私の陳述(前)
「まず第一にあんたの言っていたピンクの髪はなんちゃら、何て言うのはくだらない後付けだわ」
私の言葉に向かいの席の男は目を見張った。
目の前には食べかけのチーズケーキが3切れ、飲みかけの珈琲が3杯。
まるで劇中のスポットライトのようにリビングの灯りがテーブルの上のそれらと登場人物たちを照らしだす。ただし、演劇において最も重要な役である観客はおらず、ここには私と兄、そして新木場しかいなかった。それでも劇は進行する。
「浅草さんが髪を染めたのは恐らくついさっきの事よ。
そして、それは私と上野さんを納得させる理由を作る為にあんたが企んだこと。
浅草さんを何とか丸め込ませて髪を染めさせたんでしょ」
「な、何を言っているんだね!あやか君!!
証拠はあるのか!証拠は!!」
もはやその動揺ぶりが証拠だと言いたいぐらいだが、それでは新木場の黒髪説よりも説得力が乏しい。
それにわざわざ奴に逃げ道を用意するぐらいなら、夕食に誘う真似もしないのだ。
「わかった、一から全部教えてあげる。
私がどうやってここまで辿り着いたか」
新木場の滑稽ぶりは本当に台本でも与えられているかのようで、あまりにも芝居めいていた。
私が監督だったらコメディーなら主役をとらせてやるが、それ以外だったらケーキにたかる蠅の如く撮影現場から追い払うだろう。
私に気圧された新木場は椅子からガタガタと立ち上がり、ともすればそのまま逃げだしそうに思えた。が、その肩を押さえる者がいた。
「先生、どうしたんですか?
立ち上がったりして」
「と、友孝君!!」
先程まで尊敬する先生が食卓にいる事が嬉しいのかにこにこと黙って椅子に座っていた兄がこれまたにこにこと新木場の背後からその肩に両手を置いていた。
「折角、あやかが面白い話をしてくれるって言うのに。
メイ探偵ともあろう方が敵前逃亡とは、、そんなはず、ないですよね?」
兄の笑みに同調するように乾いた笑い声が椅子に身を沈めた新木場の口から漏れる。
哀れっぷりが板についているのはこういうケースはしばしば経験済みと言う事だ。
「さぁ、あやか。
いったいどういう推理をしたのか、教えてくれるかい?」
どうやら役者が揃ったらしい。
兄のお行儀のよい静かな高揚感に満ちたその様は、これから始まる舞台に期待を寄せてふかふかと良く沈む観覧席に身を預ける彼らのそれとそっくりであった。
そのきらきらとした目がいとも楽し気にこれからその網膜のスクリーン上で展開されるであろう作品を見つめている。
作品名は『迷探偵 新木場亨の内証』
×
「今回の失踪事件__これを事件と呼んでいいんであれば__の鍵は“靴”よ。
そもそもの始まりも上野さんが浅草さんの靴を発見したことから」
「それで彼女は先生の部屋に浅草さんがいると思ったんだったね」
「そう。でも、この男自体の靴がない事からどこかで靴が交換されたんだろう、と私達は新しい方針に舵を切った。証言から私達は十葉銭湯に向かい、結局空振りに終わった。
__ところで、お兄ちゃん?あの時、新木場さんと二人になった時があったよね」
「だめだよ!友孝君!!」
がたりと新木場が立ち上がって兄を制す。
「それじゃあ、やましい事があると言っているようなものじゃない」
「あっ、これは違くて、、、仕方あるまい、ばれてしまったのならば正直に言おう__」
私の冷めた視線に新木場は道化師の如く慌てふためいたが、やがて居住まいを正したようにごほんと咳を一つ立ててやけに真剣な表情で口を開く。
「__僕は実は秘密裡に地球に潜入していた地球外生命体で、」
「で?お兄ちゃんはあの時何を言われたの?」
お粗末な策が当然の如く看破された新木場はもう後がないからか熱烈な眼差しを兄に向ける。
それに対して探偵の助手は余裕綽々と首を横に振る。
「だめだよ、それじゃあ面白くないだろ?
あやかがどうやって真相に辿り着いたのか、それを知りたいんだ。
探偵がトリックを暴く前に犯人側が全部自白しちゃうなんて、折角の捜査が水の泡じゃないか」
トンでも理論を振りかざす兄に私は溜息を吐く。
捜査の結果、犯人が自ら罪を告白するのを水の泡と形容するのは全くもって的外れなことではあるが、今の兄に正論を吐いても仕方がない。そして、そんな助手の言葉に探偵はほっと胸をなでおろした。
兄が新木場とちがって慌てもしないのは当然だ。
彼は今観客であり、観客が舞台上の人物が刺されるのを見て実際に胸から血を流す事はない。
いつもは兄を振り回す__間接的に私も__新木場だが、こうなると実は振り回されているのは新木場の方なんじゃないかなどと馬鹿げた考えが頭を浮かぶ。
場の様子に私は自白を諦めて探偵小説で言う所の推理ショーを続行する。
「分かった。別にそんな重要な事じゃないし、どうせ口止めと証拠隠滅の協力をお願いされたんでしょ__新木場が分かりやすく肩を飛び上がらせたのが目の端に映る__
さて、最初の捜索に失敗して戻ってきた私は何をしたのか?そう。二日目の夜の大冒険を聞いた」
「何か含みがある言い方だなぁ」
「浅草さん失踪事件から手を引く理由がそれであるかのようにあんたは私にそれを話して聞かせた。
ポイントはここ、私とお兄ちゃんにじゃない。あんたは私にその話を聞かせたの。私がそれに疑問を抱いて自分の事を疑う事を計算して。
これから推測されるルートは2つ。
2日目の夜の大冒険はフィクションか、それともノンフィクションか」
「僕が嘘をついたとでも!?
名誉棄損だ!撤回を要求する!!」
ありもしない名誉に付き合っている暇はない。存在しないモノの為に時間を使うのは単純に無駄なので私はその訴訟を相手にしない事によって棄却した。
「そもそもを言ってしまうと、浅草さんが崖から身を投げてその結果あんたが残された靴を履いて帰ってきたって言うのは非現実的だわ。
同じマンションの住人がたまたま同じ日に遠く離れた観光地でも何でもない場所に行くなんてあまりにも偶然が過ぎる。
万が一にもその偶然が起きたとしても、そこで靴が交換されたなんてことは無理な話。
504号室で見つかった靴の様子を思い出したら簡単な話ね。
浅草さんの靴は内側がほんの少し湿っていたけど、それ以外は真っ白で汚れや傷なんか一つもなかった。
あんたの彷徨っていたって言うぬかるみの酷い山道を浅草さんが登ってきて崖にその靴を残したのなら当然靴は汚れているし、かすり傷が一つも出来ない訳がない。
つまり、浅草さんは山道はおろか汚れるような場所にその靴を履いていってはいないという事。
更に、もう一つ分かるのは、今も靴が綺麗である事から靴が交換されたのは夜中のハイキング__つまり2日目の夜以降ってことよ。
もし、それよりも前に靴が交換されていたとしたら、あんたがそれを履いて一種の酩酊状態で山道を通ってきたのなら靴は今のような状態であるはずがない。」
「なるほど、最初は靴がない事がヒントとなり、今度は残された靴が手掛かりとなったわけだね」
兄は面白そうにうんうんとうなづく。
「さて、この話により私には2つの選択が生まれた。そしてどちらも結果は新木場亨が怪しいとなった。
例えば、この話が私を騙すための作り話だとしたら、当然嘘をついているわけだから何かを隠しているのははっきりしている。
逆にもしこの話が本当だとしたらさっき言ったように浅草さんと新木場亨が靴を交換したのは2日目の夜以降、つまり3日目から今日の朝までの間と分かる。
ところが、話を聞いていて私は直ぐに浅草さんが飛び降りたなんて事はあり得ないと分かったわ。
当然、私よりも頭のいいお兄ちゃんがそれに気づかないはずがない。
でも、お兄ちゃんはそれを指摘しなかったし、その話から調査すべきは新木場亨の3日目の足取りと分かるはずなのにその事をおくびも出さなかった。
3日目なんてまるで存在していないかのように振る舞っていた。二人ともね。
この時点で私はお兄ちゃんは私の中で信用できない存在になった。
意図的に浅草さんの失踪について何かを隠している。そして、そこに新木場亨が絡んでいないはずがない。
__昼食からの解散後、私は敢えてお兄ちゃんとの行動を避けて、新木場亨の動きを見張り案の定、外出した新木場の後を上野さんと一緒に追い、調査を始めた」
「な、なにが調査だ!僕をずっと尾行していたんだろう!!」
新木場が憤慨したように立ち上がった。
「あのトイレの窓枠から身をよじって抜け出した苦労を僕は一生忘れないぞ」
何故だか私はその言葉にほっと息を吐いた。私の見込みは間違っていなかったのだ。
新木場亨はやはり新木場亨であった。
「でも、それが狙いだったんでしょ?」
「ぎく」
口で効果音を発しないでほしい。今時小学生だって稀だ。
「あの作り話めいた眉唾の話で当然、私が納得するわけがない。そのすぐあとにこっちを馬鹿にしてるんじゃないかってぐらいの人目を忍ぶっぷりを発揮されたら、私が後を追わない訳がない。
自分をおとりにする事によって、私をマンションから引き離した。
引いては、髪を染める前の浅草さん、事情を説明する前の浅草さん__口裏を合わせる前の浅草さんに鉢合わせする危険を防いだのよ。
そう、全ては自分の罪を隠匿するために!!」
新木場亨はもう無理だと悟ったのか、私の視線にわなわなと体を震わせた。
「忘れたとは言わせないわよ、私との契約を破ったら__」
「た、頼む!!あの人だけは勘弁してくれ!!いや、勘弁してください!!」
「ちょっと待って。まだ、推理の途中じゃないか。中途半端はいけないよ、中途半端は」
拝む新木場と私との間に兄が割って入る。新木場は第二の神が現れたという風に顔をパッと上げた。
「それに何の罪かは分からないけど、償うのは全てを明らかにした後でも遅くはないだろ?」
新木場の一瞬明るくなった表情が反転する。
がくりと項垂れ、床に椅子から崩れ落ちる音がした。
有能な助手が助けてくれるのではないかという希望は早々に砕かれたためだった。




