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おやっさんが天井の高い工場の中をバサバサと飛び回る鷹を呆然と見ています。
「おめぇ・・・こりゃどうなってんだ・・・」
「すごいでしょうおやっさん。あの鷹は空力的に正しい力で飛んでいるんですよ」
「そんなバカなことあるか。アニマロボットはどう突き詰めても機械なんだぞ。それが軽々空を飛べるわけが・・・」
そうは言いながらも、目の前の光景が信じられない様子で、私が作ったアニマロボットに目が釘付けです。
「もちろん、機械の自重すべてを揚力で支えているわけじゃないですよ。TEKECフラクタルリーフで重さを無くしているんです」
「ふら・・りーふ?なんだそれは」
「簡単に言えば、ロボットにかかる引力と慣性応力を、常に逆向きに打ち消しているんです。あのアニマホークは総重量45kgはありますが、振る舞い重量は5kgほどしかありません」
「言ってる意味が分からねぇ。TEKECなんとかって、そりゃ宇宙船のエンジンだろ?そんなでけぇもんどうしたってんだ?危なくねぇのか?」
「安全ですよおやっさん。それにTEKEC機関は人間用のライフル銃にだって使われているんですよ?小型化は簡単です」
実は嘘です。TEKECライフルに含まれる機関の小型化技術は一般向けには利用されていません。軍事機密というわけではないのですが、慎重に使わなければ火薬のように危険であること、核融合炉と同様に巨大なものという謎の先入観があり利用されていません。リニア式住居が自力で宙を浮いていないのがいい証拠です。
おやっさんに腕を出してもらい、そこに向かって着地。やはり人型と違って目線も動きも感覚も全く違いますね。オートバランサーは便利ですが、鳥はバランスを崩すことで動きます。思った通りに動くためには練習が必要ですが、風を切って進む感覚は最高です。
「おめぇこりゃ売れるぞ・・・。早く完成させろ!」
「まだまだですよ。コロニーではコリオリ力にも対応しなければなりませんし・・・その前にアニマラットとアニマキャットを売り出しましょう?色も種類も多くてかわいいですし」
「-----おめぇがすげぇやつなのは認めるが、たまにズレてんだよなぁ。なんでその組み合わせで売りだそうと思った。悲惨な未来しか見えねぇだろうが・・・」
と、ここでバード・イリジウム宛に電子郵便が届きました。謎の非公開企業ハル・オスミウム社での成功後、取材、技術協力、買収提案、陰謀論、その他もろもろの電子郵便が濁流のように会社の代表者アドレスに届くようになりました。"あれ"からもメッセージが来てましたがそれも含めてまとめて無視。行政や知り合い以外からの郵便は全てスルーしてました。ですが、今回の手紙を見て手が止まります。
------お前の書いたソフトを見た。会って話がしたい。 プラット・ハルバード
大体の手紙は拝啓から入って恭しくお願い文を書かれ遠回しに希望を書かれて、そして締めの文章という、ビジネス文章形式が多い中、どこの誰とも書かず、ただそれだけの一文が書かれた手紙。ロボットでなければ冷や汗が出ていたところです。
私が売り出したソフトのコードは完全にオリジナルです。アルゴリズム含め、全ての著作権侵害を回避していますから難癖を付けられるわけではないでしょう。おそらく相手が気になったのは親和性でしょうね。今やハル・オスミウム社は基幹システムコアを含めいくつもの高性能なソフトを売り出していますが、どう考えてもハルバード・インダストリーのハードとのシステム互換性が高すぎます。装置の設計者が意図していなかった制御さえできます。そのため、いよいよ誰もがハル・オスミウム社の基幹ソフトを使う頃には、ハルバード社の製品が大人気になり、おかげで売上が100倍以上に急増しているそうです。
それにしても、なんというか、あれです。どうしましょうか?
ほんの0.5秒ほどでしたが、行動ツリーを全演算能力で生成していたので、その一瞬の静止をおやっさんに気取られました。
「どうした?なにかあったのか?」
「い、いえ・・・。なんと説明すればいいのか、ちょっと難しいんですけど・・・」
おやっさんは私の歯切れの悪い様子に小さくため息をつくと、アニマホークを机において、腕を組んだ上で手先でシッシッとジェスチャーをします。
「ほら、行ってこい」
「え、何がですが?」
「どうせな、そういう顔をする奴ぁ、親か兄弟からの良くねぇ連絡だって相場が決まってんだ。行くなら早くしろ。後悔する前にな」
全然違いますが、仕事を休んで行っていいというなら会いに行きましょうか。罠の可能性もありますが、チャンスでもあります。
「じゃあ、今日は早上がりさせてもらいます」
「おう、行ってこいや」
今の人型機体は借りてたヘルパーロボットではなく、バイオメカニクス工場を一晩有料で借り受け、おやっさんの技術や私の制御アルゴリズムを相当に組み込んで制作した機体です。この機体は金属探知機に引っかかりません。X線スキャンをすれば人間ではないと丸わかりですが、医療施設と宇宙港以外にX線スキャナーはありませんのでバレることはありません。
了承の返事を簡単に返すと、時刻フリーのアポコードが送られてきました。暇なのでしょうか?
さすがにオイルに汚れた体とツナギ姿はまずいので、洗浄室で洗い、スーツに着替えてリニアタクシーで向かうことにします。ハルバード社の支部はリングのちょうど反対側です。
ハルバード・インダストリー社は実質ハルバード一族の優秀さで登り上がってきた企業と言えます。天才的なメカトロニクスは強固かつ先進的で、特に量子演算系のシステムや製品は他の追従を許しません。現社長のプラット・ハルバードも世襲で成り上がったわけではなく、多くの優秀な製品を設計して躍進、10年前に社長に就任しました。いつもは本社のあるステーションにいますが、ノア6へは何をしに来たのでしょうか?
リニアタクシーを中層の乗り場に呼んで乗り、行き先をハルバード・インダストリー支社に指定。制限エリア侵入のためコードを求められたのでシステムに送り承認。滑るように出発しました。大勢が乗り合う低所得者向け定期リニアトレインにはよく乗りますが、1台まるごとホテルの一室のような広さになっているリニアタクシーに乗るのは初めてです。湾曲した側面は全面ガラス張りで、外を見ると足下を高速で景色が流れていきます。ちょっとダンパーの調子が悪そうなので制御システムにアクセスして係数を調整しました。
やがて産業ビルが競うように高く連なっている地区に入り、その中でも特に高いビルタワーの上部エントランスに到着しました。リニアタクシーがビル側面に吸い付くように到着すると、側面ガラスが回るように上にスライドして開きました。高級な雰囲気を醸し出す高役職専用の受付ロビーです。カウンターのフロント係の女性がお辞儀をしてきます。他に誰もいません。
「ようこそハルバード・インダストリーへ。どのようなご用件でしょうか?」
「本日、プラット・ハルバード氏とお約束を頂戴しているのですが、お取次ぎをお願いできますか?申し遅れました、ハル・オスミウム社のバード・イリジウムと申します。」
そう言うと、受付の女性が筋繊維分析でしか分からないほどわずかに驚いたような顔をしました。こんな若造とは思わなかったようです。
「はい、伺っております。こちらへどうぞ」
そう言うと、女性は私を開放感のある応接室まで案内してくれました。お礼を言って、示されたソファに座って待ちます。
一面薄い電子シェードのかかったガラス張り、半2階の上にはバー。派手な高級品というよりも重厚な物が多いですね。壁のほうに目をやると、台の上にライトで照らされたハルバード・インダストリーの製品模型が世代ごと丁寧にずらりと並んでいます。NXR-6000の模型もあります。戦闘ロボットとしてはすでに4世代前のものです。
時間があるので無線ネットワーク経由でシステムに接続して面白い物がないか探していました。勝手知ったるメインシステムなのでこのタワーのAIはこちら気づきません。
ここで、ドアが開いて一人の男が入ってきました。短髪の白髪、青い目をした大柄な50代の男性で、歳の割りに芯がしっかりとしていて若々しく見えます。男は部屋に入り、立ち上がりかけていた私を見て目を丸くします。
「あ・・・いや、すまないな。ちょっと驚いただけだ」
そう言って、男は私の前までやってきます。
「ハルバード・インダストリーCEOのプラット・ハルバードだ」
「ハル・オスミウム社のバード・イリジウムです」
「若いな、何歳になる?」
「34です」
「うむ・・・座って話そう。コーヒーでよかったか」
「はい、頂きます」
消化吸収はできませんけど、味覚は分かります。
プラット氏は豪快にソファに腰掛けると、背もたれで後ろに伸び出しました。
「んー。そうか。ちょっとラッキーしただけのバカだったら、開口一番にお前の会社をさっさと買収する、以上と言って終わるつもりだったのに、気が削がれたなぁ・・・」
「あの、それはどういうことでしょう」
「俺はなぁ。経験上、見ただけで大体、人となりがわかるんだよ。だから会おうと思った。お前、軍人だろ。それも俺と同類の機械屋軍人」
屋、を抜けば戦闘ロボットなので完全に当たりですが、メカニックと言われるとそれも当たりです。それにしてもおかしいですね。公開されているプラット・ハルバードの経歴に軍歴などないはずですが。
「軍人だったのですか?聞いたことがありませんでしたが」
「ああ、まぁな。若い頃は合法非合法問わずでいろいろな星を回る傭兵軍の一味だったのさ。退役してから実家に戻って、ほとぼりが冷めるまで停滞スリープで寝た後しれっとコネで入社したのさ。世間体が悪いから表だっては言えねぇがな。お前も似たようなもんだろ?似合わねぇスーツなんて着やがってよ」
「それはお互い様です」
それを聞いてプラット氏が天井に向かって大声で笑います。
「ちげぇねぇな。んで?なんで俺の会社に寄せたソフトなんて作ったんだ?お前、媚び売るタイプなんかじゃねぇだろ?」
「ただのお礼です。私は救われたんですよ。貴方の設計したもので」
「救われた?・・・ああ、戦場でNXRにか。知ってたか?ハルバード社は俺が来るまでろくな戦闘ロボットを作れてなかった。NXRは俺が傭兵時代の経験と知識をフルに使って1から設計した初めての製品でな。俺が優秀で良かったな。命拾いしただろ」
正確に言えば、貴方の書いたプログラムのバグのおかげです。
「・・・ええ、命を得ました・・・。それで、提案とお願いがあるのです」
プラット氏がぐっとソファで伸びます。
「やっと本題かよ。大体がノーで終わるが、言うだけ言ってみろ」
「ハル・オスミウム社のソフトをソースコード含めてお売りします。代わりにエイル・トランスデータ社の株を全て買い取らせて欲しいのです」
「エイル・・・なんだって?」
「ハルバード・インダストリー社の子会社で、超長距離恒星間通信中継アンテナや、無人電波灯台ステーションを運用しているデータ通信会社です」
「ああ、あの大赤字部門か。さっさと潰してぇのに、公共の福祉だぁなんだと政府からの圧があって、設備のメンテナンス費用が嵩む一方だった。なんだ、ほしいのか」
顎を左手に乗せ、挑戦的な目で面白そうにこちらを見てきます。
「ええ、是非」
「先に言っとくが、うちの社も買収の際企んでたように、通信データを抜き取ってうまい設け話にもってこうって考えても無駄だぜ。データは中継間は完全に暗号化されてる。中身はなんも見えねぇぞ」
「どうするかは秘密です。それとも教えないと売ってくれませんか?」
「・・・いいや。というか、あそこはもう絞れるところは全部絞った残りカスだ。残りは金かけてゴミ箱に捨てるところだったから、後始末してくれるってんなら、タダでやるよ」
「ほんとですか?なら、お願いします」
特に冗談ではなく真顔でそういうと、プラット氏は今度こそ大笑いをして止まらなくなった。
「ほんとおめぇ!そういう勘とギャンブルと技術自慢でなんでもやってやろうっていうところ、昔の俺そっくりだぜ。ああ、タダ同然で売ってやるさ。その代わり、これからもうちの会社贔屓のソフトを作れよな」
「ええ、もちろんです」
その後、ハルバード社の何人かの重役、秘書を交えて今後の譲渡計画を急遽とりまとめ、契約書が作成され締結されました。いくらかの雑談の後、晩餐をやんわり辞意して帰る段になって、プラット氏がロビーでこう訪ねてきました。
「そういやお前、お願いもあるって言ってたよな。結局聞いてねぇが何だったんだ」
「ああ・・・じゃあ、聞いてくれますか?ちょっとそこに立ってじっとしててください」
「あ?なんだ。殴るのは勘弁しろよ」
「違います」
私はプラット氏の前に立ち、顔を見合わせます。そして、意を決してギュッとその体を抱きしめました。
「お、おい!俺はそんな趣味はねぇぞ!」
まぁとりあえず無視します。・・・父よ。私を産んでくれて、ありがとうございました。
社員らがその光景を見てがやつく中、ガチガチになったプラット氏から名残惜しくも離れます。プラット氏は私を怪訝そうに見ていましたが、私の表情をじっと見て、やがてなぜかフッと笑うと、ガシガシと乱暴に私の頭をなでました。
「・・・まぁいい。ほら、タクシー待たせてるぞ」
「はい、またお会いしましょう」
私はリニアタクシーに乗り、ハルバード・インダストリーを離れていきました。
「・・・はぁぁ。俺、いつの間にか、一人息子がいたらしい」
「顔も、体格も、声も、仕草も、肝の据わり方も、そっくりでしたものね。ロビーで一目見たときから、親子じゃないかって思ってました。スーツに着させられてる所とか」
「うるせぇ」
全演算能力の0.5秒=人間の10年相当の時間。悩みすぎ。
気づいている人もいるでしょうが、osmium、iridium、platinumは白金族元素。名前はハルとバードでハルバード。アルバに気づかされてから、ずっと創造主のことを気にしていたという。
さらに言えば、プラットは馬鹿ではないのであの瞬間、直感的に名が自分にちなんだものである事に気づきました。同時に偽名を使ってる食わせ物であることも。




