第90話 架空依頼
「ユウマさん! お久しぶりです」
「新人君……じゃなかった、リオ君って呼んでいい? 怪我が治ったみたいで良かったよ、安心した」
「静粛に! 静かにせんか!」
にこやかに挨拶を交わす俺たちの後ろでは、レブラン副部長の登場で騒がしくなった傍聴人たちを静めようと、裁判長が木槌を力の限り叩き付けながら、声を枯らして静粛を促している。
この裁判所は平民だろうが貴族だろうが、傍聴のための出入りは自由で、時間が過ぎるにつれ、少しずつ人の数が増えていた。
レブランが証言台に上がるのを渋っているその隙に、リオ君は俺のそばへ駆け寄ってくる。
あの頃と変わらない様子で、こっちまでその元気が伝染してくるようだった。
「リオでいいですって。ユウマさんにもらった煎じ薬を飲んだら、あっという間に良くなったんです」
「いや、俺こそこっちの事情に巻き込んで、本当に申し訳ないと思ってるよ。それに、証言しに来てくれてありがとう」
リオは、一時期は意識不明の重体だったけど、魔王の煎じ薬の効き目ってすごいんだな……。
「リオ。爺さんにもよろしく伝えておいてくれ」
「あ、はい! 分かりました」
俺たちの会話が途切れたところを見計らって、オラロワ支部長が声を掛ける。
「あれ……ふたりとも、知り合いだったんですか?」
「今は隠居してるが、こいつの爺さんは俺の上司だったんでな。『鉄壁のゴーケン』なんて二つ名を持ってたが、リオが生まれた年にあっさり冒険者を引退しちまった」
知らなかった……セルジオ神父もそうだけど、ベラティアの街って有能な人たちが集まってないか?
「何で爺さんの武器を借りなかったんだ? 今でも大事に保管してるだろ?」
「それが……冒険者として立つ心意気を見せろって言われて、貸してもらえなかったんです」
「なるほどなぁ……あの偏屈ジジイなら言いそうだ」
オラロワ支部長は苦笑すると、深くうなずいた。
その口元に浮かぶ笑みは、リオの祖父に向けたものか、まだ無駄な抵抗を続けている目の前のレブランに向けたものか……もしかしたら、その両方かもしれない。
証言台に立てば、もう逃げられない。
アイツが嫌がる気持ちも手に取るように分かる。
それだけサディロスとレブランには、暴かれたくないことが山ほどあるんだろう。
「武器はギルドで貸してもらえるって聞いていたので、用意していたお金は薬や他の物に回しちゃったんです」
「そうだったんだ……俺、今はイノール村で武器を作ってるから、もし良かったらいくつか送るよ?」
そのまま隣に腰を下ろしたリオへそう告げると、彼は驚いて目を大きく見開く。
「えっ……イノール村ってヒナタ印の!?」
「うん、そのぐらいはさせて欲しい」
「うわぁ、嬉しいです。楽しみに待ってますから!」
リオはテーブルの下で小さくガッツポーズをした。
喜んでくれてる……自分の選択を恨んだこともあったけど、イノール村に行って本当によかった。
「……おい、もうすぐ始まりそうだぞ?」
「あ、本当ですね」
送り先の話を済ませた俺とリオは、オラロワ支部長の声に顔を上げ、やっと観念した様子のレブランをじっと見つめた。
俺たちふたりにとっても因縁の相手だ。
奴は上等なコートを羽織ってはいるが、相変わらず痩せ細っていて、今は顔色も悪く、額には嫌な汗がにじんでいる。
一目で高価だと分かる腰の飾り紐が、レブランの懐事情を物語っているようだった。
「証人。氏名を述べてください」
「……レブラン・ヌヴァルスです」
渋々といった様子で裁判長の要請に応じたレブランは、蚊の鳴くような小さな声でボソリと名前を告げ、視線をそらす。
「ヌヴァルスさん、目の前にあるその短剣は、貴方が購入した物ですか?」
「……はい」
レブランは、裁判長の質問に素直に答えた。
彫金師に渡した受取証があるから、言い逃れできないことは理解してるんだろう。
「では、なぜ新人の冒険者に、ギルドの貸与品でもない高価な短剣を渡したんですか?」
「そ、それは……大事な品ではありましたが、若い冒険者の門出に力を貸したい気持ちもございました……ただ、薬を塗ったのは私ではありません」
塗ってないって、他に誰がそんなことするんだよ……自分で変なこと言ってるって気づかないのか?
その辺は裁判長も分かってるみたいで、立て続けにレブランを問い詰めていく。
「その短剣は、貴方が手渡す直前まで、どのように管理されていましたか?」
「私の机の引き出しに入れてありました……しかし、仕事で日に何度も席を離れていますから」
言葉に詰まりながらも、何だかんだと言い訳するレブランの額から、汗がしたたり落ちる。
「裁判長、私からも彼に質問して構いませんか?」
「ふむ、いいでしょう。原告側の尋問を許可します」
キレアーノさんが軽く手を挙げると、レブランに手を焼いていた裁判長はホッとしたような表情を浮かべる。
「……では確認します。ユウマさんから、国への報告書を預かりましたね? それをどのように処理しましたか?」
「えっ……いや、それは誤って紛失してしまいました」
レブランが裏返った声を上げ、苦し紛れの返答をするたびに、法廷内のざわつきはさらに大きくなる。
「おいおい、なくしたってどういうことだよ……いい加減すぎるだろ」
「だよなぁ。アイツ、本当は処分したんじゃないのか?」
書類はレブランが破棄したはずだけど、どうせ上に回したところで握りつぶされるからな……。
「『紛失しました』で済む話なのか? なんで俺に話が回ってきてねぇんだ、レブラン」
「そ、それは……忙しくて、つい忘れてしまいました」
腕組みしながら眺めていたオラロワ支部長が、苛立たしげに口を挟んだ。
「お前が持ち込んだ短剣が原因なのは事実だろうが。それを知らないと言い張るのは、無責任だろ。おい、答えてみろ」
「そ、それは私の失態でした……」
眉間にシワを寄せながら、キレアーノさんが迷惑そうな顔をして後ろを振り返る。
「……オラロワ、今は私が尋問しているんだ。もう少し我慢できないのか?」
「ああ、悪ぃ。俺も立場上、黙ってられねぇんだよ」
大きく息を吐き出したキレアーノさんは、気を取り直すとレブランの方に視線を向ける。
「では、これで私からの質問は最後にします。先ほどの短剣ですが、非常に高価なものでした。失礼ですが、購入代金はどこから捻出されたのですか?」
「……毎月少しずつ切り詰めて、貯めた金で購入しました」
「ほう……そこまで苦労して手に入れた短剣を、知り合ってすぐの冒険者に貸したのですか?」
「……将来有望な人材だと思って期待していたのです」
キレアーノさんは呆れたように苦笑し、裁判長に向かって声を張り上げた。
「では、この後はギルドのオラロワ支部長に交代します」
「分かりました。被告側、証人に質問はありますか?」
「……いや、ワシからは特にありませんな」
何だかんだ言っても、レブランは疑惑の状態のまま逃げ続けているから、サディロスからすれば余計なことを言って、やぶ蛇になるのを避けたいのかもしれない。
「……よし、やっと俺の出番が来たな」
「原告側、発言者は氏名を述べるように」
「ベラティア・ギルド支部長、オラロワ・トボス・メリケンサル」
支部長がレブランに歩み寄ると、ヤツはピクリと反応して肩を小さくすくめた。
彼は一筋縄ではいかないって、付き合いの短い俺でさえ分かる。
キレアーノさんと支部長が調べていた件については、金の流れだとは教えてもらったけど、それ以上詳しいことは知らない。
さっき見た調査書にも、詳しくは書かれていなかった。
ただ、オラロワ支部長の余裕ありげな表情と、キレアーノさんがあっさり引き下がった様子からして、ヤツらを追い詰める証拠を握っているんだろう。
「お前、架空の依頼をでっち上げて、サディロスの汚れた金を綺麗にしてやってただろ」
それって、マネロンってことだよな……!?




