八月一日(後)「宝探しをしよう」
後半。
「誠!私もわかってきたよ!最後はおそらくあそこだよね……!?」
午後六時。この時間はまだ夜というには早い、けれど昼はとっくに過ぎ去っている。
仄暗くなった世界に僕たちは二人で街を歩く。
だがもうじきにこの広い通りを出るだろう。
目指す先は、メアリからの地図上に描かれたポツンと目立つその点なのだから。
「うん、“山中の廃屋”って場所だろうね」
それは僕たちが一度も行っていないところ。
あまつさえ円海さんや他の大人にそれとなく聞いても知らないと答えられたところ。さらには島から降りたって初めに貰ったパンフレットにすら載ってないところ。
でもメアリ、自警団員の少年少女だけは知っている“隠された場所”。そして地図では東西南北のちょうど島の中心にある。
そここそ、最後の謎が待つ場所に違いないと僕たちは分かって歩み出している。
「もうすぐ、終わっちゃうね、誠」
山中にあると言っているように、険しい獣道を通っていかないとそこへは行けない。
足元にスマホ付属のライトを照らして、慎重に歩んでいたその時に、風香はそんなことを言った。
「うん、終わるよ。八月最初の日が」
「なんだか寂しいなぁ」
「そう?まだ夏は始まったばかりだよ」
「……だけど、誠と出会ってから今日までがあっという間だったんだ」
彼女は暗闇に立ち止まって草が生い茂る地面を見る。
「きっと八月の終わりまで一瞬で過ぎ去っていく」
言葉で寂しいと伝えられた。だがよく見えないその表情の一部分、伏せた目だけでその寂しさが痛いほど伝わってくる。
なぜ彼女がもうそんな想いに襲われているのか、僕はわからなかったんだ。
「誠はこの日々を忘れてしまう?」
人生というのは長く続くもの。少年期に経験した、たった一ヶ月の出来事なんて忘却の彼方へ消え去ると、彼女は憂いているみたいだった。
そんなわけがない、と僕は彼女に見えないように唇を噛み締めながら言葉にする。
「……いいや。一瞬だとしても、僕は想い出を絶対に忘れない」
僕はどんな些細な記憶も、くだらない会話の内容でさえも、日々の選択でさえも、忘れない。
忘れられない。
忘れさせてくれない。
あの人は、僕だけが覚えていないといけないように。
「……それに寂しくなんてないよ」
「え……?」
「君はまだ生きてる。夏が終わったら僕も風香も家に帰らなければいけないかもしれないけれど、来年の夏があるから。だからまた会える、絶対に」
さよなら、ではなくて『またね』と別れられたら、遠い未来で再会できるのだから寂しくなんてないと伝えた。
「……ふふ、そっかぁ。来年もまた会えるもんね」
「そうだよ。僕たちはもう友達でしょ?」
「もちろん!私の遊び相手。葛城誠、だね!」
七日間。
短い出会いだけれど『友達』と、この僕が胸を張っていえるようになるぐらいには濃い日々を過ごし、友情を培えられたんだ。
「……よぉっし!じゃあこの日を終わらせに向かおうか!走ろ!誠!」
彼女は元気に僕の前に飛び出して提案する。
それはもう虚勢ではないことが目に見えて分かった。
でも彼女に甘い僕ですらそれを安易に首を縦に振ることはできない。
「……だめ。風香、疲れてるでしょ?足元暗いし滑りやすいから危ないよ」
彼女は意外と体力がない。
男の僕と比べれば、ってだけで十分健康的な範囲だが、一日を通して歩き続けて、かつ海の家でのアルバイトとゴミ拾いという慣れない動きもして限界が近いのは、足取りを見れば明白だった。
太陽は沈み、暑さ自体はなくなって過ごしやすいけれど、視野が狭くなってしまうのは危険だ。
走るのを控えて、ゆっくりと向かえば良いと僕は言った。
「だいじょーぶ!だいじょ……っわッ!?」
忠告した直後だった。
僕の方を向いて、後ろ向きで歩いていた彼女は案の定湿った落ち葉に足を取られ、その姿勢を崩す。
本来ならばそんなのは、蹌踉けるだけでもう片方の足で地面をしっかり踏めばたいしたものではなかった。
だがここは山の斜面で、踏むべき地面が暗闇で見つからない。
彼女はついに転倒する。
僕は彼女が転ぶ先を予測した。急な崖ではないもののゴツゴツとした岩が露出している。あんなところに突っ込めば、頭からではなくとも擦り傷には済まされない。
……だめだ。
そんなのは、だめだ、だめだ。だめなんだ。
「──風香ッ!」
思考速度は自分の命の危険ではないというのに、時間が止まるほどの超高速に達していた。
だが結局は、危険を考えるよりも前に、彼女が足を滑らしたその瞬間から動き出していた。
助ける理由を、無意識に駆け出した後に考えたんだ。
だから間に合った。
「ふッ!……っが……ぁっ」
彼女の細く白い手首を強引に掴み、そのまま自分の胸元へと引き寄せる。
僕の命なんてどうでもいいとただ命のために動けば、勢い余って、この背中が近くの大樹へと強く打ち付けられた。
ドサッ、と木が揺れた音か、あるいは僕の頭が揺れた音か、夜の山に鈍い衝撃音が響く。
「……ぅ、あ……ま、誠、誠。誠!」
腕の中には、確かな温もりと、花の香りのような甘い匂いが閉じ込められていた。
彼女は僕の汗臭くなったシャツをきゅっと掴んだまま、しゃがみ込む僕を見上げている。
至近距離。
蒼色の瞳が、この闇の中でも輝いて見えていた。
「……大丈夫?風香」
自分でも驚くぐらい、声が震えていた。
僕は僕のことなんてもう気にしてなかった。
僕は守れたのか。君は無傷なのか。
“友達”を心配する以上の、もっと深くて重い『失うことへの恐怖』が滲み出た声。
「……う、うん、私は大丈夫。誠が……助けてくれたから」
風香は自分のせいで僕を傷つけた罪悪感を抱いてしまったのだろうか、心ここに在らず、というような動揺の渦の中で言葉を繋ぎ合わせている。
それほどに驚いた出来事のように、彼女は僕の目から綺麗な藍を縫い付けてやまない状態でじっと固まってしまった。
暗くてよく見えない。
だが彼女の頬が怪我でもしたように、ピンク色に染め上がっているのはなんとなくわかる。
「私なんかより、誠こそ、大丈夫?」
心から気を配る彼女に対して、安心させる選択をした。ちょっとクラクラするけれど、自分のせい、なんて思ってほしくないから。
「平気。余裕だよ」
「……本当?……その、ごめんね、誠。私言われたばっかりなのに、はしゃぎすぎちゃって」
彼女はいつにも増して塩らしい。
元気こそないけれど、掴んだままのその手首は彼女の鼓動がドクドクと素早く打っているのを僕に気付かせた。
そして僕はまた、その鼓動がわかるぐらい強く握りしめてしまっていたことにも気付いてしまう。
「いいよ。謝らないで。……強く掴んでごめん、痛かった?」
そっと拘束を解き、緊急のためとはいえ彼女の腕が赤くなるほどに抱きしめたことを詫びて立ち上がる。
彼女はまだ大樹のそばで座り込んだままだ。
「ううん。痛く、なかった」
まだぼーっとしている。けどその瞳は呆然と空や地面を見ているのではなくて、僕だけをまっすぐに見つめている気がした。
「それなら良かった。……ほら、行こうか。これ以上夜が近づく前に」
僕は手を差し伸べる。
もう試練の終わりは近くて寂しい想いはあるけれど、始めた物語は終わらせなくては。
途中で投げ出すなんて、意味もない。
「……うん」
僕の手を彼女はおずおずと掴み取る。
違和感を覚えた。いつもなら「ありがとー!」とでも快活に笑うはずなのに、今は何も言わずに、この手の感触を確かめるように、しっかりと繋いで、俯いている。
僕は繋がれた手を素直に恥ずかしいと思った。
でも、振り払うことはしなかった。
転んだ経験から足元が怖くなったんだろう。そんな彼女が僕如きの杖で安心できれば良い。
ゆっくりとまた歩みを再開する。
その後ろで、風香がどんな眼差しを贈っているか気づかないまんま。
……なんで、あの時、あんなに強く、君が傷つくのを“だめだ”と思ったんだろう。
◇
「ここ、だね。……雰囲気あるなぁ」
「もう夜だからちょっと怖い、かも……」
山の頂上ともいえない、川沿いの中途半端な平地。
そこに放棄されたような煉瓦造りの建築物があった。
敷地面積は小屋というには随分と大きめで、過度に汚すぎるというわけでもない、蔦が長年かけて絡まる程度の立派なもの。
それは──放棄された天文台だ。
「へぇ風香に怖いとかあるんだ」
「どういうことー!?」
「ふふっ、ごめんごめん。あんまり怖がりなイメージなかったから」
「……むむ、どんなイメージなのかなぁ誠からの私って。意外と弱虫なんだよ?」
実際僕は今日まで、彼女のことをただ超がつくほどの活発で行動力の塊のような女の子だと思っていたけれど、案外それだけじゃなかったんだ。
「寂しがりなのは知ってる」
「……ん〜〜。そうです、私は寂しがりやです〜!」
ついに認める風香。
僕がどうしてそんなことを意地悪気に言ったかといえば、彼女が転んでから立ち上がるために手を添えた時からずっと、僕の右手は別の柔らかな左手と結ばれたままであったからだ。
僕は彼女の方から離してくるのを待っていた。
でも、本格的に暗くなって、僕が先に進むのが寂しかったり取り残されるのが怖かったりするのだろう。
距離を近づけて、僕は脅威から君を守るただの壁の役割を果たしている。
「……じゃあ、僕から行こうか?」
明らかに扉であるその前に辿り着いた。
そこを叩けば最終試練が始まる。
気を遣った提案は、少し考えられた後、断られる。
「……ありがとう。でも、最後はふたりで、やろ」
そして彼女はついに僕から手を離す。
もう恐怖は無くなったのか、少し緊張するような面持ちはありつつも、いつものような雰囲気に戻っている。
実はさっきまで、彼女は僕の忠告を無視した罪悪感に引っ張られているらしく、変に塩らしかったからそれがなくなって僕も喜ばしかった。
二人並んで、扉の前に立ち、そしてせーので叩いてみせる。
──コンコンッ。
木製のやけに響く音。
古風らしくすっかり慣れた引き戸ではなく、洋風の押して開けるタイプのドアの形。
それはその奥に人がいるのならば確実に気づけるような明快な音だった。
だけれど、しばらく経ってもなんの返しもこなかったのだ。
僕たちは固まる。
当然、もう一度。
だが何度やっても結果は変わらない。
「あれぇ?場所間違えちゃったかな」
「そんなわけはないと思う。道中の草木、見たでしょ。誰かが踏んで折れた跡があった。少なくとも最近、周辺に人がいたのは確実。……なら、このまま入るかどうかも、きっと試練の選択かな」
この試練とやらは、朝からずっと“選択”という一つの大きなテーマをもって動かれていることに気付いている。
ただの遊びで、これに参加することさえも選択。
初めの手紙を思い出す。
『後悔なき、選択を』。
それが最後に書いてあった一文。
場所を間違えてしまったのかもと踵を返すより、この先へ進んでしまった方が後悔はしないと僕は思った。
「扉を叩き覚悟を示せって、そういうことかぁ」
「……これが僕たちの覚悟だ。行こう、風香」
不安があっても好奇心のために突き進む。
そんな愚かとも思える行動が大切なのだと、僕たちは足並みを揃えて、鍵のかかっているわけのない戸を押してその向こうを目指した。
「……っ、わぁ……!」
そこは、光が差していた。
人工の光、なんかじゃない。
沈んだ太陽が演出する、紺色のキャンバスに浮かぶ、数十の“星”。
それがドーム上の天井が開かれるようにして見えた、空の光源だった。
「綺麗だ」
僕と風香はぼちぼち街灯のある町からじゃ見られない、完全な邪魔されない原始の空に、感嘆の言葉を漏らす。
忘れられない、天文台。
それに浸ってしまうよりも前に、僕たちは同時にその月光の下で佇む“誰か”を見つけたんだ。
「──ようこそ。我がエデンへ」
僕でも風香でもない、第三者の男性の声。
それは低めを意識した、作った声のように聞こえる。だからそれはどこかで聞いたことのあるような覚えがあった。
兎にも角にもその声の主人、廃墟と化した天文台の奥、階段の先に一人立つ姿形が朧げのそれを凝視した。
「ねぇ、あなたは……」
「フッ、まぁ待て。我が真名を名乗るにはまだ早い」
それは月光の逆光でシルエットしかみえない。
だが大きく見えるように、マントのようなものをつけているのがわかった。
カツカツと、ブーツの音だろうか、その人物が歩いている。
………なんかすごいのがきたな。
「汝らよ。自警団の長たる我が問う」
やけに仰々しい喋り。それに彼は自らを長と、リーダーと呼んだ。
つまり彼こそノアの噂の兄なのだ。
遠目からでも、彼女が言った通り以前も会ったかのような既視感を少しだけ覚えた。
「旅の“目的”はあるか」
それはつい先日、またどこかで聞いた問い。
誰に対して答えたんだっけ、よく思い出せないけれど、二人でなんて答えたかは覚えているから、僕たちは目を見合わせて宣言した。
「「『夏を“楽しむ”こと』だよ」だね」
その答えに、マントの男は高笑いして答えた。
「フゥーハハハッ!」
声デカ。
「面白いッ、やはり答えは変わらないか」
その人は僕たちの答えを一度聞いたことがあるのだろう言い方だった。
「ならば汝らは資格を持っている。して、最終試練に臨む前に改めて伝えよう」
何を、か。聞く前に僕はあらかじめ予想がついていた。
「これは選別。我ら“自由警備団”に加盟するための、な」
度重なる試練、そこで能力を測ってどうするかといえば当然このお遊び集団に参加するための儀式であると早いうちからわかっている。
「今日一日我が同胞たちに“選択”を強いられてきただろう。これが最後の選択だ。自警団の仲間となる覚悟があるのならば前に進み、汝らの宝を宣誓せよ」
怖気付くのなら去るがいい、と彼は付け足して堂々と僕らを値踏みする。
団員の皆は、それぞれのことを“友達”ではなく“仲間”と呼んでいた。
僕はそれをおかしな島の習慣だと思っていたけれど、違っていた。友達という言葉があるうえで、人を仲間と呼んでいる。
それがどうにも僕は眩しく、羨ましい『友情の在り方』のように思えたから、怖いと思う反面、心の片隅で僕も彼らをそう呼びたいと願ってしまった。
どちらが後悔しない選択か、考えるまでもない。
「……フハハッ、素晴らしい。さぁ我らに聞かせてみろ。何が“宝”か?どちらからでもいいぞ」
さらに前に進み、僕たちはこの建物の中心、天を覗く望遠鏡の前に立つ。
もう宝を言わなければいけない。
夏が始まるまで、僕には『宝』と呼べるものがなかった。
あったかもしれないけど、なくしてしまった。
つまらない生涯、語る価値もない贖罪。
そして今日の朝に至るまで、僕はまだ答えを出せなかった。
今は……どうだろう。
思い浮かばないけど“ない”って言ったら、僕が、いや僕じゃない誰かが、悲しむ気がするんだ。
「風香。せーの、で言う?」
急かされれば案外答えは出るかもと思って、答えが定まっている君に聞いた。彼女と同じ答えにしてしまうのも、悪くないと思った。
僕は今日のお昼に君がした提案を、そのまま返す。
──だけど、君はそうはしなかった。
「……え、えっと……。……ごめん、私から先に言ってもいい、かな?」
微かな光に照らされた風香の横顔は、また俯いていて、ほのかに頬がピンクに染まるのがわかるだけ。
どうしてあの時と違うのだろう。
彼女に心変わりする何かがあったのか、具体的に理由を追求できないまま、僕は曖昧な返事をして許してしまった。
「……ありがとう。……えーっと、リーダー!」
「おぉ、貴様からか。伝えてみろ、その宝を」
彼女は僕から目を逸らし、一歩前に進んで大きな声で階段上の男を呼ぶ。
不思議と、彼女以上に僕の方が緊張してきるようで、何も口を挟めなかった。
そして彼女の唇の動きを、じっと目で追っている。
「私の“宝”は……“宝”は──この島だよ」
千草島。
彼女は少し迷う素振りを見せた後に、大きく手を広げてそう笑って言い切った。
理由を続く。
「私の地元は退屈で……窮屈だったの。でも、この島に来て自由な暮らしをして、ここで友達も出来て、こうやって遊びにも誘ってもらえて。……私は紛れもなく今が幸せ!それも全部この島のおかげだから!私の宝物はここだよ」
彼女の過去は知らないし、自分から言わない限り尋ねるつもりもあまりない。けれど少し漏れ出してくるその閉じ込められたような思いを考えれば、こんな答えが出てくるのは想像がついていた。
……でも、なぜだろう。
僕は、僕が無意識に予想していた答えと少し違うそれに、嬉しいとも、どこか苦しいとも、思った。
「ほう。良い答えだな。メアリも前に同じ答えを出した」
「え、メアリちゃんも?」
「あぁ。理由こそ違うがな。……さぁ、次はもう一人の貴様の番だ」
団員は全員リーダーに自分の宝を伝えているようだ。
やはり、これを言わなければ僕はこの自警団として認められることはない。
じゃあ僕は、何を答えればいい?
「僕の、“宝”は──」
風香が稼いだ猶予で何も思い浮かばないばかりか、よりわからなくなってしまう。
僕も“この島だ”と同じ答えを言おうかとよぎったが、いくつか理由は考えつくものの、それを言ったら、なぜか、一生後悔してしまいそうだと直感した。
なんで僕はこんな想いをする?
宝がなかったら、こんな苦しむことなんてしない。適当に嘘をついて逃れられる。
レインは言った。
絶対に宝はある、人が生きているのなら必ず。
それをこの遊びの中で見つけろ、と。
僕は、今日という夏の始まりに何を一番に見た?何に強く焦がれていた?
駄菓子屋の風鈴か?
灯台からの緑の大地か?
海の家の輝く料理か?
堤防をまたぐ蒼の海か?
図書館での子供たちか?
……違う。
僕はずっと、見ていたモノがあった。
目が離せないモノがあった。
手を離したくないモノがあった。
いなくならないで欲しいと、願ったモノがあった。
それは、いつでも、いつまでも咲き誇る。
君の笑顔だった。
「──僕の“宝”は、風香だ」
誰に笑われても、指を差されても、貫き通せるほどの自信を持って、マントを羽織った彼に伝える。
君はどんな顔をしているのかな。
戸惑う顔?嫌悪する顔?嬉しく笑う顔?
どれでもいい。
君が僕をなんと思ってても良い。
夏に良い思い出なんてないと、これから先一生作ることすらないと思っていた僕が、今この瞬間に『楽しい』と人生に希望を見出すことが出来たのは。
茹だる暑さの日に、太陽みたいな君と出会えたことに違いはないから。
「──フゥアハハハッ!貴様、最高だな!想定外の答えだ!理由を聞かせてもらおうか!」
彼はこれ以上ないほど上機嫌に高らかに笑った。
「理由は……ない。僕の宝はそれしかないと思っただけ」
「……!面白い、面白いッ!聞けば汝らは七日間の付き合いしかないのだろう?それでその答えとは。貴様は随分変わった奴だ!」
たしかにたったの七日しか僕は彼女を知らない。
それでも宝物と呼ぶには十分だと思った。
「──ま、誠……?」
しばらく黙っていた彼女が、ようやく嗚咽を漏らすように掠れた声を出した。
僕の名前を呼んだその表情は、やはり暗さでよくわからない。けれど、それほど否定的なモノではないということはなんとなく読み取れてしまう。
「風香、急に変なこと言ってごめんね」
「……!変、かな。……うん、変かも」
「ふふっ。でも、君は僕の宝なんだ」
彼女の声に元気がなくて戸惑っていると僕は思いつつも、溢れてやまない言葉を彼女に伝え続ける。
「な、なんで?私、良い子じゃないよ?嘘だってついちゃうし、誠を傷つけ、ちゃった」
彼女は僕の背中を見るために後ろに回ろうとした。
やっぱり庇ってあげたことに罪悪感を感じていたんだ。そんなこと本当にどうだって良いのに。
「それでも、僕は風香といて楽しかったから。こう答えたんだ」
「……誠、やっぱり恥ずかしいこという」
ボソボソとそんなことを呟くのが聞こえたが、今回ばかりは恥ずかしい変なことを自分で言ったとも思うから黙ることにする。
思い返してみれば僕の言ったのは、恋人に送るプロポーズみたいなものだ。
でも、僕は。
……。
そんな意味を込めてなんて言っていなかったから、言う資格などないから、それとなく弁明する。
「僕は君が宝物ぐらいに大切な友達。風香はどう思ってくれてる?」
「……ぁ、友、達。……うん!私も、誠は大切な、大切な……宝物だよ!」
彼女は暗闇でもわかるような笑顔になって、そう言ってくれた。
僕は彼女の口からも、宝物だと伝えてくれたことが心臓の鼓動が早くなるぐらい、とても嬉しかったんだ。
「──汝らよ。最終試練の結果は、合格だ」
凛とした声が天文台内に響き渡り、二人合わせてその方を向いた。ようやく長い試練が終わり、すべてに合格を得た。
そんな僕らがどうなるか。
「ってことは……?」
「……フフッ、ようこそ、島を陰ながら守る秘密組織──『自由警備団』へ」
僕たちは認められた。
そのことに言いようのない達成感を覚えるその寸前に、夜目になれた僕をくらますほどのあかりが一斉に点灯する。
立派な廃屋を、生きた建物に変える電気。
その天文台に大勢の人が隠れていたように、そこかしこで床を鳴らす音がして、同時に大きな音がするナニカを構えた。
歓迎の砲弾は、射出される。
「おめでとう!」と叫ばれる僕たち三人ではない、数名の男女混合の声。
各々の口調で紡がれるそれは、いったい誰からなのか、考えるまでもなかった。
「みんな……いたんだ!」
「わあっ!びっくりした!」
自然光だけだったせいで、僕たちより先に到着していた、クラッカーを持つすべての団員の存在に気づかなかった。
リーダーの号令で彼らは現れ、そして足早に近づいてくる。
「いやぁ〜!嬉しいっすよ!ここまで真剣に遊んでくれて!」
それはNo.5『レイン』。朝の格好と同じくして、拍手しながら僕に一直線へとやってきた。
「……楽しかったよ、皆」
「へへっ!あたしが考えたんすよ、この宝探し。……誠くん、宝物、見つけられたみたいでよかったっすねっ!」
試練の始まりは運び人の彼女で、そう問いかけて僕の欠けているものに気づかせてくれたのも彼女だった。
「おふたりとも、お疲れ様です!……にしても、誠くん、なかなか恥ずかしいことを堂々と言いましたね……。これがシティボーイ……」
「……ん。誠先輩、そういうとこある」
レインの背中からゆっくりと歩いてきたのは、ルカとノア。
「お疲れ〜!今日は大変だったねえ、みんなからの報告聞いててとっても楽しかったよお!」
それよりもさらに遅いスピードで来たのはメアリ。
「ブラボー!ブラザー!」
今度は早すぎるスピードで拍手しながら走り去ってきたのはルーク。この人は全挙動がやかましすぎる。なんで兎跳びなの?拍手するために両手前に出して跳んでるのちょっとキモ怖いよ?
「やっぱり、キミたちなら仲間になってくれると思ったよ。ようこそ自警団へ。……ほら、降りておいで。ボクらのリーダー」
暖かく迎え入れてくれたのがこの組織の副リーダーであるテイラーだった。
彼が優しく手招いたのは、高いところが好きなのかずっと階段上にいるマントの男。明かりがついた今では、暗くてよく見えなかった素顔がそれとなくわかってくる。
この彼への既視感の正体を知りたいと思ったから、もっとじっくり顔を見るため、テイラーに促されるがまま静かに降りるその一挙手一投足を眺めていた。
「フッ、これで我らは対等な立場だ。快く歓迎しよう」
彼はもう月光には照らされていないし、高台にもいないと言うのに、マントをたなびかせ高尚な言葉遣いで話すのがどこかシュールで面白かった。
背は僕と同じぐらい、かそれ以上。
年齢もおそらく近く、ルカの話によれば彼女達と同じ高校二年生なのだろう。
彼はノアと似た瞳の色で、かつ鋭い眼光を以て僕たちを突き刺した。
そして、片腕を前に出し、こう喧伝する。
「──さぁッ、真名を開示しよう!我は『ジン』。この組織の狡猾かつ瀟洒な圧倒的ボォスッ!年は46億歳!血液型はO型Rhマイナス!生まれは家畜小屋!はじめに喋った言葉は森羅万象!団員No.1……そして原初の構成員No.0でもあるッ!陰で千草島を牛耳る支配者とは我のことッ!フゥーハハハッ、ハーッハッハッハ!」
……なんか、すごい、すごいなこの人。
どこから突っ込めば良いんだ。
まず声がうるさいな。
七時半過ぎに外で出せる音量じゃないな。
あと真名、では多分ないな。
コードネームだな。
「ん。コレ、常盤甚一郎」
サラッと言ったねノア。
「歳は17」
地球の誕生と同じわけがない。
「血液型は普通のO型。ひねりもない」
誰にでも輸血できる稀血なわけがない。
「待て、待て止まれ我が妹」
「生まれはここの病院。わたしも同じ」
イエスと同じ生まれ方してるわけがない。
「止まるがいい、ノア。ほんと、待て」
「はじめに喋った言葉はわんわん」
赤子が森羅万象を認識できるわけがない。
「ノ、ノアー?おにい止まってほしいなー」
「島のみんなに陰で笑われている」
陰で牛耳るものがマントヒラヒラさせてるわけがない。
「それは言い過ぎじゃないかノアよ。なぁ、ノアよ」
「とまぁ、非常に残念な、兄、なの」
……すごい悲しそうな顔してる。
ノアもだけれどそれ以上に……ボスのジンが。
「……ぐっ。ふむ、新入り。今のは聞かなかったことにしてくれ」
流石に無理があるかな。
「全部可愛い妹の可愛い戯言である」
流石に無理があるかな。
なんとなく、この人らしさを掴めてきた。
この島の変なメンバーを束ねるにふさわしいぐらい変な人だってことだけ、だけど。
そしてどうしても聞きたかったあることについて自分から話しかける。僕は彼が変なことを喋りながらもずっとその顔を見ていたから、以前出会ったと思った直感を辿れた。
「……あの、ジン、さん。僕たち昨日図書館で出会いましたよね?」
テイラー、凪沙との初顔合わせの後、帰路を辿る僕たちはバッタリと自習室から出てくる白い制服を着たメガネの男の人と遭遇した。
丁寧な喋り口調で物腰柔らかな青年。
目の前のこの組織のボスは、その人のスラっとしたスタイルとスマートな雰囲気が酷似しているように思えるんだ。
……いや今はスマートさをあんまり感じないけれど。
「……知らんな」
すっごい目泳いでる。
「あっ、ジンくん昨日ずっと自習室にいたけど、二人に出会えてたんだ?」
テイラーがアシストしてくれた。
「……フン、そうだ。黙っていても仕方ない。あの姿はペルソナを被った仮初の我。今の我の方が素である」
……いや、普通逆だな。好青年モードの方が素であるべきだな。
「おお〜!あの制服の人だったんだ!あそこで何してたのー?」
風香は物怖じすらしてないな。明らかに変人なのに順応性が高すぎるよ。
「……?自習室だぞ。勉強しかないだろう」
この口調の人がそんな当たり前のこと言うんだ。
「うんうん、ジンくんは夏休みが始まって、島に帰ってきた三日間ずっと図書館に篭ってたよねえ」
案外すごい勉強熱心すぎる。
「一ヶ月分の課題を詰め込んでいただけだ。もう我は夏に勉学のためペンを握ることはない」
全然そんなことなかった。
「……ジン、また去年みたいなこと言うつもり?」
普段僕たちに対して丁寧に話しかけるルカが、彼の前ではとても気安く、あるいは呆れているかのような口調でジンに溜息を吐く。
「当然。我はこの夏を究極に満喫するために──『楽しむ』という“目的”のために、千草島に戻ってきたのだ!」
それは奇しくも僕たちと、全く同じ、目的。
彼は普段島に住んでいるのではない口振り。
「なぁ新入りよ。貴様らはもう我の旅の道連れだ。ついてくるがいい。一人残らず忘れられない夏を味わわせてやる」
ニヤッと不敵な笑みがどこか頼もしくて、二人まとめて差し出された両手を、風香と僕は同時に掴んだ。
「……あっ、っとそういえば僕たちから名乗ってなかったですね。改めて僕は──」
汝や貴様、等と個性的に呼ぶ彼へ自己紹介をしようと思い立つ。昨日の出来事で名前は知られているとわかっていたが、仲間としてやっていくなら自分から言っておきたかった。
だが、彼はまた高笑いして僕の声を遮った。
「ハハッ、よいよい!まだ、名乗るな。……お前たちこの試練の参加資格は持っているか?」
ジンは上向きの手のひらを前に出して、僕たちから何かを催促する。
それは僕たちが朝からポケットに入れたままのモノだった。
「参加資格……!このコンパスのバッジのことだね!」
方位磁針の図柄が入った木製の丸いバッジ。
僕たちのそれはまだ何の傷もついていない真っさらな新品。いつ見せる時が来るだろうと思っていたが、この時か、とジンにそれらを返す。
「……!おお〜!」
感嘆の声を上げたのは風香。
バッジを二つ分受け取ったジンは、マントの内側(?)から彫刻刀を取り出した。
なんでそんなのがあるんだよ、と突っ込むのも束の間、彼はそのカバーを外して、迷う素振りもなくバッジに傷をつけていく。
それは意味のない傷ではない。
他の団員が身につけるバッジと同じ、“彫られた”証。
数字だ。
片方には“8”、もう片方には“9”の刻印。
「我が貴様らに“名”を与えよう。この証をつけている間はそれを名乗るがいい!」
ボスがそう儀式めいた様子で風香と僕に向き合うのを、他の団員は懐かしいような表情で穏やかに見守っていた。
「団員No.8、コードネーム『フウカ』!」
大きな声でジンは横に立つ彼女の方を先に呼んだ。名前そのままという安直なコードネームだが、ノアという前例があるし、なにより風香はフウカという名前が一番似合っているから文句はなかった。
彼女も同じようで、バッジと共に与えられたそれに嬉しそうに笑みを浮かべている。
「……!うん!私、フウカ!」
「フッ、さぁ次だ!前に出ろ」
僕の目を見るジンに促され、小さく一歩進む。
「団員No.9、コードネーム──『ライト』」
その名前はフウカのような安直なモノではなかった。
ライト、軽い、権利、“光”。
スペルにすれば意味は限られてしまうが、日本語はそのカタカナ三文字に多様な意味を込められる。
なぜジンは僕にそのコードネームを与えたのか。
……僕は、自分の名前が嫌いだった。
重圧だった。名前負けする性格だった。
でも、風香に『素敵な名前だね』と初めて言われたその時から、ことあるごとに名前を呼ばれるその時から、少しずつ好きになっていた。
そして今、彼に『誠』を認められたような名前を授けられて。どこかで聞いた、大切な人の名前に重ねられて。
僕は、自分の名前をかけがえのないものだと思えたんだ。
「……ライト、ライト……、ライト!」
新しい名前を呟いたのは僕じゃない。
上機嫌なフウカだった。
もうその名前が僕のモノに染み付いたかのように、そう呼ばれるだけで言いようのない幸せな感情が芽生えている。
バッジを受け取って、そしてその名前も受け取る覚悟を持って、感謝を伝える。
「ありがとうございます、ジンさ……」
「おいおい、敬語は──」
「不要、だね。ありがとう、ジン。『ライト』気に入ったよ」
もう島のアレルギーには慣れきって、僕もフランクにその名前を呼んだ。
彼が対等な立場だと言ったから、こっちの方が嬉しいだろう。
「……!そうか気に入ってくれたか!フッ、数多く名付けたがそう言われたのは貴様が初だ!」
……え、そうなの?他の団員は?
「ルカて。安直すぎるでしょ」
そうかな、そうかも。
「ははッ、ルークは無理がありすぎるな!」
本名もじりとは思えないけども。
「レインはちょっと恥ずかしいっす」
覚えやすいけどなぁ。
「メアリは、まり、よりも言いにくいよねえ」
可愛いと思うけどなぁ。
「なぁライト。こいつらは我のセンスをことあるごとにバカにしてくるのだ!貴様だけはわかってくれるだろう!?」
「……ちょっと、わかるよ。カッコいい、よね?」
コードネームなるものを今日聞いたその時からワクワクして止まらなかった。不思議な言動には目を瞑って、響きだけ聞けばジンのそれは良いものに思えると、ありのまま言ったら彼に抱きつかれた。暑い。なんで。
「……ッ真の盟友よ!」
仲間からなんか昇格しちゃったよ。
「おい貴様ら良くも我を今までバカにしてきたな!真の都会出身がこういうのだ!ひれ伏せ!」
なんか盾にされたな。
「嘘……、これが外の普通なんですか……?」
そんな悲しい顔しないでルカ。僕のセンスを疑っちゃうから。
「フッ、ライト以外全員ダメダメだ。蛆虫以下め」
言い過ぎだな全部。
「……おにい、きらい」
「ライトとノア以外ダメダメだ。ノミどもめ」
妹には甘いんだ……。
彼はずっとこの組織の中で少数派だったのだろう、もう僕は彼の中ですごい高い位置に入れられた気がする。
「うんうん、誠、じゃないライトは意外と男の子だからなぁ」
「良かった。言った通り、ライトくん、早速ジンくんと趣味が合ってる」
「……ライトが楽しそうで嬉しいなぁ」
「……ボクもジンくんが久しぶりにあんな高笑いしてて嬉しいよ」
ジンに強制的に肩を組まされる僕の向こうで、大人びた様子のフウカとテイラーがこちらを生温かい目で見ていた。
な、なんだろう。何言ってるかわからないけどすごい子供のように扱われている気がする。
◇
「おっと、フウカとライトにはこれも渡しておかなくてはな」
ひとしきりジンを含めた団員のみんなで喋っていると、彼は思い出したかのように、マントの中からナニカを取り出した。
なんでマントの中に物が入ってるんだ。
「ジンくん、これはー?」
フウカは彼が手に持った黒い受話器のような塊を指差す。
それは見覚えがあった。どこで、かといえばルカが海の家で他の団員に試練の指示を仰いだ時。
「これは自警団員に持たせる連絡手段──無線だ。いつでもこの周波数に合わせておけ」
彼は慣れた手つきでアンテナを伸ばして、初期設定をなにかと弄る。
……おぉ、これもまたカッコいい道具。
「用があればこのボタンを押して喋ればいい。大抵暇な奴が答えるだろう。範囲はこの島の中ならどこでもだ。また、通信は電話と違って双方向じゃない。使わないときはボタンを離すこと。わかったか?」
これさえあれば、いつでもこの愉快なメンバーと繋がれる。それがなんだか嬉しくて、少し重たいそれをじっと見つめていた。
「ありがとう!早速使ってみてもいーい?」
「フッ、やってみろ」
フウカは新たなテクノロジーにウキウキで目を輝かせ受話器のボタンを押しながら声を出した。
オープンに情報を受け取る僕の機器が、リアルタイムで彼女の声を辿る。
「ザザッ……〈こちらフウカ!聞こえますかー!〉……ピッ」
当然近くで喋っていたのだから、無線なんてなくても聞こえている。でもそんなことを口で伝えてもしょうがない。
通信は一方向だから全員が一気にそれに応えることはできなかった。だから、団員のみんながじっと僕の方を見ていた。
試練の時にあんなことを言ったから、彼女の相棒は僕だということが周知されているようで照れ臭いが、彼らに期待されている通り思い切って無線機を取り、応答する。
「〈こちらライト。聞こえてるよ〉」
雑音混じりの僕の声が向こうの無線機にも届いたのか、フウカはこちらをパッと輝く瞳で見つめて嬉しそうに体を動かしていた。
「ふむ、問題なく使えそうだ。……さて、新入りのために我が組織の説明でもしようと思ったが……」
ジンは明るい屋内のその向こう、天井の僅かな光を見上げて眉を顰めた。
時刻はもう八時に近かった。
「夜の帷が降り始めている。夏の初めの目的は済ましたしな。今日は大人しく帰宅するぞ」
意外と門限とかも気にするタイプなのか、意外に思ってその顔を見れば、ジンはノアの方を向いていた。
……なるほど、妹を帰らせるためか。
「えーっ、もうちょい話したいっすよあたし!」
「黙れ小娘」
「ひどっ!?」
「そもそも貴様は明日も配達があるだろうが。早く寝るがいい」
レインに対して眉一つ動かず言うあたり、冷徹なようにも思えるが、メンバーのことをよく把握したうえでの行動をする一面も見える。
……というかレインは九時寝の小学生少女だった。もうあと一時間で寝なきゃいけないよ。
「でも、やっぱり寂しいなぁ」
そう言ったのはやはり寂しがりのフウカ。僕も彼らともうお別れしてしまうのは物足りないように感じてしまう。
「フッ、なぁに永遠の別れじゃないさ。明日の午前十時。この場所へ来い。待っているぞ」
そうして次の約束を、当然のように彼は交わす。
少し教えてもらったことだが、この放棄された天文台は島の人たちのものではない物件。完全に権利がこちら側にある廃墟なのだという。
その場所こそ、余所者は入ることができない、自由警備団の秘密基地。
そんなところに早速明日来ていいのだと言われ、仲間だと認められた実感が押し寄せる。
「……うん。ありがとう。明日、またフウカと一緒にここに来るよ」
「あぁ。ライト、楽しみにしている」
僕たちは再び握手を交わした。
それを機に皆が帰りの支度をし始めている。
ルークを除き、ふつう住居が街の方向にあるのだから、山を降りるのは全員共通。会話をしながら軽いハイキングをするのが毎日のはじまりと終わりなのらしい。
誰かが天文台の電気を消す。
リーダーらしく、ジンが先頭を切って扉を目指す。
僕はその後ろ、二番目について歩き出す。
改めて、意味が刻まれた方位磁針のバッジを握りしめた。
No.9。ライト。
新しい僕の肩書き。この名前を得た僕は以前の愚者じゃない。
八月一日。
ここから、新しい僕の、未来を目指す物語が始まる。
何よりも大切な“目的”が叶えられる。
そんな不思議な予感は、高らかに笑う様子のおかしい好青年の背中を見て確信付いていた。
夜は存外、あの茹だる暑さも熱を引いて、過ごしやすかった。
太陽も、今は隠れている。
◇
(……誠、誠)
ひとりの少女が、もう月と星の光だけになった天文台で足を動かず佇んでいる。
その子の視界の先には、少年少女の愉快な一行に歓迎される、人当たりが良くていつも優しい男の子の姿があった。
(……どうして、どうして?)
少女は少年から目を逸らさない。
目を、逸らせない。
熱を持つ視線。
世界で彼の周りだけが色濃く映る。
見ているだけで鼓動が大きくなってしまう。
(誠は、遊び相手で、大切な友達、仲間)
過ぎ去っていく彼らと反対に、彼女は止まっていて、距離が離れていく。
(それは確かな“宝物”のはずなのに)
──彼女は今日、大きな嘘をついてしまった。
(なんで、私は言えなかったんだろう)
今日の昼までは、彼女は試練に提出した答えとは“違う”モノを言おうと考えていた。けれど、自分の心がそれを言うことを拒んで、心臓がうるさくなって、当たり障りのない、少し引いた答えが絞り出た。
なんで、どうして。
彼女の心の奥底に眠る想いを、言語化できるのはこの世界に彼女しかいない。
だから、これは彼女が“彼女”を知るまでの物語。
俯いた少女はついに少年から目を逸らした。
だが今度は逆に、仲間に囲まれた少年は、ただひとりの“相棒”がいないことに気づいて振り返っていた。
「──フウカ?どうしたの。ほら、一緒に帰ろう」
彼女はパッと、顔を上げた。
少年は手を差し伸べている。
近づくだけで胸が騒がしくなる。
でもそれは嫌じゃなくて。
冷たくなって動かなかった心を、溶かしてくれる熱だったから。
彼女は顔を取り繕って、いつものように笑って、その手を取った。
「──うん!いこ、ライト!」
その少年の静かな笑顔は、空の光を反射しているようで、まるで夜を照らす“月”みたいだと彼女は思った。
常盤 甚一郎→ジン
ノアの兄にして、『自由警備団』のリーダーです。
ようやく登場させられました。
こいつがほぼこの作品の主役と言っても過言じゃないです。過言でした。
厨二病。バカキャラその3。
はちゃめちゃな言動。
キャラクターが喋っている姿を想像してそれを文字起こしする形で小説を書いているのですが、この子だけは何を喋るか予測できません。
それどころか脳内に侵食してこっちを乗っ取って無理やり書かせるぐらい濃いキャラです。
書いてて楽しくて、好きな子ですね。
そして!!
ついに八月が始まりました。
これから物語は本格的に動きます。
じわりじわりと、ラブコメも進展していきます。
どうかこの夏の最後まで、彼らの物語を私も共に読んでいただければ嬉しいです。




