第24話 協力者
スノウは苛立っていた。
逃亡先でも相変わらず面倒なことは任されるし、そして相変わらず、司令官は言うことを聞いてくれない。
今日もまた、彼女はこちらの制止も聞かずにヒメルと一緒に街に出掛けて行ってしまった。
危険なので(外的な意味ではなく彼女自身が)隠れ家の外に出るのは控えてください、と進言したにも関わらず、まったく聞き入れる様子のない司令官に、途中から説得するのも諦めたスノウは、シュウを同行させるという妥協案を提案した。
少しも隠す気なく面倒臭そうな顔をするシュウを視界に入れずに、スノウは司令官をなんとか納得させる。
しかしシュウだけでは少々心許ないと思っていた所に、ヘルミナが道案内役をかって出てくれたので、まさに渡りに船と話は落ち着いたのは良かったのだが、他ならぬあの少女のことだ。何かこちらの予想の上を行く事をやらかすのではないかと、今も気が気ではない。
本当の事を言えば同行したかったのだが、スノウはサイファスに頼まれた件をさっさと終らせるため、今日も彼らと会議をしなければならなかった。
しかしそのせいで、スノウは更に苛立つ事になった。
先日の自室立て籠り事件以来、よく分からない自信を身に付けたジェイスと、こうして顔を付き合わさなければならなくなったのだ。
スノウの知る順で、ガンデルク基地の料理長から、ハインロット家の居候、さらにはアルフ・アーウの王子と、その変遷たるや目まぐるしいばかりのこの男は、司令官を守る為、さらにレジスタンス組織『銀狼党』の代表者となる道を選んだらしい。
そうすることで『守られる』立場から『守る』立場になったと思っているようだ。
確かに現国王を退かせ自分が国王となれば、司令官を略取しようとする親衛隊に直接命令を下し、その行為を止めさせることが出来るかもしれない。
しかしスノウには、それで魔女ルディアが司令官を完全に諦めるとは思えないのだ。
だいたいこいつは、政権争いの火種は自分自身だということを自覚しきれていない。司令官を守る事が第一の目的なのだったら、今の立場で彼女の側にいる事自体、余計に彼女を危険に巻き込んでいることにはならないか。それがまずスノウには気に入らないのだ。
他にもやたらと不遜な態度も気に入らないのだが、ただこちらもプロなので、向かい合っていてもその感情を表に出すことは決してしないつもりだ。これは仕事だ。そう思えば大したことはない。
「しっかし、ただの遺跡にこんだけの監視カメラとセンサーはやり過ぎじゃねえか?」
テーブルに広げた見取図に目を落としながらジェイスは言った。すると奴の側に控えるサイファスが、自らが提示した資料に補足的な説明を入れた。
「偵察班の報告では、これに加えて親衛隊の兵士が常時見回りをしているとのことです。施設内への出入りは中央にあるこのゲートのみで、守衛が常駐しています。ゲートを通過するには許可証の確認と荷物検査を受けなければなりません」
「やたら厳重だな。なんかやべえ物でも隠してんじゃねえのか?」
「ただの遺跡ではないのかもな……」
「そうなのです。歴史的な価値はあるのかも知れませんが、所詮は遺跡です。親衛隊がわざわざ警備を任される理由がわかりません。しかし実際に、親衛隊が警備をするようになってからは、関係者以外の立ち入りを一切禁じています」
サイファスが少し興奮気味に言うと、ジェイスは不意に顔を上げスノウに向かって問うた。
「ぶっちゃけ殺し屋のお前なら、侵入しようと思えば結構行けんじゃねえのか?」
簡単に言うな。と返したいところだが、司令官が気になるのでさっさとこの場をお開きにしたいスノウは、いちいち噛み付かずにさらりと流すことにした。
「なりふり構わなくていいんだったら行けるだろうな。だがそれでは困るんだろ?」
そう答えてサイファスの方を見やる。
「困る?」
ジェイスも怪訝な表情でサイファスを振り返ると、彼はうーんと唸り声を上げた。
「警備装置を破壊して侵入すれば痕跡が残ってしまいます。親衛隊が今以上に警戒を厳しくしてしまっては、以前私と接触のあったローゼス侯爵に疑いの目が向けられてしまうかもしれない。それは避けなければなりません。我々の目的は遺跡へ侵入することではなく、親衛隊に気付かれることなくローゼス侯爵に接触する事ですから」
「力ずくで侵入する訳にもいかねえってことか……。だったら、またヒメルを助けた時みたいに──」
「あれは司令官が公邸の内部を正確に把握出来ていたから可能だっただけだ。今回とは状況が違う」
「なんだよイチイチ文句付けやがって! だったらどうすりゃあいいんだよ!」
「だからそれを今話し合っているんだろ」
「ああッ? お前スカしてんじゃねえぞッ!」
「お、王子ッ──」
殴り掛かる勢いで身を乗り出してくるジェイスを、スノウは睨み付ける。
誤解の無いように言うが、決して感情的になっているわけではない。いたって普通だ。にも関わらず、何を勘違いしているのかサイファスは慌てて仲裁に入ってきた。
「落ち着いてくださいお二人とも!」
「俺は落ち着いている」
「やっぱお前だけは気に入らねえ! 表出ろやぁ!」
「こんな寒い土地でわざわざ外に出る馬鹿がいるか」
「なんだとーッ⁉」
更にヒートアップするジェイスを宥めようとするも、出来ずにおろおろし始めるサイファス。
こんな思慮にかける男を主人として敬わなければならないとは、少し同情する。
やんのかこらぁ、などと喚くジェイスを視界から排除し、代わりにスノウが憐れむ気持ちでサイファスを見ていると、思いがけずどこかで電話が鳴った。
あえてレトロな呼び鈴の音を着信音にしたその携帯電話はサイファスの物らしい。胸ポケットから取り出すと少し目をみはってから耳にあてた。
「どうした。何かあったのか?」
サイファスの親しげな口調からして、電話の相手はおそらく娘のヘルミナだろう。彼女は今、司令官と共に街に出掛けているはずである。
「……なんだって? それは本当かッ?」
「どうした。ヘルミナからの電話か?」
驚いた様子で電話の相手に問うサイファスを不審に思い、スノウは尋ねた。するとサイファスは向こうに言われた言葉をそのまま伝言しているのか、抑揚のない声で呟く。
「……協力者が見つかったそうです──」
「協力者?」
◇◆◇
司令官たちと落ち合った場所は、閑散とした歓楽街の一画。
雑居ビルの地下一階にある古ぼけたバーだった。ここの店主は銀狼党の支援者らしい。
『準備中』の看板が引っ掛けられたドアの前にはヘルミナが立っていた。
「父上。突然お呼びだてして申し訳ありません」
「それはよい。それよりどういう事だ?」
恐縮するヘルミナにサイファスが声を掛けると、娘のヘルミナは「それが…」と言い淀み、取り敢えず中に入るように促した。
まずサイファスが店内に入り、それに続いてジェイス、スノウの順に店の中に足を踏み入れた。
まだ開店前なので店内に客はいない。それどころか準備もまだなのか、フロアに並べられた丸テーブルの上には椅子が逆さまに乗せられたままになっている。
入り口から入って左手のカウンターには店主とおぼしき初老のバーテンダーが立っていて、サイファスに向かって目配せした。奥へどうぞと言うことらしい。
そのカウンターテーブルにはシュウが頬杖を付いて座っていて、スノウの姿を認めるなり小声で言った。
「また変な奴が増えたよ」
「何の話だ……?」
掛けられた言葉の意味が分からずスノウは眉を寄せる。
シュウが視線で指し示した方を見ると、店の奥のボックス席に司令官たちは座っていた。
並んで座る司令官とヒメルの対面の長椅子には、見慣れない二人の男女が座っている。薄茶色のふわふわした髪の少年と、その奥には赤髪のボサボサ頭に分厚い眼鏡をした、おそらく女性と思われる人物。
「あ、副官!」
ヒメルが先にこちらに気付いて声を上げた。その声を聞いて、司令官もこちらを視界に入れる。
「この人がツルギの言ってた殺し屋だけど良い人?」
謎の少年がスノウを一瞥してから司令官に問うた。
知り合いだろうか。素直そうな屈託のない顔をしているが、司令官の名前を呼び捨てにしているあたり、関係性が少々気になる。
それにしても、いつの間に自分は『良い人』認定されたのか。
「うん、スノウって言うの」
少年は司令官からの答えを聞くと、じっとこちらを観察しはじめた。その視線には、敵意とはいかないまでも、あまり好意的ではないものを感じる。もちろんこの少年とは初めて会ったのだから、何か憎まれるようなことをしたはずもない。
一体何者だろうか……。
「協力者って誰かと思えば、ステファンじゃねえか!」
「あっ、ジェイスさん! お久しぶりです!」
ジェイスが明るい声で言い、司令官たちが座るボックス席の方に近付いて行った。
「──って、もしかしてそっちにいるのは……妖怪ヘビ女ッ! お前らまだつるんでんのかよッ!?」
ジェイスが言う妖怪ヘビ女とは、ステファンという名の少年の奥にいる、赤髪の女のことらしい。
「ひどいデース! ワタシがなんで妖怪なんデースカ!」
「そうだよジェイス! そんな言い方しなくてもいいじゃない! フローレンスはちょっと変わってるかも知れないけど普通のコだよ」
「どこが普通なんだッ! コイツはオレが作ったホールケーキをヘビみたいに一人で丸ごと飲み込みやがった奴だぞッ!? 人生最高の出来だったのにッ‼」
「そう言えばそんなこともあったね~。ツルギの誕生日会だったっけ?」
懐かしむように目を細めてステファンが言った。
どうやらこの二人はジェイスとも顔見知りのようで、更にうるさい奴が加わった思い出話は、満開に咲きそうな気配を見せた。
その騒がしさと状況の不明瞭さにスノウが黙して眉間にしわを寄せていると、見かねたヘルミナがすっと近寄ってきて、スノウとサイファスに対し詳しい説明がなされない事を詫びるように言った。
「このお二人はツルギさんの学生時代のご友人で、ステファン・ギデラックさんとイライザ・フローレンスさんです」
「ほう、ツルギ殿の。では、二人ともイルムガード国人?」
「フローレンスさんは違いますが、ステファンさんはそうです。現在はお二人とも考古学者をされているそうです」
「考古学者?」
スノウはもう一度謎の二人組の方を見た。
赤い髪の女はビンの底のような眼鏡で、確かに本ばかり読んでいそうな感じはするが、もう一人の少年からは、学者という雰囲気はまるで感じとれない。年齢も司令官と同じくらいではないだろうか。だが、爽やかなピンストライプのシャツを着こなした姿は、見た目の割には落ち着いた出で立ちで、上流家庭の子息といった感じだった。
「随分とお若く見えますが学者さまとは素晴らしい。して、この方たちが協力者とはどういうことですかな?」
サイファスが尋ねると、司令官は一瞬ポカンとした表情をした。学生時代の思い出話に花が咲きすぎて、スノウたちをここに呼んだ理由を早くも忘れていた様だ。
「ああ、そうそう! ステファンたち、いまハーデス山の中にある考古学研究所で仕事してるんだって! で、話聞いてるとその研究所って言うのが例の侯爵さまがいる遺跡みたいなの!」
「ちょっ、一応ボクたちがどこで何の研究してるかとか、関係者以外には喋っちゃいけないことになってるから、ここだけの話にしてよね」
慌てたようにステファンが口を挟む。
「マジかッ!? そりゃあいいや。ステファン、協力してくれ!」
「ええッ? 協力ッ? まあ協力するのは構わないけど……、いや、内容によるかな…。何をするつもりなの?」
過去に司令官に振り回された経験でもあるのか、少し警戒するようにステファン少年は問うた。
「ローゼス侯爵って知ってる?」
「ローゼス? ああ、教授のことだよね」
「教授?」
「ホルガルド教授のことでしょ? 確かフルネームはホルガルド・シグリア・ローゼス、だったかな。一応、あの人、この国では有名な大貴族で、領主さまらしいんだけど、それらしく仕事してるところなんか見たことないよ」
「ふーん、そうなんだ。まあ何でもいいけど。とにかく、あたしたちその人に会いたいの」
ステファンは訝しげにフローレンスと顔を見合わせた。
「会うだけでいいの? 教授の研究に興味があるとかじゃなくて?」
「研究って古代文明の研究? まあ、ちょっと興味はあるけど…。でも今回はそれじゃなくて、その人ね、ジェイスの叔父さんらしいの」
「叔父さん? 教授がジェイスさんの?」
心底意外そうな顔でステファンは呟いた。




