第31話 巻込まれる男
「お言葉ですが司令官。先程の私の話は聞こえていませんでしたか?」
「えー? はなしー? 何のこと?」
少女というよりは悪戯好きな少年の様な微笑みで、彼女はとぼけた顔をした。その柔らかそうな頬が余計に憎らしい。
こちらも確認の形はとっているが、本当に聞こえていなかったとは思っていない。サイファスに、これからは別行動すると宣言したことを、彼女も隣で当然聞いていたはずだ。
聞いていた上で、それでも巻き込もうとする。
「あたしはただ、せっかくここに優秀な人材がいるんだから活用した方がいいかなと思っただけだよ」
そう言って司令官は、別に可笑しなことなんてないでしょ、と肩をすくめて見せた。
一般市民を武装させ、義勇軍を編成するには確かに武器だけを与えればいいという訳ではない。実際の戦闘行動が出来るようになるまでには訓練が必要だ。
更に統率のとれた一端の部隊になるにはそれ相応の時間を要する。当然指導する人間も必要になるわけで。
だったら最初から訓練の必要のない傭兵を雇えばいい。どの道、戦闘はゲリラ戦法を主体とせざるを得ない。故に少数精鋭になるのは必至。その少数に腕のいい傭兵を揃える。
確かにそれも選択肢のひとつだ。
が、しかし。
自分がその槍玉に上がっているとなると話は別だ。
「司令官! あなたはご自分の状況が分かっているのですか? レジスタンスなんかに手を貸している場合ではない! ルディアの居所を掴みかけているのですよ? 我々には我々のやることが──!」
「いいじゃない。侯爵さまが味方についたんだし、きっと報酬も弾んでもらえるはず。それにおじさんもあたしたちも王様に用があるんだから、両方一緒に解決しちゃえば一石二鳥じゃない!」
司令官は素晴らしい案を思い付いたとばかりに人差し指を目前に突き出した。
何なんだ。
どこからくるんだ、この余裕。
ルディアを見付け出し封印しなければ、自分の身が危ないというのに。
それを差し置いてこの国の元首のすげ替えに手を貸せと言うのか。
「それに、別にあたしはスノウ自身にやれって言ってる訳じゃないよ」
スノウが訝しげに眉を寄せると、サイファスが急に合点がいったとばかりにぽんと手を打った。
「おお、なるほど。スノウ殿が所属する殺し屋組織に仕事として依頼するということですな?」
「そうそう」
「なッ!?」
スノウは開いた口が塞がらなかった。
ゴルダは基本的には暗殺を主とする裏社会の仕事人集団だが、依頼の内容は暗殺ばかりではない。諜報活動もあれば、護衛任務、傭兵として紛争地域を駆け抜けるという状況もないわけではない。しかし、間違っても一国の、しかも北の大国といわれるアルフ・アーウ国の行く末を左右する争いの、表舞台に出てくるような組織ではない。
「そんな仕事できる訳がないでしょう! ただの殺し屋集団が! 大した人数も居やしないのにッ!!」
「え、スノウの仲間って何人いるの?」
不意に問われ、スノウは少しあごを引いて眉間に力を入れてから、琥珀の玉のような瞳をした司令官の小さな顔を見返した。
「……戦闘要員は、私を含めて五……、いや四人です」
正確には五人いるのだが、セグレトは色々問題があるので頭数には入れないでおく。
「ふーん。じゃあスノウを除いて三人。そこにヘルミナとおじさんを入れて五人か。んー……。ま、それだけいれば十分かな」
深く考えているようでいてその実まったく深くない適当な計算をする司令官に、スノウは目をむく。
「十分ッ? たったそれだけで何が出来るって言うんですか!」
「数がいれば良いってもんじゃないよ。付け焼き刃みたいな兵隊を持ってたって使えなきゃ意味ない。維持するのだってタダじゃないし、荒くれものばっかになって下手に問題起こされても困るしね。それよりも、確実に作戦を実行できる精鋭部隊が一つあればいいんだよ」
「ゴルダにそんな能力は無いッ!」
「はっはっは、ご謙遜を。あなた方が各々どれほど高い能力を持っているのかは既に調査済みです。ハインロット氏のご依頼でゴルダについて調べたのはこの私ですからな!」
「──なッ!?」
ゴルダについて調べた?
スノウは瞬時に記憶の中を探った。
ユリス・ハインロットと密談をした時に彼が持っていたあの報告書は、サイファスが渡したものだったのか。
一体この老兵はユリスにどんな報告をしたのだ。
ゴルダの殺し屋とは、一人で一個連隊分の働きをする超人の集まりだとでも書いてあったのか。
今更ながらあの時ちょっとでも報告書の中身を見ておけば良かったと後悔する。
「ツルギ殿、五人で実行できる作戦とはどんなものかご教示願えますかな」
「オッケー! 教えてあげる。ちょっと下準備が必要なんだけど──」
こちらのことなど完全スルーで話し始める少女と老体の姿に、スノウはちょっとだけ憎悪の感情を覚えた。
「ちょっと待ってください! 私は一つも承服していませんよッ!?」
勝手に話を進めようとする二人にスノウは慌てて割って入った。
「なんだどうした? 何の話してんだ?」
いつの間にか自分たちの会話の外がにぎやかになっていることに気付いたジェイスが更に輪に加わる。
「スノウの仲間の殺し屋を、銀狼党で雇おうって話。どうジェイス。良い考えでしょ?」
「はあッ!? 何だよそれ。冗談じゃねえ!! これ以上変な奴増やしてどうすんだよ!!」
「…ちょっと。それってもしかして、僕らのことじゃないだろうね?」
そう言って、シュウが椅子に足を組んで座ったままじろりとジェイスを睨み付けた。ジェイスの変な奴発言が看過できないようだ。
「ああッ? 当たり前だろ、おめえらの他に誰がいんだよ!」
ジェイスが負けじと言い返すが、シュウは怯まない。
「はあ〜ッ⁉ いるでしょ、ほらそこに! そこのメガネ女の方が僕らよりもよっぽど変だと思うけど。あれは王子さまの知り合いじゃなかったっけッ!?」
シュウがフローレンスを無遠慮に指差す。
「う……ぐ」
「そこは言い返さないんですねジェイスさん……」
ぐうの音も出ず言葉に詰まったジェイスに、ステファンは少し同情したような声を掛けた。
しかし当の話題に上げられた本人は、何のことやらよく分かっていないのか、おかわりしたコーヒーをずるずるとすすっている。
「…しかし王子。今後、王子の存在が明るみになれば命を狙われる危険もありましょう。身を守る為に護衛は常に側に置いておかなければなりません。しかし現状、我々党員だけでは国王親衛隊から王子を守りきれない」
何やらもっともらしい事を言ってサイファスがジェイスをなだめた。
「だからってなんでコイツらなんだよ! 他にいねえのかッ⁉」
そうだ。よりによって何でゴルダなんだ。
「……オズバント。その浅黒い肌は代々王家に仕える武人の一族の証だろう? 一族の他の者に手を借りることはできないのか?」
不意にホルガルドが口を開いた。
どうやらサイファスやヘルミナが他のアルフ・アーウ人とは違う色の肌をしているのは、特別な一族であるからのようだ。
「確かに私はグラールの生まれでございます。しかし私以外のグラール人は皆、既に現国王のもとで王宮近衛として要職についております。彼らをこちら側に引き入れるのは、説得を試みたとしても無理でしょう。そう簡単に、一度与えられた任務を放棄することはしない。彼らと同じ一族だからこそ私には分かります……」
「じゃあ別の、もっと腕の良い傭兵を雇おうぜ! こんな鉄仮面とチビ助がいるような組織じゃ、ここのアホな親衛隊にも勝てねえだろ!」
もしかして鉄仮面って言うのは自分のことだろうか。別に否定はしないが。
いやそんなことより。
ジェイスの殺し屋組織なんかに頼りたくないと思う気持ちは理解できる。自分もそれには賛成だった。
しかし何だか嫌な予感が拭えない……。
「ちょーっと待った!!」
一際声を張り上げ、ゆらりとシュウは立ち上がった。
(……やっぱり)
予感が的中したスノウは頭をおさえた。
「今のは聞き捨てならないよ! 僕らがあのアホ親衛隊にも勝てないってッ? どうしてそんなこと分かるのさ!」
「見りゃわかんだろ! お前みたいなガキがいるような組織が勝てるわけねえって!」
ジェイスのその一言に、シュウの目の色が変わった。
クソッ、エセ王子。余計なことを言ってシュウを煽るな。こいつにガキは禁句なんだ。
事実、シュウはまだ子供だ。実年齢以上に幼いと感じる時がある。それは奴の生い立ちも大きく影響している。
シュウは幼少期、両親から虐待を受けていた。元締めに助け出されるまで、暗い部屋から一歩も外に出してもらえなかったという過去がある。それが原因で、年齢の割に精神面の発達が少々遅れているのだ。
この場合、一番嫌いな『ガキ』という言葉で馬鹿にされると余計に相手の嫌がることをやりたくなる。いや、やらない訳にはいかなくなる。
「はッ! やってやろうじゃん! 何にも知らずにコケにする組織がどれ程のもんか、アンタに見せてやるよ! じーさん! その話受けるよ!」
「おおッ! それは真ですか!」
「シュウッ! 何を勝手に決めているんだ! お前の一存で決められる事じゃないぞ!」
「スノウが決める事でもないでしょ!」
確かにその通りだ。
スノウは言い返せなかった。
スノウもシュウも、ゴルダの中では任務の実行者でしかない。
「要は元締めが了解すれば何の問題もないわけじゃん」
「それはそうだが……」
「別にスノウは参加しなくていいよ。僕一人でもやるからね!」
「お前一人でどうするっていうんだ」
「じゃあ手伝ってくれるわけッ?」
「そうは言ってない」
「だったら黙っててよッ!!」
物凄い剣幕で一蹴されてしまった。
「お二人とも、ここは我々のアジトではないのですから、揉めてもらっては困ります」
あんたが訳の分からないことを言い出すからだ。
スノウはうらめしい視線をサイファスに返した。
「シュウ殿の申し出はありがたいですが、それがあなた方の間の揉め事になってもらっては困ります。私はあなた方に、ゴルダとして仕事を依頼したいのです。もしお二人では決められないのであれば、一度、代表者に掛け合っては頂けないでしょうか?」
「元締めに?」
「はい。その元締めさんが断るということであれば私もこれ以上は言いません。他を当たることにします。スノウ殿、どうかお願いします!」
これはうんと言わなければ引きそうにないな。
スノウには何となく分かった。
こっちも真剣だが、サイファスとて遊びでやっているわけではない。
「……分かった。聞くだけ聞いてみよう」
正直この時の自分は、元締めがこんな仕事に手を出すはずがないと高を括っていた。
◆◇◆
ばさっと新聞を広げてソールは険しい顔をしながら紙面の隅に目を落とした。
薄汚れたぼろアパートのリビング。
以前住んでいた売れない漫画家が生活苦を理由に自殺したといういわくつきの為に、広さの割に格安で借りている部屋だ。
リビング以外に部屋は三つあり、その中の一番奥の部屋には怪我をした元締めが寝ている。
今は一日の大半をベッドの上で過ごしていて、起き上がることは滅多になかった。
「ふあ〜、おはよう」
起き抜けの寝ぼけ顔を引っさげたサンダースがリビングに現れた。
「あれ、セグレトは?」
「知らないわよ。部屋で寝てんじゃないの?」
「ベッドには居なかったけどなあ〜。珍しい、あいつ夜型人間なのに…」
「そういう日もあるわよ」
ソールがまったく視線を外さずに答えるので、サンダースはソールが見ている物が気になった。
「どうしたのソールちゃん。真剣な顔して新聞見て。なんか事件でもあった?」
「違うわよ。私が見てるのは求人欄」
「えっ! 更にバイトかけ持ちするつもりなの?」
そのサンダースの間抜け面に、ソールはため息と共に侮蔑の眼差しを食らわせた。
まったくこの男は。疑う余地のない馬鹿だ。
ここでの生活に馴染みすぎて、逃亡生活中であることを既に忘れている。
「あんたどうしようもないわね。私はスノウからの連絡がどこかに載ってないか見てたのよ」
仕事中を除いて、ソールたちゴルダの殺し屋は居場所を特定されないように通信機の類いを持っていない。
連絡を取りたい時は何社かの新聞の求人欄に、一見するとそれとは分からない暗号文を掲載するようにしているのだ。
「なんだあ。俺はてっきりまたバイト増やすのかと思っちゃったよ~。昼はパン屋で夜はビデオ屋。正直これ以上は無理だもんね~……」
「あ、メイド喫茶でウェイトレス募集してる」
「えッ、マジでッ!? 時給は!?」
「──あんた、完全に当初の目的を見失ってるわね……」
目を輝かせてのぞき込んで来るサンダースに、ソールは冷めた視線を突き刺した。
「うーん、ちょっと時給がなぁ…──ん…? あッ、ソールちゃん!! これッ!!」
サンダースが指した部分は、求人欄の隅の隅。
見落としそうなくらい小さい部分。
だがそれは、確実に──
「──ッ!! スノウからだ…!」
仲間からのメッセージだった。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
更にお話は「司令官はまつろわない3〜対決編〜」に続きます。そちらの方もよろしくお願い致します。
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