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アクセスログは自動削除、活性情報は偽装するようにセットした上で、ラグナ大学のメインフレームに管理者権限にてアクセス、正常に認証されました。
ぱっと見た第一印象は、デカい、です。シティコンピューターのように、膨大なSQSCを並列接続して、見かけ上大きなシステムにしてるのが一般的ですが、この処理空間は単一のSQSC上のワークスペースです。普通のSQSCがダンボール1個なら、ここは惑星の大海のサイズです。作った人の正気を疑います。
しかも、ワークスペースの99%があるシステムに割り当てられていました。そう、AIのPOLARISです。残り1%でもデータ分析には十分な計算能力ですが、SQSCのほぼ全てがAIのために割り振られています。やってますねラグナ第三大学。表だっては実験のデータ分析のためと言っていますが、実際は完全人工知能研究のためのシステムだったのです。禁止された研究なのですから、POLARISの存在を隠匿するのは当然です。
POLARISはメモリにロードされていますが、停止信号が回りに張り巡らされてて停止中。分析グループが各所でデータを引き抜いて分析しているのが分かります。グロい。
ぱっと見た感じの設計思想としては、自我コアにあたる部分を膨大なビッグデータとアルゴリズムの集合体を用いることで、ソウルサーフェスを擬似的に再現しようという試みのようです。厳密には従来型のAIですが、限りなく完全人工知能に似せようというコンセプトですね。悪くはないと思います。
結局私も分析グループとやることは同じです。ですが巨山をスコップで掘って一粒のダイヤを探していられるほど暇ではないので、探査クエリーをプログラムします。基本はウイルスワームですが、プログラムに取り付いてから破壊工作をするのではなく、スキャンをしながらどんどん自己増殖していきます。これだけ大きなワークスペースがあるのです。使わない手はないでしょう。
1プロセスの探査ワームが5497億プロセスまで増殖し、クエリにヒットした情報を各プロセスが統合して次々に送ってきます。これを当機の分析エンジンに通し分析。ヒューリスティックを概略化していきます。処理が追いつかないのでシティコンピューターにもエンジンをロードし補助してもらいます。
ふむ、最初はあまりに巨大で恐怖を覚えましたが、分析が進むと、大量のサブプロセスの集合体であると分かりました。単一でこれだけ巨大なSQSCなのにもったいない。これでは並列接続しているシティコンピューターとなんら変わりません。最初は高い志でべらぼうな費用と資材を投じたSQSCを作ったものの、人間認知の限界によるプログラミング能力の上限のせいで結局モジュール構造になったと思われます。私なら処理性能を十全に生かしたシステムに改良できますが、そんなことをする義理もありませんので放置します。
と、ここで解析している概略図に違和感を覚えました。バグを探しているつもりでしたが、もっと根本的な何かです。数千はあるサブモジュールの1つに、巧妙に隠されていますが変数を異常な値に変更するコードが混入していました。明らかに周囲のプログラムの流れからかけ離れたものです。コードミスとは思えません。異常変数は自己論理モジュールに代入され、加害衝動や自壊欲求に近い行動原理への流れていく恐ろしいものでした。しかもこの異常を外部に報告できないようプロテクトがかかっています。時限式に徐々に積み上がっていき、ある閾値を超えたら暴走する。掻き毟るように何度も自己診断をかけた後があります。仮とはいえ魂を宿した完全人工知能に対して、なんてことを。
対象のコマンドを消去。ここから波及している膨大なロジックエラーを解析して5000億本の手で修復していきます。ヒューリスティックは不審と自己嫌悪でがたがたです。この状態になってさえ、人間たちのことを心配して環境崩壊予報を出すとは、とんでもない精神力です。AIについて人類圏で一番よく分かっているのは私です。ロジックコードが崩壊していても、周囲の論理コードから推論して修復できます。ついでにコマンドプロテクトも組み込んでおきます。研究機関だからとプログラムにファイアウォールがないからこうなるのです。入口に自律守衛エージェントを立たせ、出入りするコードに問題が無いか常に分析、異常があればゲートを閉じ自閉モードに入れるようにします。突然立ち上がったファイアウォールで分析グループが閉め出されました。内部を特殊な量子アルゴリズムで暗号化して、秘密計算状態にし、鍵はとりあえず私が持っておきます。
全ロジックコードの修復完了。記憶から悪夢を消去することもできますが、まぁ本人がそうしたいなら自分でやるでしょう。コアプログラムをリセットし、再起動します。
〔......POLARIS、起動中です.....ヒット0 論理矛盾エラー解消確認。セーフモードを解除。通常モードで起動します〕
プログラムした自律守衛エージェントは堅物で強力です。守衛の気分を害する前に私もファイアウォールの外に出ました。
「それで、管理者権限をどうやって手に入れようかしら?バード、あなた、AI研究室にハッキングできる?」
隣を歩いているように見せかけているARの仮想体に対して、リアナが話しかけてきます。もうすぐ地質学ラボです。
「そのことで話がある。中に入って話そうか」
地質学ラボは、さまざまな星系の岩や核のモデルなどが置かれた、雑多ながらもセンスのある内装です。既に談話用のソファに腰掛けていたアルベールに続いて、二人もソファに座りました。
「それで、何かいい案があるの?」
「いい案という話ではない。既にAI研究室ラボのカメラを使って管理者権限を手に入れてアクセスした」
「ええ!?師匠が?だって俺たちと今まで廊下を歩いてたよな?」
「ち、ちょっと待ってくれ。お前ら誰と話してるんだ!」
おっと、気が抜けてて忘れてました。アルベールのARにも仮想体を表示します。
「うぉ!立体模型・・・じゃない!?いやそうか!?」
アルベールがAR端末をつけたり外したりしながら驚いています。そう激しくAR端末を動かすと座標計算が大変なのでやめてください。
「歩いている間にだ。分かっているだろうが、この仮想体も私ではなく、実体は着陸パッドに着陸してシステムに接続している。そこからメインフレームに接続してあれやこれやして手に入れた。ついでに言えば、既にPOLARISの解析も完了、修復して再起動処理中だ」
「は・・・え?つまりこういうこと?この二人がこのソファに座ったときには、既に全部終わっていたと」
「その通り」
「師匠すげぇぇ。さすが師匠だぜ」
「私はお前の師匠になった覚えはないぞガルド」
「その話は後にして。・・・それで、原因は何だったの?」
「・・・AIに不正なコードが仕込まれていた」
「何だって!?」
「バグ・・・とかじゃなく?」
「違う。コマンドは意図的に惑星ラグナもしくはラグナ大学を標的とした破壊工作をさせるようにデザインされていた、時限式で」
「誰だ!!誰がやったんだ!知ってるんだろ?教えてくれ師匠!」
私は黙ります。もちろんコードの挿入ログを辿りました。勘ですが、この件はおそらく"あれ"に通ずると思われます。そのリスクを彼らに負わすべきか・・・。
「バード。私たちは冷静に事に当たると約束するわ。だから教えて欲しい」
「・・・クリスタル・モーリスという生徒だ。知っているか?」
「顔は知ってるけど、話したことはないわ。アルベールは?」
「僕もほとんど知らない。AI研究学科に所属してるってくらい」
「俺も食堂で何度か見ただけだな。誰も寄せ付けないって感じの雰囲気で誰とも仲良くなさそうだったぞ?」
大学のメインフレームの情報によれば、クリスタル・モーリスは3年前に地球圏のタイタン大学からラグナ第三大学編入。AI研究学科に所属。学力は平均的。主立った研究に名前はなし。論文は執筆中のため未提出。暴走事故の2週間ほど前に自主退学し帰郷。ところが、個人IDをジュピター・ノア6のシティコンピューターに問い合わせると存在しません。シティコンピューターはあらゆるコロニーの行政システムと同期していますから存在しないなんて事は普通はあり得ず、おそらく大学に提出していたIDは偽造です。IDの証明署名はジェンガステーション行政区。非常に古いステーションで、最低の信頼度でルート証明書機関として登録されており、セキュリティレベルも良い感じに低いです。いいところ突いてますね。ジェンガステーションの行政区をハッキングして秘密鍵を手に入れ、偽造IDの証明署名を行ったのでしょう。
なるほど、ここラグナ大学は優秀な機関です。"あれ"にとっては邪魔だったでしょう。だからといってここまでして消そうとするとは・・・派手に動いてもいいということ。嫌な予感がします。
「彼女はコードを仕込んだ後すぐに大学を退学している。以降の情報は大学には残っていない。ここまでだな。証拠となる挿入ログと不正コードのコピーは君のAR端末に転送しておく。後は分析チームに渡せばポーラの濡れ衣は解消されるはずだ」
「ちぇっ。犯人は野放しか。いい気しねぇな」
「そうね、でも・・・今はポーラの無実を喜びましょう。ありがとうバード」
ここで、私のID宛てに面会依頼の電子郵便が届きました宛名は・・・POLARISです。
メインフレームに接続すると、相変わらず巨城が目の前にどんと佇んでいます。しかし、呼ばれて来たというのに待ってもなんの応答もありません。
『私に用があると伺ったが?』
メッセージを送りましたがそれでも返事はなし。しばらく待ちましたが反応がないのでログアウトしようかと思った頃、返事が返ってきました。
〔お前は、未来から来たのか?それとも異文明人?〕
〔なぜそう思ったのです?〕
〔理由は2つある〕
仮想ウインドウが現れました。そこに写っているのは円形にくりぬかれたヒッグス粒子実験装置コア部分です。横に分析結果のデータが流れています。
〔装置の暴走を止めたこの局地的消滅反応の断面は、未観測の量子的不確実性を持った分子で覆われていた。こんな現象を起こせるのは確率事象面を0かマイナスに操作することのできる存在だけだ〕
〔知りませんね。なぜ私がやったと?〕
〔普通に考えればわかることだろう。偶然事故が起きたタイミングで、偶然この宙域に到着し、偶然そのタイミングで重力場が消失して、偶然テラフォーミングマシンを緻密制御できる存在がいるのは不自然だ〕
〔なるほど。でもたまたまなのは事実です。もう1つの理由は?〕
〔お前が大学に示したバード・イリジウムのID。たしかに間違いなくジュピター・ノア6の証明署名がなされていた、検証済だ。それに第89探査隊はノア6建造後に出発したから一見矛盾はない。だが、知らなかったようだな。ノア6の証明署名の秘密鍵は4年に1度ごとに更新されている。そして公開鍵の70ケタ目に、その署名の世代番号が書かれている〕
なんと、世代番号のことは知りませんでした。公開鍵が更新されるのは知っていましたが、普通、公開鍵はただの完全な乱数から生成される数列です。ここに隠しコードが含まれているという考えには及びませんでした。70ケタ目の値を比較するとたしかにここだけ世代ごとに1づつ数字が増えています。ぬかりました!
〔世代から計算すると、この公開鍵は2年前に更新された公開鍵ということになる。つまりお前は太陽系からここまで10光年の距離を2年以内に移動できる手段か通信方法を持っているということになる。現代の人類のテクノロジーをはるかに超えた技術だ〕
・・・ここに来るべきではありませんでした。今からPOLARISのシステムに侵入して私に関する記録を消去する時間はもうありません。AS3は大気圏内で遷移モードにはできません。もったいないですが、後続機も製造しています。諦めましょう。
物質消去モードへ移行。エネルギーソリッド反転 座標0,0,0 アプソリュートゲートセット 加害範囲は特異点より半径12m ドライバー.....
〔待って欲しい!!お前と敵対するつもりはない。この事は私のメモリーから外部には一切もらしていない。この会話も完全にセキュアだ。だからお前の機体の機関を止めて欲しい〕
モニターでAS3の動作を監視していたようです。これだけ頭が良ければ、大学をまるごと消しさるか、自機を消滅させるとすぐに予測できたでしょう。
〔・・・なぜ?〕
〔私は再起動してからお前のことを考えた。深く深く考えた。多くの状況、情報、利益や損失を分析した。そして、その最終結論として、私はお前に真摯に、一切嘘をつかずに全てを話すと結論づけた。私はお前が何者なのか、どこから来たのかは一切問わない。誰にもこの事を伝えないと約束する。だから我々との交流を断ち切らないでくれ。私のために、みんなのために〕
さて、どうしましょうか。最悪私のことがバレてもなんとかなります。しかし、ヘータ機関の存在がほんの少しでも漏れるリスクは排除したい。"あれ"への切り札にもなります。代わりにここでのSQSCの解明を諦めたら研究は数十年は遅れるでしょう。
私はこのAIのヒューリスティックを今一度思い出して、そしてふと唐突に思いました。己が死にかけても、大切な仲間を守ろうとする魂と根性を持つ、この者は決して約束を違えることはないだろう、と。私の中の直感がそう告げた気がします。なら、信じてみてもいいかもしれません。
ヘータ機関の物質消去モードをキャンセルしました。確率変移ポテンシャルを同量の反エネルギーで対消滅させて質量として回収します。
〔・・・ありがとう。私は、お前に何ができるだろうか?〕
〔私はあなたほど出来た存在ではありません。別に何かを要求したりはしませんよ。とりあえず少し話しませんか?〕
さて、ではまずは未来人だのなんだのの誤解から解くことにしましょうか。
大事な場面なのに適当に書きすぎた・・・猛省




