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司令官はまつろわない2〜逃亡編〜  作者: 綾部みね子
2章

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第25話 協力者2

「知らなかったなぁ、教授とジェイスさんが血縁者だったなんて…」


 ティーカップを口に運びながらステファンは呟いた。

 ここはバーなので昼間のこの時間は営業していないのだが、店主が気を利かせて温かいお茶を淹れてくれたのだ。


「──って言うか、ジェイスさんってアルフ・アーウ国人だったんですね」

「あ? …あ〜、そう言やあ言ってなかったっけか?」


 ステファンの向かいに座ったジェイスが言いながら間抜け面をヘルミナに向ける。

 ヘルミナは音もなくジェイスの側にやって来て床に片膝を付くと、ステファンに対して丁寧に頭を垂れた。


「申し訳ありませんギデラック博士。少々事情がありまして、当時、我々がアルフ・アーウ国人である事は隠しておりました」

「あ、いえ、そんな、いいんです。別に責めてるわけじゃなくて。ただ意外だったと言いますか、ジェイスさんはツルギの従兄妹かなんかだとばかり思っていたので──」

「まあ、俺とツルギが遠い親戚ってえのは間違ってねえんだけどな。その教授ってのが俺にとって一番近い血縁者らしいんだ」


 詳しい話をする為、さきほどまでヒメルが座っていた席にジェイスが座り、ヒメルと赤毛の女は別のテーブルに移った。

 フローレンスという名の赤毛の女もステファンと同じく協力者のはずなのだが、何故か話には加わらず別のテーブルに追いやられている。

 スノウはと言うと、悠長にテーブルに掛けてお茶を飲む気は無かったので、フロアに立ったままでいた。

 

「へえー、それで教授に会いたいってことなんですね。それは分かりましたけど、残念ながら一般の人は研究所の中には入れないんですよ。親衛隊の人たち、やたら人の出入りにうるさくて…。ボクたちだって、毎回許可を貰わないと外出もできないくらいですから。まあ仮に中に入れたとしても、教授に面会するのは難しいかも知れません。極端なほど人嫌いなところがあって、研究所内の他の学者ともほとんど会話をしない人なんです。放っておくと、自分の研究室からまったく出てこなくて、ボクもほとほと困ってるんですよ…」

「そこをなんとか頼むステファン。どうしても直接会って話がしたいんだ。オレたちが研究所の中に入る方法はないか?」

「それじゃあ…ダメもとで親衛隊に通行許可を申請してみますか…?」

「いや、それは出来ねえ。親衛隊に俺たちの居所がばれるのはマズい」

「えッ、なんでですか?」

「色々事情があるんだよッ、あとで話す。とにかく親衛隊に気付かれずに遺跡の中に入りたいんだ。頼むよステファン!」


 ジェイスに拝むように懇願され、少年は腕を組んで考え込んだ。


 この少年、ステファン・ギデラックは司令官の一つ年下だと先ほど紹介された。つまり十六歳だ。その若さで博士号を持つれっきとした考古学者なのだから、末恐ろしい少年である。

 司令官と一緒に学んでいた大学というのも、イルムガードにあるかなり有名な学校らしいのだが、スノウにはその大学の凄さはよく分からない。どうやら最高峰と言える学校らしい。

 彼はその大学に、十歳にして特別に入学を許された天才児なのだそうだ。

 ということは彼より一歳しか歳の違わない司令官は、十一歳でその大学に通っていたということになるわけで……。

 何だか本来の大学というものが何歳で通うのが普通なのかよく分からなくなる…。

 少年と一緒にいる、フローレンスと言うやけに片言のしゃべり方をする女性も同じ大学で一緒に学んだ仲間らしい。

 何故片言なのかという説明はなかったが、おそらく共通語圏の生まれではないのだろう。イルムガードやアルフ・アーウ以外の小国の中には、未だに共通語が浸透していない国がある。

 司令官が士官学校入学のため大学を中退した後も二人は変わらず在籍し、大学院へと進んだ訳だが、ステファン少年に比べると凡庸なフローレンスは、現在少年の助手のようなことをしているらしい。


「──そうだ! 丁度、新しい機材を入れるところだったんだ。それが結構大きい装置だから、そこに隠れてゲートを通過するってのはどうですか?」

「隠れるって…どうやって隠れるんだよ」

「中を上手くくり抜けば、大人でも四、五人は入れると思うんですよね」

「そんなことして大丈夫なのか? 入るはずの機材がなかったら、後でステファンたちが困るだろ?」


 いずれ必ず発覚する。そうなった時、ステファンの立場が危うくなりはしないか。それを心配してかジェイスが尋ねる。しかしステファンは深刻な表情などまったく見せず、寧ろ笑っている。


「大丈夫大丈夫。様子を見て本物はちゃんと入れます。親衛隊の人たちは研究の細かい内容までは関与していないから、機材が故障したとか言えば、すぐに同じ物を納入させても不審には思われないはずです。問題はゲートを通る時の荷物検査なんですよね…」

「どうやって切り抜けるの?」


 司令官に問い掛けられ、ステファンは「そうだなあ~」とあごをさすりながら眉を寄せた。それから何か思いついたのか、顔を上げ司令官を見る。


「やっぱりここは、フローレンスにオトリになってもらうのがいいんじゃないかな。彼女は研究所内でも変人って有名だから、親衛隊の人たちも近寄ってこないんだ。門番が何か言ってきたら彼女を突撃させて何とか気をそらせば、その間に通過できるかも……」


 そう言ってからフローレンスの姿を探すステファン。それを真似て、司令官とジェイスも視線をそちらにやる。

 スノウも黙ったままフロアを見回し赤毛頭を探すと、フローレンスは別のテーブルにヒメルと向かい合って掛けて、何やら話している。


「…アナタもしかして日本人デースカ?」

「えッ? あ、はい…そうですけど…?」


 フローレンスが力を込めてヒメルの手を握った。何かに感激しているような表情でテーブルの上に身を乗り出す。


「オウッ、素晴らしい! でも、黒髪じゃナーイ…どうして?」

「あー、これは染めてるんです」

「染め…テル…?」

「カラーリングですよ。でもだいぶ色も抜けてきちゃってるんで、また染め直さないと──」 

「アナタ一体何考えテルッ!? せっかくの黒髪を染めるナンテ、日本人冒涜するつもりカーッ!!」

「ええッ? いきなりなに?」


 突然怒りだしたフローレンスにヒメルが引いている。そんなやり取りを見ていたジェイスが少年博士に顔を戻した。


「おい、アイツに任せて大丈夫か?」


 先行きに不安を感じたらしい。しかしステファンはへらりと笑顔を浮かべた。


「大丈夫ですよ。フローレンスは見た目ほど制御不能な訳でもないんで」

「あれで…?」

「いいよ、やってみようよ! なんかあたし、フローレンスならミラクルが起きる気がするー!」


 キラキラと目を輝かせる司令官。

 ミラクルという言葉が何を意味して言っているのかイマイチよく分からないが、本来なら緻密に計算して立てられるはずの作戦行動に奇跡を期待するようでは、指揮官としては致命的である。まあ、それを嘆いたところで今に始まったことではないが…。


 スノウは諦めたように一度ため息を吐いてから口を開いた。


「ミラクルはともかく、機材に隠れるというのは良いかもしれません。遺跡の関係者が一緒にいれば親衛隊もそこまで警戒はしないでしょう」

「うんうん、そうだね!」


 そう言って、司令官はステファンに向き直る。


「ステファン、あたしたちに協力してくれる?」


 少しだけ上目遣いで哀願するよう言う司令官に、ステファン少年は顔を赤らめて一瞬固まった。おそらく彼女に見惚れていたのだろう。

 こういう時の司令官は、自覚無しに相手の庇護欲を刺激してくる。その結果、周りの人間は彼女に振り回されることになるのだ。


「──も、もちろん協力するよ。当たり前じゃないか、ボクが出来ることなら何だって!」


 惚けていたのを誤魔化すようにステファンは早口で言った。


「サイファス、人選はどうする?」


 スノウが隣で同じように立ったまま話を聞いていたサイファスにそう問うと、彼は落ち着いた低い声で答える。


「王子と私、それ以外は任せます」

「じゃあ、そこに俺とシュウだな。あとは──」

「ええッ、あたしはッ!?」


 突然、司令官は勢い良く手を挙げた。


「司令官はアジトで待機していて下さい」

「やだッ、あたしも行きたい。古代文明の遺跡を見てみたいもん!」


 またこの少女は。観光に行くとでも思っているのだろうか。


「駄目です。これは遊びではありません」

「いいじゃない。似たようなもんだよ」

「おまっ、銀狼党の命運がかかってるって時に似たようなもんって…!」


 そう嘆くジェイスに目もくれず、司令官は祈るように胸の前で手を組んだ。


「お願いスノウ、あたしも行きたい。あたしだって役に立つから。ね、いいでしょ?」


 そう言って今度はこちらに向け上目遣いで見上げてくる。

 こういう時の司令官は、本当に自覚無しに相手の庇護欲を……


「……」


 スノウは沈黙の後、観念して大きく息を吐いた。


「……単独行動は絶対にしないと約束出来ますか?」

「うん、約束するッ!」


 あっさりとこちらの条件を了承する司令官。あまりにあっさりし過ぎていて、その言葉を信じていいものかどうか不安になる。


 手を挙げた動機は置いておくとして、役に立つという少女の主張は確かに一理ある。

 司令官は魔女だ。

 魔女は人間を超越した存在。姿さえ自由に変えられるのだ。いざという時の切り札にするには十分だろう。

 ただ、司令官と他の二人の魔女たちを制御する事が出来たら、の話だが。


「分かりました。では司令官も同行ということで」

「おいおい、本気かッ?」

「まあまあジェイスさん。そんなに心配しなくても。ボクもいるし」


 ステファンは年齢で言えば一番若いのだが、ジェイスには司令官よりもよほど信頼が置けるらしい。納得したようにその言葉を聞いて奴は黙った。


「ステファン殿。我々にも何か出来る事があれば何なりと言ってくだされ」


 サイファスが胸に手をあてながら進み出た。

 ステファンはサイファスと初めて顔を合わせた先刻、顔を見るなり怯えるような態度を見せた。

 大方、元々の強面と更にその上の傷のせいでマフィアのボスにでも見えたのだろう。しかし司令官にヘルミナの父親だと紹介されて安心したのか、今は怖がる様子はなく、あごに手を当て少し考えてから口を開いた。


「機材のダミーを作るので人手が少し。あと輸送用の車、それと人数分の作業服みたいのがあるといいですね」

「わかりました。さっそく準備いたしましょう」


 そう言ってサイファスが直ぐさま向きを変え店を出て行った。


「ジェイス様。私も手伝いに行ってよろしいでしょうか?」

「あっ、ああ。頼む」


 ヘルミナは主人であるジェイスの了解を得ると、サイファスの後を追って店を出て行った。

 オズバント親子の姿を見送ったところで、楽しそうに含み笑いをしながらステファンが司令官に向かって言った。


「なんか久々に、ちょっとワクワクしてきたかも……」

「あたしも。何か大学の時を思い出すよね」


 そう言って司令官も笑顔を見せた。

 一体どんなキャンパスライフを送ったのか、聞いて良いものかどうか迷う。


 一方フロアの一画では、まだヒメルとフローレンスが奇妙な会話を続けている。


「ワタシ日本人の黒髪に憧れて黒くしたことアリマース!」

「ええー、フローレンスさんのその髪色良いじゃないですかー」

「でもあんまり黒くならなかったヨ。だからカツラ買いまーシタ」

「カツラ? ウィッグってこと?」

「イエ、日本髪カツラデース」

「日本髪って、時代劇とかでかぶるあれッ?」

「ハイ、花魁風はちょっと重いヨ。出掛けるときは町娘風にシテマース」

「カツラ被って出掛けてるのッ?」

「ワタシこの街で一番目立ちマース。有名人ネ。どこに行ってもすぐに覚えてもらえマース」

「そりゃそんなの見たら忘れられないよ……」


(どいつもこいつも……)


 何とも緊張感の無いこの現状に、スノウはため息を漏らした。





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