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地表は現在、風速50mの風が吹き、上空300mまで塵が舞っています。これでも十分にやばいですが、今問題なのは地磁気です。通常、惑星のマントルのさらに下の外殻では、液化した金属が温度密度の違いによる対流を発生させ、電磁誘導によって地磁気が発生しています。ところが今、重力場の衝撃によって、外殻の密度差が一気に変化したため対流が乱れ、地磁気が消失しているのです。地磁気は恒星からのプラズマ風を防いだり、惑星の鎧であるヴァン・アレン帯を作り出して生命を守っています。塵がなくなって晴れる前に惑星の核運動を元に戻さねば、惑星環境崩壊は決定的なので、こういう時にはうってつけのテラフォーミングマシンを使います。
テラフォーミングマシンは、主要構造のほとんどは核融合炉で、底面がTEKEC機関なので宇宙船そっくりです。違うのは、機関が速度を与えるのは船体ではなく惑星本体です。マントルなどの流速をゆらゆらと細かくコントロールすることで、気温と気圧、気象を生存可能な状態に近づけます。不思議に思うかも知れませんが、地球型惑星であれば数百年かけ、核の制御による惑星表面の温度圧力制御のみで、酸素を除く大気成分の調整が可能なのです。
大気圏に入ると、塵が作り出す静電気によって空中放電が嵐のように起き、機体表面に張り付く雷で電磁迷彩装置、ヒッグス粒子レーダーが故障したため回路を遮断。スキャナーもノイズで役に立たず、カメラは灰色一色、方位磁石はきかず、どこを飛んでいるか全く分かりません。今頼りなのは乱れる気圧計とジャイロスコープのみです。
計算上はテラフォーミングマシンはもうすぐのはずです。と、まだ何も見えませんが気流が乱れ始めました。巨大構造物によって気流の渦ができ、風がぶつかる低い轟音が聞こえてきます。目的地です。選んだ構造物側面の貨物搬入ゲートに対し、パリティビットを多分に含んだ大出力電波で緊急ゲート解放要求を何度も発信すると、やがてゲートがゆっくりと開いていきました。急いでロッカーに入りゲートを閉じます。
時間がないので急ぎます。着陸するとすぐにユニバーサルケーブルを自動コネクターに接続。共通規格は人類の叡智です。ゲート制御をしていたシステムからいくつかのファイアーウォールを避け、通話回線に信号変換をして、コントロールルームの電話機の脆弱性を経由し、テラフォーミングマシンのメインフレームに到達しました。この星がテラフォーミングを完了してかなり経ちますが、数年に一度は研究者が惑星環境のモニタリングのために使用していたのが幸いして、メインフレームをたたき起こすと正常に立ち上がりました。
マシンのウォームアップには急かしても3時間ほどかかります。その間に手間取っているコア再起動プログラムを完成させたいところですが、これがかなり難しい。長期的な環境データが不足しており、制御アルゴリズムが複雑でシミュレーション上でも期待どおりになりません。不用意にマシンを動かしたら逆に環境が悪化します。
しばらくシミュレーターと格闘していると、AS3のセンサーがノイズの中にゲート解放信号を受信しました。雑音だらけで気づきませんでしたが、AS3のいるロッカーのすぐ外に何かいます。監視カメラを見ると、砂嵐の中にぼんやりと白い機体が見えます。ラグナ第三大学のフィールドワーク用プロペラカーゴです。不規則にふらついている動きからAI補助を受けている人間によるセミマニュアル操作だと分かります。リスク計算をぶっ飛ばした頭がおかしい行為です。この暴風の中ここまで生身で飛んでくるとは命知らずにもほどがあります。テラフォーミングマシンの搬入ゲートは数十はありますが、カルマン渦による剥離泡があり比較的風が穏やかなゲートはここ一つだけです。頭が良いのか悪いのか。
困りました。ゲート内のロッカーには電磁迷彩装置が故障中のAS3があり隠れる場所はありません。かといって、壊れているふりをしてゲートを閉じたままにしたら蛮勇でここまで来たプロペラカーゴが危険です。そうですね、ならブレインポットのふりでもしましょうか。もし嘘がばれてAS3が奪取、分解されてもヘータ機関のコントローラーBOXにはアクセスできませんから、技術漏洩は起きません。
AS3をロッカーの奥に移し、ケーブルを再接続。ゲートシステムに解放を指示。プロペラカーゴが危うい動きをしながらロッカーに入ると、ゲートを閉鎖しました。
しばらくはそのまま反応がありませんでした。電磁ノイズでカーゴ内のカメラにはアクセスできませんが、AS3の音響センサーで中の人間が嘔吐する音と嗚咽を漏らしている音が聞こえます。落ち着くまで待ちましょう。
しばらくすると後部ハッチが開いて3人の人間が疲労感を滲ませた様子でふらふらと出てきました。一人は長身、大柄の男で落ち着きなさげにあたりをきょろきょろ見回しています。一人は小柄な女性、胸を押さえながらゆっくり出てきます。一人は若い青年で、その女性に付き添うように、肩を抱いて支えながら降りてきます。3人ともラフな学生の格好ですが、砂や煤で薄汚れています。3人ともAR機能のついたゴーグルやメガネをつけていますが、学構内専用なのかオフラインです。
「もう二度と乗らない!本当に死ぬかと思ったわ」
「僕も絶対無理だと思った。ケインの無駄な運転技能がこんなところで役立つとは・・・」
叫んだ小柄な女性をさすりながら、青年が青い顔をしながらぼそりとつぶやきます。
「まぁ、こんなの朝飯前だぜ。命かけてここまでとばして来たんだ。早く始めちまおう」
「・・・そうね。最後にポーラが言ったことが本当なら、実験装置の暴走でこの惑星は既に環境崩壊を起こし始めてる・・・って待って、それはなに?」
女性がやっと辺りを見回した段階で、AS3に気づきました。大柄の男が近づいてきて見回します。
「んー・・・見たことない機体だな。可変翼にロケット推進・・・古くせぇ構造だな」
『古くさいとは失礼だな。古き良きデザインと言うならまだしも』
「なんだ、しゃ、しゃべった!?応答AIか?」
「いいえ、違うわ・・・。あなたは誰?どうしてここにいるの?」
「私は探検者のバード・イリジウム。ブレイン・コールドスリープ中に偶然この星系の異常に遭遇し、コールドスリープが自動解除された。環境崩壊を防ぐためテラフォーミングマシンを稼働させられるのは私だけだと考えてここに来た」
「探検者・・・まさか、あなたはブレインポットなの!?」
(ブレインポット・・・って何だ)
(戦後に人類圏を広げるため探査機を送るのが流行ったことがあるってどこかに書いてあった。で、その後期にはイカれた連中が人間の脳と最低限の生命維持装置だけを探査機に詰め込んで送り出したらしい。脳だけなら何度もコールドスリープできるし、加圧環境とかもいらなくて探査機を小型にできるからって。ちなみにちゃんと人権が保障されているから。ブレインポットは差別用語)
(マジかよ。リアナ初っぱなからミスってるじゃん)
後ろで大柄の男と青年がひそひそ話しています。ノイズキャンセラーを通しているのでこの雑音でもよく聞こえますよ?
『その通り。この機体が私の体だ。君たちは?』
「えーっと・・・俺たちはラグナ第三大学の天文地質学の学生だ。俺はガルド、今話してたのがリアナ、その横にいるのがアルベールだ。よろしくな」
3人が各々挨拶しながら手を振り、学生証をこちらに示します。IDコードをAS1経由でシティコンピューターに問い合わせると、登録情報と一致しました。間違いはありません。
『なるほど。察するに君たちも地磁気異常を観測し、その解決のためにここに来たのだな。危険な橋を渡ったな』
「ええ。動けたのは私たち3人だけなの。大学は多くの建物が損傷していて今は大騒ぎ。ポーラの環境崩壊予報に気づけたのは私たちだけ。だから急いでここに来たの」
「でも、僕たちも環境モニタリング機能くらいしか触ったことがなくて、正直テラフォーミングマシンを始動できるかどうか・・・」
『テラフォーミングマシンは今ウォームアップ中だ。あと43分で起動できる。地質学の学生といったが、君たちはこの惑星の過去300年分の環境データを今持っているか?』
私の言葉に3人は驚く。
「ここから操作しているのか!?すごいな。環境データは・・・誰か持ってたか?」
「ええ、ゴーグルにコピーがある。ポーラが必要だからって転送してくれた」
『ポーラとは?』
「ポーラは私たちの・・・」
リアナが言葉を続けようとした瞬間、アルベールがさりげなく支えた腕でリアナに何か合図をしたのが分かりました。大学なのですから、技術的機密もよくあることです。
「私たちの、助手よ。とっても優秀なの」
『なるほど。テラフォーミングマシンの制御には環境データが必要なのだ。私を信用してもらえるかは分からないが、データを制御室の端末にロードしてほしい』
「信用するさ。お前はこのロッカーを選べる頭の良いやつだしな」
頭の良さと信用度は別問題のはずですが、学生の価値概念ではそんなものかもしれません。彼らがテラフォーミングマシンのコントロールルームに着くと、なぜか3人は感嘆しました。フルシステムが動作しているのを見るのは初めてなのでしょう。
「来たわ。バード、聞こえる?」
『聞こえる。階段を下りて左に短距離通信機がついているターミナルがある。そこに転送してくれ』
「通信規格の世代が違うから繋がらないわ」
『大丈夫だ。ターミナルの通信デバイスドライバーは私がリプログラムしておく』
リアナのAR端末の信号を掴み接続。リアナは短距離通信で環境データを転送してきました。これがあれば鬼に金棒です。シミュレーターに環境データを入れて正常なコアを確認。現在のコアをマシンのスキャナーで読み取って比較し、回復操作の手順をアルゴリズム生成しながら総当たり計算。安全かつ短期間でコアを修復するアルゴリズムが完成しました。環境データがあってもマシンのコマンドが複雑で大変でした。プログラムを転送し、メインフレームを再起動します。
すべての表示が一瞬消えたので3人が驚きます。
『コア再起動プログラムを起動した。まもなく回復が開始される』
「君がプログラムしたのか?これは・・・なるほど、意図的に構成成分を沸騰させて膜のようにテクトニクスを多層構造にしてるのか・・・考えたな」
「そりゃ・・・理屈は分かるがそんなこと可能なのか?実際の核は理論上よりかるかに複雑なんだぞ」
「周期的な溝を作って流れを収束させてる・・・。誤差があっても核への応力は狙ったとおりになるわ・・・あなたすごいわ。こんなの見たことない。これだけで論文がいくつも発表できるわよ」
テラフォーミングマシンが稼働を開始すると、轟音と振動が構造物を揺らし始めます。スキャナー情報をもとに誤差を修正。やがてアルゴリズムが完全に機能しはじめました。コアを包んだ面領域で無数の泡構造の金属が回転し、コアが復帰しきるまで最低限の磁気を急速発生させます。このエネルギーはテラフォーミングマシンから供給され制御されているので停止しません。あとは自動フェーズで動作するので大丈夫です。作業完了しました。
啓示空間シリーズは最高だが、なぜ頑なに上中下巻にしないのか。




