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DAY5 フォマルハウト

 プラネタリウムは、科学博物館の最奥にあった。

 薄暗い通路を抜け、自動ドアが静かに開く。

 するとそこには、半球状の巨大なドーム空間が広がっていた。

 既に上映前のアナウンスが流れており、疎らな観客達がリクライニングシートへ腰を下ろしている。

 カップル、親子連れ、老夫婦。

 そんな中に混ざって、邪神復活の巫女と男子高校生がいるというのも中々シュールな光景だ。


「おお……」


「どうしたんだい?」


「いや、普通にテンション上がるなって」


「ふふ、子供みたいだ」


 笑いながら、彼女は僕の隣へ腰を下ろした。

 席はやや後方。

 天井全体を見渡せる、良い位置だ。

 上映開始まで少し時間がある。

 館内はまだ薄明るく、観客達のざわめきが小さく響いていた。


「プラネタリウムなんて小学生以来かもしれません」


「私は初めてだ」


「えっ」


「言っただろう? 青春らしい経験は殆ど無いと」


 何でもない風に言う。

 だが、そんな一言一言が、妙に胸に刺さる。

 彼女は、本当に。

 普通の人生を送れなかったのだ。

 友達と寄り道したり。

 文化祭で騒いだり。

 誰かに恋したり。

 そういう当たり前を、何一つ。


「……」


「どうしたんだい、そんな顔をして」


「いや、別に」


「優しいねぇ、君は」


「だからそういうのじゃ――」


 その時、不意に館内の照明が落ちた。

 ざわり、と空気が変わる。

 天井いっぱいに、星空が浮かび上がった。


「――おぉ……」


 思わず、声が漏れる。

 夜空だ。

 都会では絶対に見られないような満天の星空。

 無数の星々が、静かに、静かに瞬いている。


『本日は夏の星座についてご案内いたします――』


 ナレーションが流れ始める。

 星座解説。

 夏の大三角。

 天の川。

 解説を聞き流しながら、僕はふと隣を見た。

 舟先輩は、星空を見上げたまま微動だにしていなかった。

 その横顔は、どこか遠いものを見つめているようで。


「……先輩?」


「星というのは、不思議だね」


 ぽつり、と蚊のなくような声で彼女は言った。


「人はあれを見上げて、物語を作る。意味を与える。神話を編む。……けれど実際には、ただそこにあるだけの光だ」


「まぁ、ロマンのない言い方をするとそうですね」


「だが嫌いじゃない。人のそういう営みは」


 そこで、天井に一際明るい星が映し出された。


『こちらが、みなみのうお座の一等星――フォマルハウトです』


 フォマルハウト。

 その名前を聞いた瞬間、脳裏に嫌な単語が浮かぶ。

 ――クトゥグア。

 クトゥルフ神話に登場する旧支配者。

 燃え盛る恒星に棲む炎の存在。

 そして、フォマルハウトはそのクトゥグアに関連する星として知られている。

 思わず表情が強張った。

 そんな僕を見て、舟先輩が小さく笑う。


「また、良からぬ事を考えている顔だ」


「いや……それは職業病というか」


「オカ研に職業も何もあるのかい?」


「そこは雰囲気です」


 すると彼女は、ふ、と目を細めて。

 本当に小さな声で。

 まるで、秘密を囁くみたいに。


「……フォマルハウト。アラビア語で、“魚の口”」


「え?」


「元は、みなみのうお座の口元に位置するからそう呼ばれた。ファム・アル・フート……魚の口。転じて、フォマルハウト」


 その声は、酷く静かだった。

 プラネタリウムのナレーションに掻き消されそうなほどに。

 けれど何故だろう。

 その瞬間だけ、彼女の声がやけにはっきり耳に届いた。


「魚の、口……」


「海に連なる星だ。だから少し、好きでね」


 星明かりが彼女の横顔を照らす。

 深海みたいな黒い瞳。

 透けるような白い肌。

 その輪郭は、暗闇の中でひどく幻想的だった。

 ……そして。

 不意に、思ってしまう。

 もし。

 もしも彼女が本当に、人ではないのだとして。

 この美しさすら、人を惑わす為の擬態だったとして。

 それでも。

 僕はきっと。

 この人に、魅入られてしまうのだろう、と。


『古来、人々は星々に神話を見出してきました――』


 ナレーションが流れる。

 その言葉を聞きながら、舟先輩は小さく呟いた。


「神話とは、案外。人が“理解できなかったもの”に名前を付けた結果なのかもしれないね」


 その声音は、どこか寂しげだった。

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