番外編・中編 「そりゃあ、これでも魔王だし」
更新が遅くなりましたこと、心からお詫びいたします……m(_ _)m
そしてやっぱり前後編では収まりませんでした。
突然の四天王たちの登場により、妙な面談が今、幕を開けていた……。
「ユリア、こちらが四天王で、左からチャラいのが“第一の”、堅苦しいのが“第二の”、唯一女なのが“第三の”で無口なのが“第四の”だな」
「……雑すぎないか? せめて名前だけでも」
「いや、まぁ名前覚えてないしな」
「覚えてないのか!?」
そう、ユリアに視線を向けて紹介した後。
俺はそのまま視点を下げて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「それで、えっと、こちらが勇者ユリア……俺の、前世の娘だ」
信用してくれる、とも思わなかった。もし信用してくれたとして、すぐさま襲ってこない確証もない。
俺は様子を伺うように、一瞬だけちらりと視線を上げた。
四天王は皆一様に言葉を失ったように呆然としていた。
いや、当然の反応だった。
「ちょっと待ってくださいっす、あの、魔王様って……」
第一のが代表するように声を上げた。
そりゃあ聞きたいことはあるだろう、なんたっていきなり前世なんて言い出したんだから——
「魔王様は、オレたちの名前を覚えてないんすか!?」
「……ん?」
えっ、そこ?
「いやいやいや、もっと聞くとこあるだろう? なんでそこで止まってんだよオイ! その後俺かなり衝撃的なこと言ったぞ!?」
「え、前世が云々のくだりっすか?」
「ああ良かった、一応聞こえてはいたのか! そうだよそこだよ! ほら、なんかいうことないのか!?」
俺がそうやって四天王全員に振ったのに、帰ってきたのはうーんとばかりの微妙な反応。
何故!?
「えっ、そっちの方がよっぽど驚くとこだろう? だって前世だぞ!?」
「いや、それはまぁ、そんなこともあるっすよ」
「ありますよね」
「ね〜」
「……ある」
「ねぇよ!?」
何なんだよ!
俺が内心混乱の極みでキレかかってるところに、更に追い討ちをかけるように、ドンと第一のが机を叩いた。
「今は前世とかどうでもいいんすよ!」
「えええ……」
なら俺の決死の告白返せよ。
「あの時、オレたちがどれだけ辛かったことか、陛下には分かるんすか!?」
「そもそもあの時って」
何、と聞く前にズズッと鼻をすするような音が聞こえてきた。まさか。
「ズッ、ズスズッ、あの時には本当に、本当に死ぬほど辛うございました……!」
「そうですよ〜うぅ〜」
音の方に視線をやれば、第四のを除いてみんな大泣きだった。いや、表情に乏しい第四のでさえ、よく見れば目が潤んでいた。
まじか。怒ってんのかと思いきや泣き出すって、なんだよこいつら情緒不安定か。
正直この空気にはもう関わりたくないくらいの気分なのだが、そういうわけにも行かなかった。
話についていけないのだから仕方ない、と渋々覚悟を決めて、俺は口を開いた。
「えっと……あの時って?」
「そんな、まさか忘れたんすか!?」
「魔王様が解散を宣言なさった時ですよ!……ズズッ」
「解散!?」
何故かユリアが驚きの声を上げていた。
何か驚くようなところあったか?
俺のそんな疑問もよそに、涙ながら第二のが続ける。
「魔王様がおっしゃった言葉、今でも覚えております、『勇者たちには手を出すな。万が一にも俺が死んだ後、お前達には魔族を守ってもらはねばならぬ。お前達の正義を為せ』と……」
「いやいや、いやいやいや」
俺そんなの言った覚えねぇよ。
普段の口調考えろよ。それ完全別の人だよ。
「全然違うじゃないっすかー!」
「お、第一の」
良かった、流石に1人くらいはまともに覚え——
「確か、『お前ら解散ね。俺死んでくるので後はヨロ☆』だったっすよ!」
——てない!
「それは違ぇよ、さらに違ぇよ!」
「えっあれ?」
お前らの中の俺のイメージはどうなってんだ……。
実際のところは『四天王は(うっかり勇者倒したりしてもらっちゃ困るんで)今日で解散にする。勇者とは俺が戦って(倒されて)くるから、手を出すなよ。俺が死んだりしたら後のことは任せた。弱きを挫き強きを……うん? なんか違うな。まぁ、ともかく、正義の味方にでもなった気分で頑張れ』みたいな感じだったはず。
しかし、それらの台詞から大体の大元を推測したらしいユリアは、目を見開いて俺を見つめていた。
「お父さん、まさか元より殺されるつもりで……?」
恐る恐る、という様子で俺に聞いてくる。
「いやまぁ、そのつもりもあったけど……」
「お父さん……」
「まぁ一番はユリアが死んじゃったら困るなぁ、ってことだったんだけど。だってユリア超弱いからさ」
「「「「「ん?」」」」」
あれ、聞き返しの声が妙に多いような。
「や、だって、魔族のトップ四人やらその配下やらって格が全然違うからな? それと人間じゃ、まぁ戦っても瞬殺だろ。言っとくけど、俺はその上にいるんだからさー、普通に勝負どころじゃないぜ?」
俺がキョトンとした顔で言えば、周りの空気が凍っていた。
え? なんで四天王まで凍ってんの?
「……ちょっと待って、お父さん。私ちょっと魔族を甘く見てたかも」
「うん」
「魔族って強いの?」
「ピンからキリまでいるけど、まぁ、四天王クラスは本気出せば一日で一国滅せるぐらい?」
「……それで、お父さんはそれより強いの?」
「そりゃあ、これでも魔王だし」
「あー……ちょっと待って現実が。現実が頭に入ってこない」
「えっ何それ」
脳が拒絶反応起こすほどのことか!?
俺が内心ショックを受けていれば、四天王たちを代表してか、第三のがそろそろと手を挙げた。
「……あの~、私からも良いですか~?」
「ん?」
「魔王様は、勇者に元から殺されるつもりだった、のですね〜?」
「まぁ、前世の娘を殺したくなかったしな」
「では〜私たちを死なせたくなかったからというのは、方便だったのですか〜?」
「方便っていうか、まぁ、嘘だな」
「それで、この女は別に魔王様よりも強いという訳では無いのですね~?」
この女、とユリアを指差したのに少し苛立ったが、そうだと肯定する。
人間で魔王より強かったらもう化け物だ。
というか、自分の娘がそんな化け物とか嫌すぎるだろ。
あれ。
「おい、どうしたんだ第三の? 体が震えて……」
いや、それだけじゃない。第一のも第二のも、感動や悲しみでなく体を震わせていた。第四のは顔を伏せてまるで表情が見えない。
「えっと……何?」
俺が戸惑いのまま聞けば、第三のは普段ののんびりした口調と表情を崩し、眦をキッと釣り上げた。
そして、いきなりビシリッと俺に指を突き立てて。
「私たちの心配を返せぇっ!!」
わ。
「さて」
俺はやれやれ、とばかりにパンパンと手をはたいた。
目の前には、四天王が並んで正座で座っている。
第三のの言葉を皮切りに、いきなり飛びかかってきたのだ。
「まったく、お前らな、突然攻撃なんてしてくんなよ、危ないだろ?」
「……危な気なんてなかったような気が……」
「ん? なんか言ったか第二の」
「い、いえ!」
ユリアが信じられないような目で見てきているが、まぁ、それはそれで。
「へ、陛下がオレらのことダマしたりするのが悪いんじゃないんすか……!」
「いや、別にダマすつもりじゃなかったんだが……」
「オレらの名前も覚えてないし! 名前も覚えてないし! 覚えてないしーっ!!」
「なぜ三度言った!?」
そしてまだ引っ張るのかよそこ!
「だってお前らの名前長過ぎるんだよ!」
「長くないじゃないっすか! たった300文字程度っすよ!?」
「それを長いって言うんじゃボケ!」
300文字が“たった”とかふざけてるにも程がある。
喚く第一のの頭をバシン、と力任せに叩くとその頭がポロリと取れた。
あ、やべ。
「あああああ!?」
叫び声を上げたのはユリアだった。
声抑えて、と手で合図する。
「大丈夫だから、落ち着けユリア」
「何が大丈夫なんだ!? 頭が取れたんだぞ!? 叩いただけで頭が!?」
「いや、これは俺が怪力とかじゃ無いから!」
「でも頭が!?」
ちょ、さっきからユリア頭言い過ぎ。
「いや、こいつがもともと頭取れてる種族っていうか、えーっと……なんだっけ?」
「デュラハンっすよ、もー!」
「首がしゃべったぁあああ!」
「そりゃ生きてるからね!?」
こういう時に落ち着かせるのが男の役目だろ! と思ってレイエンに目をやれば、レイエンもまた混乱していく状況にオロオロするばかりだった。
使えねぇ!
つ か え ね ぇ !!
チッと思い切り舌打ちしながらも第一のの頭を戻そうと持ち上げる。と。
「う、うぅ〜! うわ〜ん!」
と、こっちでは第三のが泣き出していた。
「今度は何だ!?」
「ギャッ!」
驚いて思わず第一のの頭も放り投げた。
ひどいっすよー! とか言う声は聞こえない。断じて聞こえない。
「ひ、久しぶりに、その〜魔王様の……が懐かしくて……」
「え、何って? 俺の何が懐かしいって?」
聞き返せば、第三のは涙声でぼそぼそになりながらも今度ははっきり言った。
「魔王様のツッコミが〜久しぶりなので、うぅ〜」
「そこかよ! それかよ!」
もっと他にないのかよ! あるだろ他に!
……あれ、あるよな?
第四のをちらりと見れば涙を堪えてるのか天を仰いでいる。
いや、お前は無口だかなんだか知らんが、とりあえずなんか話せや!
「う、うぅ〜」
「……」
しかし、ツッコめばツッコむほど事態は悪化していくわけで。
俺が思わずツッコミを放棄しようとした時。
さっきから音のようなものがしていた方向からふと、勇者という単語が聞こえてきた。
「陛下、ちょっとこの勇者どうにかしてくださいよー」
「ん?」
振り返ると、そこには。
「……あー……」
ユリアの膝の上に落ちた第一のの頭と。
そして飛んできた頭に驚いたのか気を失ったユリアがいた。
「お前、何やらかしてくれてんだよ」
「えっオレっすか!? オレのせいっすか!?」
「ちゃんと受け身取れよ」
「頭だけなのにどうしろと!?」
よし! 第一のにツッコミを押し付けてやったぜ!
「もー陛下がちゃんと受け取ってくれればよかった話じゃなっすかもー」
「知らん」
「ひどいっす!」
俺が手助けする気がないことを悟ったのか、第一のは以前ブツブツと言いながらも自分の体を呼んで、頭をのっけさせていた。
出来るんなら最初からやっとけよ!
……っていかんいかん、うっかり突っ込むところだった。
俺がハッと口を押さえると、何をなさってるのです? と第二のから訝しげな声。
何でもねぇよ。
ようやく頭を取り戻した第一のが、思い出した、とばかりに手を打った。
「そーいえば、今回って誰かの結婚式なんすよね」
あ……なんか忘れてると思ったら、そうだよ、それを忘れてた!
「ユリアというのは勇者ですよね? ……と、レイエン……? どなたです?」
招待状らしき紙を見ながら、第一のが疑問の声を上げるのに、俺は故意に無視していた存在を指差した。
「それ」
「ど、とうも……」
とレイエンが戸惑いながらも礼をするのを、四天王が一斉にじっと見つめる。
しばらく、何か考えるように見てから、第二のがおずおずと口を開いた。
「……あの、魔王様」
「ん?」
「この者って私たちが城にいた頃にもいました?」
「ああ、いたと思うぞ」
勿論ですとばかりにレイエンの首をガクンガクンと縦に揺れる。
更に訝しむように四天王はレイエンに寄った、が。
「知らないっす」
「知りませんね」
「知らないです〜」
「……知らん」
「えっあの、魔王様のそばにいつも侍っていた者です!」
「見たこともないっすね」
「覚えがありません」
「いましたっけ〜そんな人〜」
「……誰だお前」
がーんと効果音を付けそうな感じにレイエンが落ち込んでいた。
正直ザマァミロと言いたくなるような気持ちしかないが、それにしたって、何なんだよその妙なチームワークの良さは!
「というか、何で陛下はそいつの名前は覚えているんすか!?」
いや、普通に短いからだよ。
「てかそれもういいだろ……引っ張りすぎだろ……」
「だって、こんな冴えない上に腕3本とか人型を完全に取ることもできない中級種の名前は覚えてるなんて! 信じられないっすよ!」
「いや、信じられなくても現実です」
「現実って理不尽っすーっ!!」
いやまぁ、ユリアの婚約者だし、覚えないわけにもいかなかったから覚えただけ、でもあるんだけどな。
もちろん言わないが。
だってそんなこと言ったら、自分がユリアと結婚するとか言い出しそうだし。
とりあえずうるさいので、無理やりにでも話を逸らした。
「だけどさ、ここに来たってことはお前ら一応、結婚式に出るつもりなんだろ?」
「いえ?」
何を言ってるんだ、とばかりに第一のは首を振った。
……えっ、違うの?
「魔王様が生きてるって書いていたから来ただけっす。結婚式とか、正直知ったこっちゃないっすね!」
「お、おいいいいい!」
こっちはその結婚式に出たくてヤキモキしてるってのに、なんて言い分だ!
イラっときたのでもう一度頭を叩いておいた。
ああ、と転がった頭が悲鳴をあげていたが、それこそ知ったこっちゃない。
「ええと、陛下はその結婚式に出たいので……?」
「ん? そうだよ。だけどほら、死んだことになってるからさ、俺」
「それは、父親だからですか?」
「まぁな」
そう答えると、第二のは顎に手を当てて何かを考えていたようだった。
その間に、レイエンに気絶したユリアをベッドに運ぶように言っておいた。
いや、魔法使えばやれんことはないんだが、なにぶん力の加減のほうが難しいのだ。
というかそもそも、夫になろうというならそのぐらい自分で気づいて行動して欲しいものなんだが。
ユリアを運んでいくレイエンの姿にため息をついた時、フッと第二のが笑った。
見覚えのある笑みだ。
そう、第二のは称すなれば策略家、彼がそんな笑みを浮かべる時ってのは、良くも悪くも何かを思いついた時なわけで。
「……第二の、何を考えてんだ?」
「いえ。魔王様が出席できますいい方法を一つ思いつきまして」
「なっ、本当か!?」
「ええ」
と第二のは更に笑みを深くした。
「四天王の参謀担当と名高き私にどうかおまかせくだちゃい!」
……噛んだ。盛大に噛んだ。
舌が痛むのか、口を押さえてへたり込んだ第二の……。
正直不安しかないんだが。
そして、そんな彼が思いついたのが前話冒頭の、あの蘇っちゃった作戦である。
ちなみにその蘇りうんたらは全部嘘で、実際はただの変身魔法だ。
ぽかんとするユリア。ワタワタするレイエン。
そして黙ってこそいるものの異様に楽しそうな四天王。
……さて、これからどうしよう。