八月三日(前)「みんなで遊ぼう」
まずは自警団のみんなを愛してあげてほしいです。
ということで前中後編。
長すぎる。
目が覚めた。
昨日は早く寝たんだ。だから、予定通り、念のためかけた目覚まし時計すらも追い越して、僕は五時前に起床した。
あえてそう作られた薄い壁、障子を貫通して小鳥の囀りが聞こえる。
気持ちのいい朝。
早く約束の彼女に会いに行こうと、体を起こした。
「わっ。……お、おは、よう……!」
なのに昨日と同じく、彼女──風香が僕の枕元に立っていたんだ。
……ええ?
「………ねえ風香」
「は、はい……」
「今日は僕遅れてないよね」
「遅れてないです……」
「なんでいるの」
「ね、寝坊するかと思って……」
「すごい信用ない!?」
僕から目を逸らして自分の両指をつんつんとあわせ、誤魔化すように朝から彼女はそばにいた。
「信用してないわけじゃないよ!?……遅れると思ってたのは嘘でぇ……ちょっと、寝てる顔見たいなぁって……」
正直に話した彼女に僕は心底不思議に思う。
「ええ?僕の顔なんて見ても面白くないでしょ」
「いやいや!?ちょー面白いよ!?」
「それはそれで嫌だよ!?馬鹿にされてるみたいだよ!?」
「見るだけで笑えてくる!」
「嘲りの意味でしか使わない言い方!?」
やっぱり変な彼女にツッコミながら僕は立ち上がって、布団を綺麗にして朝の支度をする。
「それに寝顔なんて見られると恥ずかしいから、よっぽどのことがない限り僕の部屋に来るのは禁止ね」
「えー……?よっぽどじゃなきゃダメ?」
僕より少しだけ身長が低い彼女の不意の上目遣い。……本当に不思議だ。なんで僕の寝顔を見たいと思うんだ。
「ダメです。風香も寝顔見られたら嫌でしょ?」
「んー、嫌じゃないかなぁ。しょっちゅう見られてたし」
「……誰に!?」
「いろんなひと」
「いったいどういうこと……」
「……あ、あれ、でも、誠には寝顔、見られたくないかも」
「いったいどういうこと……?正しいけど指名でお断りはなんか逆に悲しいよ……?」
「嫌いなわけじゃないよ!?……でも、なんか、私も恥ずかしいかも……?むむ、わかんない」
自分でさえもよくわかっていないような変な感情の彼女を見つつ、無防備な姿を見せてはいけないという、まともな感性を持ってくれたのならそれでいいと区切りをつける。
「まあ、信じてよ。僕はこれから遅れたりしないから」
「……うん。信じるね、誠を」
「そうそう。だから部屋にこないでね」
「それは出来かねるなぁ」
「出来かねないで?」
ある程度用意が終わって、そうして僕は彼女の姿を正面から見た。
思わず吸い寄せられた視線は、昨日と変わっていて、指摘せざるを得なかった。
「……ふふっ、今日は寝癖のままだ」
「う、うん。誠が寝癖フェチだって言ってたから……」
「言ってないよ?」
僕の名誉のために弁明。
「寝癖は信用の証、なんでしょ……?」
「……ん、まあ……?」
「それなら、出かけるまでは寝癖つけたままでいようかなーと思ったわけで……」
そんなことを言った彼女に、僕はつい吹き出してしまった。他愛もない些細な言葉を覚えてくれて、変な形で叶えようとした。
すこしおかしな彼女も、それもまた、彼女らしいと思えてきたんだ。
「……ははっ、あえて、そうしてくれたんだね」
「うんうん、あえて、だよっ」
「ありがとう、かな。……さぁ、風香。もうすぐ準備できるから縁側に行っておいで。急いで着替えるよ」
「……!うん!まってるよ〜!」
僕がそう告げたら彼女はパタパタと擬音語がつくように、忙しなく廊下をかける。
朝から騒がしい。
でもきっと、これからの方が騒がしくなる。
今日は八月三日。やりたいことリストを叶え始める、初めの日だから。
◇
「フッフッフ、よくぞ集まってくれた!いいじゃないか貴様ら!今日もフルメンバーだとは!」
ぴったり時刻十時。自警団の活動開始時間に天文台──通称エデンに皆は集まって、高台でマントをたなびかせるその人を見ていた。
ひとりひとり僕たちを指折り数える、嬉しそうな様子の団長。ただ集まっているのがそんなに嬉しいのか、気になって僕は近くにいたテイラーに尋ねた。
「ねぇ、皆が集まっているのは珍しいの?」
「うん、そうだねぇ。みんな何かしらのお仕事があるし、たまたまボクもシフト入ってなかっただけだから」
あぁ、そうか。僕たちが最初に会った彼らは皆仕事中だった。
図書館でも、駄菓子屋でも海の家でも、灯台でも町中の配達でも、釣りさえも仕事の一つで。
それは夏休みだろうと変わらない。
「そうっすよ〜、前からこの日に絶対集まろうって決めない限り、こうして全員が同じ時間にいるのは滅多にないんっす!」
「うんうん。特にレインちゃんはお仕事熱心だもんね。今日も配達あったろうに良く来たね」
「へへっ!テイラーくんたちと会うのが楽しみだったっすから!」
会話に混ざってきたレインも含めて、ふたりは真面目に仕事に取り組むタイプだと思う。
そう考えて……少し、思ったことがあった。
「ジンは何か仕事してるの?」
彼の自警団モード以外の姿をあまり知らなかった。寮生活らしいが、もしかしたら裏で何かしているのかも、とこの組織の中でジンの最も親しき仲であるテイラーに聞いてみたのだ。
「あ、無職だよ」
「ニートっす」
「だから長期休みはずーっとこの天文台で自警団の活動をしてるね」
「まじ暇そうっす。たまに一人しかいない時があるらしくてウケるっす」
「……そ、そうなんだ」
サクッと笑顔で伝える二人。自分が仕事経験もなくてただ島に遊びに来ただけなぶん、別に職がないことをとやかく言うつもりはないが、団員が現実で頑張っているのを横目に団長は毎日遊び呆けているのを考えると、胸が少し痛くなる気がした。
「おいそこの小娘と小童静かにするがいい」
「はいはーい」
「あまり我を職なしの乞食と言うなよ」
そこまで言ってないよ?
「泣くぞ」
意外と繊細?
「あはは、そんなこと思ってないよ。ジンくんは誰よりも仕事のできる僕らのリーダーなんだから」
会話が筒抜けだったか、自分が憐れまれているのに気付き彼は高台からビシッと指差して制止させた。だがテイラーは、彼が暇である、と言いつつもその有能ぶりを認めているようで貶す心なんて一切ないようだった。
「……フッ、照れるな。……さて、話の続きだ。今日の活動内容を決める。そうだな、書記のライト。昨日の模造紙を出せ」
ご指名あったのは僕。なぜか成り行きで決まった“書記”という役割が定着していることにもはやツッコミもせず、ジンが求めているだろうものを、天文台の広場からエデンⅡ内に移動して持ってくることにした。
目的のものはそれなりに大きい。
「私も手伝う!」と協力を申し出たフウカと運び、それをみんなの前へと広げた。
各々が近付いて自然と円形になり、僕の書いた“文字”を眺めている。
「お〜、一晩経って見るととっても多いねえ!」
「ははッ、叶えたいことがたくさんだな!」
「欲望の塊。満たされることのない、人間の胃袋」
「ノアちゃん、あいつに語彙似てきてるよ……」
あーだこーだ言いあう先は、昨日の願い事を集めた用紙だ。ポスターサイズのそれに埋め尽くされた欲を、何から消化しようか作戦会議が始まる。
「ふむ。どれも興味深い。願望に優劣はない。ならば、誰が決めても同じことだろう。……フウカ、貴様を“操舵手”として任命しよう」
高台からの名指しで、突然彼女が注目を浴びた。
当の本人は声に出して驚いたが、他の団員は動揺せずまあそういうこともあるよね、と温かい目で見つめている。
きっと、組織には一人一人役割がある。かくいう僕も“書記”という役職を授けられたばかりだから、フウカがそのようなよくわからない職種をもらっても、むしろ組織の一員として彼女も認めているようで嬉しかった。
「ま、任せて!……でも操舵手ってなぁに?何かを運転するの?」
「フッ、自警団という方舟をな」
……かっこいい。
「あ、そういうのいいから」
ルカは手厳しかった。
「要は毎日の行動の全てはフウカに一存するということだ」
「……!私が決めちゃっていいの!?」
数多ある願い、そこから何を選び取るか、全てフウカに決定権があるということ。
毎朝集まって彼女が船を動かす先を決める。
彼女ならば、誰もが後悔をしない道順を走れるはず。
“操舵手”という役割に相応しい人選だった。
誰もそれに異議を唱えない。
「えーっとね、うーん……!あれもいいし、これも面白そう……!どっちにしようかなぁ……!」
彼女は願い事の用事を前に顎に手を当てて考えるが、それでもやりたいことが多すぎて答えが定まらない幸せな悩みを抱えていた。
そうして彼女はついに僕へ尋ねる。
「ね、ね!誠は何がしたい!?」
あぁ、操舵手は彼女だというのに、僕を見つめて、僕のやりたいことを望んでいる。
僕と一緒に遊ぶ未来を想像している。
きっと、僕がこれをやりたいと言ったら彼女はそれをやり始めるだろう。
でも、彼女自身に。
自らの意思でそれを選んで欲しいと、僕は思ってしまっているから。
答えを出した。
つまらなそうに、質問の応答を拒否して「何でもいい」と返すのではなくて、「何でもやろう」と言うように。
「──全部。時間が許すだけ、全部やろうよ。いいでしょ?みんな」
僕の発言を全員が聞いていた。
そして皆が、小さく笑った。
一番笑顔だったのは、その答えを聞いた君だった。
「……!全部、だね!よーしっ!じゃあまずはこれからっ!」
◇
「さぁさ!ひとりひとつ持って──“虫取り大会”だ!」
舞台は天文台からそう遠くない森の中。
僕たちは一人残さず、丈の長い網を手に、木漏れ日を浴びていた。
始まりは如何にも夏らしいモノ。
僕はフウカ以外の七人の方を向いてこう尋ねた。
「“虫取り”……。これ、誰が言ったんだっけ?」
僕が代筆したそれ。集団の中から手を挙げた人物が前に出て、望みを詳しく伝う。
「ん、わたし。虫を乱獲したかった」
そんな衝動滅多にないよ。
「ノアちゃんが発起人かぁ!いいねー!楽しそう!」
「うん、楽しそうだ。でもノアちゃんって偏見だけど、虫より魚が好きなイメージがあるなぁ、どっちもいけるんだね」
「いけるよ、虫。味は魚の方が勝つけど」
美味しさで別ジャンルの命を比較しないで?
……あとナチュラルに虫を食べようとしないで?
「フッ、ノアは自らより背の低い生物全般が好きなのだ」
そんなわけあるかよ。
「あは。確かに昔からノアちゃんはそうですね」
そんなわけあるんだ。
「そう。小さければ安心できる。非力な私でも調理できる」
やっぱり食べれるかどうかなんだ。命の観点は。
「ゾウとか無理。擦り潰して食べられる。痛そう」
でっかいけどもゾウは人を食べない。草食動物だから。あと想像がグロい。
「キリンとか無理。長すぎる喉に突っかかる。わたしもキリンも窒息死する」
でっかいけどもキリンは人を食べない。草食動物だから。あと想像がグロい。
「……で、今回は食べる食べないとか、関係なくて。……ただ、みんなの中で誰が一番生き物に好かれるか、決めたかった。……どう?」
生き物の中で特に虫に好かれて何が嬉しいんだ、とか、そもそも虫籠にぶち込むような奴は虫に嫌われるんじゃないか、とか色々言いたいことはあるが、折角のノアの“やりたいこと”。
無碍にするのは嫌だし、なにより虫取り大会なんて僕も初めて。久方ぶりの網を手にして僕のテンションも上がってきていた。
誰もがノアの言葉を肯定する。
そして各自バディを組んで、森の中を彷徨い歩き始める。
細かいルールは常識さえあればヨシと放任して。
ここから三十分後にどのペアがどれだけ釣れたか。
たったそれだけの、戦い。
やるからには一位だねと君は笑って。
僕とフウカは南の方へと獲物を求めた。
──
「ねぇみて!ライト!あそこカブトムシだよ!」
「あぁ本当だ、あんなところに。早速取ってみたいけど……フウカ、虫取りの経験は?」
「ない!ゼロ!そもそも生のカブト初めて見てワクワク!」
「すごい興奮してる……」
「戦闘中のカブトムシより?」
「それはどういう質問??」
「だってほら、戦わすんでしょ?カブトムシって」
「無垢な残虐性」
「戦い無くして生きていられないんでしょ?」
「貪欲な格闘家」
「負けそうになったら変身するんでしょ?」
「しないよ!?さっきからどこで手に入れたのその知識!?」
「ふふっ、虫の知識が全部漫画なのが裏目に出たか」
「漫画も漫画でどんなぶっ飛んだカブトムシなんだ……」
「あはは、でも、なんとなく強いイメージはあるよ。どうやって取ればいいかな?」
「僕もあんまり分かんないけど……こっそり近づいて勢いよく振るだけじゃない?──ほら、こうやって」
「……!おお〜!はやっ!すごっ!ライトうまいよっ!」
「褒めすぎ褒めすぎ……。次はフウカもやってみよ。僕が見てるから」
──
「あっ!またカブトムシ発見!」
「なるほどあそこか。よし。行こう。まずは気配を消して……」
「うおおおおおおお!」
「気配を消して!?」
「逃げられた」
「そりゃ逃げられるよ!?」
「難しい……。溢れ出る闘争本能が隠せない……」
「そんなレベルの話じゃないけどね……」
「むー、お願いライト。あそこにカブトムシがまたいるからもう一回お手本見せて?」
「……はいはい。じゃあまずは気配を消します」
「はい、気配を消します!」
「捕まえます」
「捕まえます!?え、網にもういる!?え何今の一瞬!?ライト早すぎだよ!?なんの参考にもならなかったよ!?」
「一息にツッコミすぎ……。うーん、本当に気配を消すだけだからなぁ」
「それにしても気配消えすぎだよ?ライトみたいに影薄くなれるのは最早才能なのかな」
「……すごい、褒められているはずなのに、ハイコンテクストで馬鹿にされている気がする」
「取れるよ、世界」
「嫌だよ虫取り世界コンテスト優勝者。あと多分存在しないよ虫取り世界コンテスト」
「コンテクストコンテストだね」
「それ語呂だけで言ってるよね?」
──
「むむむ……、いっぱい強そうな虫は見つけられるけどみんな逃げられちゃうなぁ」
「叫びながら突進してくるからね……。……よし、フウカ。僕たちはバディだ」
「……?うん。……えへへ、もちろんライトは私の唯一無二のバディだよ……っ」
「……ちょっと照れないで。そういう意味じゃないから。……じゃないこともないけど」
「ふふっ、嬉しいなあ」
「……嬉しいならいいか。まぁ改めて、僕が言いたかったのはバディで役割を分担してみないかなってこと」
「分担……!うん、私も思ってた!ライトの虫取る才能腐らせたら勿体無いもん!世界取れるのに!」
「だからそこまでは買い被りすぎだけど…….、フウカこそ凄いんだ。目がいいのかな。フウカはすぐに虫を見つけられる」
「おお!私にもそんな才能が……!?」
「うん。──だから、フウカが僕の目になってよ。見つけたモノを全部僕が捕まえる。そして、優勝しよう。ふたりで」
「……!うんっ!私がライトの目。……ふふっ、世界大会でも通用するぐらい、乱獲しちゃおっ!」
──
「ん、みんなおかえり。三十分経った」
時計を見ながら計画性を持って帰れば、案外全員時間通りに帰ってきていた。
各々、何かが入った虫籠を発表の時にお披露目するように隠し持っている。
皆、自信がある表情。
……ひとり、なんか半裸でテカテカしている男がいる。緑色に濡れてる。そしてそいつが一番白い歯を輝かせてる。
「早速、見せ合おう。数、質、芸術点で評価する」
芸術点と質は何が違うんだよと頭でツッコみながら、このバディの成果を前に出す。
誇らしく胸を張るフウカ。
僕も彼女と一緒に二人三脚でやってきた自信があったから、優勝できるかも、と期待を抱いていた。
盤上に出された五つの虫籠は、中身こそあまりよく見えないが、ひとつも空っぽという残念な結果はなく、多様な構成の虫パーティが箱庭にひしめき合っている。
誰から説明をするか、先陣を切ったのはテイラー・メアリペアだった。
「まずはわたしのチームから〜!じゃーん“綺麗なモノ”しばりで〜す!」
「お花に止まってる蝶々たちを捕まえてみたよ」
「……ん、かわいい」
「えへへ〜でしょ〜!」
「ふたりが」
「えぇボクたちが!?」
トップバッターの二人、その和やかな性格らしく、可愛らしいチョイス。
アゲハ蝶やモンシロチョウなど定番所からこの島でしか生息していないらしい種類も捕まえている。
数こそ他の者たちに比べれば劣ってしまうが、ノアの言うように彼女たちのコンセプトは微笑ましくて可愛らしく思える。それを含めてなのか、追加で芸術点が入り高評価を貰っていた。
「はッ!続いて俺たちだな!さぁ見せてやれ、レインッ!」
「はいっすよ!ルーク!」
仁王立ちするベタベタの半裸をとりあえず全員が無視して話を進め、レインが改めて全員に見えるように虫籠を持ち上げた。
そこには多種多様な虫がいた。
カブトムシから、ハエから、アリまで、本当に多くの種類で。
……まるで見境なく放り込まれたように。
「これ、どうやって取ってきたの……?」
「生贄と対価にっす!」
生贄と対価に……?
「こう、勝ちたかったんで、人柱を立ててお祈りしてたっす!」
生贄と対価だ……。
「具体的にはルークにメロンソーダぶっかけたっす」
「生贄と対価だ!?」
「だから半裸なんだー?」
「それ半裸の意味ないですけどね……。メロンソーダ地面にこぼせば良かったんじゃないですか」
「うわ、妙案っす」
「人生一周目でも思いつきます」
「ルカの言う通りだよ……。でもよくそんな提案乗ったねルークは」
「ん?俺が発案者だが」
「あ、樹液トラップ側が提案したんだ」
「ははッ!俺たちは虫取りが苦手だからな!地面に虫がいてもそう簡単には取れないだろう?ならば一人を囮にしてその体ごと虫籠に入ればいい」
「正気ですか?」
「正気だともっ!それに追い込まれるほど筋肉の輝きが増していく。……あぁ、あの快感をまた味わいたい」
「なるほど正気じゃなかったです」
「あ、でもさすがに足から無数のアリたちが這い上がってきたのはやばかった。冗談抜きで。もう二度としたくない筋トレだ」
「筋トレじゃないです」
「よかった……。ルークにも恐怖心はあるんだね……ちゃんと人の子なんだ」
「ブラザーはオレをなんだと思っているんだ?」
「強いて言うなら筋肉の子」
「これほどに感動した褒め言葉はない」
「あ、いいんだこれ」
「うははっ!いやぁまじウケたっすあの時!」
「あの人は悪魔の子?」
「ふはっ、まあ、レインが全部虫を獲りきって俺も生きていたからセーフッ!完璧な絆だったぞ!」
「いえーいハイタッチっす!」
「……ふふっ、ね、ライト。これが絆だね」
全身メロンソーダで浸された男が今、相棒と笑い合って手を叩いている。
天文台の水道で洗い流してルークがただの半裸の男になったのを眺めながら、フウカは僕を見ながら本当に楽しそうに言った。
……うん。これもまた、バディならではの絆、か。
彼女に笑って頷いて返答する。虫を身に纏うのは流石に回避できるならしたいけれど、己の安全ぐらい相棒のためにかけられるのもまた絆だと、僕は不思議のとその二人を見て思えてしまった。
ちなみにノアの評価は、質はともかく、量と芸術点で結構良い記録だ。
体を張って生贄となった彼を思えばアート。きっと虫にはどんな石像よりさぞ魅力的に映ったはずだ。
「じゃあ次、わたしたち」
「ノアちゃんたちかー!おお〜!すごいたくさん取ってきたね!強そうなのも弱そうなのもいっぱい!」
フウカは虫を戦闘力でしかみてない?
「ふふ、同じ種類をつかまえず、生態系のコンプリートを目指した。図鑑埋めみたいで楽しかった」
「フッ、さすが我が妹。いつポケ◯ン博士として送り出しても恥ずかしくない」
まずは虫博士として送り出してよ。
「ゆくゆくはおにいを倒して、チャンピオンになる」
ノリノリなのかよノアちゃん。
「来い。我を超えて更にポケ◯ンマスターへと至れ」
どういうことだよ。やるならポケ◯ンじゃなくて虫で勝負してよ。いや虫で勝負しないでよ。可哀想だよ。……あと、既にジンはチャンピオンなのかよ。
「ポケ◯ンマスター……!」
ちょっとフウカ興味持たないで身を乗り出さないで。
「……うー、ノアちゃんごめんね?私、虫苦手で全然手伝えなくて足引っ張っちゃった。他の子とならもっと取れたのに……」
常盤兄妹の怒涛のボケに珍しく静かだと思っていたら、彼女のバディであるルカは「自分のせいでうまく取らせてあげられなかった」と自虐して塩らしい様子だった。
人にも得意不得意はある。それを知っている彼女の“妹”は、全く謝らなくていいと、優しく手を握った。
「ううん。……いっぱい取るのが目的じゃない。“楽しむ”のが、目的だから。……わたしはルカねえと一緒に虫取りできて、楽しかったよ……?」
それはノアと、乃彩と初めて会った時に僕が放ったような言葉。
何気なく言ったそれが彼女に強く響いていたようで恥ずかしく思うけれど、それを向けられたルカの表情を見れば悪くないと笑えた。
「……!もー……、可愛いなぁノアちゃん!私も楽しかった!ありがとね!」
「わ。……くすぐったいよルカねえ」
「あー!いいなぁ!私もー!」
「フウカ先輩も、くすぐったい。……でも、ありがとう」
愛しさが抑えられなくなって、ルカは撫で出し、何も関係ないフウカも我儘にそれに参戦する。それは彼女に嫌がられていないようで、微笑ましい光景だった。
「ッ……!羨……っ!俺も混ざ──」
「──消しますよ。ジン」
無謀にも突撃しようとした命知らずの兄は、人生で今までに見たことないぐらいの殺気で牽制される。
……側から見てもチビるぐらい怖かった。本当に。目に光がなかった。
「くッ……!普段ならばやってみろと食ってかかるところだが、今のヤツは本気だ。なぁ、気をつけろ。やられるぞ、ライト」
「……なんで僕?撫でないよ?」
「わかるぞノアを撫でたいよな」
「ははっ、この人話聞いてない」
「でもダメだァーっ!誰にもノアはやらーんッ!」
「本当に話聞いてないよ!?撫でないよ!?」
「ライトライトーっ!一緒に撫でよー!」
「なんでフウカは僕を誘うの!?撫でないよ!?」
「まぁ、ライトくんなら……」
「なんでルカも認めてるの!?撫でないってば!」
「……ん、ライト先輩なら、いいよ」
「なッ、なんでいいの!?出会って四日の人を信用してはいけないよ!?」
「あ、あ、あぁ……ノアが、他の男に………」
「ひ、膝から崩れ落ちてる……!?」
「ンヒ゜ョーーーッ」
「うわぁジンが本当に発狂した!?!?人間が出していい音じゃない!!」
「おお!リーダーの限界の叫びをもう引き出したんすねライトくんっ!?」
「すごいよライトくん!ボクでさえまだ一回しかジンくんから引き出したことないのに!」
「何も嬉しくない!?なんでお祭り騒ぎ!?」
「あはは、賑やかだあ」
「ふふ。やはりブラザーは侮れないな」
「そこの二人は遠くで腕組んで見守ってないで!?リーダーが壊れちゃってるよ!?」
閑話休題。
ジンが正気を取り戻すのを待ってから、今度は僕たちの虫籠の紹介に映った。
「……ふぅ、じゃあ次は僕たちだね」
「うん!はぁい、みんなみて!」
虫籠を持ち上げて、フウカが見つけて僕が取った、バディの成果を全員に見せびらかす。
僕らの虫パーティの構成、言い換えるならコンセプトは……。
「……!すごい、全部、カブトムシ」
「おおっ、やるねふたりとも!これもこれも!全部見つけるのも取るのも難しい希少種だよ!」
正直フウカが『強そうだから』と次々指差すのを取っただけだが、本で見たのか物知りなテイラーは詳しい種類を教えてくれる。
「……!ほう、ククッ、やはり面白い……」
「なんか変なこと言いそうなこいつは置いといて、よくこんな短時間にこんなに獲れましたね?」
「えへへ、ライトすごいんだよ!現れるやつ全部バッタバッタ薙ぎ倒して!」
薙ぎ倒してはないけど……褒められて嬉しい。
「ククッ、やはり面白い」
なんかこの人に褒められるのは嬉しくないな。同じ
こと言ってるし。
「ん、なるほど。索敵がフウカ先輩で、捕獲がライト先輩の分担だったんだ」
「うん。フウカが早く見つけてくれたおかげですごく動きやすかったよ。ありがとう」
「ううん!ライトこそありがと!虫取りすごい上手だった!」
「おお〜、いいバディだねえふたりは」
「ははッ、美しい絆だな」
……バディを信じて樹液トラップと化した男も十分いい絆だけどね。
「でも、ほんとすごい。この時間でこんなにカブトムシ取れるのは、才能ある」
「……そう?あんまり経験なかったけど、嬉しいな」
「……ライト先輩なら、勝てるかも」
「え?」と誰に対してか不思議なことを言ったノアに対して自然と言葉が漏れ、彼女を見た。
それはあるひとりの男を指差していた。
ある、“ひとりの”男。
「フフフ、我が才能を前に、張り合いのある奴が現れたな!」
言うまでもなく、まだ虫籠の紹介をしていない自警団の長、ジンだ。
彼が捕まえたそれをみれば、驚愕すべき成果。
──カブトムシ構築。僕らと全く同じ戦略で同じ数、質を捕まえてきていた。
「あんた、昔からこういうの全般キモいぐらい上手かったよね……」
「ルカは俺を素直に褒められないのか?」
「やっぱリーダーはすごいっすね!バディがいないのにこんなに獲れたんすか!バディがいないのに!」
「レインは俺を素直に褒められないのか?」
「ジンくんはすごいねえ。いつでも大人気ないぐらい周りを気にせず本気で一位を取りに行こうとするよねえ」
「メアリは俺を素直に褒められないのか?」
「……ん。キモい」
「あぁ俺を褒めてくれるのはノアだけだ!」
褒めてないんじゃない?
「ダメだこいつの耳壊れてる」
「ん?俺の耳はノアの言葉を全て記憶しているぞ?いつでも再生可能だ。ピーガガガ『……ん。キモい』」
「こっっわ!全てが怖えよ!一ミリも似てない声真似やめて!キモいという言葉を確実に記憶した上で本気で褒められてると思ってるのはイカれすぎてるよ!」
女性陣が次々とジンを貶すのはいつも通りのように、男性陣二人が和やか(?)に見ていたから安心して僕もその横に立っていた。
改めて、彼の虫籠を見る。
本当に僕たちと同じような中身だ。虫を捕まえる才能に自覚はなかったが、それでもフウカと組んで二人がかりでやっと大きなロスなく集めてきたつもりだ。
作戦立案、索敵、捕獲まで一人でこなせてしまうのだから、たったこれだけの遊びで彼のリーダーたる所以がなんとなくわかってくる。
……同時に、誰ともバディを組まず孤立している理由が。
◇
「……ん、数えてみたけど、フウカ先輩とライト先輩のカブトムシ。質も量も、おにいと一緒……。どうする……?」
“大会”と名が付く以上、どんな遊びでも優劣はつけるつもりのようで、もうすでに暫定の順位はノアがつけている。
だがまだ決まっていないのは、一位と二位。
虫界の王様であるカブトを多数集めた、僕らとジンで雌雄を決する必要がある。
ちなみに同率一位はダメなの?とジンに聞いたら凄い勢いで「そんなの面白くないだろう!?」と説かれた。
……まぁここまできたなら、いっそ一位になってほしい。僕とフウカの協力した証なのだから。
「じゃあどうやって決める?」
「フッ、質と量が同等なら、まだ第三の採点基準があるだろう」
「おおー!芸術点ってやつだね!」
「その通り。さぁ、やるぞ」
「……?何を?」
「ポケ◯ンバトルに決まっているだろう!」
「決まってないよ!?」
「いいや決まっている!なんのために俺がカブトムシを集めたと思っているんだ!初代から永続的に続くチャンピオンとしてその座を維持するために強者を選んだのだぞ!」
「その設定まだ続いてたんだ!?」
「俺を打破してポケ◯ンマスターへと近づく夢はどこにいった!?」
「ないよ!?そんなの憧れた覚えないよ!?」
「ポケ◯ンマスター……!」
「憧れた覚えある人いた!そうだったフウカがさっき興味持ってた!」
「お前がカブトムシを集めた理由は戦うためじゃないのか!?」
「戦うためじゃないよ!?可哀想だよ!?」
「……!そうだよね、カブトムシは戦うために生きてるんだよね!」
「虫に強さを求めてる人いた!そうだったフウカはカブトムシが変身するものだと思ってた!」
「フッ……、フウカ。カブトムシはな、変身するぞ」
「しないよ!?」
「変身するんだ……!」
「しないよ!?ジン!純粋なフウカに間違った知識を与えないで!?」
「いいや!与えまくる!多少飾られたモノでも浪漫がないと子どもは勉強に興味を持たないぞ!」
「それはだめ!子どもの頃から正しい知識をつけなければ大人になった時に困るよ!」
「そんなのは困ってから考えればいい!大人になって、過去を思い返した時、何が真実か己の頭で考えることに価値がある!」
「子どもはどんな小さな時でも大人の言葉を覚えてる!いつか嘘をつかれたと知った時、子どもは大人を信じられなくなるよ!」
◇
「……い、いつの間にか私の教育方針で争ってる?」
「……ふふ、やっぱりジンくんとライトくんは気が合うみたいだね」
「これは気が合ってるんですか……?」
「ん、片方高校一年生。片方高校二年生」
「そのふたりが子育て論を語ってるのだいぶ面白いっすね」
「……私、年齢的には高校三年生なんだけど……」
麦わら帽子の少女は、教育方針を考えるぐらい、自分のことを親身に考え出した、どこかノリのよくてやっぱり自警団の雰囲気に似合った少年の横顔を、ただ幸せそうに眺めていた。
「ふふっ、まあ、いっか。……誠が、楽しそうだし」
◇
僕たちはひとしきり遊んで、ちょうどよく見つけた綺麗な切り株の側で休憩していた。
その近くの木陰で、太陽に反射した美しい髪を持つ君が座り込んで、何かを書いているのを見つける。
それは毎朝、僕に見せないように書いてる日記だ。
しかし、今はそれを本来の“日記”としての用途では使っていない。
僕は、その対面にしゃがみ込むようにして話しかけた。
「……?ねえ、何を書いてるの、フウカ」
「あっ、ライト!みてみて、これ!」
夢中になっていた君はペンを置いて、顔を上げた。
最初に約束したように、よっぽどのことじゃない限りフウカは僕にその日記を見せないし、僕も極力見ないつもりだ。
でも今回は、それを自分から見せてくれた。
その反応に気になって、乗り出すように見てみれば……。
「……自警団強さランキング。……なにそれ」
本当になんだそれ。一位から三位まで表彰台を記載したそれをいくつも作る気なのか、下に各部門を書いている。とりあえず一個埋まっているのが『虫取り部門』。
……彼女はここからいろんな遊びで全部埋めていくつもりだ。
「えへへ!団員みんなのこと、どんな長所があったか、忘れないようによく知ろうと思って!」
「……ふふ、まあ面白そうだね」
「面白いよ!これからもっと面白くなる!ちなみに〜、虫取り部門は同率一位がライトと団長で、三位がノアちゃんね!」
こちらは三位までしか記載していないように、厳密に優劣をつけたいわけではなく、彼女の主観しか入っていない甘々な採点だ。
しかし、やっぱり、宝物である大切な彼女のノートに、同率でもなんでも『僕が一位だ』と刻まれたのが嬉しくて。
「……そっか。よし、じゃあ。見てて、フウカ」
「ん?なにをー?」
僕は立ち上がって、木漏れ日の隙間から君の居場所に僅かにかかる日差しを完全に塞いだ。
まだ昼にもなっていないんだ。
僕が君をもっと楽しませてあげたいから。
「──そのランキング。全部に僕の名前を刻むよ」
自信はないけれど、君の記録に僕が残ったら嬉しい。
それだけでよかった。
そして君は元気よく笑って見せた。
「──うんっ!がんばって!ライト!」
……あぁ、そう。結局ジンとのカブトムシ相撲はフウカが選んだ子が勝ったんだ。
バトルフィールドはこの綺麗な切り株で。
運がないと、膝から落ちて泣き叫んだジンを置いて、君は僕の方を振り向いて言った。
「人を、虫を、見る目だけはあるんだ」
そうやって君は豪語していた。
虫取り大会とか四行で終わらす気だったんですが、なんかこんなに書けちゃいました。
流石に体力が終わるので他の大会は巻きで行きます。行け……行けるのか?




