕だけは強く胸に響いていた。
「……フッ、だが、俺は線香花火は嫌いではない。むしろ花火界で最も好きだ。だからやるぞ」
「……?なにをー?」
「当然、誰が一番“長持ちするか”、『線香花火大会』だな!」
◇
自警団は何事にも競いたがる。
今日だけでいくつもの勝負をし、そして、フウカはその度に日記帳にランキングを書いていった。
見させてもらったそれには、午前中の宣言通り、僕がどれも三位以内にランクインしている。
そしてまた僕と同じように皆勤賞なのはジンで。
でも一位に輝くのは、それぞれ特技を誇る他の団員たちで。
反対にどのランキングにも名前が刻まれていないのは、彼女自身の名前だった。
それでもフウカは心底楽しそうに笑っているけれど、戦いに勝つために懸命にどれも頑張っている姿は僕がみていた。
いつか、フウカの一番をランキングに刻ませたい。
そんなことを過保護な僕らしく思っていれば、この長き戦いも今日の分は、『線香花火大会』で終了だ。
これの優劣を決めるのは、言って仕舞えばただの運かもしれない。
でも、それでも、僕らは全力だった。
「……残ったのは二本。……フウカ、どっちがいい?」
皆はすでに自分の線香花火を選び取っていて、僕らは残り物を選ぶことになる。
君は「むむむ」と唸った上で、ひとつ、片方を指差した。
「これ!なんか、長持ちしそうな気がする!」
「おっけーこれね。……これ、か」
フウカが選んだ方を彼女に手渡そうと僕も持ってみた。すると、どうだろう。なぜかわからない。
僕はそっちがあまり長く咲かない気がしたんだ。
そしてもう片方は優勝しそうな予感がする。
超常的な力なんてのは存在しなくて、ただの勘だ。
僕はすこし迷う。自分が勝ちたいか、未だ彼女自身の名前が刻まれてないその日記帳に勝利を刻ませてあげたいか。
……あぁ、なんだ。こうやって言葉にすれば、どうするのが良いのか、迷うまでもなかった。
「じゃあ……、はい、こっち」
「ええ!?ナチュラルに別の方渡されたー!?」
「実はフウカに選択権はありませんでした」
「な、なんかいつかの意趣返しされてる……!?」
彼女は驚きつつも、僕が渡した方を素直に受け入れ笑う。
こうして僕らは全員が手に小さな“花”を持って、丸くなってしゃがみこんだ。
「いいか、妨害はナシだ。実力勝負。だが、静かなのはつまらんから好きに話せ。……よし──着火!」
彼の号令に僕らは花火を消えかかる焚き火に近づけて、儚い最後を見送る覚悟を決めた。
「……おー、いままでのよりずいぶん控えめだー……!」
初見のフウカはそれに興味津々に実況する。他の皆は各々のバディたちと今日の思い出を振り返っている。ジンは花火の向こうを見つめ、僕らを優しい表情で眺めている。
いまはまだ全員が“蕾”の時。
これからが線香花火の面白くて、美しくて、一番盛り上がるところ。
でも──僕の花火は突然、ぽとり、と落ちてしまった。
「……あ。落ちちゃった……残念」
「フッ、落ち込むなライト。運が絡むからな、そういう時もある」
「……ま、仕方ないか」
「だが貴様が最下位なことには変わりないドンマイ」
「なんか屈辱的だな」
「どんまいっす!でも最下位は免れて安心っす!」
「あぁ!よかったッ!最下位は免れたぞ!」
「ん、もういつ落ちてもいい」
「なんで皆、最下位をそこまで回避したがるの……!?」
「あはは……、自警団としてその日最後の勝負に負けた人は片付け全部やるって文化があるんですよ……」
「……ふふっ、なんだそんなことか。いいよ。元からやるつもりだったから」
「……ぐ……っ!本当に自警団に相応しくないぐらいライトくんは優しい……!私も手伝いますよ!」
「うん、ボクも一緒にやるよ」
「わたしも手伝っちゃいまあす!」
「……な、なんか喜んじゃったのが性格悪いみたいじゃないすか!冗談っす!もちろん、アタシたちもやるっすよ!」
「…………なあ、貴様ら、俺が前に最下位を取った時は誰も協力してくれなかったよな」
僕の分は早く終わってしまったけど、それでもつまらなくなんてなかった。
皆が笑って助けてくれて、温かさを感じたのもあるし……なにより、僕が選ぶつもりだった君の花火は、今もまだ咲き誇っていたから。
「へへ、えへへ、私、ライトに勝っちゃった……!」
そんな自慢をされたって、何も腹立つことなんてなかったし、むしろ嬉しいと思えたんだ。
さらに、蕾の段階を終えて、パチパチと光り始める牡丹へと至る。
「そうだ。フウカ。俺は貴様を操舵手へと任命したが……、楽しかったか?」
僕にしたように、今日という夏を楽しめたかをリーダーらしく尋ねた。
満面の笑みで彼女は答える。
「うん!すーーっごく楽しかった!みんなのやりたいことも叶えられたよね!」
そうだ、今日は全員のやりたいことを一つずつ叶えられた。
ノアの虫取り大会。
メアリの写生大会。
ルカの料理大会。
ルークとレインのスイカ割り大会。
テイラーのゲーム大会。
ジンの肝試し(?)大会。
そして僕の、花火大会。
彼女はただ面白いものを選んだつもりなのに、奇しくも全ての団員がしたいことをできた。
「はいっ!やりたいこといっぱいできて楽しかったっす!……あれ?でも、フウカちゃんのやりたいことはやれてなくないっすか……?」
「あれ、本当だね。まさか、自分で選べるからって遠慮させちゃった……?」
レインとテイラーが、その今日の出来事にフウカの思惑が絡んでいなかっただろうことに気付く。他の皆も手で花火を持ちながら、彼女の方をただ見つめる。
彼らはやっぱり随分と優しい心の持ち主で、プレッシャーを与えてしまって本当にやりたいことをやらせてあげられなかったのかと、心配しているのだ。
──でも、その心配が、杞憂だということを、僕だけが知っていた。
「ううん。私は、できたよ。やりたいこと」
「え?」と各々が言葉を漏らした。
そして、彼女の持つ線香花火は、とびっきり輝く、激しい松葉のフェーズへと移る。
「──全部、被ってたんだ!虫取りも、お絵描きも、スイカ割りも、料理も、肝試しも、花火も!全部、ぜーーーんぶ、私がやりたかったこと!」
あぁ、君は本当に、太陽みたいに笑う子。
あまりにも眩しくて、目を瞑ってしまって、僕は昨日のことを思い出す。
書記の僕は意見をまとめて書く係。
バディのフウカは膨大な量のやりたいことを僕に語った。
それらは、僕らそれぞれの願いの八倍の量。
たったひとりで、自警団の夢と並んでいた。
それを、知っていたから僕は、今日の朝に。
全部やろうと言ったんだ。
「フッ、なんと強欲な奴だ。俺以上に願うとはな、そんなヤツが欲しかったのだ。……フウカ、俺たちの“旅”は今日でおしまいじゃない。明日も、またその次も、来年も、続いていく。だから、その度に進むべき道を示していけ」
今日を締めくくるリーダーの言葉。
団長に“未来”を魅せられて、君は笑った。
「うんっ!これからもっ、いーーっぱい遊ぶよーっ!」
君が最初に笑って。
僕らが続いて笑った。
この日々がいつまでも続けば良いと、僕は、僕らはきっと全員がそう思ったんだ。
そして、この花火大会は。
彼女の線香花火が、優勝を飾る。
話のスピードをあげるために「」で会話分主体で書くこともありますが、ライトの地の文多めで書くのもやっぱり好きです。
一番筆が乗ります。
さて、今日で自警団のみんなの性格がわかってきたでしょうか。
彼らが生まれたのは偶然ですが、自然と〇〇が喋った、とか挟まなくても会話分だけでセリフの差別化ができるので、無意識のうちに読み分けられていたら嬉しいです。とても。




