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ジュピター・ノア6の構造は円形断面のトーラスというよりは、指輪のリングの内側に巨大なガラスの植物温室ドームを連ねたような、リングワールドの小型版のような構造をしています。できるだけ広い1Gの面を稼ぎ、かつ少ない材料で構築できるのが利点なのでしょう。普通は軸にある宇宙港から入りますが、身分証もないので不法侵入必須です。
互いの軌道と速度を精密に計算して、時速3万kmで木星を公転し、時速360kmで回転する外殻構造物と1秒だけ同期する軌道に変更。ごく微少の調整を繰り返しながらほぼ慣性航行で接近します。放熱を優先した白色の外殻表面はつるつるではなく、展望塔やアンテナやら穴やらでパッチワークのようにでこぼこしているので、着地地点をヒッグス粒子レーダーでスキャンして選定。AS1から見たら不可思議に見える曲線的な動きで相対距離を縮め、外殻構造物と同期した瞬間に構造物に取り付き、マグネットギアで吸着しました。即時に1Gの遠心力で外側に引っ張られ始めます。こんなアクロバティックな侵入を想定してる人などいないでしょうから、近距離監視センサーなどはありません。
〔....注意!SQSC干渉確認。保護有効〕
今、ほんの一瞬ですが超微小の亜空間干渉反応を検知しました。AS1のSQSCは前の経験から外部干渉防止BOXに入っているので無事ですが、入っていなかったとしても誤り訂正アルゴリズムで十分対処可能な弱さでした。人間への影響もほぼないでしょう。誰かが装置の実験をしてるのでしょうか?まぁ今は気にしないでおきます。
外殻構造物の無線ネットワークを探すと、外殻を自動メンテナンスする懸垂式モノトラムロボット用ネットワークを見つけました。接続すると、認証失敗で即切断されました。今まで田舎の平和ボケした脳天気なAIや、壊れた骨董品のシステムを相手にしてきましたが、これが普通の反応です。腕が鳴ります。モノトラムロボットに接触できればIDを得られるかも知れませんが、この区画を通過するまで待ち続けるのも時間の無駄なのでアプローチを変えましょう。
かつて工場の製造工程管理システムに接続していたとき、データの中に全製造企業の製品リコールリストと呼ばれるものがありました。販売後に製品に関する何らかの欠陥、不具合、または品質上の理由等により、回収や無償修理などを請け負うリストです。いつかこのリストに当機が載るのではないかと肝が冷えた覚えがあります。公開情報にはリコール製品の型式は書かれていますが、具体的な不具合の内容については詳しく書かれていません。ですが製造工程管理システムには同様の不具合が発生しないよう注意するために、事細かに不具合の内容が書かれていました。
懸垂式モノトラムロボット用ネットワークで使われている無線機のうちの1台は、マックアドレスからリコールリストに載っている機種だと分かりました。不具合内容は、内部の処理チップのバッファオーバーフローによる権限昇格、任意コードの実行の可能性。この不具合はファームウェアのアップデートで解決できないので交換が必要ですが、実際に交換したユーザーは1%未満です。
カナリアを鳴らさないようパリティビットを調整したプログラムを作成。一秒に数万回の接続試行を発行しながら、1回ごとに無線機のメモリ内で1ビットづつ端をずらしてバイナリを送ります。
〔バックドア起動 認証回避 モノトラムロボット制御システムに接続〕
ハルバード・インダストリー社でコピーしていたハッキングプログラムを制御システムの隙間で起動、技術者の遠隔メンテナンスを装って外へのポートを開き公共ネットに接続しました。情報収集をバックグラウンドで開始します。
さて、まずは何をするにも市民IDが必要です。ですが市民IDを統括管理するシティコンピューターをどうにかしようとしても返り討ちです。対して、宇宙港の移民受付システムは柔そうです。そこからいきましょう。少し前に宇宙港に到着した旅客船が、コネクターに接続して乗客に公共ネット環境を提供しているので、そこ経由で旅客船に接続。内部にいる乗客のふりをして31歳元軍人男性、片足不随の"バード・イリジウム"という偽名で亡命的移民申請を出します。宇宙港の移民受付システムはそれを受理。永住希望者として仮IDを発行、シティコンピューターに登録されました。IDがあればできることは山のように増えます。降船記録、入港記録、エレベーターの利用記録などに片っ端にIDを残して外に出たことにします。次に、偽造の"戦争地域で部隊軍医に発行された、被弾による片足不自由に関する診断書"を公共システムに送り、バード・イリジウム名義で随行ヘルパーロボットを手配。福祉制度が適用されて無料で利用できます。姿形を指定できるので軍人っぽい体格と見た目に設定して宇宙港出口に手配。歩いて来てもらいます。出口まで来たところでヘルパーロボットの制御システムに接続。バード・イリジウムのIDでログイン。事前に利用者として設定されてますから正常にログインできました。制御権を借り受けます。ロボットと人間では一挙手一投足が全く違っており一目で見分けられるので挙動テーブルを変更。仮市民でも少額貸付制度を使用できるので数万Cを借り、自動販売衣服店で移民っぽく見えるように擦れたジーンズと白いTシャツ、ミリタリージャケットと六角帽子を買って着替え、バラックバックにヘルパーロボットが着てきた服を詰めて担いで出ました。
コロニー内は圧迫感を軽減するための鏡の壁面となった巨大なビルが建ち並び、ビルの間を絡んだツタのようにリニアレールが縦横無尽に張り巡らされており、円柱形を横倒しにした構造物が、レールを噛んだT字の支柱にぶら下がって、蛇のように連なって移動しています。ライブラリによるとあれ一つ一つが移動体であると同時に住居であり、職場にも買い物にも、あれに住んで徒歩1歩の生活をしているそうです。ご近所付き合いに悩まされることもなく、好きなところで停止して好きなタイミングで移動できるとあります。こんな狭いコロニーだからこそ、自由でありたいと思う人間の精神なのでしょうか?
初めて人間の目線で歩きますが、ずいぶん目線が低いですね。上を見るとビル群がのしかかってくるように感じます。上部の透明な気密構造体の向こうには複雑な模様でむしろ不気味にすら感じる木星が見え、回転しています。半透明な空中歩行者道路がビルの中間層にあり、そこを多くの人間たちが行き交っています。私はその中を今歩いてるところです。とりあえず、移民受付システムが推奨していたモーテルに向かいましょう。




