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飛龍とは、その名の通り、人を乗せて空を飛ぶ竜である。
この種のドラゴンは特に大きく育つ。
その背中に人を乗せるためのバスケットを括り付けて空を飛ばせる。
陸路を行くよりもずっと早く、遠くへの移動に足としては優秀ではあるが、そのぶん料金は高めである。
だから貧乏人は龍馬に曳かせた馬車で陸路を行くものなのだが、今回は国営警備対所有の飛龍を一頭確保することができたのだから、金の心配をする必要はない。
俺は籐で編まれたバスケットのへりにもたれて、夜のマムナッタンをはるか上空から見下ろしていた。
道を歩けばゴミだらけ、酔払いの吐き散らかした汚物の匂いが漂う街も、この高さから見下ろせばきらめく無数の光をまとって美しい。
「迷子になった星たちが羽を休めているみたいだな」
俺が言うと、バスケットの前方で飛龍の手綱を握っているクドゥームが小さな口笛を吹いた。
「ずいぶんとキザなことを言うじゃぁないか」
「そんなにキザかな」
「ま、気持ちはわからなくもない、ここから見るマムナッタンは、確かに美しい」
クドゥームは視線を地上に向けて黙り込んだ。
飛龍の羽根が風を切る音だけが夜空に響く。
小さな明かりがみっしりと集まってひときわ明るい一角はタイメザスクエアだろうか。
あのあたりは夜でも明るい。
通りでは今宵も若者たちが大声でわめきながらたむろしていることだろう。
どこかのパブで安酒をしこたまかっくらった酔っ払いもフラフラした足取りでうろついているに違いない。
そんな男たちの懐を狙って、安っぽいドレスを着た毛祝祭娼婦も辻に立って、あのあたりはいつでもごみごみしている。
しかし、そんな地上の喧騒もここまでは追ってこない。
空から眺めるタイメザスクエアはただの美しい町明かりでしかない。
それを眺めていたクドゥームが、突然大きなため息をついた。
「あれが星だとしたら、この街の娼婦たちの涙をたっぷりと吸った悲しい星だろうよ」
彼は手綱をすこし引き絞って話を続けた。
「あんた、実際、自分の女房がなんで逃げ出したか、想像ぐらいはついているんだろ?」
俺は少し戸惑いながら答える。
「俺を養うのが辛くなったから……かな」
「まあ、そういう考え方もある。だけど、この街じゃ娼婦に飼われて一生を終えるダメなダンナだってたくさんいる。実際、贅沢さえしなければ、娼婦の稼ぎでヒモひとり養っていくのは、そんなにつらいことじゃないだろうさ」
「じゃあ、養うほど好きじゃなかったんだろ、俺のことをさ」
「まあ、そんなに卑屈になることはないだろう。それとも、おたくの夫婦仲はそんなに冷め切っていたのか?」
「いや、ハーランは……俺をとても大事にしてくれた」
「まあ転生者なんて得体のしれない男、愛が無きゃ養わないよな」
「でも!」
「まあまて、その前に、あんたはあんまりにもこの街の汚い部分を知らなすぎる、そう、まるでここから眺め降ろしているみたいに、キラキラ光った表面しか見ていないんだよ」
「そんなことはない、俺だってハレムに暮らしているんだし、この街の汚いところはいくらでも見たさ」
「そのわりににゃあ、ドーティ・カラムの名前すら知らなかったじゃないか」
「それは……」
「この街の娼婦はみんな、多かれ少なかれヤツに借金がある。それは実に巧妙に計算され、ちょっと一か月分の部屋代を前借しただけのはずが、気が付くと一生かかっても反せないくらいに額が膨れ上がっているんだ。つまり、この街で一度娼婦なんか始めたら、死ぬまでカラムに搾取されて街からは一歩も出してもらえなくなるわけよ」
クドゥームはふっと目を伏せる。
「ひでえもんだぜ、娼婦なんて客が取れない体になったら、もう稼げない、だから病気にでもなったら道端に放り出されて浮浪者になるしかない、だが医者にかかる金もないときている。けっきょく、何日かしたら死体になって道端に転がるのがオチだ」
「ひどいな」
「ああ、ひどいさ。だから少し賢い女は借金を返すために『やばい仕事』に手を出す。情報屋、ヤクの売人、暗殺まで……この街には報酬はやたら高いがやばい仕事ってのはいくらでも転がっていて、成功すれば一発大逆転、自分の人生を買い戻してもおつりがくるだけの稼ぎになる」
「失敗したら?」
「やばい仕事にかかわった以上、雇い主は失敗を許さない。死体にされるだろうさ。そうした死体を弔ってやるのも、国営警備兵の仕事だ」
「いったい、何の話なんだ?」
「つまり、その……アンタの女房は死んじゃいない。この街から出ることができたってことは、幸運にもそうしたやばい仕事に成功したんだろうさ。それでも一度やばい仕事にかかわった以上、大なり小なりの秘密は知ってしまっているわけで……アンタの女房はたぶん、そうした秘密を守る代わりに、この街での生活の全てを捨てて国に帰ることを約束したんだろうさ」
俺は、このトカゲ頭の男が俺を慰めようとしているのだということに気づいた。
やり方はひどく下手くそだが――少なくともハーランが死体になってはいないことと、そして俺のことを捨てたくて捨てたわけではないのかもしれないという可能性を示唆してくれたわけだ。
俺は短い言葉で、彼の厚意に応えた。
「そうだと良いな」
彼は力強く頷いた。
「そうだ、そうに決まってる。だから、しょぼくれた顔するな」
街明かりはすでにはるか後方へと遠のいている。
空には無数の星がきらめいているというのに、地上は暗く沈んで底知れない。
「そうだと良いな」
俺がもう一度言うと、クドゥームは低い声で答えてくれた。
「大丈夫、きっと、そうなんだ」
飛龍の羽の音がごうと鳴って彼の言葉をかき消した。
カレボルニアへ――俺たちは暗くないだ夜の中をただ飛んでゆくのだった。




