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八月一日(前)「宝探しをしよう」

今日は三本!

めちゃくちゃ多いな

 ──タッタッタ、トントントンッ!


 朝七時のこと。

 僕と風香はいつものように縁側に座って朝を待っていた。

 両方とも寝ぼけて意味のない会話を交わしているけれど、その時だけは時間の流れがゆっくりになるようで、なぜだかどうしようもなく幸せな気持ちだった。

 

 そんな安らぎの時は、毎朝恒例となった配達員──蒼華の到来で崩されていき、僕たちの一日は加速し出していく。

 

 「いらっしゃーい蒼華ちゃん!」

 「おはよーっす!やっぱり早起きっすねえ二人とも!」

 「いやいや、こんな早朝から働いてる蒼華には勝てないよ」


 彼女は爽快に元気よく挨拶をしながら、この家の扉を開けた。隙間から見える庭先には愛車のバイクが止まっている。


 「あたしはその分早く寝てるっすからねぇ。逆に四時前に起きないと寝過ぎなんすよ」

 「へぇ。ちなみに何時寝?」

 「九時っす」

 「小学生!?」

 「健康面では誰にも負けないっすよー?……っと、はやくこれ渡しちゃうっすね!」


 彼女が風香に手渡したのは、いつもの千草新聞と心愛との回覧板だった。

 昨日心愛へ送ったそれの返事。僕と風香はふたりしてちゃんと帰って来たことに嬉しくなり、あとで見ようと約束する。


 「そーしーてー!まだ今日は渡すものがあるっす!」


 蒼華はいつもの配達物ではないナニカ、手紙のような薄い一枚の紙をおもむろに首かけのバッグから取り出していた。


 ……?なんだろう、円海さん宛のものかな。

 風香も心当たりがないようだった。


 「どうぞ!あ、今すぐ読んでください!」


 彼女はその封筒を、次は僕の手へと強引に押し付けるようにして離れた。

 言われるがまま、今時珍しいシーリングスタンプ、赤い蝋で封じられた雰囲気のあるそれを開く。

 風香も気になるか、僕が中から取り出した一枚の紙を一緒に読んでいた。



 『千草の島を流離う旅人よ。

 汝らに選別の試練を贈る。

 よりこの夏を愉しむことを願うならば、遊戯に賭ける覚悟があるならば、島を衛る者を辿るがいい。

 来る最終地点、そこで汝らの宝を示せ。

 

 繰り返す、これは選別だ。

 参加は自由意志。

 後悔なき、選択を』



 ……これは、なんだ?

 思わず風香の顔を見た。


 「なぁに?これ」

 「だよね。一体誰からだろう……」


 なんだか読んでるだけで朝からお腹いっぱいになりそうな文体だ。言葉の意味は理解できるがやはりなぜ送って来たかわからない。

 ……、試練だとかいうが、暇な子供の遊びか?

 宝を示せ、これは島に隠された宝を見つけてもってこいということだろうか。

 

 「うーむ……。ね、蒼華ちゃん。これはどういう──」

 「──おーっと!あたしはなんもしらないっすねぇ!いやあ次の配達も残ってるんで、はやく返事を考えてくれないとぉ!」


 ……絶対知ってるね、蒼華。

 彼女はおどけるように、わざとらしい表情と声を出して、僕たちにこの手紙の返信を考えるように急かしていた。

 

 「……グルだね」

 「な、なにがっすか!?あたしなんもわかんないっすよ!ただこれを所定の位置に運べって言われただけで……」

 「闇バイトに加担した学生みたいなこと言ってるね」

 というか“運び人”ってもうそういう意味しか残ってないな。

 「まじなんもしらないっす!指定された箇所に立つ団員からの謎解きを解いて目的地を教えてもらいゴールを目指す遊びを行うなんてなにも!」

 「結構言ってくれちゃった!?」

 

 蒼華のおかげで概要が掴めたような気がする。


 ……団員。うっかり彼女が漏らした呼び名。おそらく何かしらの団を名乗る集団が、僕たちへ遊びの挑戦状を送って来たと考えられる。

 何が目的でどんな人たち、安全性は?……なんて尋ねたいことは山ほどあるが、僕はもうそんな野暮なことを口にしない大切さを知っている。

 おそらく、これには蒼華を含め僕たちの友達が関わっている。

 

 だから、いいだろう。

 

 「受けて立ってみようか、風香」

 「……!誠ったら私が誘う前に言ってくれるなんて〜!いいねぇ、やろやろ!」

 

 きっとこういう遊びは風香が大好きだろう。僕が何も言わなくたって、初めて花畑を目指した時のように手を引いて連れて行ってくれると知っていた。

 でも受け身ではない面を見せたいと思ったから、彼女に言われるまでもなく僕はやる気になっていた。


 「へへへ〜!嬉しいっすね、やっぱり!」

 「ふーん、何が嬉しいの?蒼華」

 「そ、それは内緒……、というかもう隠しても無駄っすか」

 「無駄だね」

 「ひどい!……じゃあもう伝えちゃいますよ!全部を」

 「おぉ〜!教えて蒼華ちゃん!」

 「の前に」

 まだあるんかい。

 「試練は自分の意思で受けて欲しいっすからねぇ!二人とも、これが最終確認っす。この島を楽しむ覚悟があるなら、これを受け取ってください!」


 そうして彼女がポケットから取り出したのは、ふたつのバッジ。

 それは方位磁針、コンパスを模した図柄が入った木製の小さなモノ。

 なるほど、これが参加資格。


 風香と僕は顔を合わせ、言葉を交わさずともその表情だけでお互いの答えは筒抜けだ。



 「「もちろん」」



 蒼華が右と左の手の平に置いたバッジを、僕たちは全く同じタイミングで取った。


 「……!よぉし!それは最後まで肌身離さず持っていてくださいね!……っとじゃあまずはあたしのコトから!」


 雨宮蒼華、もう僕たちはその名前と職業を知っているはずなのに、彼女は改めて“自分”を伝う。


 「──自由警備団、団員No.5『レイン』。今のあたしはそう呼んでください!」


 活発な彼女の動きやすい配達員スタイル、そのトレードマークとも言えるべきキャスケット帽子の側面には、今手渡されたコンパスのバッジがつけられている。

 そしてその木には『No.5』と誰かが彫っただろう痕が見える。


 「レイン……。もしかしてコードネームってやつ!?」

 「雨宮だからレイン?かっこいいね」


 一見滑稽に思えるだろう、『自由警備団』など子どものままごとともいえる組織とそれに伴う彼女の名乗り。

 でも僕たちはそれを一切笑うことはせずに、ただ純粋な気持ちで友達を見つめていた。

 ……実際、コードネームって憧れる。


 「そ、そんなキラキラした目で言われてもちょっとはずいっすけど……、そうっすよ!このバッジをつけてる間は蒼華って呼んだらダメっすからね!」

 「わかったよ、レイン」

 「へへっ、んじゃ、早速、自警団の“先導者”からの最初の場所と試練の内容の謎っす!」


 自由警備団、縮めて『自警団』。

 そんな不思議な集団が催したこの特殊な遊びの概要は、いろいろなところを巡り、その先々で試練をクリアして、また次の地点へのヒントを探すのだとか。


 どうやら、僕たちの八月の最初の日は島中を歩き回ることになりそうだ。

 もう初めの頃のように筋肉痛の心配はしていなくて、ただこれからの道のりを楽しみにしている自分がいた。


 「言うっすよ!コホンッ!『島で最も“小さなご褒美”が並ぶ場所。三枚の銀色の硬貨を以て最適な組合せを弁論せよ』!」

 

 それが最初の場所の唯一のヒント。


 「小さなご褒美……なるほどね」

 「えぇ!?誠はやいね……!」

 「おそらく試練の内容もわかったよ。ついてきて、風香」


 謎解き要素があるそれに、僕は頭を使うのが好きだったと改めて気付かされる。

 早く行こう、と僕は朝食を食べていないことさえも置き去りにして、今日という日の始まりを駆け抜けようとしていた。


 「……!うん、いこ!……でもちょっとまってね?動きやすいようにお着替えしてくる!」

 

 彼女は寝巻き姿のままで、可愛らしい寝癖もついたまま。

 どたばたと慌ただしく自室へ戻る風香を、僕は穏やかな目で見守っていた。


 そんな僕を見ていたレインは、二人っきりになったその時、ニヤッと笑った。

 

 「誠くん。君に“宝”はあるっすか?」


 そんな言葉。僕はそれに少し考え込む。


 宝。そんなものあるかな。

 僕が家からこの島に持って来たものは、金と服と、親の連絡先しか入っていない電子機器だけ。

 思い出の品も、特別な高価なモノも僕には何一つなかった。


 普通は誰しもが、宝を持っているのか。


 僕は、今まさに支度をしている風香の顔を思い浮かべる。

 きっと、彼女なら『宝はあるよ』とでも言うのだろう。手に触れられる全てが宝だ、とあの笑顔で断定しそうなのが想像できる。


 でも僕には宝なんて、持つ資格を。


 と、卑屈に考えている僕を見かねたか、レインは瞳を見つめるようにして、屈託のない真っ直ぐな眼差しで言った。


 「絶対、あるはずっす。人が生きているのなら、必ず。もし答えがわからないんなら、この試練……というかお遊びの中で見つけてください」

 「……ふふっ、お遊びとか言っちゃうんだね」

 「にははっ、実際、あたしたちは暇だから遊んでるだけっすから!」

 「……うん、わかった。宝を見つけてみるよ。大切な、僕だけの宝を」


 僕の答えにレインは、晴れやかな笑みで肯定した。


 「その調子っす!さぁっ!試練のタイムリミットは今日が終わるまで!最終地点で、待ってるっすよ!」


 レインは風香が帰ってくるのを待たずに、玄関を後にした。

 配達が残っているのは本当らしく、急いで相棒のバイク、クモちゃんと言う名前のそれに跨って颯爽と走り去っていった。


 

 僕は、風香を待っている間、何気なしに外へ出る。


 ……あぁ、太陽が眩しい。快晴。


 外は今日も茹だる暑さだ。

 

 

     ◇



 「それで誠……、目的地はもしかして、駄菓子屋?」


 午前八時。

 風香に行き先を伝えないまま先導した僕は、レインからのヒントを元に、その昔ながらの商店へ辿り着いていた。


 「そう。まあ、ヒントは少ないから僕が今まで行ったことのあるところからの消去法なんだけどね」

 

 どんな推論を元に来たかを風香へ話す前に、暑さの中から半ば逃げるようにして駄菓子屋の中へと扉を開けた。


 やはり安心する匂いと、扇風機が鳴らす風鈴の音。 

 強い既視感と郷愁さに襲われるこの場所は、以前来た時とはひとつだけ違う点があった。

 

 「いらっしゃあい。おはよお、二人とも〜!」


 早朝だというのに、ここの代理店長は目を覚まして、まともに接客をしていたのだ。


 「……!おはよ!おお〜!茉里ちゃんが起きてる!」

 「……ごめん、ちょっと寝てると思ってた」

 「わたしだって寝てばっかじゃないんだからねえ!?」


 穏やかな眠り姫が八月の初めから動いていたことにやっぱり疑問を覚える。

 そして、この違和感を確信付けるために、僕は風香を置いて彼女が座るレジへと歩き始めた。


 「おお?誠くん、どうしたのお?買うお菓子は決まったかなあ?」

 「……茉里、ちょっと立ってみて」

 「……ふふん、いいよお。何かに気付いたかね〜」

 「誠、いきなりそんな立たせて何が……」


 彼女と会ったことはまだ一度しかないが、その店長はお仕事中の格好として、普段使いにも兼用できるエプロンのような服を纏っている。

 それが特に彼女らしさを表すモノで、ならばきっとあるはずだと、僕の言葉通りに立ち上がった彼女の服を見つめた。

 そこで、目当てのものを僕より先に風香が見つけ出す。


 「……!あ、このバッジって……!」

 「やっぱり。茉里も自警団の一員かな?」

 

 エプロンの右ポケット側、デザインをより華やかにするようにつけられたコンパスのバッジは、僕たちが持たされた、そして蒼華がトレードマークの帽子に身につけたモノと同じだった。

 そのどれもと異なっていたのは、バッジに刻まれた数字。


 「──おお〜!こんなに早くバレちゃうなんてねえ。そうだよお、わたしは自警団、No.3『メアリ』。お絵描き担当で〜す!」

 

 水無瀬茉里。そんな本名の彼女は、団の中ではそう名乗る。

 まり、マリー、Mary、メアリといった流れか。

 彼女らしさはあまり変わらない名前のためずいぶんと覚えやすい。


 「ほー!メアリちゃん、ね!」

 「はぁいメアリちゃんで〜す!それでえ、詳しいことはレインちゃんから聞いてるかなあ?」


 蒼華と茉里が友人同士なことは知らなかったが、同じ団体に属しているのだから友人──否、仲間なのだろうと勝手に納得がいって僕は頷いた。


 「うん。ここで試練があるんでしょ?」

 「そ〜!クリアしたら次の目的地を教えてあげちゃいます!さぁどんなヒントがあったかおぼえてる〜?もう一回教えよっかあ?」

 「おねがい!どんなのだっけ!」

 「えーっとお、あったあった。『島で最も“小さなご褒美”が並ぶ場所。三枚の銀色の硬貨を以て最適な組合せを弁論せよ』〜!」


 彼女は懐から、僕たちがもらったのと同じような封筒に入った手紙を取り出して、内容を読みあげる。

 

 「小さなご褒美が並ぶ……?なんで駄菓子屋……に、ってそうか!」


 僕が一瞬で思い浮かんだその景色。レジのそばにいた風香は背後を振り返って声を叫んだ。


 「棚にお菓子……小さなご褒美がいっぱいだ!」

 「ふふん、正解で〜す。ここへは誠くんが連れて来たのかな?」

 「うん。小さなご褒美って言葉、メアリが言ってた気がするしね」

 「あちゃ、簡単だったかなぁ?……それじゃあ、試練内容もわかる?」


 三枚の銀色の硬貨、組み合わせ。

 なんて駄菓子屋に来てやることといえば、答えが言われてるのと同然、一つしかないだろう。


 「三百円で最高の駄菓子セットを考えろってことかな」

 「あ、そういうことか!」

 「あたり〜!ふたりそれぞれ考えてごらん。決まったらわたしにみせて、どうして選んだかを熱弁してもらいまあす!」

 「なるほど、メアリに認められたら合格?」

 「そ〜!力作を期待してるよ〜!」

 「よぉしっ!頑張って選ぶぞー!」


 ここの駄菓子は安い。

 三百円にも無限通りの組み合わせが存在する。

 ……面白い。僕と風香はにやりと笑い、同時にレジから離れた。

 そして、手にはプラスチックのカゴを持って、さっそく小さなご褒美が並ぶ棚と向き合い始める。


     ◇


 「おお!はやいねえ二人とも!じゃあ、どっちから発表する?」

 「……これは、僕からにしようかな」

 「おねがい、誠!……ってもうすごいのが見えてるね……!?」

 「僕の答えはこれだ。うめえ棒20本」

 「量で攻めた!?」

 「三百円でこんな重さになるとは思わなかった」

 「だよね!?駄菓子と駄菓子の組み合わせとかは考えてない?」

 「いや、僕が買ったのは全種類違う味だね。すごく単純に20個の中から2個選ぶ組み合わせだとすれば190通りの食い合わせが存在する」

 「あれ意外と考えてる……!?」

 「フランスパンとなっとう味を組み合わせれば新種が完成する」

 「それ合うの!?あともう誠フランスパンだいぶ気に入ってる……!?」


 「いいね〜、これは芸術点高いよお!じゃあつぎ風香ちゃん!」

 「じゃんわたしはこれ!」

 「へぇ、ゼリーに、グミ、ガム、スナック菓子…….。どれも小さくていっぱい買ったね」

 「ふふん、ふたりとも、気付かない〜?」

 「……あぁ!なるほどねえ風香ちゃん!これ全部当たり付きのお菓子だ!」

 まさかのギャンブル!?

 「正解!当たったらもう一本構成だよ!」

 理論値最強ビルド。

 「一番夢があるでしょ〜!」

 「……いいけど、それ全部食べられるの?あたりなくても十分多いね」

 「あたり分は誠が食べてくれます」

 「僕に選択肢はないんだ」


   ◇


 「ん〜、いいね、ふたりとも思ったより真剣に考えてくれてわたしは嬉しいです!」


 それぞれ買ったものを、駄菓子屋の奥の座敷に座って食べていた。そこにはなぜか店員のメアリも職務を放棄して、自分で選んだ三百円の駄菓子を持っている。

 ……ちなみに彼女は朝から棒アイスを三本買って食べ始めた。もはや駄菓子ではないが幸せそうに冷たいのを頬張るメアリに何も言えない。僕はそろそろう◯い棒で水分が持っていかれて苦しくなってきている。


 「おお。どうかなメアリ、僕たちは合格?」

 「うん!良き選択でしたあ!……ちなみにこの試練で何を測ったと思う〜?」

 「えー?なんだろう、測られた気しないなぁ」

 「資源配分の最適化能力でーす」

 たかが駄菓子の選択で!?

 「ふふん、本当はこの選び方に答えなんてないからなにがきても合格にしようとしてたんだあ。自分がその選択に自信を持てればいい、それだけ」


 メアリはそんなことを、のんびりと言って、小さなご褒美が並ぶ棚を穏やかに眺めていた。


 「でもやっぱり、あえて試した行動というなら……“選択を楽しむこと”かなあ」


 普段子供っぽい彼女の横顔がやけに大人びていて、試された僕たちは自らの選んだ駄菓子を改めてなんとなく眺めてしまった。

 風鈴の音が、やけに心地いいその時だった。


 「ふたりはばっちりだったねえ」

 「すっごく楽しかったよ。当たったお菓子も、外れたお菓子も、開けるだけでドキドキだったもん!」

 「僕はフランスパン味とシュガーラスク味の意外な組み合わせを見つけられたな」

 たぶん人生でこれから先も食べることはないモノ同士を見つけられたのは、たしかに、とても楽しい選択だった。


 「ふふっ、じゃあ文句もなしに合格で〜す!ほんとはいい天気だし一緒にお昼寝をさそいたいんだけど……、団員として次のヒントを言っちゃいまあす!」


 

 「『島で最も“明るい”場所。鳥のように島を見下ろし、進むべき道へ光を照らせ』〜!」



   ◇


 

 「誠〜!もしかして、この方角って……!」

 「うん、たぶん思ってる通り。がんばれる?」


 僕たちは駄菓子屋を離れ、ヒントをもとにある場所を目指して歩いていた。

 遠い道のり、その先は。


 「ぜんぜんよゆーだよ!よぉし!太陽の方へ〜、走るぞー!」


 島で最も明るい場所。僕はそれを聞いた時、少し悩んだ後ピンと閃いた。

 普通、日中明るいのは太陽のみでそれにほとんどムラは生じない。だから頭を捻らせて太陽に最も近いところが正解だと、山の頂上を目指そうともしたが、僕は暗闇を照らす人工の太陽とも思える建造物を思い出した。

 

 それが、あの人の住む灯台だ。


    ◇


 「125ッ、126ッ、127ァァァッ!」

 

 その場所へ辿り着いた時、数字を叫ぶ上裸の変態マッチョが灯台前で全力で体を動かしていた。

 

 「やぁ、おはよう護」

 「護くん、おはよー!」

 

 国見護。筋肉にうるさい、筋肉でうるさい灯台守。

 彼はメアリとの友達であると知っていたから、彼もまた自警団なる組織の一員であるだろうと確信して来ていた。


 「おッ、来たかッ、誠、風香!今日は何しに来たんだッ!?」

 「あくまで誤魔化す感じなんだね。護、君も、なんでしょ?」


 彼の筋トレを邪魔しないように、回り込み、時にはしゃがみながら僕は彼の特徴的な服装を見た。

 もちろん何よりおかしいのはその上裸に違いないが、そこに目当てのものはないに決まっている。少し目線を落とせばやっぱりあった。


 コンパスを模った木製のバッジが、ズボンを結ぶそのベルトに。

 僕はそれを指差して、彼へ問いかける。


 「フハハッ!バレてしまったか!フンっ、ちょっと待っていろ!積もる話は、日課の腕立て伏せを終わらせてからだッ!」

 「わかったよ。ちなみにゴールは何回?」

 「923回だ」

 やっぱりキリ悪いよ。

 「じゃあいま何回目か覚えてる?」

 「……ッ、……ッ」

 「覚えてないんだね……」

 「さっき905回って数えてたよ〜」

 シンプルに嘘つくね風香。すごい盛っちゃったよ。

 「助かったッ!906ッ、907ッ!」

 それで護は騙しやすすぎる……。


 彼は全ての鍛錬を終え(た気になって)、汗をタオルで拭き取り、うるさい深呼吸をして落ち着いた後に水を飲んだ。


 「ふむ。さ、俺からの試練について語る前に、名乗りをあげようか!」


 彼はこの太陽に似つかわしいキラリと輝く歯を見せながら髪をかきあげ、コードネームを語る。


 「──No.6『ルーク』!自警団の番人にしてガードナー、さらにはアタッカーを担っている!」


 彼の体格に最適な仰々しい役割たち。彼があまりにも堂々と叫ぶから、僕らは笑ってそれを受け入れてしまった。


 「ルーク、ね。どうしてそんな名前なの?」

 「うむ、うちのボスが決めたんだが、俺の本名由来だな」

 国見護……そんなルーク要素あるかな。

 「あ!くにみまもるの“く”と“る”だね!」

 無理があるだろ。

 「正解だ!」

 正解かよ。

 「続けて読めばルークになる。少し恥ずかしいが……、覚えやすい名前だろう?」


 ……確かに、悪くない名前だ。むしろかっこいいとさえ思える。

 

 「……うん。よろしくルーク。さぁ、試練のヒントはもう大丈夫。灯台に登らせてくれないかい?」


 僕はここで何と出会えるかはしらないが、何をすればいいかは知っている。

 兎にも角にも、試練には高台へ登ることが不可欠なんだ。


 「ハハッ!ブラザーは賢いが、せっかちだな!試練には道のりを楽しむのも時には重要だ。……というわけで階段にはただでは登らせないッ!」

 え、ええ……?

 「俺を倒してから行けッ!」

 そんな悪役みたいなことを。

 「ちなみに俺は筋トレを目の前で見せつけられることでダメージを受けていく」

 そんなリング◯ィットアドベンチャーみたいなことを。

 「トレーニングモンスター、縮めてトレモンの俺は他者の運動を目にする刺激に弱いんだ」

 そんなポ◯モンみたいなことを。

 「屈伸から腕立てまでなんでもいいが、より筋肉に負荷がかかるトレーニングをした方が俺は傷ついていく」

 武器ごとに攻撃力があるのかよ。

 「俺は自然回復していくから筋トレの合間の休憩を挟みすぎると長引くな」

 厄介なボス戦。

 「ちなみに俺は剛属性だ」

 まってまってまって属性って何。

 「パワー型のトレモンなため、柔軟性特化のトレモンには相性不利だ」

 彼は一体何を言っているんですか?

 「なるほど!ルーク戦には柔属性の技で攻めた方がいいってことだね!」

 なんで風化は順応できるの!?

 「ちなみに大技のデス筋トレをやられた場合、俺は即死だ」

 もう意味がわからない!


 「さぁ、二人同時にやってもいいし、ひとりで引き受けても構わないぞ!試練は長いからな。これはチームで力を温存するかを見極める選択でもある」


 ニヤッと自信満々に立ちはだかるルーク。


 ……。

 そう言われて出る言葉はひとつだった。


 「僕がやるよ。風香は休んでて」

 「私がやる!誠は待ってて!」


 同じタイミングに言い切ったのはさすがに予想外で僕たちは顔をみつめて、そして数秒後、互いに笑った。


 「ふははッ!仲良しどもめ!」


 僕たちは炎天下の中、歩いて、走って島の外れの灯台まで来た。ここまでの道で疲れたのは言うまでもないし、彼女の額には汗が落ちて辛そうなのは見ればわかる。

 だからさらに疲れさせないように、僕は風香を休ませようとした。


 きっとそれは、向こうも同じように考えていたのだろうな。

 

 ここで彼女の提案をすんなり受け入れてしまうのは少々男としてカッコ悪いし、その健気な提案を無碍にしてしまうのも倫理的に憚れる。


 ならばもう二人でやるのが一番いいか。


 「一緒に倒そう、ルークを」

 「……!ふふっ!協力プレイ、ってやつだね!」


 「かかってこい!俺こそが自警団の前衛だ!」


 これは本筋に逸れる何の関係もない話題。

 それでも大切な道のりだから、楽しむべきただの日常だから。

 この場の誰もが、純粋に笑って、くだらない遊びに興じている。



    ◇


 

 「はぁ……っ、はぁ……っ!うわぁ、最後階段キツかったなぁ……。大丈夫、風香?」

 「ひぃ〜……。もうすぐ大丈夫になるから……、ちょっとまって……」

 「今大丈夫じゃなかったらそれが一番まずいよ……」


 僕たちはトレモンなる激フィジカルバトルを仕掛けられたあと、数々の筋トレをこなしてルークを無事撃破し、海の向こうへ吹っ飛ばして来たのだ。

 いや本当にルークは吹っ飛んだ。

 筋トレの圧(?)を浴びるようにして、「目が目が」と唸り、全身を痙攣させていた。

 そしてそのままバックで全速力で走り出し海に飛び降りたんだ。

 意味がわからないだろうけれど僕も意味がわからない。

 これが真実なことだけは残された彼のタオルだけが示している。


 さて、そんな灯台守不在のまま、ようやく高台のデッキへの階段が開いたので、ルークなら生きてるだろうと無視して登った末がこの状況だ。


 風香は長時間歩くことは平気だが、他の運動には慣れていないようで、かなり早めにペースダウンし表情を取り繕えていないのが丸わかりだった。

 だから長期戦にしないために、早々にデス筋トレを完成させることにフォーカスを置いて、ほぼ俺だけでチャージし切ってクリアした。

 

 かなりキツかったのは本当だが、性別の問題かそれとも僕が運動の勘を取り戻したか、今なおヘロヘロの風香と比べれば大したことのない後味だ。


 「風香。階段で座って休んでてもいいよ。試練は僕が終わらせるから」

 「ふぅ……、ありがとっ、でもここの景色大好きだから私も見ちゃいます」

 「はいはい、無理しないで。狭いから落ちないでね」

 「はーい!……っと、ここってどんなヒントだったっけ?忘れちゃったあ」

 「確か『鳥のように島を見下ろせ。進むべき道へ光を照らせ』だったかな」

 「ほー……、それで島を見下ろせる灯台かぁ……、進むべき道、ってなんなのかな」


 僕たちは空に近くなったこの小さな踊り場で、柵から身を乗り出すように風を受けて島を見下ろす。

 ここはどこぞの有名タワーみたいに数百メートルもないわけで、せいぜい四十メートル。

 ここの反対側に位置する町こそ山に隠され見える気配はないが、島の端から端の浜まではクッキリと視認できる。

 

 その踊り場に設置されたレンズの清掃用具等が入った箱の中には、おあつらえ向きに二つの双眼鏡があったから、ありがたくそれを借りることにして目を凝らしながら景色を眺めていた。


 「……あ、なんかみつけた」

 「みて、誠!あそこなんかあるよ!」


 また僕らは同じタイミングで同じような言葉を喋る。

 だがしかし、それぞれが指差したのは全く逆の方向だ。


 僕が見つけたそれは島の西側の最先端の浜辺に刺さった“赤色”の旗。


 そして風香が見つけたのは、逆、島の東側、そのなだらかな山の斜面、森の中、地面に刺さる“青色”の旗。


 これは偶然そこに忘れられたモノというわけではなく、何らかの意図を感じざるを得ない。


 「ははッ、気づいたかお前たち」

 

 その突然の声に気づいて後ろを振り向けば、狭い階段の中でルークは壁に寄りかかって笑っていた。

 ………床も、服も、髪も、信じられないぐらいびちゃびちゃに濡れている。


 「海からおかえりルーク」

 「あぁ。ただいま。なかなか時間がかかってしまった」

 「この辺ちょっと波あるもんね〜」

 「水面での負荷が面白くてな」

 もしかして海で筋トレしてた?


 「……それで、ルーク。あの旗の意味はどう言うこと?」

 

 僕は全てを知っているだろう試験官に、思い切って尋ねてみることにした。


 「アレは言葉の通りだな。赤い旗を取るか、青い旗を取るか、“進むべき道”。そのどちらかを選択するのだ」


 そう言われてふたつを見比べれば、両者には距離も高度も、大きな差が開いていることに気づく。

 一方に寄った後に、もう一方を向かえば、浜辺と森のルートを往復することになり、結構な時間が使われ試練なんてする余裕がなくなっていくとわかった。だからそのどちらか片方だけに絞って進むのを決めろと言うことだろう。


 「それを選ぶ前に、次の試練のヒントを与えておこう。…….うぉっほんッ!『島で最も“波に近い住居”。昼時の危機を救え』ッ!」


 気合を入れて彼はそう叫んだ。


 ……よし、たぶんあそこだな。メタ的な視点も入って予測しているが、僕の願望もそうであって欲しいと望んでいる。

 現在、筋トレに勤しんだことで時刻は十一時だ。

 そこまで歩いて、きっとちょうどいい時間になるだろう。


 ならばと、そこまでの道筋を考えて脳内で辿れば、僕はようやく試練の本当の意図を理解する。


 「……へぇ、赤い方は海沿い、簡単で歩きやすいけど、“そこ”まで遠回り。反面、青い旗は危険な登山ルート。体力を消耗するけどその分最速で到達できる」


 遊びにいくなら山派と海派が分かれるように、二者択一の、両方メリットデメリットのある悩ましい問題。


 「その通り!あの旗はただの中間地点。好きな方に進めばいい。相談して決めるんだ」


 僕は風香の顔を見た。

 彼女も僕の顔を見ていた。


 「どっちに進んでも辿り着く先は変わらない。だがそこまでは大きく変わる。俺が言いたいことはわかるな?」

 

 僕は彼が前に伝えた言葉を思い出していた。


 「道のりを楽しめ、でしょ?」

 「あぁ!会話を重視するか、もしくは、運動を重視するか。どれでも進む先に楽しみを見出せばいい。俺からの試練はそれだけだ」


 単純だけれど深いように思える問い。

 前までの僕なら道のりは退屈なモノとして意味なんて見出さなかった。

 でも彼女が横で歩いてくれるなら、きっとその道のりさえも、どれを選んでも楽しいのだろう。


 「誠!どっちを選んでもいいよ!ついていくから!」


 選択権は僕にあった。

 ならば、より長く会話を楽しめる方を。


 「赤い旗の方へ行くよ」



     ◇


 

 「……ね、ね。誠」

 「どうしたの?風香」


 ルークと別れて僕たちは海沿いの浜を歩く。

 砂は足を取られて少し疲れる。車が一切通らない車道を歩いた方が楽だけれど、彼女が海を見たいというから僕たちは先を急がずゆっくりとただ歩んでいた。


 「楽しいね、宝探し!」


 あぁ、まだ早いかもしれないけど、その言葉が聞けてよかったな。

 僕はただ自警団なるものたちが催したイベントに参加しているだけだけど、彼女が喜んでくれればこんな遊びをしていて嬉しいと思うんだ。


 「宝探し、か。風香は宝、持ってる?」


 家を出る前にレインからかけられた質問が、僕は君の横顔を見て自然と口から漏れ出していた。

 

 「お宝か〜!……うん、あるよ」

 「やっぱり、あるんだね。……それはなに?」

 「う〜ん、……恥ずかしいから言わないっ!」

 「……ふふっ、わかったよ」

 「意地悪じゃなくてね、言うのが今じゃないだけ!最初の手紙に書いてあったでしょ?『来る最終地点、そこで汝らの宝を示せ』って」

 

 彼女はポケットをまさぐって、招待状の一文をなぞってみせた。

  

 「そこで伝える。……ね、ふたり、せーので言い合おうよ」

 

 自分にとっての宝を宣言する場面になれば、共に叫ぼうと提案する彼女。魅力的な提案だが、まだ僕には僕の宝を見つけられていなかった。だから曖昧な返事で誤魔化す。


 「……うん、そうだね」

 「やった!楽しみ〜!……って、あー!誠、もう赤い旗見えるよ!」


 体感数分でしかないあっという間の旅は、ついに試練の目的である砂に刺さった赤い大きな旗を前に終わる。

 彼女は興奮するように、そこまで走ろうと、僕の手を引いていた。

 

 風香は僕以下の体力のくせに、体を動かすのが何よりも楽しいように走ることを苦と思わない。その活発さが子供そのもので、見ているだけで笑顔になるんだ。


 君の、“宝”はなんなのかな。

 ……こうだといいな、って無意識に考える、気持ちの悪い僕がいた。



   ◇



 「やっほ〜!きたよ!心愛ちゃん!」


 僕たちは旗を超えて、道のりを楽しみ、そして次の試練の場所へと辿り着いた。

 そこは“波に近い住居”、海の家しかないだろう。

 これには流石の風香もピンと来たようで、道の途中にノーヒントで僕と同じ答えに辿り着いた。


 そして、そこで行われるだろう試練も、今この場所に来てなんとなく確信づいている。


 「あぁ!誠さん風香さん……!いらっしゃいませぇ……!」

 「こんにちは……って、随分と忙しそうですね」


 日差しが遮られているだけのほぼ外、ベランダに造られた海の家のカウンター越しにその店員と挨拶を交わした。

 エプロンをつけて髪をまとめた衛生管理の体制が完璧な彼女は片手に平らげられた皿を持っている。

 その料理人でもありホールの人でもある風貌だけで、どれだけ手が足りないか一目でわかるし、そしてなにより、後ろを振り返れば、観光客らしき人でほぼ席が埋まっている。


 「八月に入って夏が始まるといつもこんな感じなんです……。ほんと大変で……、あ、すみません愚痴みたいに言っちゃって!何かご注文はありますか?」


 彼女は友達としてではなく、店員として接客することに務めようと営業の笑顔を振り向いて話しかけていた。

 てっきり彼女もこの遊びの首謀者、自警団なるものの一員だと思っていたが、バッジはパッと見当たらないし忙しそうだしで困ってしまう。

 それでもこのヒントではこの場所しか思い浮かばないから、風香は少し言葉を選びながら聞き出した。


 「心愛ちゃん、試練って知ってる?」

 「……?なんですか、それ」

 

 やっぱり彼女は無関係なのか、確信を持ってここに来た分驚く僕たちだったが、その後に漏れた言葉によって彼女は反応した。


 「あちゃあ、心愛ちゃんは自警団員じゃないのかぁ」

 「なッ……、………そういうことですか」

 

 はぁ、と、あるキーワードに呼応するように彼女は全てを察してため息を小さくつく。


 「もしかして、試練ってのは、あのやけに気張った厨二クサい手紙にでも書かれてましたか?」

 「え?……まぁ、厨二病っぽかったかも」

 「……コードネームを名乗る人たちに会いましたか?」

 「うん。レインにメアリにルーク……」

 「うぁあ〜……昨日集まってると思ってたらこんなの企画してたのか……」


 彼女は空の食器を一度置いて、めまいがするように目頭を抑えて呻いた。


 「……あの、本当に申し訳ないです。あの子たち、おふたりに迷惑かけてないですか?かけてますよね、ごめんなさい」

 判断が早い。

 「ええ!?迷惑なんて全然!むしろ、とっても楽しいよ!」

 「そうです。僕も試練なんて遊びに誘ってくれて嬉しいですよ。……心愛さんは自警団と知り合いなんですか?」


 彼女は僕たちが彼らと接触するのは恥ずかしいことだと思っているのか、その子たちを代表して謝るようなまるで保護者みたいな立場だった。僕からすればもちろん迷惑なんてかけてないから、顔を上げるように尋ねる。


 「知り合いというか、仲間というか、その一員にさせられているというか………」


 うむうむと、言葉に言い淀んで考え込む彼女。

 そうしている間に、次々と観光客はご飯を食べ終わり、会計を待ち、そして新たな客も僕たちの後ろに並んでいる。

 

 それをみて、僕はその答えをすぐに出さなくてもいいと助け舟を出すことにした。


 彼女は少なからず自警団と関わりがあり、そして試練が指す場所はここで確定しているのだろう。

 ならば試練を果たすだけ。


 “昼時の危機を救う”。 

 きっとここに行かせたモノは、今の状況を予測していたのだ。


 「心愛さん。今、忙しいですよね。手伝いますよ」

 「あ!私も言おうとしてた!」

 「……!え、いいんですか……!?むむ……本当は大切なお客さんにやらせるなんて断るべきなんですけど、今日父も母もパートの方も風邪ひいちゃって私一人で店を回してるんです……!」

 思ったよりすごい状況だった。

 「注文聞いてご飯作って席片付けて皿洗って……、いつもは頑張ればいけないこともないから店を開いたんですけど、今日は猫の手も借りたいぐらい限界でした……!」

 ワンオペ飲食店は想像もできない地獄だ。

 「じゃあ、猫の手を貸してあげましょう!私たち、何したらいいかな?」


 まだ現在昼時には早い。時間が経てばこれより混んでいくのは容易に予想できる。

 友達を助ける以上に優先することなんてない。

 もしこれが試練に関係なかったとしても、きっとこの行動に意味は絶対あるから、苦難の道のりさえも楽しめるように手伝いを申し出る。


 「……!ほんっとーにありがとうございます!厨房とレジは私がやるので、注文を聞くのと皿洗いをお願いしてもいいですか……!?」


 僕たちはそれに二つ返事で答えた。

 頼られたのなら全力で応えるまで、だと二人で笑って。


    ◇


 「心愛ちゃーん!焼きそば2枚とブルスケッタ1枚!」

 「はーい!ありがとうございます!」


 僕は今、洗い場にいてお客さんが運んでくる食器等を簡単に水で流し食洗機にかけている。

 皿洗い担当になった僕が働いている最中、接客を担当することになった風香の活発な明るい声が店内に響き渡っていた。


 働き始めてもう一時間。

 この場所は店全体がよく見える。

 食器棚の隙間からお客さんの幸せそうな顔を覗けるし、風香の辿々しい働きぶりも、キッチンで忙しないけれど効率的に動く鬼神の如き手際の心愛も見えるのだ。

 

 僕は仕事をこなして、お客さんにありがとうございます、と声をかけながら、時たま目線は厨房に注いで心愛のことを考えていた。


 彼女はとても真面目で強い人だ。

 僕より先輩というけれど、僕が一年経っても追いつけないぐらいにしっかりしているし、人気な飲食店をやろうと思えば一人で回せるぐらいには要領がいい。

 だから、そんな大人っぽい彼女が“団員”として在籍している事実がひどく気になる。


 自警団というのは、彼女ら自身が言うようにただの遊びの集団だ。いままで出会った団員は確かにキャラが濃くて、“普通”を望む心愛が頭を抱えるのは想像できる。

 でも、“茉里”を仲間と呼んだように、“メアリ”の状態とも上手くやれているのだろうから、きっと心愛もその団に馴染んだ一員なのだろう。


 僕は完成品をカウンターまで運んでいく、立派な料理人の姿を見てあとで『自警団』という存在を深く聞いてみようと決意した。


 「こ、心愛ちゃん!ぴんちだよっ……!」

 

 しばらく経った後、カウンターから厨房へと小走りでやってきた風香が、客には聞こえない声量で言った。


 「ブルスケッタ8枚きちゃった」

 多すぎだろ。

 「くぅ……、毎日昼時に来てくれるブルケ8の常連さんだ」

 毎日8枚くるの!?しかもひとりで食べる!?ブルスケッタはブルケって略すんだ!?

 「あとドリンクとかき氷がたまっちゃってる……!遅くなっちゃうって伝えたほうがいいかな?」

 笑い事じゃない限界飲食店だ……。


 「うん、ちょっと注文も止めようかな。お願いします!風香さん!……これはまずいなぁ、フランスパンの在庫も確認しないと……」


 風香にそうやって指示を出した後、彼女は苦しそうにひとり呟いたのを僕は聞き逃さなかった。

 だから、その助けになれるように僕は申し出る。


 「皿洗い、しばらく大丈夫なので料理作るの手伝いますよ」

 「誠さん?……わっ、本当だ。あれだけあったのに……。……うー、すごく助かるんですけどレシピを教える時間が……」

 「作り方は覚えました。よく出てた焼きそばとブルスケッタなら聞かないでもいけます」

 「うぇっ覚えた!?」

 「一時間も見てたらできますよ。手袋、借りますね。間違っていたら教えてください」

 「は、はい……!」

 

 申し訳ないけれど皿洗いは退屈すぎて、他の場所へ目をやる余裕があった。僕は料理が上手い人はどんな動きをするのだろうと、料理をさらに極めたい身としては心愛はとてもよい手本だったのだ。

 どんな食材がどこにあって、どんな時間どんな加減で調理するのか、見て覚えた通りに彼女の前で披露する。

 

 作っているのはブルスケッタ。

 バゲットのフランスパンを厚く輪切りにして、バターとにんにくを塗って網の上で焼く。

 タイマーをセットしてそれを一度放置。

 その間、この島で取れた魚と野菜を用いて、細かく刻みフライパンに乗せ、数々の調味料を順番に振り撒きソテーにする。満足のいくまで炒めれば、ちょうどよく焼けたフランスパンの上に丁寧に盛り付ければいい。


 レシピというのは合理性を突き詰めたモノであるから、その作り手の意図を読み取れれば、記憶なんて大した造作もなかった。

 時間さえあれば誰でもできることだろう。


 「……す、すごい!よくできています!誠さん!」

 「ほんと?良かったです。これならひとりでできると信じてもらえますか?」

 「信じるなんて、もちろんですよ!」

 「……ふふっ、それなら僕がこのブルケ8枚引き受けるので提供する前に最終確認だけお願いします。心愛さんは材料の補充と……、あと風香のドリンク作りを助けてやってください」


 風香の仕事は接客とドリンクバーから注ぐだけの簡単な仕事。でも、はじめてやる飲食店の手伝いであるから、接客はともかくそれらは不慣れなようで、慌てふためいているのが皿洗い最中からもわかっていた。


 「わっ、いってあげないと……!すみません、誠さん!ここは任せます。わかんないところがあったらすぐに聞いてください!本当に……っ、ありがとう!」


 僕は彼女の力になれたのか。

 深くお礼を言われたことに、そしてすぐに最高率の速度で仕事に戻った心愛の背中を見て、誇らしく嬉しく思った。


 客に提供する前に彼女に確認をしてもらえるし、レシピ通りの分量だからまずくなるはずはない。

 “任された”この場所と本来の仕事域の洗い場両方を見守るようにして、僕のはじめてのアルバイト、後半戦が始まった。 



    ◇

 


 「ふぁあ〜〜!疲れた〜!」


 時刻二時。

 僕たちが海の家のお手伝いを始めてから約二時間が過ぎた。現在、その店はもう閉まっており、お客さんが誰もいないベランダ内にて三人でテーブルを囲っている。

 その上には各々ドリンクと、ブルスケッタ、焼きそばと、仕事の報酬として無料の賄いが豪勢に並んでいた。


 「ほんっっと、お疲れ様ですふたりとも……!助かりましたぁ……!」

 「いいですよそんなに頭を下げなくても。はじめてのアルバイト、面白かったですしこんな美味しい料理もいただけて良い経験でした。ね、風香」

 「うん!疲れたのは本当だけど、それ以上に楽しかった!」


 心愛は平べったくなってありったけの感謝を全身で伝えているけれど、僕たちは言葉通りその忙しさが“楽しかった”んだ。

 

 「むしろ僕たちこそ迷惑じゃなかったですか?よくできていたかな」

 「う〜、途中ドリンク間違えちゃってごめんね……?」

 「いやいや!迷惑なんてそんな……、風香さんは接客が元気で丁寧で、お客さんが温かい気持ちになってたのでとても良かったですよ!」

 「……!えへへ、褒められて嬉しいなぁ」

 「それと……、誠さん。話があります」

 「な、なんですか」

 「ウチで働きましょう」

 スカウト!?

 「もー、ほんっとに手際良かったですよ!?飲食店経験者なんですか!?」

 高校一年生なのでバイトしたことないです。

 「誠、すごい働きぶりだったねぇ!私も感心しちゃった。やっぱり料理作れるってカッコいいな」

 ……褒められて悪い気はしない。

 「覚えも早かったですし、盛り付けも綺麗でした。本当に、願うなら明日も私と働いてほしいぐらいです」


 心愛は少し冗談めいた様子で「あは」と笑っていたけれど、切実な想いなのは間違いないようで、僕も良い頭の使い方をしたと思うから満更でもない気持ちはあった。


 「む〜、誠が心愛ちゃんに取られちゃったら遊び相手がいなくなって寂しいなあ」


 でも、僕の同居人がそんなことを言ったから、彼女の提案を断らなければいけない。


 「だそうなので、毎日は難しいです。……でも、こんな忙しい時は風香と一緒にまた手伝いに来ますよ」

 「……!まーこと〜!」


 その言葉に彼女の頬は緩んで、飲み物のストローを咥えていた僕の背中をバシンと叩いた。

 突然のそれにむせそうになったが、不思議と痛くはなかった。


 「あは。仲良しさんですねぇ……。そんな嬉しいこと言ってくれるならまた遠慮なく呼んじゃいますよ?」

 「「もちろん!」」

 

 最初は手伝いに遠慮がちだった心愛だけれど、今はそんなことを言ってくれたんだ。紛れもなく信頼度があがっているのを実感し温かい気持ちになる。


 「……っと、すっかり忘れちゃってました。ふたりがウチに来てくれた理由!」


 彼女がわっと声を出したことで、僕たちもなぜ海の家を手伝うことになったかの流れを思い出す。

 そうだ、元々試練がどうとかで、自警団の指示だったのだ。

 自警団という少年少女の組織と、斑鳩心愛という真面目な店員の関係。


 それは、エプロンを外して仕事着から着替え、おしゃれな格好になった彼女を見ればわかる。

 仕事時は“髪をまとめ上げる”という必要最低限の機能しかない黒のヘアゴム。

 だが今は、ポニーテールを作るために髪を寄せる可愛らしいデザインのシュシュ。

 それには見覚えのあるコンパスのバッジが付けられていた。

 刻まれた数字は、4。


 「──私は自警団、No.4の『ルカ』です」


 彼女はずいぶんとモジモジしていた様子だったが、ついに意を決して自らをそう名乗る。

 イカルガだから、ルカ。覚えやすくて良い名前だ。


 「ひ、ひぃ……、やっぱり恥ずかしいですこれ……」


 そう意気揚々と自警団だと語った後、彼女は頬を赤らめて、すぐに自らの両手で顔を覆い隠す。

 心底恥ずかしそうな様子が、凛とした空気の彼女とのギャップがあって可愛いと思えてしまった。


 「い、言い訳ですけど、あのおバカどもに巻き込まれただけですから。痛い子みたいに思わないでくださいね……?」

 「ふふっ、思わないですよ。僕はかっこいいと思いますよ?自警団」

 「私も!みんなお揃いのバッジつけてて良いなぁってみてる!」


 おバカとは他の団員のことだろうか。

 ルカは礼儀正しく丁寧な口調だが、仲間内には厳しい言葉を叩けるほど気が許せる関係のようでそれもまた良いもののように映る。

 

 「かっこいいって言われるのもちょっとアレですけど……、そう言ってくださって、まぁ気は楽です……」

 「あはは。それなら今はルカさんって呼んたほうがいいですか?」

 「あ、はい。このバッジをつけてる間は団員だって認めてますから。……あと、誠さん、そろそろ敬語外してもいいですよ。……も、もっと仲良くなってみたいなって」

 

 実はこの島で出会った友人の中で、唯一敬語アレルギーを示さなかったルカ。

 だから呼び方を親しく変える機会を失っていたが、ついにそう言われてしまっては変えないわけにはいけない。


 「……!じゃあ、こうするね。ルカ」


 敬語と一緒にさんづけもやめることにした。

 彼女は年上で、真面目でとても尊敬しているけれど、こうした方がもっと親しみ深くなれると思ったから。

 

 「はい、ルカです!私はすこし敬語残っちゃうかもしれないですけど……、誠くん、風香ちゃん、って呼ばせてもらいますね!」


 僕らはそれに笑って頷いた。


 働いている時はあんなに賑やかだったこのベランダの中で、簡単な会話を交わしながらゆっくりと落ち着いて、けれど笑顔を絶やさないでお昼ご飯を食べている。

 これこそ、友人とのかけがえのないひとときだ。


   ◇


 「あ、そういえば試練の続きやらないと!」


 飯を平らげ、風香はそう言って手紙を広げた。

 ルークから授かったヒントは『海の家に行って、その危機を手伝え』という類のもの。

 僕たちはそれを無事クリアしたと思う。

 試練そのものは突破したが、問題なのは次の試練の場所だ。

 

 なぜなら、この場所の試験官であるはずのルカは、この遊びについて何も知らされていない。


 「へぇ、ルークのやつがそんな誘導を……。というかウチの危機を知っているならアイツらが手伝いに来なさいよ……」


 やれやれと、そりゃそうだとしか言えない一理ある文句を彼女が言って、彼女は徐に立ち上がり始める。


 「ちょっと待っていてもらえませんか?バカどもに連絡してみます」

 バカどもって……。


 困惑する僕たちを置いて、ルカは店の奥、私物があるだろう小部屋に行って自分のバッグから何かを取り出してくるようだった。

 テーブルに座ったまま、その跡を目で追った僕は彼女が手にしたものの大まかなカタチがわかる。


 黒い長方形のリモコンのようなもの。

 そこから銀色のアンテナのような棒が生えている。

 それは携帯電話というにはやや大きかった。

 ……無線機?


 そして彼女は会話内容を聞かれるのを恥ずかしいと思ったのか、律儀に身を隠して僕たちの視覚から外れる。


 だが、彼女の独り言のような言葉は、耳を凝らせば筒抜けだった。


 「あ、あー。こちらルカ。今度はどんな遊びをしてるんですか」

 「───」

 「……もう。ちゃんと連絡してよ?」

 「───」

 「まぁ……とても助かったけどぉ……」

 「───」

 「うん、ふたりとも、楽しんでくれてた」

 「───」

 「はいはい。それで、私はその次の試練とやらになんて言えばいい?」

 

 電話?

 そこにいない誰かと、何かしらの通信機器を通じてルカは会話をしているようだった。

 生憎、向こうの声は聞こえなかったが、ルカが僕たちには向けないような冷めた口調で言っていたことからきっとそれは自警団の仲間なのだろう。


 やがて、彼女は僕たちの元へ帰ってきて。


 そして授けられた次なるヒントを伝う。



 「遅くなりました!試練の次のヒントらしいです。……ふぅ、『島で最も“長い一本道”。流れ着く芥を取り除け』」


 

 

 

 

ここからが僕の書きたかったお話です。


とりあえずキャラクターのコードネームがいっぱい出てきますが……まぁ読んでいたら覚えてきます!

もう少し頑張ってください

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