八月二日 「予定を書こう」
昨日あれだけ濃かったので今日は1話……と思っていたら二万字超えました。
だいたい1話につき一万字で書いているので2話分あります。お得か。
12 八月二日 「予定を書こう」
寝覚めはよかった。
まだ目こそ開けていないが、頭では起きていると自分でも驚くぐらい鮮明に認識できている。
夢は見たか、覚えてないぐらいにスッキリした気分。
昨日はここ数ヶ月で最も濃い一日だった。
山から降りて家に着くなり、円海さんとご飯を食べればすぐに眠気が押し寄せてきた。
風呂に入って、いつものようにおやすみと風香に言って、そして終わった。
もう疲れもないし、早起きはできたと思うし、やっぱり運動というのは人という生き物を豊かにするのだと、どこか浸りながら目を開ける。
目を、開ける。
「………じー」
…………なんか、いるな。
実際言葉を口にしてなんかおらず、家は静かなままだが、そんな音が聞こえてきそうなほど僕は見つめられている。
その人物は僕の敷布団の真横、廊下から繋がる襖を開けっぱなしにしてしゃがみこんでいた。
「……な、なに、風香」
それは円海さんではなく風香。
枕に頭を置く僕と屈んだ彼女の距離は思ったより近く、そしていつから寝顔を見られていたのだろうと恥ずかしくて、つい尋ねてしまう。
「……っ、わっ、お、おはよ、誠!」
「おはよう。そんな驚く?」
「お、お、おおお驚いてないよ!」
無理があるかな。
「はいはい。……それで、なんで僕を見てたの?」
彼女は僕の目が完全に開いていることに遅れて気づくと、しゃがんだ膝を思いっきり伸ばして離れていく。
僕も寝そべったままを見られるのは恥ずかしいと、立ち上がりながら布団を畳んだり、朝の支度を進めて彼女に質問した。
「誠、なかなか起きてこないから……」
「え、嘘」
もじもじと言った彼女の言葉を確かめようと壁にかけられた時計を見た。
「五時三十分……」
「五時に起きるって、言った」
じとっとした目の彼女に僕は申し訳なくなる。
五時半は世間一般では十分に早起きであるし、怠惰な生活を送っていた僕からしても誉の成果でもある。
がしかし、僕は彼女に対して五時に起きると約束したうえ、『約束は必ず守る』と言ってしまった分、これはぐうの音もでないほど僕に非がある失態だ。
「ごめん、風香。明日こそ早く起きるよ」
「……!うむ、それなら許しましょう!」
謝罪を第一に選択したことで、むくれて寂しげな顔をする彼女の機嫌はなおるどころか、大きな笑みを浮かべてさえいた。
「……うん?僕が三十分寝坊したってことは、風香はいつからそばにいたの?」
おそらくなかなか現れない僕を心配に思った彼女がこの部屋に来たのだろう。それならいつ、まさか三十分前……?
「……んー、教えてあげないっ」
「なんで?」
「一分前かもしれないし、三十分前かもしれないし」
「これは寝坊した僕への罰か……」
「一時間前かもしれない」
「それは僕への罰じゃないよ。風香が寝顔見るために約束より早く来てることになるよ。反則だよ。防ぎようがないよ」
「七時間前かもしれない」
「寝ずの看病」
「……ふふっ、真実を知らぬまま悶々と日々を過ごすがいいー!」
「ジンみたいなこというね……」
テキパキと用意しながら彼女との会話を低燃費で楽しんでいる。
そうしていれば、彼女の顔を見て僕はあることに気がついた。
「というか、風香。今日は寝癖ついてないね」
昨日も一昨日も、朝早い彼女はそのストレートの綺麗な髪にぴょこんとはねる毛たちが目立っていた。
それが早起きの醍醐味だという感じがして面白かったのに、今彼女はただ光に反射する艶やかな髪をしている。
「ふふん!時間あったしね」
「ごめんて」
「あはは、嫌味じゃないよ!……かわいくないところ、見せたくなかっただけだし……」
「そう?寝癖も可愛かったけどなぁ」
「……へっ?」
「髪がはねるってこんな感じなんだなって」
「……寝癖フェチ?」
「違うよ??」
あとたぶんそんなものないよ。
「ま、誠は寝癖が好きなの?」
「いやだからそういうわけじゃ……、……でもまぁ見られたら嬉しいかも」
「……?なんで?」
「んー、無防備なところを見せてくれるから、かな。外出る時はちゃんとした服を着るでしょ?」
「うん、しゃきっとする」
「だから寝癖のついた怠けたところを見れるのはそれだけ信用してくれてる証かなって」
寝起きのせいか、頭で思いついたことを特に考えもせず口に直結して漏れ出していた。
変なことを言ってないだろうかと思うが、案外風香は感心したように、新発見だと顔で表現し、そして照れ臭そうに言った。
「ほー!たしかに、信頼かぁ。……ふふふっ、それなら寝癖を見せるなんて、か、家族みたいだね」
僕はその言葉について考える。
同じ家に住んで、毎朝会って話をするのなら、きっとそれは兄妹、姉弟のような関係ともいえる。
彼女からそう言われたことがどこか嬉しくて僕も笑っていた。
「いいね。風香は僕の姉になるかな」
「……ふーん」
「どうしたの?そんなじとっと睨んで」
「べーつにー」
「もしかして妹の方が良かった?」
「良くない!私はお姉さんですー!誠より二歳も年上なんですー!」
僕らはもう歳の差なんて気にしていないと思っていたが、やっぱり年下のように扱われるよりも、年上らしく僕を引っ張っていたいようだ。
「……お姉さん、うん、まぁ、それでもいいかなぁ」
自分で口にしたそれに、半分納得するように小さく呟いてうんうんと頷いている。その表情には少しだけ笑みも混ざっていて、僕もなんだか笑えてきてしまった。
そうして、僕らはそうやって朝の何気ないやりとりをこの部屋で交わす。
ただそれはいつまでもこの場所でというわけにはいかない。僕たちの定位置は縁側だ。
朝の用意はもうとっくに終盤で、さて、あとは前日の夜に用意した服に袖を通すだけ、という場面で行為を止める。
「……風香。先に縁側行っててくれる?」
「え、なんで?一緒に行こうよ」
「いや着替えなきゃいけないから……」
至極当たり前のこと。寝癖云々の話と違って、寝巻きから姿を変えるのを見られるのは、友達どころか家族相手だってさえ遠慮したいものだ。
風香は僕が今からするそのことと問題性に完全に気づいていなかったようで、呆然と僕が手に持つ洋服一式を見て固まり、そして一気に動き出した。
「わっ、そ、そうだよね!?誠は着替える必要があるよね!?」
「着替えない必要がない人類はいないよ」
「わ、私どうすればいい!?」
「出ていけばいいと思うよ」
「家を!?」
「そんなわけないよ!?僕の部屋だよ!?」
なぜか今日の彼女は少しだけ様子がおかしい。
僕の言葉に「た、たしかに」と納得して、恥ずかしげに頬を染めながら静かに襖を閉めて退出をし始める。
「え……えっと、縁側で待ってるからっ」
「うん。すぐいく」
「すぐ……!?ちゃんと着てきてね……!?」
「着てくるに決まってるよね?」
なぜか様子が変な彼女は何かを誤解したままで、完全に襖を閉め切り、どたどたと廊下を歩き去っていく。その音が床越しに鳴り響いていた。
僕はそれに呆れながら笑いつつも、彼女のことを頭の中で考え続けていた。
仮初であるが僕の部屋に、風香とは言え女の子がやって来るのは少し緊張する。
スーツケースの中身も出して綺麗に片付けたこの部屋は特段、人前に見せて恥ずかしいものなど置いていない。
その反面、人前に出して面白いものなんてのもあるわけがないと言い切れるけど。
それでも就寝中の無防備な時に女の子に入ってこられるのは恥ずかしいというか、カッコ悪いと言うか。
そこまで考え至ったことで僕は思い出した。
そういえば、ここに来てからの二日目も僕の部屋で風香に起こされたことがあったような。
……あれ、でも。あの時、風香はこんな動揺してたっけ?
◇
「改めて、おはよう。風香」
いつも通りの運動しやすい夏用の服に着替え、日差しが差し込む縁側へと向かった。
そこには当然彼女がいて、床には書きかけなのか日記と鉛筆が転がっている。
「おはよ!今日も晴れるんだって。いい天気だねぇ」
「本当にこの島は太陽が似合うね……、そういえば円海さんはまたお仕事?」
朝食の匂いが漂ってくる。今日は何ンスパンか知らないが気配的にもう円海さんはいないことが確かだ。
僕はゆっくりと彼女の隣に並んで腰を下ろしながら話した。
「そうだね。5時より前に行っちゃった」
「早い……、いつ休みあるんだろう、あの人」
「あっ!それがね、明後日仕事がお休みだから一緒に出かけようって言われたの!」
庭を向きながら座り、地面に届かない足をぷらぷらさせていると、彼女は大きな声で思い出したように言う。
「いいね。寂しいけど……いってらっしゃい」
「……?なにいってるの!誠も、だよ!」
僕の背中を大きく叩いて、その子は笑った。
「え、いいの?」
「当たり前!円海さんもそのつもりだったし、誠はもう萩原の家族なんだから!なによりいないと、私が寂しいよ?」
嘘偽りのないその言葉。
やっぱり宝物だと思えるその笑顔。
僕はただの親戚なだけだけど、同じ屋根の下で暮らして毎夕食事を共にして、風香を家族みたいだというのなら、きっと円海さんとも立派な家族なのだと気付かされるようで嬉しかった。
「……わかった。それでどこにいくの?」
「島の外の電気屋までです!」
「あぁ、思い出した。今度の休みにスマホ買ってもらうって言ってたね」
初めて会った日、連絡手段のない彼女のために、円海さんが買ってあげようとしていた。
今は自警団から貰った無線機があるが、そっちはロマンがあるだけで実用性の面で考えれば風香も持っていた方がいい。
……というか自由奔放な彼女が今まで持ってなかったのが不思議なぐらいだ。
「明後日、だね。楽しみだ」
「うん、私も!……そうだっ、メモに書いておこ〜!」
パッと後ろを振り返って、彼女は書きかけの日記を手に取る。ペンを握り今からそれに記す。
中身こそ見えなかったが内容はわかる。
それでもそれが何か聞いてみることにした。
「もしかして、それに予定書いてるの?」
「そう!私が夏にやること、やりたいこと、いーっぱい書いて毎日遊ぶ計画を立てようかなって!」
彼女は夏に並々ならぬ執着がある。
わざわざ“目的”が『夏を楽しむこと』だったり、今年の夏に誰よりも期待をしているようだった。
僕は久しくカレンダーに予定なんてつけていない。
つけるような出来事がなかったのもそうだけれど、つけてしまえば未来が確定されてしまうような気がして、なぜか嫌だったんだ。
でも彼女との予定はとても前向きに捉えられて、不思議とその未来を確定させたいとも思うようになった。
「ていっても、何から書こうか、まーったく埋まってないんだけどっ……!」
たはは、と困り眉で笑ったその姿。
ならば、と僕は思いのまま言った。
「それなら一緒に予定を決めようよ」
夏が終わるまでのこの島限定の予定。行き当たりばったりも楽しいだろうけど、思う存分やり切るなら夏休み序盤で考えておいた方がいい。
「……!誠と?」
「もちろん。……でも、僕“だけ”じゃない」
僕なんかは君を独り占めできるほど楽しさを提供できない。でも、きっと君を飽きさせないモノたちはこの島にいる。
僕はポケットから取り出したコンパスのバッジを見せつけた。
「自警団のみんなとの、予定を書こう」
午前十時、秘密基地に行けば彼らと出会える。
それはこれからの夏も変わらない。
奇しくも“目的”が同じリーダーがいるのだ。
聞いてるだけで心が踊るような、予定表の文字を見るだけでワクワクするような、そんな遊びを見つけよう。
◇
「フッ、よく来たな。ライト、フウカ」
しばらく縁側で過ごし、蒼華が新聞と回覧板を運んで雑談を交わし、朝ごはんのコーンポタージュフランスパンを食べた充実した朝。
時刻はまだ約束とは遠く九時だけれど、早くてもいいかなと余裕を持って向かったのは、天文台。
扉を開けて一番に目に飛び込んだのは、マントをつけたその男だった。
……日中、太陽が差し込む天文台にそれがいるのが、なんかシュールで面白かった。
「おはよう、ジン」
「団長おはよー!」
挨拶を交わしながら、その不審者(仲間)へと僕たちは近づいた。
「……!まてフウカ。貴様今なんと言った」
「え?団長って……」
「……フフ、フハハッ、フゥアハハッ!」
声デカ。
「素晴らしい。我こそが団長だ。歓迎しよう。さぁ入れ入れ。下界は灼熱だったろう。我がトリニティフェザーの効果範囲内に入れてやる」
なんて?
拍手をしながらフウカの言葉に心底嬉しそうに笑うジン。たぶん他のメンバーが誰も呼ばない『団長』呼びが嬉しかったのか、マントから手を出して僕たちを天文台のさらに奥の部屋へとせっせと手をこまねいていた。
昨夜、まだ行っていなかった場所。
誘われるがまま、そこへと入れば、その部屋は陰鬱と埃被った空間──なんかではなく、全く逆の印象。
雑貨が数多く置かれた涼しく小綺麗な空間だ。
「……!すごい」
そこそこ広い部屋に、赤いマットが敷かれソファやら机やら、本棚、玩具箱、テレビあるいはパソコンでさえ並べられている。
ここはまさしく秘密基地とも言えるほど、ロマンに溢れた子供達の空間だ。
「フッ、感動しているなライト。ようこそエデンⅡへ」
なんだそれは。
「あっ、昨日ここに辿り着いた時には『ようこそ、我がエデンへ』って言ってたよね?」
言ってたか?
「その通り」
その通りなんだ。
「この天文台のアジトがエデンで、エデンの中の作戦部屋がエデンⅡだ」
なんだそれは。楽園の中に楽園Ⅱがあることになるよ。意味がわからないよ。
「なるほど!」
なるほどじゃあないよ。
やけに順応性が高いフウカに驚きながらも、僕たちは二人でそのエデンⅡを見て回る。
本当に多様なモノでいっぱいだ。
よくわからない異国のステッカーや木彫りのクマ、ふわふわのぬいぐるみのような雑貨に、冷蔵庫や電子レンジなどの電化製品、ドローンやラジコンの近未来的な遊び道具、さらにベンチプレスやルームランナーなんて使う奴が一人しか浮かばないのも置いてある。
そしてソファの他には、ビーズクッションから硬めの椅子、ハンモックまで僕らの人数分ジャンルバラバラに揃えられていた。
入口の方を向けばさっきからゴーゴーとうるさい、超冷風の原因、三枚羽の業務用デカ扇風機も見た。
……なるほど、これがトリニティフェザーね。
「して、貴様ら早かったな。まだ約束の時刻には遠いぞ」
軽い部屋の紹介を受け、僕たちはジンに促されるようにそのソファに並んで座る。
当のジンはというと、専用のものなのか、なんかこう、西洋の王様が座るようなすごい派手な金と赤の玉座で足を組んで話しかけていた。
いや本当になにそれ。絶対高いよ。ちょっと、だいぶかっこいいよ。座るの憧れちゃうよ。
「まこ……じゃないライトが早く行きたいって目をキラキラ輝かせた顔してたから来てみた!」
そんな顔してたかな。
「ほう。目が銀河か」
そんな顔はしてないよ。絶対。
「……まぁ、早く行きたかった点では概ね合ってるか。僕たちは新入りだから他のメンバーが来る前にいようと思ったんだ。もし誰もいなかったら時間まで山でも散歩して待っとこうかと」
「フッ、殊勝な心掛けだな。さぁ、ライト。辺りを見渡すがいい」
ジンは僕を試すように周りを見させた。
あらためて振り返るが、最初に来た時に感じたロマン以上のものは感じなかった。
「え……っと、モノが溢れていい秘密基地だね?」
「フッ、良いエデンⅡだろう」
だからなんだそのかっこいいやつ。
「それで、見渡してみたけど……なに?」
「フッ、この地には俺が独り立つのみ」
誰もいないことを言いたかっただけかい。
「他の有象無象とノアは定刻通り来るだろう」
団員を有象無象って言うなよ。あとノアには甘いよ。いや甘くないよ普通の対応だよ。
「我はただ郷愁に浸るためにここに来たに過ぎない。だが、空白の時間に出会えたのもまた運命。さぁ聞きたいことがあるのなら言うがいい。我が“自由警備団”についての秘密を明かしてやろう」
少々難解な言葉を言い換えれば、彼は昨日知ったばかりのこの集団についての質疑応答を許すようだった。
正直まだ知らないことの方が多く、他の団員に時間を取らせず尋ねられるのは良い機会だ。
ジンはもっと強引に話を進めるタイプだと思っていたが、意外と柔軟で律儀な面もあってリーダーらしさを感じる。
「質問……かぁ。ライト何かある?」
「……じゃあ、自警団よりも前に、ジンのことについて聞いてもいい?」
質問をパスしたフウカに次いで僕は彼のことについて聞くことにした。
他の団員は団員だと把握する前から一日交流をした。
だがジンだけはまだその人となりがよくわかっていない。もっと仲良くなれるきっかけが欲しかったんだ。
「ほう。我か。いいだろう、だが俺は謎多きミステリアスかつクールな人物。そう簡単に全てを話すわけにはいかないな」
自称でミステリアスかつクールはなかなかいないよ。
「最近で一番恥ずかしかったことは?」
フウカさん??なんですかその質問は。初手で仲良くなろうと思っていかないよ。あとミステリアスかつクールな人はそう簡単に話してくれないよ絶対。
「大勢の前で生徒会長として入学生へ祝辞をした時だ」
話してくれるんかい。意外と普通なんかい。……生徒会長なんかい!?
「思ってもいない偽りの文言を並べるのは顔から火が出るほど屈辱的だった」
……あ、大衆の前で話すのが恥ずかしいわけじゃないんだ。
「なんだ『暖かな春の日差しに包まれ、桜の花が満開となりました』って」
入学生向けの祝辞なら普通か?
「フッ、このまま原稿を破り捨てて『天を焦がすルミナスの篤き抱擁に囚われ、薄紅の舞姫が狂い咲いた刻』と叫んでやろうとでも思ったわ」
待て待て待てすごいよ何かが。
「おぉ、なかなかワイルドだね」
フウカさん??なんですかその返答は。
「……カッコいいと思うけどたぶんそっちの方が恥ずかしいんじゃない?」
「ふん、ペルソナを被り自らに嘘を吐き続ける方が恥に決まっているだろう。俺は俺だ。誰にも信念を捻じ曲げられることはない」
玉座に座りながら彼はマントを広げ、尊大な態度でそう言い切ってみせる。
それがあまりにも当然のことのように話すから、強い説得力を持って、「そっか」と“普通”の尺度で物事を測っていた僕の胸に強く響いていた。
……でも、それならそれでやっぱりおかしいな。
「ジンは生徒会長で、そして学校では今みたいな喋り方じゃないんだよね?」
はじめて会った時のようなメガネと制服をきっちりと着こなした好青年スタイル。
話を聞く限り、それが彼の校内でのフォルムのようだった。
「なんでその素の自分を隠してるの?」
対して今はマントとブーツのコテコテの重装備。見ようによっては痛いとも思える本性を、彼を恥ずかしいと隠したがるような精神じゃないのはわかっている。
そして彼は至って当然のように言った。
「フッ、人は二面性があった方がカッコいいからだ」
……。
「裏の世界を牛耳る冷徹な闇組織の長が、普段は大人しい学生を演じているとしたらカッコいいだろう?男なら誰しもがそう思うに違いない」
「……えぇ?そうなの、ライト?」
「カッコいい」
「そうなのライト!?」
フウカはその良さを考えてみたもののあまりわかりきれなかったようだが、僕はわかる。
うん、カッコいい。
彼の行動の理由はそれで十分だ。
「じゃあさ、今度はジンがなんでこの島にいるか聞いていい?郷愁っていうあたり、ジンも千草島は久しぶりなんでしょ」
茉里と出会った日のことを思い出す。無線で何かの連絡が入って彼女は「帰ってきたんだね」と言った。今ならそれがジンのことだと理解できるのだ。
「確かに!団員みんな幼馴染なんだから、もともとここに住んでたってことだよねー?」
「そうだフウカ。俺はこの島で生まれ育った。だが、高校からは遠くの地で一人暮らししている」
「一人暮らし!?団長すごいねぇ……」
「フハハすごいだろう。自炊スキルはルカに負けん」
「……ちなみに得意料理は?」
予想はついてる。
「無論フランスパン」
やっぱりね。
「をフライパンで炒める」
!?
「フッ、バターと卵と砂糖を混ぜ合わせたモノにパンを浸して焼けば我が秘伝の錬成術。『フラパン』が完成する」
最悪の名前。たぶんフレンチトーストに近い製法。
「これさえ食べられればいつでもこの島を思い出せるのだ」
彼の話を聞けば聞くほど意外だ。遠い高校に通うため一人暮らし。
……複雑な事情があるのだろう、けれどそれに負けないように故郷から離れた場所でも気丈に振る舞う彼の強さ、それを口ぶりから垣間見た気がした。
「やっぱりすごいな一人暮らし。……なるほど、こうやって帰ってこれるのが夏休みしかないから、団員のみんなと会えるのが久しぶりで“楽しむ”って目的を持ってるんだね」
ジンも僕たちと同じ、夏の間しか島に入れないもの同士。だから後悔しないためにそんな約束を立てたのだろう。
「……む。俺は別に夏休みしか帰れないわけではない。毎週末帰っている」
「毎週末帰っている!?」
「こっそりとな」
「こっそりと!?」
「寮生活だからな。あまり表立って外に出れんのだ」
「そこまでしてなぜ……!?」
「なぜ?愚問だな」
「──妹に寂しい思いをさせる兄がどこにいる!?」
突然クワっと目を見開いてジンが立ち上がった。
え、ええ……やっぱりノアちゃんに対して甘すぎる。
「ノアの成長は一日たりとも見逃したくない……ッ!離れて息をしていたくない……ッ!叶うならここからの通いが良かったッ!」
めっちゃ悔しそう。拳すごい握ってる。泣いてる。
「だが、いろいろ事情があって困難。せめてもの譲歩として毎週帰っている。片道三時間」
遠っ!?
「……そうまでしてやらないと、俺はノアが心配なのだ。この目で見ないと安堵できない」
彼はエデンⅡ内の柔らかい切り株のクッションを眺めて言った。おそらくそれがノアのお気に入りの椅子なのだろう。
「ほー感心するねぇ!兄って普通そんな心配するものなんだ?」
「当然。それに我が家は父が地球にいないからな。唯一の血縁者がそばにいてやらなければ」
僕たちはサラッと言った彼の言葉に、二人して驚いて顔を見合わせた。
それは聞くのが憚れもするが、聞いておかなければもやもやしたままでいること。
「親……がいないって、もしかして……」
「……フッ、勘違いしているな。文字通り地球にいないという意味だ。父は生きている。──空にな」
彼は窓の隙間から見える、どこまでも晴れ渡る空の向こうを指差した。
全く悲観げでない表情と合わせ、それで理解する。
「もしかして宇宙飛行士……!?」
「そうだ。父はしばらく帰ってこない。寂しくはなるが……その間のノアの世話は俺が独占できる。うむ。まだ帰ってくるな。宇宙を事故なく彷徨え」
家族の帰還を家族の理由で望まない男。
「あれ、そしたらノアちゃんは今この島で一人で暮らしてるの?中学生なのに……」
「否。そうなる予定ではあったが、うちの隣のルカの家が引き取ってくれてな。俺がいない平日はルカとよく遊んでいる」
また衝撃の事実。
ルカ、ノア。海の家で働く斑鳩心愛と釣り人の常盤乃彩は、今の僕たちと同じように同じ屋根の下で暮らしているようだ。
「へぇ、そうだったんだ!いいな面白そう!」
「あぁ、ノアも毎日楽しそうにしている。………だが、だがな」
「……?どうしたの?」
「その分、最近ノアは俺に対して冷たいのだ」
……冷たい、な。うん。昨日見ただけでも扱いがわかった。
「そしてずっとルカと一緒にいる」
まぁ同居してるし。
「俺の帰宅に最初は喜んでくれていたが、やがて毎週帰る度に『またきたの?』と呆れた目で見られる」
毎週は多いね、やっぱり。
「ルカには『また来やがったか』とゴミを見るような目で見られセリフを吐き捨てられる」
あの優しいルカが!?なんでそんな嫌われてるの!?
「そして扉が閉められる直前に視界の端に映るのは、俺に怯えてルカの方に抱きつくマイリトルプリンセス」
不審者扱いされてるよ!?そりゃされるよ妹の呼び名にしてはすっごいよ!?
「……なんだか二人が俺より家族みたいな雰囲気を醸していて、兄は苦悶と寂寞が入り混じった表情を毎秒浮かべている。苦しい」
総評。僕たちの団長は筋金入りのシスコンだった。
「さ、他に何か聞きたいことはあるか?どんどんこい」
「……えっとじゃあ、いい?」
正直、彼の姿を昨日見てからずっと思ってたことを言おう。
「なんでマントつけてるの?」
「フッ、カッコいいからだ」
「そ、そうなの?ライト」
「なるほど理解した」
「そうなの!?ライト!?」
カッコいいからマントをつけたくなるのは子供が変身ベルトを身につけるのと同じ理由だ。そこに実用性なんて野暮なのはない。
「じゃあブーツ履いてる理由も?」
「フッ、カッコいいからだ」
「オッケー」
「オッケーなの!?ライト!?」
「黒い服で統一してるのも?」
「フッ、カッコいいからだ」
「わかる」
「わかるのライト!?わからないで!?」
僕は服や行動も周りに合わせて生きているからきっと無難だ。もし恥ずかしさなんてものがないのなら、ジンと同じ服を着ていた可能性もある。……逆に恥ずかしさがあるからこれからも着やしないけど。
「でもジン。その格好暑くないの?黒くて厚着って」
「フッ、暑いに決まっている」
暑いんかい。
「だからマントの下に保冷剤ポケットを作っている。ほれみろ」
うわっすっごい保冷剤入ってる。
「涙ぐましい努力だ……!?」
「己を捻じ曲げないファッションのためならこのくらいしなくては」
……だんだん溶けてマント濡れてきてるけど、まぁカッコいいならいいか……?
「ねぇねぇ、時折『フッ』って笑うのもカッコいいから?」
「フッ、そうだ」
それはカッコいいか?
「フッ、余裕を持った男になるだろう」
「それはカッコいいな」
「それでいいのライト!?」
「あ、あと一人称が俺と我で時々混ざるのは?」
「フッ、ただのミスだ」
ミスかい。
「というのは冗談で、ただ時と場合によって使い分けてるだけだな」
わかりにくい冗談。
「語呂的に収まりがいい方を選んでいる。『貴様』も『汝』も同じ用法だ」
「……なるほど?」
「よかったライトもあんまりわかってない……」
「カッコよければなんでもいい」
「なるほど」
「なんで納得できちゃうの!?」
そうやってジンという少年について、僕たちはいろいろなことを聞き出していく。
昨日の時点では謎だらけだったリーダーは、案外カッコいいことが大好きな年頃の男子高生で、より親密に感じられていた。
好きなことを追い求め、恥も外聞も気にしない。
そんな姿はやはり、この自由な島民たちが集う組織のリーダーとして相応しいと思ったんだ。
「……ふむ、約束まであと半刻か。俺のことはもういいだろう。次は組織についての質問に移ろうか」
彼はエデンⅡ内にかけられた時計を見て言った。九時半、まだ団長について知りたいことはあるが、それを聞いていたらすぐに他の団員がやってくるだろう。
それでは、僕がずっと聞き出したかったことを話す。
「自由警備団、って一体なにをする組織なの?」
昨日初めて知った名前。ずっと前からあったかのように続く集団と強固な絆。風香も同じ質問をしようとしていたようで、共にその答えを待っている。
「自由を警備する団体だ」
「名前の通りすぎる……!?」
「フッ、より詳らかにするとならば、『抑圧された誰かの自由を解放するための』団体だ」
彼は詳細を話したつもりのようだが、まだわからない。でも、なにかとても大事なことを言っているように思えた。
「それはどういう……」
「要は退屈な世界を嫌ったモノたちの集まりだな。島を、大地を、自由に遊び尽くす。そうして“後悔”のない生き方を選択する。これが全て」
スッと言葉が胸の奥に入ってくるような心地がした。
“後悔”、“選択”というキーワードを昨日からよく聞いた。きっとそれらが、この組織の核なのだろうと直感した。
「ほお〜……!うん、すっごくいいね」
「そうだろうフウカ。貴様らももうその一員なのだ。自由を求めて自由に遊べば良い」
「自由……。そっかあ、自由なんだ。……うん!みんなで遊ぶの楽しそう!」
フウカは言葉を噛み締めるようにして、目を瞑って自由と呟きそして弾けるように笑った。
自由に遊ぶとはなにか、いつも何をしているのか、僕は気になってまた尋ねる。
「他の活動内容は?遊びだけ?」
「ふむ、山ほどあるぞ。というかその多様な活動を我らは遊びと呼んでいるだけだしな」
「……?どういうことー?」
「たとえば深緑の迷宮に囚われた子羊の保護」
「え?」
「……森で迷った子供の捜索か」
「なんでわかるのライト!?」
「たとえば蒼穹の海原に漂着する塵芥の浄化」
「なるほどノアがやってた海のゴミ拾いか」
「なんでわかっちゃうのライト!?」
「たとえば島外の余所者への牽制、忠告」
「観光客が危ないことしないように見守ってるのか」
「ねぇ本当にあってるのライト!?良い解釈にしようとしてない!?」
「ほう、全問正解だ」
「あってたんだ!?あとクイズだったんだこれ!?」
ようやく彼の言語に僕が追いついたような気がする。もうしばらく経てばきっと僕も模倣できるだろうが、なぜかフウカがすごいツッコんで来そうな予感がしたから控えよう。
そうして本題に戻って考えてみれば、彼らのやっていることはただの善良なボランティア集団だ。
島の自治。治安を守る、そんな目的を持っているのなら、たとえ遊び感覚だとしても“自警団”という略称に相応しい者たちだと思う。
それに仲間として加えられたのがとても誇らしかった。
「フッ、こんな矮小な規模のを請け負うだけのただの慈善団体ではない。大きな依頼も引き受けることがある」
「大きな、ってどんなものかな」
「一昨年は島を巻き込んだ大運動会の主催。昨年は千草島大ゴミ拾い大会のご意見番として参加した」
なんだその肩書き。
「それはすごいねぇ!島の人から認められているんだ!」
「いいや?」
いいや?
「我らは秘密結社だ」
カッコいいけども。
「正義のな」
正義の秘密結社は聞いたことないよ。
「だからこの活動たちが表立って知られることはない。部外者には猫を被っている」
「それは……ふふっ、うん、カッコいいね」
「……?フッ、そうだろう自警団は闇世に紛れて暗躍しているのだ!」
「行動は全部日中だけどね……」
猫を被ったとしても善行は変わらない。
もっと彼らの仕事を知りたいと思った。
「活動期間は夏だけ?」
「否。年中無休だ」
ブラック企業。
「自由を追う活動に場所も季節も関係ないさ」
「うんうん、そうだねぇ」
「だがこうしてアジトに集まって、団員皆で遊ぶのは俺が島に滞在できる長期休暇のみだな」
「そうか、リーダーはジンだもんね」
「ふむ、俺がいなくともアジトは好きに使って良いと言っているのだがな……。リーダーがいないのならと遠慮してバッジもつけないしコードネームも名乗らなくなる」
……それは、遠慮じゃないかも。
「フッ、可愛い奴らめ」
……まぁ、嬉しそうなら言わないでおこう。
そうして玉座に足を組んで座る彼へ質問を投げかける僕たち。その中、ずっとこちらの顔を見て会話していたジンはあることに気づいたように話の合間に尋ねてきた。
「おや、そういえば貴様らバッジはどうした」
彼は僕の全身を見てそんな疑問を口にした。
バッジとは団員の証。コンパスの模様だ。
僕とフウカは同じデザインに、別の数字が刻まれたものが与えられている。
「うん?ポケットの中にあるよ」
「私も持ってるよー!」
「ふむ、殊勝な心がけだ。だが説明が抜けていたな。決まりとしてバッジは目に見える位置につけること。そっちの方が統一感があっていいだろう?」
そう言って彼は立ち上がってマントを翻す。
マントの端、そこには団員No.0とNo.1を示すバッジが二つ飾られているのが目についた。
そういえば0と1を兼任するって変なこと言ってたっけ……。
昨日の団員全員を思い出せば、たしかにすぐ見える位置につけられていた気がする。
「わかった。つけるよ。……どこにしようかな」
「うーん、私はやっぱりここかな!」
フウカは自分の麦わら帽子を脱いで、手にしたそれを前に見つめる。
そしてピンを外して最も映える位置に調整し縫い付ける。
バッジはアクセサリーとして優秀なようで、いかにもシンプルなタイプの帽子を一気に小洒落たものへと変化させた。
彼女の顔は、見ているこちらが和やかな気持ちになるほどに晴れやかで、とても嬉しそうだった。
おもむろに新しくなったそれを装着し、彼女は僕を上目遣いで見つめた。恥ずかしさも少し混ざったような照れた表情。
感想を求められているのだとすぐにわかったから、ありのまま言葉を返す。
「似合ってるよフウカ」
「……!えへへっ、聞く前からそんなこといわれちゃうなんてぇ……!やるねライト!」
「ふふっ、喜んでくれてよかった」
「フッ、貴様のイデアそのもの。これ以上の構成は存在しない」
「んー、ライト、どういう意味?」
「すごく似合ってるって」
「おおっ!団長も褒めてくれてありがとっ!」
「礼には及ばん。………おお、通訳助かるな」
何かをボソッと呟くジンを横目に僕は自分のバッジを眺める。
……本当にどこにしよう。みんなみたいに僕らしいトレードマークなんてないしなぁ。
「胸につけようかな、普通に」
「却下だ」
「却下だ!?」
「そんなの面白くないだろう」
「いるかな面白さ」
「いるねぇ面白さ」
「フウカがそういうならいるか」
「……結構、柔軟だなライト」
「ふふん、柔軟なんですライトは」
「柔軟なんだ僕……」
「ふむ。にしてもトレードマークの欠落か」
「結構ズバッと言われたね」
「……。それなら、ライト。ちょっと待っていろ」
ジンは顎に手を当てて思考してから、エデンⅡ内の端っこ、玩具箱のようなカラフルなボックスをごちゃごちゃとかき混ぜて何かを探し始めた。
彼はものの数秒でそれを見つけ出し、しばし手に持って眺めた後に立ち上がって僕に手渡した。
それは一枚の赤い小さな布。
安全ピンが備え付けられている筒状のモノは。
「……これは、腕章?」
まるで生徒会がつけているような、金の縞模様が入った立派な腕章。
彼が握るそれを手で支えたまま僕は眺める。
「おお〜、かっこいいね!これライトにくれるの?」
「あぁ。やはりこいつは埃被るよりも誰かにつけてもらっていた方がいい。有難く貰え。ライト」
「……わかった。いただくよ」
僕という存在を認めるように、彼は大事そうな一枚の布をついに手放した。落ちないようにしっかりと握りしめ、僕はそれを利き手である右腕に通し、シャツの袖にピンで止めた。
布だから軽さはほぼ感じないはずなのに、どこかそれには重さがあって。
心地よさも少し感じていた。
「うんうん、いいね!じゃあじっとしてて!私がバッジつけてあげる!」
「あぁありがとうフウカ。……ジン、これは誰かのものだったの?」
「……フッ、どうだろうな。俺を誰かのひとつとして数えるのなら、きっとそうなのだろうな」
「……え、これジンのものだったんだ?」
「まぁな。……ほら、似合ってるぞ貴様も」
「じゃんっ!出来たよライト!」
フウカにつけてもらったそれを腕を動かして視界に入れた。
No.9。そう刻まれたそれは改めて僕のものになったように、とても晴れやかな気持ちになれた。
「フッ、それでは質問コーナーの続きでも──」
バッジのくだりをひとしきり終えた後に軌道を修正しようとジンが口を開けたその時、この部屋の扉を誰かが開ける音がした。
エデンⅡへの侵入。
それは不審者ではなく、見慣れた人物たちだ。
「ただいまー、ジンいるー?って……おふたりがもう……!?」
「ただいま。……あ。先輩たち、はやいね」
まるで実家に入るかのような慣れた挨拶で同時に来たのは、話題に出したばかりのルカとノア。
彼女たちは僕らが先着しているのに驚いたようだった。
「おはよ!ルカちゃん、ノアちゃん!」
「おはよう二人とも。……ジンから聞いたよ?ふたり一緒に住んでるの?」
「おはようございます!そういえば言ってなかったですねそれ……。はい、私とノアちゃんはもう一年ぐらい同じ家で過ごしてますよ」
「うん。ルカねえと、仲良し。………ねぇ、おにいから、なんて説明された?」
じとっとした目でノアが見たのは僕たち、ではなくてその兄だ。
彼から説明されたのは、妹が最近冷たいこと……だったか。
「別に至って正常な説明だぞリトルマイプリンセス」
もうその呼び名の時点で至って正常ではないが。
「もうそのキモい呼び方の時点で至って異常なの」
……!
「おいルカ!キモいとはなんだキモいとは!」
……嬉しい、ルカと脳内ツッコミが一致した。
「言葉通りの意味でしかない……。辞書で調べてみたら?」
「ふむ、生憎と我が辞書にはそんな下劣な言葉載っていない。全て誉高き栄誉ある言葉のみ」
逆にどんな言葉が載ってるんだよ。
「逆にどんな言葉が載ってんだ」
またルカと一致した……!?
「妹」
のみ!?
「のみ!?」
これほどの執着は流石に同じリアクションするよ!?
「あと乃と彩」
妹の名前だ……。
「コイツ怖すぎる……。……ノアちゃん、私のところにいつまでもいていいからね?」
「うん。そうする……」
「くっ、ルカめ!またそうやってノアを誑かしよって!」
「おにい、そろそろウザい」
「ぬぅっ!?今度は洗脳!?」
いや至って正常だと思う。
「至って正常だっての」
このツッコミも一致……!?
「フッ、色欲の魔女ルカめ。許さんぞ」
「うわ最悪の不名誉!それならあんたを傲慢の悪魔って呼ぶよ」
「傲慢……カッコいいな。悪魔……カッコいいな」
無敵かこの人。
「無敵かてめぇ」
そうして繰り広げられた、僕たちに向ける態度とは明らかに違う、敬語を外してツッコミを担うルカと、妹命のイカれたボケ(本心)をするジンの会話劇。
激しい対立、喧嘩が行われているかのような内容ではあるが、お互いそのやりとりにはもう慣れているのか、見ている方としては全く危険な空気はなく、安心してそれを眺められていた。
彼女はこうして約束通りの時間に来て、ジンをリーダーとして認めているのだから、仲が悪いなんてことはないのだと改めて思う。
だから、それを見て呑気にフウカがこう言ったのもおかしくないのだ。
「ふふっ、随分と仲良しなんだねぇふたりは」
言い合いの中でもよく聞こえていたのか、互いのレスポンスを放棄してまでフウカの方に勢いをつけて振り返った。
「「そんなわけない/だろう!?」ですよ!?」
「ほおら、仲良し!」
一切動じずにニコニコと笑うフウカは、本当に楽しそうで僕も彼らを微笑んで見てしまっていた。
「……実際、おにいとルカねえは昔から仲良し」
「うえぇっ!?ノアちゃんなんてこというの!こんな変人、幼馴染じゃなかったら叩き潰してたよ!?」
意外とパワー系?
「フッ、まったくだ。貴様ほど俺の浪漫を感じない人間はおらん」
「そんなの誰一人いないわ!」
「いいや?いるのだ、ただ一人!」
へぇ、一体どんな人だろう。
「なぁ!我が心の友!」
あれ、もしかして僕かな。
「ふふっ、よかったねぇライト」
あ、僕なんだ。
「いやそんなわけない!ライトくんがあんたと気なんて合うわけがない!」
僕じゃなかったらしい。
「フッ、ずっと俺を憧憬の眼差しで見つめていただろう!なぁっ!」
指差された。僕だこれ。
「ラ、ライトくん……?こんな激ヤバ異常者の同類なわけないですよね……!?」
……、センスについては何も言わないけど、変な行動に驚かされ続けているのは事実だから『同類』ではないことを曖昧に濁しておこう。
「ど、どうだろう……?まぁ落ち着いて。でも、二人が仲良しなのは僕から見てもわかるよ」
「うんうんっ、やっぱり幼馴染って羨ましいなぁー!」
「ええ?もう、そんないいもんじゃないですって……」
「ん。そう?二人は仲良しか、みんなにも聞いて、みる?」
「え、みんなって──」
ノアはゆっくりと話して、自分たちが入ってきた扉を指差した。
彼女は耳が良いのか、やがて訪れる者たちの足音の接近を知っていたように、その数秒後、予測通り扉が勢いよく開かれる。
「ふッ!話は聞かせてもらった!」
すっごい大声の筋肉男が入ってきた。兎跳びで。
「わっ!もー……いつも驚かせないでって言ってますよねルーク!」
……あ、兎跳びの方はもうツッコんでないんだ。
来たのは灯台守のルーク。
呆れるほどの熱量の男。それに次いですぐにまた誰かの足音がパタパタと聞こえてくる。
「ふっ!話は聞かせてもらったすよっ!」
帽子を被った元気な少女。なぜか微スライディングして颯爽と登場。
「また朝から騒がしいのが来ましたね……」
「おお〜!今朝ぶりだねレインちゃん!」
「おはよっす!爆速で配達終えてきました!」
朝に会話したぶりの勤勉な運び人、レイン。
そして更に続いて、誰か二人のゆっくりとした歩調が聞こえはじめる。
「ふふふ〜!話は聞かせてもらったよお!」
スロウな喋り方のふわふわ系のマイペース少女。なぜか自信ありげに胸を張って入場する。
「次から次に……。それとなんでメアリちゃんまで同じこと言うんですか!?」
それは気ままな性格の駄菓子屋代理店長、メアリ。
彼女がそう言った後、同時に扉を潜った横に立つ中性的な顔立ちの少年が、頭をかきながら困ったように笑った。
「えーっと……、じゃあ、ボクも話は聞かせてもらったー……よ?」
絶対無理に合わせてる言い方。
「やめてっ、テイラーだけはみんなに染まらないで!ツッコミ不要の自警団唯一の良心なのに!」
「あはは……。な、なんかごめんねルカちゃん」
「フッ、やったれテイラー。もっとはっちゃけろ」
「そんなこと言われてもそれはすぐに出来ないよジンくん……」
「はっちゃけたら泣きますよ。テイラー」
「そんなことで泣かないでルカちゃん……!?」
優しい雰囲気を醸す司書、テイラー。
登場して間もなく、二人の間に挟まりつつ、宥めるような仲介者の立ち位置にすぐに収まっている。
……なるほど、テイラーは苦労しそうな立場だ。
「……もう。なんかみんな急に集まっちゃいましたけど、聞いてた話ってどこからですかぁ」
ぞろぞろと一斉に集まり、一斉に同じことを言った彼らは、うんざりとした表情のルカの質問に答えた。
「二人が仲良し、ってところからだよお!」
「うん。外から聞こえるぐらい大きかったね……主にジンくんの声が」
大声の弊害。
「フッ、誉高い」
「誉高くねぇわ」
「照れるな」
「照れんな」
声が大きいことを恥じる様子もないジンは目を瞑って謎にカッコいいポーズを決め、それに対しルカはコンマ一秒もかからずに突っかかる。
その姿がやはりお似合いのように思えてくる。僕と同じことを考えるのは二人を除くこの場の全員だ。
「なんかもう慣れた寸劇っすね」
やっぱり慣れたやりとりなんだ……。
「レインちゃん、これを世界は寸劇と呼ばないです」
子供をあやすような微笑み。
「フッ、同意見だ。換言するならば子犬との戯れ」
「お。子犬さんがなんか喋ってますね」
にっこりと強い返し。
「バウッ!?グルルル……!」
なんで子犬で返すんだよ自らを子犬と認めてるよ意味がわからないよ。
「雑種が」
ルカも人間に使う言葉じゃないよ!?
「ははッ、姉御はやっぱりキレキレだな!」
…‥姉御呼びなんだ。
「絞り上げた腹斜筋のようにエッジがある」
意味がわからないよ!?
「意味がわからないですよ!?」
よかった同じツッコミ。
「ほらな、仲良しなのは見てわかるさ。だって姉御が唯一キビしい口調なのはボスにだけだからな」
そうルークが言って、過去の会話を遡る。
確かに、ルカは僕たち新参者に対してだけでなく、幼馴染である他の団員にも敬語だ。
……ジンを除いて。
「安心してください。私が敬語を使うのは仲良くなりたい証拠です。フランクになるのは仲悪くなりたい証拠です」
常人と真逆。
「ふふふ、照れなくても良いのにぃ」
「照れてないですメアリちゃん!」
「貴様照れてるのか?」
「てめぇは私の顔が何色に見えてんだ?」
「緑」
「ゴブリンかよ」
そのツッコミの速度は早すぎる。
彼らはこうして全員を交えて会話しつつ、当然のようにこのアジトに馴染み、自分のモノであるのか迷わずに、転がっている椅子やクッションを持ち寄って円になるように座り始める。
ジンは玉座、ノアは切り株のクッション、ルークは空気椅子というように、それぞれのイメージに合った年季の入ったジャンク品たちだ。
「あ、ライトくん、フウカちゃん!でもたまーに、ルカちゃん相手にボケ倒したら敬語外れるっすよ!最近どれだけツッコませるかハマってるっす」
何してんだレイン?
「何してるんですかレインちゃん?」
「よぉしそれならボケ倒すよー!」
何するのフウカ!?
「何するんですかフウカちゃん!?」
「じゃあ、みんなで、大喜利、する?」
なんで!?ノアちゃんの大喜利大好きキャラはなんなの!?
「ふむ、するか」
ジンは妹に甘い……。
「……意味わかんないですけど、ノアちゃんがそう言うなら受けて立ちますよ」
ルカも義妹に甘かった!?
「あははっ!負けないよー?ライト!」
ソファに並んで座る僕の肩をツンツンと突く、同じ新入りの君。
……。
「僕も、負けないよ。フウカ」
「ふふっ、勝負だぁ!」
◇
全員が揃ってからもう数十分は過ぎた。
歳若き少年少女たちが暑い夏の日に集まっている。
それなのに、運動もしなければ、テレビゲームやアナログゲームすらしようとしていない。
ただ椅子に座って、九人で会話を回すだけ。
酒も入ってないというのに、いつものことのように自然と紡がれるこの瞬間がとても心地よかったんだ。
「おっと、このままずっと話しているのも良いが、そろそろ本題を進めなければな」
会話を中断してジンはそんなことを言って立ち上がった。
「本題?」
つい声に出したフウカと同じことを思ったのは僕だけでなく、団員全員だったような表情。
ただこの集まりは友達同士で喋り会おうの回が目的でなく、ジンだけが何か別の意図を隠していたようだ。
彼は机の方へ歩き、あらかじめ置いてあった新品のような巨大の紙を持ち運んでくる。
「ジンくん、それはカレンダー?」
聞き出したのは副団長のテイラー。言われてみればそう確信できる業務用のサイズ。
彼が何をしたいか、今朝、彼女と話ばかりの僕にとってすぐに思い浮かんだ。
「その通り。さぁ、決めるぞ。我が同胞たち」
僕はソファの横を見た。彼女も気づいたように顔をキラキラと輝かせている。ここへ僕たちが持ってきた、一冊のノート。それが埋められそうな予感がしたから。
「──夏の予定を丸ごとな!」
八月二日。これからの全てを、彼は一枚の大きな紙に書き写そうとしていた。
「おお〜いいねえ!おもしろそ〜!」
「去年は全然遊びきれなかったって泣いてたからね、ジンくん」
泣いてた……!?夏ガチ勢すぎる……。
「あぁ。お前たちと過ごして学校よりも五千倍面白くはあったがまだ足りん。……くッ、あの時の俺は夏というポテンシャルをフルに引き出せる器ではなかったのだ……」
「そんな拳握りしめるほどか……?
「すごいぞボス。前腕屈筋群が痙攣している」
なんでルークは筋肉の名前だけ博識なんだよ。
「前腕クッキング?」
違うよフウカ。
「だがぁーっ!」
うわ急に声デカ。
「今の自警団は、ライトとフウカが入りフルメンバー九人ッ!黄金の夏を迎えるに相応しい状態だろう!ならばやるしかないのだッ、“夏っぽい”ことを全て!!」
熱い演説。
なんだこいつ、とみんながある程度そんな目線で見つめるが、だが誰もそれを嫌がるような、馬鹿にするような冷ややかさは持っていなかった。
またリーダーがやる気出してるよ、と言わんばかりにあたたかな表情を浮かべて、やる気しかないように笑っている。
「よーしっ!やるっすよ!ジンくんっ、どうやって決めるっすか!?」
「ボクも頑張りたいな。とりあえず明日から順番に書き出していく?」
レインとテイラーが彼にそう伝えれば、ジンはいつもの怪しげな微笑から入り、特殊なカレンダーの使い方を提案した。
「フッ、まあ待て。まず重点からだ。──この暦表は“予定”を決めん」
そう切り出した彼の、当然説明が必要な固定概念の崩し方に皆が続きを待っていた。
カレンダーは普通、この日に何の約束があるとか、何をしようだとかを書き込むから。
「こいつにはその日の最後にやったことを記載するのだ」
「……ふーん。日記みたいな使い方ってこと?」
「そうだルカ。一枚にまとまっているとこの日に何をしたか、日記帳を見るより簡単に振りかえられるだろう?」
「まあ、確かに?でもわざわざこれに書く必要ある?」
「その質問は想定済みだ。日記との差別化として、これに記載できるのは、“予め”“定めていた”項目のみとする」
ジンは、大きなカレンダー用紙をのけて、その下に隠れていたもう一つの白い模造紙を僕たちへ見せた。
その言葉と紙の意味、しばらく考えてから、僕はようやく掴めた。まだピンとこない皆と誰かが答えを出すのをニヤリと待っているジンへ、僕が話す。
「……なるほど。今この場で夏の予定……つまり“やりたい”と思ったことを白い紙にありったけ書くんだね。そして、その紙を見ながら夏を遊んで、達成できた分だけカレンダーに書き込む。……どう?ジン」
こうすればきっと、思いついた『夏にしたいこと』を時間に縛られることなく次から次にこなしやすい最高率のシステムが作れる。
彼はいつもの微笑の『フッ』ではない大笑いで僕を肯定した。
「フゥアハッハッハ!その通りだ!願望など数百個でも数千個でも、あるだけ良いのだ。それが人間という罪深き生き物。そうだろう?ノア」
「うん。強欲は人間の業」
そのノアのパワーワードは兄公認なんだね。
「でも、欲があれば、毎日、明日が楽しみになる」
「……!良いこと言うね、ノアちゃん!」
フウカは僕が思った同じことを口に出し、そして近距離にいた彼女を撫でた。
明日はこれがあるのだから早く寝よう、または楽しみで寝れない、なんてのはやはり生きるうえで必要なモノなんだと、この島に降り立ってから僕は感じるようになった。
……この一年、死んでいるのと変わらない日々だった僕だからこそ、余計にその言葉が強く沁みたんだ。
「……それにな。得てして未来とは不確実なモノだ。暦表に“この日にこれをやろう”など書いても実現できる可能性は少ない」
病気や災害なんて誰にも予測できない、そもそも先の未来を……不幸な未来を、人は想像したくなんてない。
「だが不確実性は一概に悪いモノではない。未来ではなくイマを生きる我らしか成し得ない、“予想外”の奇跡もある。……まぁ、俺は何にも縛られない自由な男だからな。未来という予定調和の神なんてクソ喰らえだ」
僕はやっぱり彼と気が合うようで、その感覚が理解できる。未来を確定させるのが窮屈だという気持ち。
今日の朝、予定をあの日記帳に書こうとしていたフウカの方を見れば、激しく感銘を受けたように、珍しく静かになりそれを頭で考えて受け止めている。
「それが“自由”なんだ……!」
「あぁ。その日にやることはその日の気分でいい。選択は他ならぬイマの自分でないと意味がない」
「……!うんうんっ!そうだよね!」
彼女が僕のようにジンの言葉を理解し始めているのをみて、他の団員は少し驚いている様子だ。
「……な、なんかずっとコイツ何言ってんだろうって思ってたけど……、フウカちゃんが納得してるならいいか」
「ん、ライト先輩もだけど、新入りふたりは、わたしたちよりおにいに適応できてる……」
「あたし未だにジンくんが何言ってるかわかんない時あるっすよ?」
「レインちゃんたまにボクから辞書借りるもんね……」
「オレもわからん。ボスの言っていることだからきっと意味があるのだろうと適当に笑っていることがある」
「おいルーク。貴様適当に笑っていたのか」
「大丈夫ですよルーク。意味なんてありません。全て」
「俺の言葉は無価値か!?」
「無価値ではないですよ。全て戯言です」
「戯言……。響きがカッコいいから許すか」
「ちょろすぎだろコイツ」
団員がそうして笑っているのを横目に、僕はフウカの方を向いていた。
「自由……ふふっ、自由かぁ」
そんな嬉しそうに、またも“自由”と感慨深そうに呟く姿をただ、何も言わず、眺めていたんだ。
僕のそれに意図なんて、あまりなかった。
「それで早速予定を決めようじゃないか。この紙が埋まるぐらい願いを書くぞ」
「埋まるぐらいって……わあ、こりゃ大変だねえ」
「大丈夫だよ!メアリちゃん!私、やりたいこといっぱいあるの!もうすべてまかせてほしいくらいに!」
彼女がやりたいことが多いのは知っていた。こうやって表層化していくのがどこか自分もワクワクしている。僕の願いは、君の願いを叶えてやることでもあるから。
「よし。一人で書けるやつはもう書いてもいいが……、まずはアイディア出しだ。自分のバディと話し合うがいい」
僕とフウカは、“バディ”と初めて聞く言葉に思わず向き合った。
皆は困惑していないようで、立ち上がり、自分のペアとなる相手のそばに近寄りはじめる。
「バディってなぁに?みんな」
「あっ、ジンくん説明してなかったんすか?バディってのは自警団で二人一組で行動する時の相方のことっす!」
「チーム分けとかする時に便利なんだよね。島の見回りとかもペアごとに回してるし」
「へえ……!すごい、面白そう!」
「だろう?俺が発案だ」
「ちなみに……どうして作ったの?」
「刑事のバディモノってカッコいいだろう?」
「そんなことだと思った。……カッコいいね確かに」
「ね、ね!みんなは誰がバディなの?」
だいたい二人で固まって集まっているから言わなくてもわかるが、興味津々に尋ねたフウカに各自が答えた。
「あたしはルークっすよ!」
「あぁ!暇だったら筋トレに付き合ってくれる良き相棒だ!」
「へへっ、ルークも配達たまに手伝ってくれて良き相棒っすよ!」
「ははッ、これからもよろしくな、レイン」
どっちも活発なレインとルークペア。
「わたしはテイラーだよお!」
「うん。メアリちゃんとボクがバディ。あはは、たまに店番中に爆睡してるのを起こしに行くかな……」
「いつも助かってまあす!あっ、テイラーの子守唄すっごく寝やすいんだよお!」
「……ボクの読み聞かせを子守唄って呼んでるんだね……」
穏やかな雰囲気の波長が合うメアリとテイラーペア。
「ん、ルカねえ。バディ」
「そうです!んー……、ノアちゃんとずっといるから特別何かを手伝ってるとかはないですかねえ」
「全て、手伝ってもらってる。……いつもありがとう。最高のおねえちゃん」
「……ふふっ、私も、ノアちゃんに全て手伝ってもらってますよ。最高の妹です」
住処も共有する擬似姉妹、ルカとノアペア。
そして……。
「……おい、なんだライト。そんな目で見て」
この団員は僕ら含めて九人だ。
二人一組を組むとしたら、奇数で必ず誰か一人余る。
……あぁ。そうなんだ、団長。かわいそうに。
「生暖かい視線を送ってくれるな!我は団長だから一人だ!フレキシブルな男なのだ!自ら願って孤独!栄誉ある孤立!」
「こいつ一人で哀れですよね」
「ルカァ!貴様許さんぞ!さっきのセリフは見逃したがもう限界だ!ノアを“妹”と呼んだな!?我が妹は我の妹でしかない!」
……あ、そこなんだ。
「まあまあ〜、ジンくんは誰とでも組めるからねえ。二人じゃ大変な時にいつでも助けてくれるんだよ〜」
「へぇ、何にでも合うんだね!」
「……フッ、そうだ。俺は何にでも合うのだ」
「フランスパンみたい!」
どういうことだよ。
「フッ、この島で最上級の褒め言葉、か」
なんで嬉しいんだよ。
「……ふふっ、ねぇ、みんな?それなら私のバディはー?」
隣に座るフウカは、答えなんて一つしかないだろうに、ニヤニヤと笑みを浮かべて全員の注目を集めていた。
消去法で、いや、何も消されてなくても、僕の相棒は君しかいない。
自ら名乗り出るよりも、問いかけられた全ての団員が同時に声をあげる。
「「「「「「「ライト」」」」」」」
「しかいないだろう?」
「くんだねえ!」
「くんだよ」
「くんですね」
「くんしかいないっす!」
「だな!」
「先輩、だね」
そうだ、僕だ。
なんで?同時にこの団に入ったからだ。
それだけ?
……きっとそれだけ。
でも、いつか、フウカのバディには何があったとしても僕しかいないと、他者から思われたいと、君が宝物だからか、僕は望んでいた。
「……!だあって〜!ライト!」
七通りの同じ答えを聞いて彼女は僕に振り返り、一段と輝く陽だまりの表情で僕の言葉を待っていた。
「うん。フウカ。僕のバディは君しかいないよ」
「えへへっ、私のバディもライトしかいないよ〜!」
彼女の口からそう言ってもらえたのが、僕はなぜかどうしようもなく嬉しかった。
「さ、存分に話し合え。今日は予定を決めるだけの日だ。──明日からフルスロットルで夏を謳歌するぞ」
彼の言葉を皮切りに、僕とフウカは、二人だけで妄想を語った。
そしてそれをみんなに分け合った。
そして僕が代表して、ペンを握った。
◇
もう、日が落ち始めている。
ここにきてから八時間は過ぎた。
すっかり、子供は帰るべき夕暮れだ。
随分と喉が疲れていた。こんなに運動もせず、友達とただ喋り尽くしたのは久しぶりだった。
夢を語った。
夏らしさ、を一生分考えた。
昼ごはんもこの場所で食べた。
ジンとルカがいがみ合いながらも、このエデン内にあるキッチンを使って最高の料理を作った。
三時どきにはメアリとテイラーが駄菓子屋へ行って、お菓子をたくさん持ってきた。
ノアとレインは大喜利の強者でみんなで笑っていた。
ルークの奇行を眺めていた。
そしたらこの居場所にはもう慣れていた。
過去を忘れるぐらい気楽になれたこんな僕よりも、更に馴染んだ、ただ一人のバディがソファでぐでーっと疲れて目を瞑って横になっているのを尻目に、僕は夢の痕を眺める。
「……たくさん、あるね」
独り言。
新人の役割として、ほぼ強制的に担わされた“書記”。僕がみんなのやりたいことを代表して紙に書いたんだ。
それは宣言通り埋まっている。
何文字あるんだろう。
何個の箇条書きの点を書いたんだろう。
百はくだらないかも。
「たくさん、あるな」
いつの間にか横に立って、僕の独り言に返事をしたのは、団長だった。
ずっと大きい声で、やかましいとルカに怒られるジンだけど、今のその声はすごく優しかった。
「やりたいことがあるのは、ただ息をして生き続けるよりずっと良い。だろう?」
「……そうだね。でも、こんなにできるかなぁ」
「できるさ。……もし、今年の夏終わらなくても、次の夏にやればいい」
彼はカレンダーをめくる。
大きなそれは業務用。今年の夏だけでなく、来年も再来年も、十年後も、それは未来を示していた。
「──だがな。『またいつかやればいい』と甘えるのなら、それはきっと後悔する」
「……?」
「フッ、……こんなことをしたがな、結局願いそのものを叶えるのは困難だとして、こなせなくてもいいのだ。全力で仲間と遊ぶことにこそ、意味がある」
彼は予定を書き終わって好きに遊びはじめる他の団員を、穏やかな瞳で遠く見つめて言った。
誰よりも仲間と“楽しむ”ことを目的とした僕たちのリーダーが皆から慕われる理由が、その揺るがない信条にあるようだった。
「やるぞライト。貴様のバディを後悔させるなよ」
強く、優しく、僕の肩を叩く。
彼はきっと見抜いているのだ。
フウカが、風香が、この夏に何かを賭けているのを。
「うん。僕は、後悔させないよ。──僕の宝物を」
それは自分に対しての誓いだった。
ジンにも大声で聞かせるつもりはなかった。
「……!フッ、フフフッ、お前はやはり面白いなぁ。……ククッ、ほら、後ろを向け」
彼はいつもの微笑を少し崩して、本当に耐えられないように素の笑いで背後を指差した。
「──!」
振り返った僕は、それに気づかなかった。
疲れて、安心して、束の間微睡に落ちていた彼女が目を覚ましていたことに。
「……えへ、えへへっ、宝物、なんだよね、私……」
彼女は感情表現がすごくわかりやすい。
今だって、寝起きにすぐ上機嫌になった。
でもやっぱり、今のは、というか今朝から、彼女は彼女らしくない感情表現の仕方で喜んでいる。
満面の笑顔で嬉しさを表す性格なのに、僕の言葉に、頬を赤く染めて、顔を麦わら帽子で見えないように隠して、控えめに、視線を落として、漏れ出るように声を出す。
それが僕は嫌なわけじゃなくて、むしろ普段と異なる印象に、途端にいじらしく、愛しいとさえ思えてしまって。
声をかけずにはいられなかった。
「そうだよ。君は僕の宝だ。だから」
言葉を恥ずかしいと撤回しない。聞かれてしまったことは予想してなかったけど、この言葉は今日の最後に言おうとしていた。
でもこれは、今、言うべきだ。
「──全て叶えよう。僕らの“予定”を」
八月三日。
忙しない一日が、これまでよりもずっと濃度を強めて待ち受けている。
バディ制度!
かなり好きな概念なので入れました。
ライト↔︎フウカ
レイン↔︎ルーク
ルカ↔︎ノア
テイラー↔︎メアリ
ジン。




