DAY5 デートアフター
上映終了のアナウンスと共に、星々がゆっくりと薄れてゆく。
暗闇だったドーム内に少しずつ照明が戻り始め、観客達が伸びをしたり、小声で感想を言い合ったりしながら席を立っていく。
「……終わっちゃいましたね」
「名残惜しいかな?」
「まぁ、それなりに」
リクライニングシートを戻しながらそう答えると、舟先輩はどこか満足げに笑った。
館内を出る頃には、外はすっかり夕暮れだった。
曇天はいつの間にか晴れていて、西の空には薄橙色の光が広がっている。
夕陽は雲の隙間から漏れ、街並みを茜色に染め上げていた。
夏の終わりみたいな空だった。
まだ八月にもなっていないというのに、そんな事を思ってしまうくらいには。
「……綺麗だ」
ふと、舟先輩が立ち止まる。
その視線の先には、沈みゆく夕陽。
「先輩、夕焼け好きですよね」
「好きだよ。昼でも夜でもない、曖昧な時間だからね」
「黄昏時ってやつですか」
「そう。境界の時間だ」
境界。
その言葉に、何となく胸がざわつく。
人と怪異。
夢と現実。
日常と非日常。
彼女はずっと、その狭間に立っている。
「……ねぇ海斗」
「何です?」
「今日は、楽しかったよ」
それは余りにも普通の感想だった。
だから一瞬、返事に詰まる。
世界を滅ぼすかもしれない怪異。
クトゥルフに連なる存在。
人喰いの巫女。
そんなもの全部を忘れてしまいそうになるくらい、その言葉はただの女子高生みたいで。
「僕も、楽しかったです」
「ふふ。そうか」
風が吹く。
彼女の黒髪が、さらりと揺れた。
その瞬間。
夕陽を背負う彼女の姿が、妙に現実離れして見えて。
……ああ。
やっぱり綺麗だな、と。
そんな事を思ってしまう。
「ところで」
「はい?」
「今日のデート、君なりに“検証”は出来たのかな?」
「うっ」
痛いところを突かれた。
確かに今日の目的はデート兼調査だった。
彼女の性質。
現実への干渉能力。
行動原理。
危険性。
そういうものを探るつもりだったのだが。
「……まぁ、多少は」
「多少か」
「先輩が思ってたよりノリ良いとか」
「それは検証なのかい?」
「あと、普通に笑うし、普通に冗談言うし」
「うん」
「普通に、女の子だなって」
そう言った瞬間。
彼女の表情が、一瞬だけ止まった。
ほんの僅かに。
本当に、一瞬だけ。
「……それは」
彼女は目を伏せる。
「褒め言葉として受け取っておこうか」
「実際褒めてます」
「なら尚更、困るな」
そう言って彼女は苦笑した。
困る。
今日、彼女は何度もそう言った。
生きたくなるから困る。
普通として扱われると困る。
その度に、胸の奥が痛む。
彼女はずっと、“怪異”として在ろうとしている。
人間に戻ってしまわないように。
希望を抱いてしまわないように。
「……」
気付けば、博物館前の広場まで来ていた。
人通りは少ない。
遠くで蝉が鳴いている。
夢みたいに穏やかな夕暮れだった。
「さて」
舟先輩がこちらを振り返る。
「デートもここまで、かな」
「……ですね」
終わってしまう。
そう思った瞬間、胸の奥に妙な焦燥感が走る。
まだ帰したくない。
もっと話したい。
もっと知りたい。
そんな感情が、喉元まで込み上げて。
「――また、誘っても良いですか」
気付けば、口に出していた。
彼女は少しだけ目を見開く。
「……命知らずだね、君は」
「自覚はあります」
「普通、怪異相手に二回目のデートを申し込むかい?」
「普通じゃないので」
「違いない」
彼女は、くすりと笑った。
それから少しだけ考える素振りを見せて。
「……そうだな」
夕陽の中。
彼女は静かに微笑む。
「次は、水族館なんてどうだろう」
「海洋生物好き過ぎません?」
「深きものとしては当然の帰結だよ」
「それ、自称するんですね……」
「まぁね」
そして。
彼女は一歩、後ろへ下がった。
「それじゃあ海斗。また今夜、夢の中で」
その言葉と共に、風が吹く。
黒髪が揺れる。
瞬きをした、その一瞬。
――彼女の姿は、消えていた。
それはまるで陽炎のように。
「……」
夕暮れだけが残る。
けれど不思議と、寂しさはなかった。
どうせまた、今夜会える。
夢の中で。
あの、海底みたいな教室で。
「……さて」
僕はスマホを取り出す。
そして、オカルト研究部のグループチャットにメッセージを送った。
『速報。先輩とのデート二回目、取り付けた』
数秒後。
康太から即座に返信が来る。
『お前そのうち世界より先に刺されるぞ』




