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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第91話 サディの名

「な、何ですかいきなり……そんなことするわけないでしょう!? 証拠……証拠はあるんですか?」


「おう、あるぞ」


 オラロワ支部長は手元の書類の束から、俺たちがよく目にしていたギルドの依頼書を数枚引っ張り出す。


「これ見ろ。依頼の内容は護衛や荷物の運搬だが、妙に報酬額が高い。中には10倍近いものもある」


「それは……募集している人数が多いからではありませんか?」


 オラロワ支部長は、依頼書から視線をそらしたレブラン副部長に、用紙を突きつけた。


「俺も最初はそう思ったが、この依頼、ほとんどがゴールドライン商会からだ。別名義のも多少はあるが……仲介者もなぜか商会になってる」


「それは……彼らの金払いがいいだけでしょう」


 レブラン副部長の向こうで、サディロスが険しい目でふたりを睨み付けているのが見える。


 のらりくらりとかわすレブランに苛つくこともなく、オラロワ支部長は係の職員にさっきの依頼書を手渡した。


 すぐに裁判長たちのもとへ運ばれ、彼らは慎重に中身を確認し始めた。


「俺が留守にしてたときがあったろ。あれは依頼書に署名してる連中に会いに行ってたんだ。ユウマには迷惑かけちまったけどな」


「……そ、そうだったんですか」


 チラリとこっちを振り返る支部長に、俺は軽く手を挙げてみせる。


「でもな……アイツら、ギルドで登録したこともねぇし、もちろんウチで働いたこともねぇって言うんだ」


「それは、本人が忘れているだけでは――」


 オラロワ支部長は腕を組んで片眉を吊り上げると、わざとらしく大きくうなずいた。


「ああ、確かにそうかもな。杖がなけりゃ歩けねぇぐらいの爺さんたちだったからよ。年取ると物忘れが酷くなるって言うもんな?」


 レブランはもう何の反応も見せず、ただうつむいたまま黙り込んでいた。

 額から汗がしたたり落ちるのを、ただ懸命に拭き取るだけだった。


「裁判長、これがふたつ目の証拠だ。依頼書に署名したヤツらに、実際に自分の名前を書かせてある。筆跡を確認してくれ」


 ハッと顔を上げたレブラン副部長は、また裁判官たちの元へ運ばれていく依頼書を憎らしそうに見つめながら、唇を強く噛みしめていた。

 

 キレアーノさんも支部長も、こういう証拠はずっと手元で管理していたらしい。

 セリナ村の訴えが握り潰されていたから、裁判だろうが信用なんてできるわけがない。


「これは……受取人がほとんど同じですね。しかも、どれも筆跡が同じだ。すぐに確認させましょう」


 裁判長が依頼書の束を職員に手渡すと、彼は奥の扉を開けて足早に法廷を出て行く。

 最初はあれだけ余裕そうだったサディロスとレブランは、今は汗を拭く暇もなく目だけを泳がせていた。


 アイツら、署名まで偽装してたのか……ずいぶん手が込んでるな。


 しばらく待っていると、さっきの職員が法廷内に戻ってきて、裁判長たちに小声で(ささや)いた。


「そうですか、分かりました」


 裁判長は職員がその場を離れるのを確認すると、真っ直ぐに証言台の方へ視線を向ける。


「これからさらに詳しく調べるそうですが、今のところ、依頼書にある署名は同じ人物が書いたものらしいと報告を受けました」


 その言葉に、レブランは膝から崩れ落ちそうなほど顔色を失った。

 俺は息をするのも忘れ、その光景をただ見つめていた。


「なぁ……結局、どういうことなんだ?」


 俺たちの後ろの傍聴席に座っていた男性が、隣の知り合いに小声で問いかけるのが聞こえてくる。


「……ゴールドライン商会が稼いだ怪しい金を、副部長が架空の依頼を発注して、綺麗な金に変えたってところかな」


「へぇ……そうなのか。でもよ、副部長もタダでやるわけないだろ?」

「そりゃそうだろうな。だからさっき、短剣の話が出てきただろ」


「ああ、なるほどなぁ……」


 質問した男性は妙に納得したような声を漏らすと、その後も静かにしろと制止する隣の知り合いに、しつこく説明を求め続けていた。


「……おい、オラロワ支部長がまた何か出すつもりみたいだぞ?」


 彼らはまるで舞台でも観ているかのように、固唾を呑んでその様子を見守った。


「ほとんどお前の仕業だと確定してるが、まだ他にもある……経費の請求書も水増ししてるな?」

「……オラロワ、これを」


 キレアーノさんは書類の中から、紐で綴じた分厚い紙束を取り出した。


「これはギルド経由の支出記録と、実際に処理された金の流れです。表向きは施設整備費、研修費、運営費など多岐にわたっています。ですが、不自然な額が繰り返し上乗せされている」


「上乗せですか。その資料もこちらへ」

「ええ、水増しです。よくある手口ですが」


 裁判長が促すと、キレアーノさんは係の職員に書類を手渡した。


 レブランの瞳には、すでに諦めの色が滲んでいる。

 でも俺は、なぜか驚いた様子のサディロスが気になって、ヤツから目を離せずにいた。


「ま、待ってください……私はただ、サディロスの命令に従っただけなんです」

「貴様……ワシは水増しなど知らん! 全てコイツが勝手にやったことだ!」


「被告、話す機会は後ほど与えますから、静かにしなさい」 


 裁判長の木槌が鋭く響くけど、いったん崩れた空気は、そう簡単に元には戻らない。

 

「やかましい! 貴様は黙ってろ!」


 サディロスが裁判長へ向かって怒鳴りつける。


「な、なんだと……!?」


 サディロスは、もう余裕も商人らしい笑みもかなぐり捨てていた。

 法廷は一瞬水を打ったように静まり、その直後ざわめきが一気に広がる。


 暴言に怒りをこらえて震える裁判長の横で、裁判官のひとりが警備に指示を出す。

 警備たちが腰の剣に手を掛けたところで、ようやく傍聴人たちは静かになった。


「それとお前なぁ……孤児院にまで手を出すなよ。人の心ってもんはないのか?」


 オラロワ支部長は頭をガシガシとかきながら、目の前のレブランに呆れ顔で言い放った。


「……孤児院というと、ギルドが代表して運営している施設ですね?」


 怒りを抑えきれない裁判長の代わりに、隣の裁判官が確認する。


「わ、私は命令されただけです。どうか話を聞いてください……」

「これを見ても、本当にそうだと言えますか?」


 キレアーノさんは机の上に置いていた帳簿を開き、2枚の紙を抜き出して裁判官たちへ向けて掲げた。


「こちらがギルドの支出記録。こちらが孤児院関連名目の費用。額の増え方が異常です。しかも同じ筆跡で修正が何度も入っている」


「そんなもの……私じゃなくても、いくらでも偽造できるでしょ――ぐあっ」


 反論したレブランの体が、呻き声とともに横へ吹き飛んだ。

 派手な音を立てて、俺たちのいる原告席側に激しく叩き付けられる。


「おい、レブラン! 大丈夫か!?」


 すぐに駆け寄ったオラロワ支部長が彼を抱き起こす。

 振り返った俺の視界に入ったのは、息を切らして拳を握り締める、サディロスの姿だった。


 ヤツは引きつったように口元を歪めると、狂ったように笑い始めた。


「は、ははは……貴様、レブラン! 孤児院には手を出すなとあれほど言っただろうが!」

「うわっ! おい、誰かコイツを止めろ!」


 飛びかかってきたサディロスに、レブランを抱えていたオラロワ支部長も巻き込まれ、激しく殴られ蹴られてしまう。


「警備! 早く止めんか!」

「は、はいっ!」


 我に返った裁判長が木槌を打ち鳴らして指示すると、慌てて警備が数名走り込んで来て、サディロスを押さえつけた。


 それでもヤツは抵抗を続けながら、裏返った声で力の限り叫ぶ。


「離せ、この野郎! お前だけは絶対に許せん!」

「被告は静かにしろと言っただろうが!」


 裁判長の木槌はついに机の端を叩き損ね、鈍い音を立てた。

 法廷の緊張感が、もう別の形で限界に近づいている。


 めちゃくちゃに暴れて、警備ともみ合うサディロスの服は破れ、ボタンがちぎれる。

 ヤツが腰に付けていた、小さな木片のようなものが放物線を描き、傍聴席まで弾き飛んでいった。


「静かにしろ! これ以降、勝手に発言した者は退廷させる!」


 裁判長の怒鳴り声で、法廷内は静まり返る。

 レブランは怯えたように、オラロワ支部長の背後へ身を寄せていた。


 サディロスは警備に両腕を押さえられたまま、被告席へと引き戻され、まだ何か言いたげに口を動かしていた。


「……お前、もしかしてサディか?」


 傍聴席から聞こえてきた言葉に、怒りをあらわにしていたサディロスの表情が変わった。

 振り返った俺が見たのは、さっきの小さな木片を手のひらに乗せ、立ち尽くすウタ爺さんの姿だった。

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