第89話 副部長の名
「……ユウマさん」
「キレアーノさん、すみません。どうしても我慢できません」
彼は俺を見て苦笑すると、「仕方ないですね」と呟いて、静かに席に着いた。
「き、貴様……自分が何を言っているか、分かっておるのか!」
「もちろんです。俺たちは、小さな子供たちが両手足を縛られ、連れて行かれるのを見てるんですよ」
傍聴席から押し殺したような声が漏れる。
さっきまで必死に言い逃れしていたサディロスの顔からは、今度こそ本当に血の気が引いていく。
「なっ……嘘だ! ワシは……孤児院に多額の寄付をしておる。そんなことするわけがないだろうが!」
「では、納得できる説明をどうぞ。なぜ貴方が建てようとしている検問所に、子供たちがいたのか……あの場所は、隣の国との密輸に使われていた廃坑の上に建っているんです。知らないわけがないでしょう?」
「し、知らん! ワシはそのようなことに関わってはおらん!」
口ではそう言っているけど、あの落ち着きのなさは明らかに普通じゃない……額からは汗が滝のように流れている。
必死に頭を働かせてるだろうが、誰かに責任をなすりつけて逃げようなんて許さない。
「……原告。我々は正直なところ、貴方の発言に非常に驚き動揺しています。この件については新たに詳しく調査の上、判断することになるでしょう」
俺たちのやり取りを静かに聞いていた裁判長は、サディロスがさらに何か言い返そうとするのを手で制した。
「はい、真実が明らかになることを願っています……私が密輸を疑い始めたのは、あの不便な場所への彼の執着と、今は使われていない廃坑の扉の鍵が、何者かによって付け替えられていたからです」
法廷の傍聴人たちは俺が発言するたびにどよめき、さっき裁判長に注意されたことも忘れて口々に話し始める。
「おい……とんでもない話になってないか?」
「ああ、あのサディロスがな……でも聞き逃せねぇ」
「ちょっとアンタたち静かにしとくれよ。聞こえなくなっちまうだろ」
「おお、悪ぃな。見ろ、サディロスが何か言い出したぞ」
俺たちの誰かが口を開くたび、ざわめきは波のように広がっては、またじわりと静まっていく。
裁判長もそのたびに制止の声を挟むものの、さすがにこの展開では、法廷の空気を完全に抑え込むことはできないようだった。
「……ワシがやったという証拠でもあるのか!?」
「状況からそう判断しています。でも私を狙った盗賊たちからは、貴方の名前を何度も耳にしました。幌馬車を襲撃させた件では、火消しにずいぶん躍起になっていたそうじゃないですか」
「な、何だと……貴様、いい加減なことを言うな!」
サディロスの顔色は赤くなったり青くなったりと目まぐるしく変わり、さっきまでの余裕はもうどこにもなかった。
「原告、その件は今回の訴えに関係しますか?」
「はい、直接ではありませんが、すべて繋がっています」
考え込む裁判長は、周りの裁判官たちを呼び寄せると、長い時間をかけて話し合う。
あくまでもここは土地売買の契約についての裁判で、どこまで踏み込むか決めかねているのかもしれない。
相変わらず国王とジライ将軍は沈黙したままだったけど、口を出すのは簡単なのに、それをしないのは彼なりの誠意なんだろうか。
「……分かりました。それでは、このまま審理を進めましょう。原告側、続きを」
しばらくして席に戻った裁判長は、この件に最後まで向き合うと決めたようだった。
「はい。セリナ村の上流に向かった時ですが――」
俺がダムの件を出しても、サディロスは知らぬ存ぜぬで貫き通した。
野生の動物を呼び寄せたことも、廃坑を使ってダムの水を少しずつ抜いていたことも突きつけてやったら、目を丸くしてずいぶん驚いていた。
なんでちょっと感心してるんだよ……。
セリナ村の現状をギルド経由で国に報告するつもりだったこと、そして村の訴えがほとんど相手にされなかったことを伝えると、国王の表情が曇る。
彼が心を痛めていたってジライ将軍から聞いてはいたけど、レブランを引きずり出すために、どうしても避けては通れない。
「……怪我の原因となった、その新人冒険者の短剣は、今も手元にありますか?」
「ええ、持っています」
裁判長の質問に俺が答えると、傍聴席から聞き覚えのある声が上がる。
オラロワ支部長はいたずらっ子のように、ニヤリと笑って大きくうなずいた。
そりゃそうだろ……短剣は失くしたってギルドに報告してたんだから。
証拠がないと思ったら、大間違いだ。
「裁判長。ここからは私が代わりにお話します」
キレアーノさんが静かに立ち上がる。
控えめに一礼してから前へ進み出ると、持ってきていた書類の束から何枚か抜き出して係に渡した。
「ユウマさんは休んでいてください」
「はい、お願いします」
俺は自分の役割が終わったようで、ほんの少しだけほっとした。
それに、キレアーノさんに任せておけば大丈夫だろう。
「原告側は先ほどの話に出てきた冒険者を、証人として呼び出しています」
「いいでしょう、証人をこちらへ」
彼は扉の方へ振り返ると、片手を挙げて警備に合図を送る。
法廷内の全員が注目する中、開いた扉の向こうから新人君が入廷してきた。
「キレアーノさん、いつの間に……でも良かった、怪我がちゃんと治ってる」
イノール村に向かってからずっと顔を見られなかったけど、イデルさんに託した魔王の煎じ薬は効いたみたいだ。
俺に関わったせいであんな酷い目に遭ったのに、またこうやって証言に来てくれた。
ありがとう……会った時から分かっていたけど、君は底なしに良い人だ。
そしてようやく、君の名前も知ることができるんだな。
俺が感傷に浸っている間も、キレアーノさんは顔色ひとつ変えず、着々と準備を進めていた。
「証人、証言台へ」
「は、はいっ!」
向かいのサディロスは、キョトンとした顔で新人君を見つめている。
アイツは短剣の件について報告を受けているんだろうか……レブランに指示を出したのは間違いないだろうけど、新人君の顔までは知らないだろうし。
キレアーノさんは机の上の書類へ手を伸ばし、そのうちの1枚を抜き出した。
裁判長が、証言台に立つ彼へ視線を向けた。
「証人、まずは氏名を述べてください」
「は、はい。リオ・ルデルゴーケンです」
緊張しながらも答えた新人君の名前は、俺が想像していたよりも力強い何かを感じさせるものだった。
「では、原告側から尋問をお願いします」
「私は中央監察局灰印課、キレアーノ・エニー・ギルマップ調査官です。今から貴方にいくつか質問をしますので、正直に答えてください――」
リオ君の経歴や生い立ちを質問し終えたキレアーノさんは、ついに本題である短剣の話へと切り込んでいく。
「では、この短剣はご自分で用意されたのではなく、ギルドで貸し出されたのですね?」
「はい、そうです。武器を貸してもらえると聞いていましたので」
キレアーノさんの手には、あの腹立たしいほど派手に飾られた短剣が握られている。
彼らの質疑応答が進むにつれ、サディロスの表情は、ぼんやりした様子から次第に青ざめていった。
「――それで、ギルドの誰が、貴方にこの短剣を手渡したんですか?」
「副部長のレブランさんです」
その名前が出るのは分かっていただろうに、サディロスはレブランを探しているのか、追い詰められた獣みたいな目で辺りを見回していた。
「原告側は、この短剣に塗られていた、魔獣用の興奮剤を扱う商人をすでに特定しています。サディロスさん、あなたの商会でも取り扱っていますね?」
「……それを売っておるのは、ワシの所だけではない」
サディロスは一瞬たじろいだものの、まだ少しは冷静さを保っているようだった。
唇の端をわずかに引きつらせ、苛立たしげな声で答えた。
「この提出書類にも記載されていますが、いくつかの商会が関与しているようですね?」
「はい、裁判長。それと、短剣の入手先も調査しました。ソレハエルバの街の彫金師が作ったものだと判明しました」
キレアーノさんは、手元の書類から1枚また引き抜くと、係の職員に手渡した。
「……それは短剣の受取証で、本人の署名がしてあります。購入者はギルドのレブラン副部長でした」
法廷内の傍聴人たちは、裁判長が木槌を叩いて制止しても、いつまでもざわめいていた。
やっとここまで来た……アトーリオさんの気付きも、受付嬢コーデリアさんのあの一言も、偶然とはいえ、いつもギリギリの綱渡りだったな。
俺は少し冷えてきた指先を温めるように、何度も擦り合わせた。
「裁判長、ここでレブラン副部長の証言を求めます」
「この法廷に来ているんですか?」
「ええ、そこは任せてください。準備は万端にしてあるんでね」
そう答えたオラロワ支部長は、壁際で待機していた警備たちに合図を送る。
まるで最初から決まっていたかのように、彼らは無駄のない動きで傍聴席へ向かって行った。
「……これは、一体何のつもりですか?」
ふてぶてしい態度のレブランは眉間にシワを寄せ、口元をゆがめたまま姿を現した。




