第30話 完全無欠の…
落ち着きを取り戻したホルガルドは、少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「私としたことが取り乱してしまって申し訳ありません。王子のお姿をこの目で拝見したら、つい嬉しくて……」
「お、おう。そうか……」
ジェイスのやつ、平気なふりをしているが、あの様子じゃ結構引いている。
取り乱すという言葉どおり、ホルガルドは突然それまでいた洞窟の中から狂ったように駆け出し、脱兎の如く山を下りて一人で自分のログハウスに走って行ってしまった。
シュウの話によれば、人の名前のようなものを叫びながら、何の前触れもなくいきなり家の中に飛び込んで来たらしい。
そこから先の光景はスノウも目の当たりにしたのだが、おいおいと涙を流しながら生き別れた甥っ子の首にしがみつくホルガルドと、それに必死で抵抗するジェイスだった。
高位貴族であり大学教授であるはずの男の、先ほどまでの頑なながらも理知的な雰囲気はどこへ消えた。
「教授。このまま突っ立っていても仕方がありません。話をする前に、とりあえず皆さんには椅子に掛けていただいて、飲み物でも用意してはどうでしょう」
「それは良い考えだなギデラック。よし、では私がお茶を用意しよう。何せここは私の家だからな。フローレンス、手伝ってくれないか」
「イエス! プロフェッサー!」
ホルガルドは、名を呼ばれて無駄に勢い良く手を挙げるフローレンスと共に、奥にあるキッチンへと消えた。
「皆さん、まずは座ってください。……って、あれ、椅子の数が足りなかったですね。ぼく、裏から椅子探してきます! 皆さんは楽にしていてください。ツルギも手伝ってくれる?」
「うん、いいよー」
司令官がステファンと一緒にログハウスの裏手に姿が見えなくなってから、ジェイスは疑わしげに眉をひそめ、小声でサイファスに尋ねる。
「どういうことだよ。ホントにあのむさ苦しいオッサンがオレの叔父貴だって言うのか?」
「もちろんです王子。間違いなくあの御方がローゼス侯爵。王子の叔父君ですぞ!」
侯爵という爵位は本来王族に次ぐ地位なのだが、風体に少々難があるためか、サイファスはホルガルドのフォローに必死だ。
「なんかイメージと違うんだよなぁ。オレはもっとシュッとした感じの、いかにも紳士ーっていう男を想像してたんだけど…」
「王子さまイメージに関して他人の事どうこう言える立場なの?」
非難するような視線を向けながらシュウが呟く。
まったく同感だ。自分だって王子様という一般的な女子の妄想を失墜させるような風貌をしていながらよく言えたものだ。
「お前が本当にイルーク王子で、あの男が本当にローゼス侯爵だって言うならそうなんだろ? 信じられないんだったらDNA鑑定でもするんだな」
なんだか面倒になってスノウがそう言うと、ジェイスが舌打ちしながら睨んできた。
「うっせーな。そりゃそうなんだけどよ。いくら甥っ子だっつっても二十年以上会ってないのに、いきなりあんな風に抱き付いてくるか?」
「ローゼス侯爵と皇太子妃であるマリエルダ様は特に仲が良いと評判のご姉弟でございましたからな。侯爵には、王子の面差しに在りし日のマリエルダ様の姿が見えたのでしょう」
再会の場面に居合わせたサイファスは、その瞬間を思い出しているのか感激したように言った。つまり重度のシスコンってこと? と呟くシュウの声などまったく耳に入らない様子で目頭を熱くしている。
「とは言っても、ローゼス侯爵はあそこまで明朗な方ではなかったはずですが、あの変わり様は驚きましたな。スノウ殿、発掘現場の方で一体どんな話をされたのですか?」
鼻を一つすすって不思議そうにサイファスが言うと、それまで納得がいかない顔で長椅子に身を埋めていたジェイスが、急に身体を起こした。
「──おい、もしかして、あのオッサンに全部話したのかッ!? ツルギのことや、魔女のことッ!? そんなもん、いきなり話したって信じるわけねえだろ!!」
その咎めるような口調にスノウはついイラついてしまい、ジェイスを睨み返した。
「話したのは俺じゃない。ユリヤだ」
「えっ! ユリヤさんがッ?」
ジェイスは途端に勢いを無くして椅子の背にもたれた。その様子に、スノウは胸中で舌打ちする。
こいつ、ユリヤの名を出すと途端に態度を変えやがる。
「侯爵があまりにも頑固で、我慢できずにユリヤが出てきて全部話したんだ」
「左様でございましたか。ユリヤ殿が……」
少し悲しげにサイファスが目を細めた。
「正直、ユリヤが出てこなかったら説得は出来なかっただろう。ユリヤとローゼス侯爵が元々お互い良く知った仲だったのが幸いした」
「ハインロット家とローゼス侯爵家は親類筋ですからな。お二人は年齢も近うございますし、生前のユリヤ殿とローゼス侯爵も交流はあるようでございました…」
そう語りながら遠い目をするサイファス。
しかしスノウの心中は、そんな悠長に話している場合ではない。
すぐに彼に問いただしたいことがあった。
「──サイファス。ヘンリークは以前、この研究所で発掘に携わっていたと聞いたが本当か?」
するとサイファスは少し目を見張り、頷いて答える。
「…はい、確かに。現国王は、即位する以前は学者をされていたという話は聞いたことがあります。この研究所の代表者であったこともあるようです。しかし、王族としての名誉職のようなものと思っておりましたが……?」
サイファスでも知らないのか──。
「ヘンリークはここの学者だった時に、遺跡の地中深くから氷漬けの遺体を発掘したらしい。俺はそれが、魔女ルディアだと思っている」
「魔女──ッ⁉」
長椅子からずり落ちそうな勢いでジェイスが身を乗り出した。
「スノウ殿…、その話、詳しくお願い致します…」
屈強な近衛騎士時代を伺わせる気迫を感じさせながら、サイファスが低く言った。
◆◇◆
暖炉の火の暖かな光がゆらゆらと揺めき辺りを包む。
さっきまで淹れたてのコーヒーの香りが部屋を満たしていたが、スノウが洞窟での出来事を語り終わる頃にはそれもしなくなった。
今は暖炉の前の向かい合った長椅子にホルガルドとジェイスが顔をつき合わせて座っている。他の者たちはその回りで、背もたれの無い丸椅子に腰掛け二人の様子を見守っていた。
室内でただ一人立ったままのサイファスは、スノウの話の後、ホルガルドに対し、先代国王惨殺事件の真相から、イルーク王子を国外の遠縁ハインロット家のもとに逃がすまでの経緯を話して聞かせ、自分は国内に残り王子が成長し戻ってきたときの為に奔走したこと、レジスタンス組織を立ち上げ、王位奪還の準備を整えていたことを語った。
「──銀狼党……。先代国王の意志を継ぐ者という意味か……」
サイファスの長い話を聞き終えたホルガルドが息をつくように呟いた。
「仰る通りです。国王惨殺事件の後、私は近衛の職を離れ、ついてきてくれた部下たちを中心に銀狼党を結成しました。あなた様にいただいた屋敷を改装し今もそこを拠点にしております」
「すまない……。あの時の私は……、人の話を素直に受け止める余裕が無かったのだ。あんな古くて何の価値もない屋敷なんか……」
「とんでもない! 我々はとても感謝しております!」
「しかし私は、貴族としての義務も果たさず、先祖代々受け継いだ領地も家の者に任せて……。山奥の研究所を隠れ蓑にして現実から逃げていたのだ──。だがそれももう終わりだ。私は生まれ変わった…」
そう言うと、ホルガルドは顔を上げジェイスを真っ直ぐに見つめた。
「王子どうか私をお使いください。私も本当の意味で一党員として銀狼党の役に立ちたい!」
「わりぃな、助かるぜ叔父貴」
「叔父貴などとおそれ多い。いかに血族と言えども貴方さまは王孫なのですから、私のことはホルガルドと呼び捨てていただいて構わないのですよ。いずれ王子が国王として即位されれば私など臣下の一人にすぎません」
そう言って微笑むホルガルドに少し照れるように、ジェイスは鼻の頭を掻いた。その後ろで、サイファスが深々とこうべを垂れる。
「ありがとうございます。いきなり押し掛けたにも関わらずそのようなことを……」
「礼を言うのは私の方だオズバント。よくぞ王子の身を守った。その先代国王に対する忠義。後世に名を残すに値する。それに引き換え私は自分の事ばかり……」
「そんなことはありません。あなた様の領内に匿っていただいたおかげで銀狼党は存続でき、こうして王子のご帰還を迎えることができたのです」
そう気遣うように言うサイファスに、ホルガルドがやや曖昧に笑みを作った。それから話を変えるように目前の甥っ子にふと目を向けた。
「ところで王子。いずれ国王として即位されるとなればそれに相応しい知識と教養を備えなければなりません。少々気になったのですが、お言葉が幾分乱雑ではありませんか? 無論私にお気を遣う必要はありませんが、王子としての威厳が感じられません。教育係は誰が担当していたのです?」
「あ? 教育係? そんなもんいねえよ」
「……威厳なんて、今さらこの人に求めちゃダメだと思うな」
お決まりのように間抜け面をするジェイスに、これまたお決まりのようにシュウが呆れ顔で呟いた。
「んだよチビ助! 文句あっか!」
「ええっ!? キレるのこっち!? 僕どっちかって言うと擁護派だと思うんだけど」
「どこがだッ! てめぇはオレをバカにしてんだろ!」
「おまけに言い掛かりッ?」
スノウはにわかに騒ぎ出した彼らを視界の隅に入れながらサイファスに向かった。
王子の威厳などどうでもいい。だいたいこの国の継承権争いなどどうなろうが知ったことではないのだ。
自分の目的はただひとつ。
魔女ルディアの居場所を突き止めることだ。
「サイファス。これであんたへの義理は果たした。悪いがアジトへ戻ったら俺は別行動をさせてもらう」
「勿論。そういう約束でしたな。しかし、いかがなさるおつもりです?」
「俺は現国王の身辺を探る。国王が正気を保っているのかも含めてな」
「ふむ。ヘンリークが魔女ルディアに操られているかも知れないという話ですな。いいでしょう。私もそれは気になります。では共同戦線ということで。分かった事を我々にも教えてくださるのであれば引き続き隠れ家としてアジトを提供しましょう。我々も次の計画に移ります」
「計画って何をするつもりなの?」
険しい雰囲気を漂わせていたところには不釣り合いなほどのんびりとした口調で、琥珀色の少女が会話に割って入った。
司令官はコーヒーと一緒に出された焼き菓子をサクサクとほおばりながら、大きな古傷が残されたサイファスの顔を見上げる。
「まずは武装準備です。ただ我々の目標はヘンリークを王位から退かせることであって闇雲に暴れることではありません。平民に武器を与えるだけではなく一人ひとりにきちんとした訓練をしなければなりません」
「義勇軍ってこと?」
「そうです」
「そんなの時間と労力のかけすぎだよ。目的は現国王を失脚させることなんでしょ?」
焼き菓子の最後の一かけを口の中に放り込み、司令官はにまっと笑った。
「もっと良い方法があるよ」
もしかしてこの展開。
またまたお決まりの面倒なことになるパターンではないだろうか。
スノウの心配をよそに、司令官は笑顔でこちらを指し示した。
「ここに完全無欠のテロリスト集団がいるんだから!」
誰がテロリスト集団だ。
などという反論は、聞く耳がない彼女に対して言うだけ虚しい。




