八月一日(中)「宝探しをしよう」
昼編も引き続き!
「ね、ね!島で最も長い一本道って……あそこしかないよね!」
ルカから次のヒントを受け取って、彼女とお別れをし、次の目的地を目指している。
僕はそこがどこなのかすぐに閃き、そして風香も謎解きには慣れたように助けなしで同じ正解に辿り着いた。
「堤防、じゃないかな」
「だよね!海の上のコンクリートの地面!」
そこは僕と風香の二人で歩いたことがある。
釣りをしようとして、釣具を借りられず、ひまつぶしに奥まで歩くことにした場所。
だから僕たちは、危険な目に遭った彼女と出会えたんだ。
──そして今もまた堤防に。
少女は海を眺めるようにして座っていた。
「……!誠、あそこ!」
「うん、誰かを……というかきっと僕たちを待っているみたいだ」
海の家と堤防は近かった。
ルカが連絡したのが20分前のことであるならば、きっとこの場所に待つ次の試験官は猛暑の中でじっと僕たちを待っていたのだろう。
その子に労いの言葉をかけること、そして寂しそうに俯く背中をした彼女のそばにいてあげるために静かに駆け寄っていた。
「やぁ、乃彩ちゃん。今日もいい天気だね」
「こんにちは!乃彩ちゃ〜ん!」
常盤乃彩。十四歳の凄腕釣り人。
彼女は珍しく釣り竿を持っておらず、手ぶらで軽装備、可愛らしい普段着とラフな靴を履いて、堤防に座り、浮いた足をぶらぶらと海へ放り出している。
「……!きた。誠先輩、風香先輩……!」
「〜〜!きちゃいました先輩たちがー!」
僕たちの接近に気づかなかったのか、声をかけられたことにびくっと体が反応して、そしてそれが誰なのかを知ると警戒していた顔が緩んで、優しく笑っているようだった。
先輩、という呼ばれ方に風香は感極まって、乃彩にべったりとくっつく。
「乃彩ちゃんはこんなところで何してたの……って、やっぱりあった。そのサンダル、可愛いね」
僕はほぼ確信していたから、彼女の服装を見て、異変を探しそして案の定見つかったそれを指摘する。
団員を表すコンパスのバッジ。
それは乃彩の靴、砂浜を歩くビーチサンダルに装飾があしらわれていた。
「……ふふっ、もう、バレた?」
あまり饒舌には喋らないタイプかつ、細々とした儚げな口調だけれど、彼女は冗談めいたこともいえる。
「ふふーん!先輩にはお見通しなのです!そのバッジ、さては乃彩ちゃんも団員だな〜?」
先輩と呼ぶ乃彩に対してやけにお姉さんぶる風香は、その“7”と彫られたバッジを指差して、小さな彼女を見つめていた。
「──わたしは自警団、No.7『ノア』。よろしく、先輩?」
彼女のコードネームは他の団員と違い、読み方が英語っぽくなるクセはなかった。
でも言われてみればノアという名前は、字面も響きもとてもカッコいいと思う。
「ノアちゃんはそのままノアちゃんか〜!うりうりー!」
「わ……、先輩?……うん、ノアはノアだよ」
「……風香、撫でるのやめてあげて」
風香はこの島で一番小さい彼女を、愛おしいように撫でて可愛がっていたが、さすがにそんな扱いをされるのもいかがなものかとストップを呼びかける。
「それで、ノアちゃん。ここが試練のところってことは……」
僕は辺りを見渡した。
堤防、長い一本道の表面はコンクリートの無骨なデザインで綺麗に見える。
だが、そこから視線を落とし、海。
テトラポッドに絡み付く海藻や中に入り込んだ紙ごみ、海面上に漂うプラスチックと、浜に流れ着く流木等に注目すれば、この試練の内容がなんとなく理解できる。
「『流れ着く芥を取り除け』って、これらの掃除のことかな」
芥という少々古風な呼び方が風香にはわからなかったようだが、僕が島の海を眺めながら言ったことで意味を類推できたようだ。
「ゴミ拾いのことかぁ!」
「うん。台風の後、漂着ごみがいっぱい。…‥わたしと一緒に、手伝って、くれる?」
それはボランティアだった。
そばに置いてある彼女のバッグの中には、釣りや調理道具ではなく、ゴミ袋やトング、軍手等が入っている。きっと僕たちが来なくてもそれをやっていただろう用意の周到さと、もうすでに少しまとめられたゴミたち。
少女には見上げた精神だと尊敬する念をも込めて、僕たちは世話になった、あるいはこれから世話になるこの島の役に立とうと、二つ返事で道具を持った。
「もちろん。ぴかぴかにしようか」
「しよー!」
「……!ありがとう。……でも、他の試練と違って、楽しくなくて、ごめんね」
団員であるノアにはいままで僕たちが何をやってきたか筒抜けなのだろうか。
だが、僕たちが“何を楽しんできたか”は筒抜けではなかったようだ。
どこでどんなことをするかは、楽しさにあまり関係はない。大事なのは。
「ううん、楽しいかは、僕たちが決めるから謝らなくていい。それにきっと、楽しくなる」
「うんうん!ぜったい面白いよ!ノアちゃんと誠と一緒にやったら掃除が体感秒で終わっちゃうかも!?」
誰と会話するかだ。
◇
「うわぁ、すごい溜まってるねぇごみ」
「前は目立たなかったのに、今は大きいのがたくさん……、台風が運んできたのか」
「うん。これ、放置すると危ない」
「へー!危険なんだ、でもどうして?見栄えが悪いから?」
「それもあるけど……風香、海洋汚染って知ってる?」
「んー、文字通り、ゴミが捨てられて海が汚くなっちゃうこと?」
「そう。人間の出したゴミが海に流れること。海が汚かったら何が問題かな」
「私たちが海で泳げなくなる!」
それが初手に来るか。
「なんてのは冗談だとして……、あっ!ヒトが泳げなくなるってことはお魚たちも泳げなくなるね!」
「いいね。汚れた海で魚も泳ぎたくない。病気になるし、それに食べたくないものが口に入ってくる」
「食べたくないもの……?」
「──風香先輩、これ。ビニール袋」
「えぇ!食べ物じゃないよー?」
「わたしも、空腹の時以外は、食べたくない」
空腹の時も食べないでね。
「こんなの食べちゃうお魚いるのかなぁ?」
「この大きさだと、流石に食べないかもしれないけど……。もし、目に見えないぐらい小さく分解されていたら、どう?」
「見えないならそりゃ口に入っちゃうかも……?」
「そう。それはマイクロプラスチックっていってね。ビニール袋とかペットボトルが海の中で細かくなっちゃうんだ」
「わぁ……、知らずのうちにそんなもの食べてるとしたら嫌だね……」
「しかもそれは魚のお腹で消化されない。僕たちは海を泳ぐわけじゃないから直接プラスチックを食べないよね。でも……」
「私たちはお魚を食べる!……なるほどぉ、魚が食べたプラスチックが私たちに体に入ってきちゃうんだ……」
「そう。わたしたちが生み出したものに、わたしたちが蝕まれている。滑稽」
すごいこというねノアちゃん。
「すべては、利便さを求めた、人間の業」
そこまで!?
「……まあ、否定はできないか。だからゴミは捨てるべきところに捨てないといけないんだ。わかった?風香」
「うん!これから気をつけないと!」
「……ん。わたしが言いたいの、全部誠先輩にいわれちゃった」
「ふふっ、ごめんごめん。でも、えらいね、ノアちゃん」
僕は、こんな会話をしながら淡々とトングでゴミを拾っていく彼女へ優しく声をかけた。
「……?えらい?」
「うん。ノアちゃんはさ、こんなふうに海の掃除を何回もしているんでしょ?」
「……ん。でも、台風が来た後だけ、だよ」
「それでもすごいよー!この量見たら中途半端な覚悟じゃやる気無くなっちゃうもん!」
「……でも、ひとりでやってないし。自警団のみんなと、やってるから」
「ますますえらいじゃないか。この海を綺麗にしたい気持ちがあるんだよね?」
「……それは、ある。けど、美味しく魚、捌きたいだけだから。……海が好きなだけ、だから」
彼女はなかなか僕たちの褒めを認めてくれないようだ。
どんな言い訳を重ねたって、実際にやる善は机上の革新的なアイディアのどれよりも優っている。
僕は自己肯定感の低い彼女へ、優しく笑いかけて。
風香は小さな身長のその頭を、ゆっくりと撫でて。
彼女のそばで助けになることを誓う。
「ふふっ、それでも君は、絶対にえらいよ」
僕なんかより、と言わずに含んで、ノアの透き通った宝石のような瞳をじっと見つめる。
「……なかなか、誠先輩も、頑固」
「そうかなぁ」
「変わってる、変」
「そんな言っちゃう!?」
「人を褒めすぎ」
「……事実だからね」
「そういうとこ」
「どういうところ!?」
「あははっ、誠はさらっと恥ずかしいこと言うからな〜」
「風香も!?」
褒められてるのか馬鹿にされているのかわからないが、こうやって手を動かしながら会話できる今の時間がたまらなく好きなんだと、僕は知っている。
「さぁさっ、次の場所も行くよ!長い長いこの一本道を、私たちでピカピカにするぞー!」
◇
午後真っ只中。日差しこそ厳しいが、意外と強く吹く潮風が冷涼感をもたらした。
それに加え、“達成感”という気持ちよさがこの疲れを癒している。
「ふぅ〜!だいぶきれいになったね!」
僕たちは三人並んで堤防に座って、足をぷらぷらと海に向ける。
そこから見える景色は絶景だ。
千草島らしい、南側特有のエメラルドクリーンと青のグラデーションが臨める海。
陸地沿いに浮かんでいたのがみえたプラスチックはもう全部、後ろのゴミ袋の中だ。
誰からも金銭をもらえないただのボランティアだけれど、それが一番気持ちよく笑える。
「……ありがとう。すぐに終わった、先輩たちのおかげ」
ぶっきらぼうに、けれど感謝はしっかりと伝わるように、ノアは幼い顔立ちに笑顔を浮かべてこちらをみた。
だいたい一時間もかからなかったぐらいか。
トングでモノを掴む作業からブラシでコンクリートを磨く作業まで、ノア主導でやり遂げた。
それは僕たち三人の力だけでやったというわけではなく、気づけば釣り人たちが各々協力して綺麗にしてくれたのだ。
頑張る姿を見てこの島の温かい心を持った人たちは感化されたのだろう。
やはり、それもこれも全部、ノアが動いたおかげなのだ。
「ねぇ、ノアちゃんが釣りをしたのは五年前っていってたけどさ。それをしはじめたきっかけってある?」
僕たちは試練の最中。
でもせっかく見つけたこんな綺麗な景色を足早に終えてしまうのは勿体無い、だからしばらく話したままでいよう、とそう風香と話し合って決めていた。
僕たちはこの島の最年少のことをもっと知ろうと他愛もない質問を投げる。
「きっかけ。……ん、おにぃ、かな」
しばらく空の方を見上げて考えた後、彼女は僕があったことないだろう人物を言う。
「あー!お兄ちゃんいるって言ってたねぇ、誠と趣味合うかも、みたいな」
「ううん。絶対合わない、合わないでほしい」
そんなに強く否定する?
「誠先輩と一緒にしてはいけない」
これは僕が褒められているのか?
それとも兄が貶されているのか?
「ありゃ、お兄ちゃんと仲悪いの?」
「最悪」
最悪!?
「……それは、嘘、だけど……、……うん」
なにその間!?
「……ちょっと、だいぶ、すごく変な人だから恥ずかしい」
嫌な三段活用。
「それで、きっかけはね」
ノアは一拍置いて、遠くの地平線を眺めながら話す。
「五年前。おかーさんの帰りを待ってた。この堤防で。何日も、何日も。ずっと」
拙く紡ぐ言葉を僕たちは妨げることはしなかった。
その横顔をただ見つめるだけ。
「そしたら、おにぃが、おとーさんの釣り竿を持ってきた。『どっちが大きいのを釣れるか勝負して遊ぼう』って言って」
それは子供の寂しさを紛らわせるための優しさだろうし、そして、それを僕たちに伝うノアもその優しさに気づいていたように、穏やかな顔だった。
「それでわたしの方が才能があって圧勝した」
……圧勝しちゃったんだ。
「わたしは幼魚のシイラを釣った」
マヒマヒかい。
「おにぃは長靴だった」
魚でもないんかい。
「デカめの」
勝敗に関係ない補足。
「……それが、わたしは楽しかった。だから、一人でも釣るようになった。遊び場もなかったし、それに、おとーさんに捌き方も教えてもらったから」
彼女はそれを幸せな思い出のように、大切に言葉にした。
「……ふふ。今でもたまにおにぃと釣りする、けど、運が悪すぎて面白い。笑える」
結構兄に対して辛辣だねノア。
「長靴しか釣れない」
逆に才能かな。
「大小さまざまな」
いらない情報。
「あと釣れるのはコンビニのレジ袋」
海洋汚染。
「大小さまざまな」
やっぱりいらない情報。
そうやって、僕たちに向けるのとは違う、小馬鹿にして舐めるような、生意気で可愛い“妹らしさ”を滲ませて彼女は、その兄の色々なエピソードを話してくれた。
そのどれもが、幼少期から続く心温まる『優しいお兄ちゃん』のお話で、やっぱり仲が悪いわけじゃないんだと、僕と風香は互いに顔を見合わせて微笑ましくずっとそれに相槌を打ちながら聞いていた。
「……あとね。先輩たち。きっと、おにぃと会ったことあるよ」
突然、ノアはそんなことを言った。
まるで僕の記憶を覗くような、つぶらな瞳のその視線。
僕はそれに驚くように固まって、この七日間での千草島での出会いを必死に思い出す。
だけれど、いまいち誰か当てはまる人が見つからなくて、風香はついに尋ねていた。
「えぇ〜?会ったことあるかなぁ?どんなひと?」
「僕も知りたい。どうして会ったと言えるのかな」
ノアはふたりからの疑問に対して、すべてを見通しているように余裕を持って答える。
「それは、秘密」
「……ふぅん、また秘密にされちゃったな」
かつても、ノアから何かを尋ねたときに『近いうちにわかるから』という理由で隠されたことがある。それなら今回も気長に待ってみようか。
「言わない方が、面白くなる」
「へぇ?今日そのお兄ちゃんと会えたりするー?」
「うん。会えるよ。おにぃは自警団の、リーダーだから」
島の子供たちを率いる中心人物。
それはおそらくこの手紙を送った人物であり、そして、試練の最後に待ち受けているのだろう。
どんな者であるか、今日一日ずっと考えていたが、ノアの兄となれば俄然楽しみになってくる。
「さ。もう、送り出さなきゃ」
「そうだね、もう十分涼んだし、いい景色も目に焼き付けられたよ」
海なんて見ようと思えば滞在中いくらでもみられる。けれど、風香とノアと並んで眺めたこの色は、今日という一日だけのものなんだ。
「ふふふ、いってくるねぇ、ノアちゃん」
「……わ。風香先輩」
「撫でるの好きだね、風香」
「だってすごく可愛いんだもん。誠も撫でる?」
撫でないよ。中学生に不許可で撫でるのは犯罪だよ。
中学生じゃなくても犯罪だよ。
というか、風香も許可なんて貰ってないよ。犯罪者だよ。
「……はぁ、ノアちゃん。風香に撫でられて嫌じゃない?止められるよ」
「うあぁ〜誠に手を抑えられてしまった〜……、あ、でもノアちゃん本当に嫌だったら言ってね!?わたし、謝るから」
彼女も一線はわかっていて、ノアがそれを振り払ったりしないから撫で続けていたのだろう。
いやだといえば、彼女は後腐れなくそれを受け入れる人物なのは知っている。
僕はここでノアに明確な意思を表明させる機会を与えた。
「……別に、嫌じゃない。嬉しい、よ。……恥ずかしいけど」
彼女は風香から目を背けて、しっかりと口にする。
もちろん、それを聞いた可愛いモノ好きの先輩はとびっきり目を輝かせて、彼女に飛びつくように抱きついた。
「……!ん〜!ありがとう!もっといっぱい撫でちゃお!ほら、誠も!」
いや誠もじゃないよ。話は別だよ。僕は許可もらってないよ。
「誠先輩も、撫でる?」
「撫でません」
「……そっか」
………え?悲しそうな顔をしているのはなんで?僕も許可もらってたの?
「あちゃあ、逃がした魚は大きいね。誠」
別に羨ましくはないよ。
「……背は小さいけど」
自虐!?
あとノアちゃん大きさにすごい言及するね!?
「……ん、それじゃあ、次の試練のヒント。読み上げる」
「──『島で最も“叡智が集う場所”。大切な結末を選び取り、幼き者に声と共に読み贈れ』」
◇
「誠、行き先当てるのはやいねー?ずっと謎が一瞬で解けちゃってるよ」
僕は今回もまた確信を持って進んでいる。
当てるのが早いというけれど、僕としてはこの島に来て日が浅いから選べる候補箇所が少ないのだ。
それに、そのすべての答えが手元にあるから、気取った言葉さえ理解できれば容易に解ける。
「風香、気付いてる?いままでの試練の共通点」
「うん?試練の場所……はバラバラだから違うかぁ」
「……本当に?」
僕は妙に鈍い彼女へ、ずっとポケットに入れている一枚の紙を広げてみせびらかす。
こうまでして、ようやく彼女はそれに気付いた。
「……あっ!メアリちゃんの地図!」
その通り。
僕たちの試練場所は、この島に来て三日目に茉里から授かったその地図の全てにある。
そして、試練を行う自警団員もそこで出会えた友達と同じ。
“運び人”、“雨宮蒼華”、“No.5”“レイン”。
“駄菓子屋”、“水無瀬茉里”、“No.3”“メアリ”。
“灯台”、“国見護”、“No.6”“ルーク”。
“海の家”、“斑鳩心愛”、“No.4”“ルカ”。
“堤防”、“常盤乃彩”、“No.7”“ノア”。
そうしたら残りの場所と残りの人物は、もう決まっているような者だ。
叡智が集う場所──“図書館”に向かう。
◇
「こんにちは。よく来たね」
島で唯一の自動ドアを抜ければ、僕たちが来訪してくるのを知っていたように彼はエントランスのテーブルの前に立っていて、そう挨拶する。
「うん!昨日ぶりだね、凪沙くんっ!」
平良凪沙。少年とも少女ともいえる中性的なビジュアルの司書兼本屋店員は、にこやかに手を振った。
その服装は昨日見たのとなんら変わらない図書館のラフな制服だ。
だが一箇所だけ違う点。
それは男性にしては長めの前髪を、瞳を露出させるために留めるヘアピン。
その装飾はもちろん、コンパスのバッジだ。
「凪沙も、自警団員だね?」
「うん。……ふふっ、もうすっかり宝探しは慣れたみたいだね」
その微笑みは彼の不思議な魅力をさらに引き立たせて、頭のバッジ──数字が刻まれたそれを指差して名乗る。
「──ボクは組織No.2、『テイラー』。七名いる自由警備団の副リーダーだよ」
七名。それならこれでNo.2が埋まり、残すはリーダーでありノアの兄であるNo.1のみとなる。
テイラーの由来はおそらく、苗字の平良から引っ張ってきているのだろう。
「テイラー……!なんだか知的な感じがするねぇ。……でもちょっと長いからテイくんでいい?」
「あははっ、構わないよ。ボクを呼んでいるのがわかればそれで」
「僕はそのままテイラーで呼ぼうかな。かっこいいから」
実際本当にかっこいいし言いやすい。凪沙という名前も彼らしいが、この名前も十分に彼らしいとも思えるのだ。
「かっこいい、かっこいい……かぁ。やっぱり誠くん、うちのボスと趣味合うかもね」
そんなことをテイラーはボス(?)の顔を浮かべるように僕を見て、にこにこと笑っている。
「……さっきノアちゃんにはおにぃと趣味なんて合わないで欲しいって言われたけど」
「あぁ、合わないで欲しい気持ちもあるね」
どういうことだ。
「趣味が合致したら手がつけられなくなっちゃう」
どんな趣味なんだ一体。
「……でも、合ったら合ったで、きっと面白くなるなぁ」
……ますます、そのボスとやらは不思議な存在だ。
早く会ってみたいと思う。
「誠とそっくりな人かぁ。どんな人なんだろう?」
「面白くて、頭が良くて、かっこいい人だよ」
「誠とそっくりだ!」
……恥ずかしいよ風香。
「頑固で、強欲で、傲慢で、威圧的だけど」
最悪だ。
「じゃあ誠とは違うねぇ。誠は優しくていい子だもん」
……だから恥ずかしいって風香。
「ふふ、そんな変な子だけど、彼はボクたちのただひとりのリーダーなんだ」
テイラーは恋焦がれるよな、あるいは尊敬の念を込めるようなその温かい眼差しで遠くを見つめている。
「──さぁ!ボクからの試練が終わればもうクライマックスだ。ヒントはもう一度必要かな?」
ノアから聞いた図書館での試練。
それは予想がついていた。テイラーから以前してもらったことを僕たちが返すこと。
『大切な結末を選び取り、幼き者に声と共に読み贈れ』。
それは無数にある図書館の本の中から選択し、この島の子どもたちに読み聞かせすることだ。
◇
「風香、何選ぶ?」
「ん〜、迷うなぁ。大切な結末ってどんなのがいいんだろう」
僕たちは二人きりで開架室にいる。
自由に喋れるこの島独自の文化空間で、本を探していたのだ。
試練を言い当てれば、テイラーは僕たちに詳細を教えてくれた。
それは毎週夕方に開催される子どもたちへの読み聞かせ会に二人一組で参加することだった。
合格目標は、子供たちに『面白かった』と思わせるだけ。
そして指定する本は“大切な結末”という条件のみ。
「そもそも大切な結末ってなにかな」
「……?ハッピーエンドってことじゃないの?」
僕が気になっているその言葉。大切な、というキーワードにひどくひっかかる。
「それは幸せな結末のこと。世の中には、幸せに終わらない本もある。悲劇なんて言葉が残っているように」
「ロミオとジュリエット、とか……?読み終わって悲しい気持ちになったことあるよ」
「うん、二人が報われない物語だ。……でも、それは大切な結末じゃない、なんていえない」
“大切”とはなんであろうか。
どんなエンディングを迎えるにしても、それを読まなければ良かったなんて思わない。
きっと、その本と出会えるだけで“大切”な何かが心に刻まれるはず。
失うことの後悔も、気づけなかった優しさも。全てが美しくエンドに向かうのだ。
「だから、“僕たちにとっての”大切な終わり方を選択しろ、って試練なんじゃないかな」
「……なるほどぉ、私たちで一種の教訓、みたいなのを子どもたちに教えてあげるってことなんだね」
教訓とは言い得て妙。物語はやはり何かを伝えるためにあるから、選ぶ側も何かを伝えるためにあらなければならない。
でも、“僕にとっての”大切は、悲劇だろうか喜劇だろうか、まだ見つかっていないから。
君の選択に任せることにした。
「──それでも、私は“ハッピーエンド”の物語を選ぼうかな」
彼女はある一つの本を静かに手に取る。
そして僕に風が吹くような、世界を変える影響を以て笑いかけた。
「愛が報われるお話じゃないと、子供には刺激が強すぎちゃう。それに、空想の中でぐらい、幸せな終わり方が一番だもん!」
無邪気に無垢に、彼女の言葉は不思議に重みを持っていた。
◇
『幸福な王子』。
オスカー・ワイルド不朽の名作。
彼女は読み聞かせにそんな本を選んだ。
どんな物語か忘れてしまった僕は、集まった数人の幼い子どもたちの前で読み聞かせを、彼女と一緒にぶっつけ本番でやるうちにだんだんと思い出してくる。
──
ある街に王子の像が立っていた。
身体は金箔に覆われ、両目はサファイア、腰の剣には真っ赤なルビー、心臓は鉛の美しい像。
そこに一匹のツバメが辿り着く。
王子はそのツバメにこう言った。
「貧しい人たちに自分の身体についている宝石を分け与えてほしい」
病気に苦しむ家庭の子にはルビーを。
貧しい劇作家、マッチ売りの少女にはサファイアを。
そして全身の身体の金箔は、数々の市民へと。
そうしてみすぼらしい姿となった王子の像。
ツバメはそんな王子の姿に心動かされたのか、身体を蝕む冬が訪れているというのにそのそばに居続ける。
やがて、ツバメは死んで、王子も、死んだ。
その用済みとなった王子の像は、助けたはずの市民に容赦なく見限られ焼却炉に捨てられる。
でも、鉛の心臓だけは融け切らなかった。
ある日、神が天使に言った。
「この街で一番美しいものをもってこい」と。
天使はツバメの死骸と鉛の心臓を持ってきた。
「これぞ美しいもの。二人は天国に連れて行ってやろう」。
こうして王子とツバメは、天国で末長く幸せに暮らすのだった。
──
彼女は、この物語が大好きなようだった。
ふたりの確かな愛。
それが最終的に報われたのだと。
子どもたちにもわかりやすいオチなのだと。
永遠に幸せが待ち受けているのだと。
“ハッピーエンド”なのだと。
読み終えて、子どもたちの感触はなかなか良いものだったと思う。
でも、僕は。
……どうかな。
その終わり方に納得していないんだ。
かつて幼い僕が読んだ時より、今の僕はいろいろな経験をした。
その中に、自分という存在が大嫌いになる絶望が含まれている。
捻じ曲がって、成長した僕は、その終わりを認めたくない。
それがなぜなのか、明確に口にすることはできないし、したくなかった。
ねぇ、風香。
君は死んだ向こうではじめて“幸せ”が待っていたとしたら。
それをハッピーエンドだと思えるの?
◇
「いやぁ!すごいねふたりとも!子供たちは大絶賛だったよ!」
「ふふふ〜!読み聞かせの才能、あっちゃったりー?」
壁にかけられた時計は、五時を示す。
昼が長い夏場だけれど、もうすぐ夕方の兆しも見えてきていた。
読み聞かせをした子供たちはもう親御さんに連れられ帰り始めている。
テイラーは読み終えた僕たちに感想を伝えるため、また一応秘密組織扱いらしい自警団の試練の内容をオープンに話すのを防ぐため、誰もいない自習室に行ってしばし会話することを提案した。
それを拒否する理由はなかった。
「うんうん、上手だったよ。もちろん風香ちゃんもだけど……ボクは誠くんの方が驚いたかも」
「……え?僕?」
「そう。ツバメを誠くんが読んでて、王子が風香ちゃんだったけれど、よく心がこもっていると思った。みんなすんなりと話を聞けてたのはそのおかげかな」
「ふふん、うちの誠はすごいからねぇ」
なんで風香が自慢げなんだ、というツッコミさえ浮かばないほどに僕はその褒め言葉に驚いていた。
人生で読み聞かせが上手いなんて言われたことがないし、なにより自分がどんなふうに心を込めて読んだかなんてもう覚えていない。
「ちなみに、どうして『幸福な王子』を選んだんだい?」
そう聞くテイラーは、同じことをより詳しく聞きたかった僕にとってありがたかった。
風香はあまり考える様子はなしに堂々と答える。
「それは幸せな結末だからだよ!教訓も美しい。私が今も大好きだから子供たちも好きかなって思っただけ!」
屈託のない顔で言い退けるそれに、もはや僕が口を出す暇はなかった。
「そっか。うん、ふたりとも試練に合格です!」
「おおっ!よかったぁ!」
「ここまできたらなんでも合格させようかと思ったけど、理由もあるし、子供たちも楽しんでたしで、期待以上で嬉しいよ!」
なんでも合格は試練の意味がないけどね?
「さて、最後の試練を伝える前に、この読み聞かせは一体何の能力を見定めたのか……質問しちゃおうかな?」
今日一日を使った遊びは、僕たちのなんらかの力を測っている。どうしてこんなことをされているかはもう聞かないことにするが、普段やらない行動が強制されるのは確かに面白いし、使わない脳が動かされる良い気持ちがする。
そこで読み聞かせで使った力とは。
「何の本を選ぶか。……ちょっと駄菓子屋でのと被るけど決断力?」
「私は子供たちと話すコミュニケーション能力だと思ったなー」
答えが少々異なる僕たちに対し、彼はどちらにも正解を与える。
「その通り!やっぱり良い答え出すなぁ。……けどまだ足りない。ボクたちが測りたかったのは“全部”なんだ」
「全部?」
「決断力もコミュニケーション能力も。そして、選択と道のりを楽しむことも、サービスと奉仕の精神をも、ぜんぶ測ってる」
まるでそれは、いままでの試練の集大成のような言い草で、意外のように思えて僕は驚いた。
だってまだ試練はあるのに。
これで終わりのようなまとめ方だったから。
「さ。次でおしまい。最後の謎だよ。そして、最後の、あるいは最初の“選択”」
テイラーは笑みを浮かべて近づき、囁くようにして言った。
「──『島で最も“隠された場所”。方位磁針の中心。大人も知らない、子供だけの捨てられた基地へ。扉を叩き汝らの覚悟と宝を示せ』」
駄菓子屋の子 茉里→メアリ
郵便配達の子 蒼華→レイン
筋肉の子 護 →ルーク
海の家の子 心愛→ルカ
釣りの子 乃彩→ノア
本の子 凪沙→テイラー
読んでいくうちに覚えます!
というか覚えられるようなキャラクターを描きます!




