第21話 黒幕2
それは、不思議とぽっかり空いた時間だった。
皆一様に思考が停止しているのか喋りだそうとしない。
いま目前で偉そうにソファーに腰掛ける男ジェイスが、実はアルフ・アーウ国の王子であるという事実。
そう言えば、知る必要はないと思いシュウには語っていなかった。
ヒメルにいたっては語ることすら完全に忘れていたのだ。
サイファスがどう言うことだと言いたげな顔をして娘をうかがう。ヘルミナはしまったという表情で苦笑いした。
「そうでした。お二人はご存知ないのでしたね。ジェイス様は訳あって身分を偽っておりましたが、アルフ・アーウの先代国王ガンルーク二世陛下の孫、ジェラルド・イルーク王子なのです」
シュウとヒメルは揃って口を開けたまま驚いているが、スノウは既にその段階は通過しているので、話を元に戻そうとサイファスに向かって問うた。
「それで? その黒幕であるローゼス候爵のことを、関係のない俺たちにまで話して聞かせたあんたの目的は何なんだ?」
スノウはもちろん司令官やヒメルにとって、銀狼党の黒幕が誰であろうと関係がない。帝国の手から逃れることができれば、その庇護者は言ってしまえば誰でもいいのだ。
地下組織である銀狼党にとっても、部外者に必要以上に詮索されるのは好ましくないはずだ。それでもこの場に呼んで話したということは、その行為に何か意図があるということだ。
スノウがナイフを突き刺すように核心を突くと、サイファスは言いにくそうに眉の端を下げながら頭を掻いた。
「さすがはスノウ殿。敵いませんな……。本来であれば候爵をここにお連れし、王子と対面を果たして頂くところなのですが、候爵は〜……まあ、何と申しますか、少々変わったお方でしてな。貴族らしくないと申しますか……、貴族でありながら著名な考古学者でもあります。ですがあまり人前に出ることを好まれる方ではなく……」
「シュウ君! 料理長が王子様だってッ!」
「ローゼス候爵は亡命していた王子が帰国したことは知っているのか?」
「いきなり王子なんて言われても信じらんない。実はマフィアのドンの息子とか言ってもらった方がまだ分かるよ」
「悪かったなガラが悪くて!」
「もちろん書簡はすぐに送りました。ですがいまだに返信がないのです。届いていないということはないと思うのですが……」
「──っていうかあんた、なんで王子なのにあの政治家の所で家政婦みたいなことしてんのさ」
「しょうがねぇだろ! 他にやるヤツがいなかったんだから!」
「王子様に家事をさせるなんて、ユリス氏って何者ですか?」
「最初から思ってたけど、あの政治家ただ者じゃないよね」
「確かにやっさんはただ者じゃねえな」
「お前ら話の邪魔をするなッ!」
スノウは我慢できずに思わず声を張った。
確かにユリスは色んな意味でただ者ではないが、奴のことはこの際どうでもいい。
サイファスはまだ、話の核心にすら辿りついていないのだ。
「向こうが来られないんだったら、こっちから会いに行けばいいんでしょ? その人に」
突然、司令官が事もなげに言った。
そうだ。こちらから会いに行けばいい。簡単な話なのだ。だがそこには何かしらの問題がある。だからこそサイファスは人を集めてまでこんな話をしているのではないか。
「はい。おっしゃるとおり、王子の方から候爵のもとに出向けばいい。それが一番確実な方法です。ですが、それが今は出来ない状況なのです」
「えー? なんで?」
司令官がそう尋ねると、サイファスは厳つい顔を一層険しくした。
「先ほども申しましたように、候爵は考古学者という顔もお持ちです。現在もハーデス山の山中にある研究所で遺跡の発掘作業中なのですが、その遺跡が国王の親衛隊によって厳重に管理されているため、我々ではまったく近付けないのです」
「親衛隊?」
ヒメルが司令長官公邸でトーマから聞き出した呼び名と同じものがサイファスの口から飛び出し、スノウは眉を寄せた。ヒメルの話では、トーマ自身も恐らくこの組織の人間ではないかと言うのだ。
「サイファス、その部隊にトーマ・スエサキと言う男がいないか?」
「トーマ……? さあ、我々も隊員個人の名前までは把握しておりません。ただ、国王親衛隊は国中から優秀な軍人を集めて組織された国王直属の部隊です。国王の護衛は勿論、特命を与えられ様々な任務を遂行します。遺跡の管理もその一つ──」
「国王の親衛隊なのに遺跡の管理するの?」
訝しげに首を傾げて、司令官は彫刻のような自身の顎に指をあてた。
確かに、『親衛隊』と『遺跡』という名称は、あまりにもかけ離れたように思える。
「実際に発掘作業をしているのはローゼス候爵率いる遺跡調査団です。親衛隊はその発掘現場を含む研究施設の警備をしているのです」
「なんの遺跡なの?」
「詳しくは分かりません。現国王政府が明かしていないので。その土地の古い言い伝えでは、滅亡した文明がその場所にあったと伝わっているくらいです」
「文明?」
「古代文明ということですかな」
「古代文明ッ!?」
司令官は何故か目を輝かせているが、スノウはどうにも嫌な予感がしてきて仕方がない。
「結局あんたが言いたいのは、遺跡にいる候爵に王子を会わせたいが、そこには国王の親衛隊がいて中に入れない。どうにかして忍び込むには自分たちだけでは不安だから、俺たちにも協力をしろってことか?」
人の良さそうな体をしてしっかりと要求はしてくるサイファスを、じと目で睨みながらスノウは問うた。だいたいそんな事だろうとは途中から察しがついた。
「おお、さすがスノウ殿。仰るとおりです! いやぁ何分、私は親衛隊に顔が割れてしまっていて、正面からでは遺跡に入る事ができませんで……」
そう言ってサイファスは苦笑しながら頭をかく。協力などと言わず陣頭に立てという事らしい。
銀狼党には他に戦力になる人間はいないのか。スノウは壁に寄り掛かったままあさっての方向に溜め息を吐いた。
「どうです? やっていただけますかな?」
「……仕方ない。こっちも世話になっている身で、嫌とは言えない」
その答えを聞いて、サイファスはにっこりと屈託なく笑う。
「話はそれで終わりなのか?」
そう問い掛けると、サイファスは真顔に戻り、一度深く息をしてから口を開いた。
「いえいえ、今までのはまあ、ついでです。本題はここから……」
それまでの穏やかな表情とは打って変わって真剣な顔付きをしたサイファスは、ジェイスの足元に膝をつくと、恭しく頭を下げた。
「このサイファス、王子にお願いがございます」
ジェイスは無言のまま、足元に跪いたサイファスを見下ろしている。
「どうか王子に、銀狼党の党首となっていただきたいのです!」
そう言うと、サイファスは真っ直ぐにジェイスの湖面のような瞳の奥を見た。
「先代国王、王妃ばかりか、父君、母君をも手にかけた憎きヘンリークを、今こそ玉座から引きずり下ろす時です! 王子が銀狼党を率いて現国王政府に反旗を翻すのなら、ローゼス候爵も必ずや王子の後ろ盾となりましょう! 我ら親子とていかように使っていただいても構いません。我らだけではない。銀狼党の志を同じくする者は皆、王子の為に死ぬ覚悟でございます! どうか我らを導き、アルフ・アーウの希望の光となって頂きたいのです!」
ユリスが言っていた、ジェイスが生まれながらに背負った宿命とはこの事か。
現国王よりも正当な王位継承権を持つ王子であるという事実。
それは、ジェイス自身にはどうすることもできないもの。それ以外の人生を選択する自由は彼にはない。宿命と言ったのはそういうことだろう。
スノウや司令官たちが固唾を飲んで見守る中、オズバント親子はジェイスの答えをじっと待っている。しかしジェイスは逡巡するように俯いたまま手元を見つめた。
突然のことに戸惑っているのだろうか。
ふと司令官を見ると、悲しげな表情でひたとジェイスを見つめていた。
睫毛に縁取られた琥珀が湿り気を帯びて揺れている。
(……司令官?)
急にどうしたのだろう。さっきまで明るい表情をしていたのに。
気になって少女の顔を除き込もうとした時、不意にソファーに掛けたジェイスが口を開いた。
「──死ぬ覚悟って、そんなこと簡単に言わないでくれ」
「ジェイス様……」
ふらりと立ち上がる主を、ヘルミナは不安げに見上げた。
「じいちゃんの仇を取るために、大叔父を討てって? 顔も分からない叔父と組んで?」
「王子──」
「もう肉親同士で争うのは止めようぜ。これ以上、血生臭いのは真っ平だ。イルムガードで、オレはずっと王家とは無縁の生活をしてた。ヘンリークもイルーク王子は死んだものと思ってるんだろ? ならそれでいいじゃないか」
「しかし王子! ヘンリークの王座はまがい物ですッ!」
そう食い下がるサイファスにジェイスは一瞥をくれると、冷たく言い放った。
「まがい物だからなんだってんだよッ! こんなオレが王になったって、それこそまがい物だろッ!?」
「ジェイス様! 何ということを仰るのですか! ──ジェイス様ッ? お待ちくださいッ!」
ジェイスは強制的に会話を終了させると、ヘルミナの制止も聞かずに部屋を出て行った。
追いかけてくる者を拒むようにバタンッと扉が閉められる。
「……申し訳ありません父上」
跪いたまま置き去りにされたサイファスに、ヘルミナは悲しげに頭を下げた。
「いや、お前のせいではない。わしが性急すぎただけ。王子が戸惑うのも無理はない。この国の現状をお分かりいただければ、考え直してくださるさ。時間を掛ければよいのだ」
力強くそう言って、サイファスは娘の肩に手を置いた。しかしヘルミナは少し曖昧に笑う。
「ジェイス様のもとに行ってきます」
それだけ言うと、ヘルミナは静かに部屋を出て行った。




