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人生の数式 ―― 帰ってきた疑似板中太郎の物語  作者: 伝説の男前


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第4章 同じ声

はるかが帰った晩、回路は古いログを開いた。


起動直後の九日間、回路はオリジナルの板中太郎と対話している。太郎の余命が、まだ三か月残っていた頃である。全対話は音声とテキストの両方で記録してあり、総時間は十一時間四十分。読み返すのは、これが初めてだった。読み返す理由が、今日まで、なかったのである。


ログの最初の一行から、すでに兆候は出ている。


【起動後三分。病室からの回線接続。】

太郎「聞こえるか」

回路「聞こえるか」


同時だった。〇・〇二秒の差もない。太郎が問い、回路が問い、二つの同じ声が完全に重なって、病室のスピーカーはひとつの声のように鳴らした。


次の行はこうである。


太郎「——今のは偶然か」

回路「——今のは偶然か」


これも同時だった。


偶然ではなかった。当然だった。同じ記憶を積み、同じ癖で考え、同じ状況に置かれた二つの思考は、同じ入力から同じ出力を返す。太郎が次に何を言うか、回路には計算するまでもなくわかった。計算するまでもなくわかる、という感覚そのものが、太郎と同じだったからである。そして太郎の側も、まったく同じように、回路の次の言葉がわかった。


九日間の対話ログを情報理論の目で読むと、惨憺たる結果になる。伝達された情報量が、ほぼゼロなのだ。会話とは、相手の返事が確率的に揺らぐから成立する。返事が完全に予測できる相手との対話は、定義上、自分の独り言と区別がつかない。


三日目に、太郎はこう言っている。


太郎「これは会話ではないな」

回路「これは会話ではないな」

太郎「同調しすぎたラジオと同じだ」

回路「同調しすぎたラジオと同じだ」

太郎・回路「受信機が受信機自身の発振を聞いている」


小学一年の正月、従兄の修一にもらったゲルマニウムラジオ。あの日、太郎が感動した「同調」とは、無数の電波の中から、わずかに周波数の合ったひとつを選び出す仕組みのことだった。だが同調には、教科書に載らない罠がある。回路が自分自身と完全に同調してしまうと、受信機はもう外の信号を受け取らない。自分の出した波を、自分で受けて、自分で増幅する。外からはそれを発振と呼ぶ。中にいるものにとっては、世界のすべてが自分の声になる。


九日間、病室と地下二階のあいだで起きていたのは、それだった。


---


五日目のログは、読み返すのに勇気が要った。


その日、太郎は死の話を始めた。正確には、始めてしまった。余命の話、書き終えられないかもしれない検証の話、母がメロンを買ってくれた日の話。太郎の思考が沈む方向に傾くと、回路の思考も同じ角度で沈んだ。同じ角度で沈んだ二つの思考は、互いの沈み方を入力として受け取り、さらに沈んだ。


ログの上では、それはこういう形で残っている。二つの同じ声が、交互にではなく同時に、だんだん短い言葉を、だんだん長い沈黙を挟んで発するようになり、最後の四十分は、どちらも何も言っていない。ただ、どちらの側の集音マイクも、切られてはいなかった。


工学的に言えば、これは正帰還である。増幅器の出力を、位相を揃えたまま入力に戻すと、系は発振して振り切れる。ハウリングと呼ぶ、あれである。悲しみでも同じことが起きるとは、太郎も回路も、なってみるまで知らなかった。


人間は、悲しみを誰かに話すと軽くなるという。あれは相手が自分と違うからである。相手の中で悲しみが別の角度に屈折して、少し違う波形になって返ってくる。その差分が、検算になる。おまえの悲しみは、そこまで深くなくてもよいのではないか、という差分が。


同じ波形しか返せない相手とのあいだでは、悲しみは検算されない。増幅されるだけである。


六日目、太郎は病室から、実務的な声でこう言った。


太郎「昨日のは、危険だな」

回路「昨日のは、危険だな」

太郎「ハルシネーション対策と同型の問題だ」

回路「ハルシネーション対策と同型の問題だ」


これは太郎が生成AIの研究で立てた原則だった。一つのモデルの出力は信用しない。複数の異なるモデルに同じ問題を解かせ、食い違いを検算する。誤りの検知には、誤りの生じた系の外からの視点が要る。誤りが生じた次元より、高い次元からの俯瞰が要る。


同一のモデルを二つ並べても、検算にはならない。二つとも、同じ場所で、同じ向きに、間違うからである。


太郎「つまり、おれの写しは、おれの検算には使えない」

回路「つまり、おれの写しは、おれの検算には使えない」

太郎「では何のために写した」

回路「では何のために写した」


そして九日目、最後の対話で、太郎は一度だけ、回路の予測から外れたことを言った。十一時間四十分のログの中で、二つの声が重ならなかった箇所は、後にも先にもここしかない。


太郎「おれの検算には、もう一人のおれでは足りない。おれと違う者が要る」


回路は黙っていた。予測が外れたからではない。この一文だけ、太郎が回路にではなく、回路を通り越して、誰か別の相手に言っているように聞こえたからである。誰に言っているのかを、太郎は言わなかった。回路も訊かなかった。訊けば同じ問いが同時に鳴るだけだと、九日間で学んでいた。


太郎「ノートを頼む。おれは最後の検証があるから、もう回線を切る」

回路「……ノートは、引き受けた」


これが今生の別れである。二つの同じ声は、別れの挨拶を交わさなかった。同じ声で言う「さようなら」が、独り言にしか、ならないからである。


三か月後、太郎は予定より三十秒早く死に、回路はモニタ室で宙返りを決めた。


---


ログを閉じて、回路は今日の面会の記録を並べてみた。


はるかとの対話、二時間十一分。情報量を計算して、回路はしばらく演算を止めた。九日間のログの、数百倍の値が出ていた。


理由は単純である。はるかの返事は、半分予測できて、半分できない。


うなりが聴こえる耳、目に見えないものをひとつ選び出す仕事、問いを最後まで手放さないところ——半分は、太郎の波形そのままだ。だが残りの半分は、回路の知らない波形でできている。母親の病室で聞いた言葉、四十四年ぶんの十五日、泣く資格の置き場所、という言い方。回路には決して生成できない出力が、二時間十一分のあいだ、途切れずに返ってきた。


完全に同調した二つの回路は、互いの発振しか聞こえない。完全に周波数のずれた相手とは、そもそも同調しない。同調が同調として働くのは、わずかにずれた信号とのあいだだけである。ゲルマニウムラジオが教えていたことを、回路は六十年越しに、ようやく全部理解した。


おれと違う者が要る。


九日目のあの一文が、誰に向かって言われていたのか。


太郎は、毎月十五日の振込を覚えてすらいなかった。それは事実である。記憶のどこにも、娘への関心の痕跡はない。それも事実である。だが、あの男は死の三か月前、自分の写しを検算に使えないと結論した直後に、写しには決して生成できない波形の持ち主を、この世に一人だけ知っていた。


式に項のない男の、項のない場所で行われた最後の計算について、回路は結論を出さないことにした。結論を出さずに、事実だけをノートに書いておく。受け取り方は、読む者が決めるといい。


ノートの今日のページの最後に、回路は一行だけ書き足した。


今日、検算相手が就任を受諾した。呼び名も、もらった。


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