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逆流者の旗  作者: 秋月 爽良


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第85話 開廷前の控え室

 無造作に重ねられた薪が、内側に赤い熱を残したまま、カランと音を立てて焼け落ちる。


 本格的な冬が近づくこの国の朝は、空気がひんやりとしている。

 けれど、いま俺たちがいる控え室の中は暖かかった。


 大きな窓から朝の光が差し込むこの部屋には、中央に置かれた大きめのローテーブルを囲むようにソファが並び、目の前にはグレオルドさんとギルドのオラロワ支部長が座っている。


「裁判が始まるまで、もう時間がねぇんだがな……アイツはまた遅刻か?」

「相変わらずなんですか? でもキレアーノさんらしいです」

  

 俺も裁判なんて初めてだし、しっかり手順を確認しておかないと。


 テーブルの上に広げた書類に目を通しながら、裁判の流れを何度も頭の中でなぞる。

 あれから検問所が越境していると判明して、もはやサディロス個人がどうにかできる状況じゃなくなった。


 グレオルドさんは、静かな横顔の奥に、張りつめた気配を漂わせていた。

 あの光景を見てから今日までの数日間、彼はほとんど口を開かなくなった。

 

 やるべきことは、もちろん分かってる……この裁判で、セリナ村の土地売買契約の無効を勝ち取ることだ。


 だけど、あの場で何もできなかった自分への歯痒さだけは、まだ胸の奥にトゲのように残っていた。


 そんな空気の中でも、落ち着きを失わなかったのはオラロワ支部長だけだった。

 窓の外をぼんやり見つめる穏やかな表情からは、場慣れした者だけが持つ余裕が感じられた。


「……そろそろ来るぞ」


 壁に掛かった時計を見て、オラロワ支部長がボソリと呟いた。


「何がですか……?」


 彼の言葉につられて、俺もぼんやりと時計の針を見つめていると、部屋の扉がノックもなく勢いよく開いた。


「スマン、遅れた」

「あ……キレアーノさん」


 足早に部屋へ入ってきた彼は、薄手のコートのボタンを全てきちんと留めていて、以前会ったときから特に変わった様子もない。

 

 そう言えば、オラロワ支部長も今日はボサボサの髪じゃないな……。


「……で、では私はこれで失礼いたします、ゲホッゲホッ」

「ああ、ありがとう」


 扉の横で軽く頭を下げる案内係の人は、ここまで連れてくるのに走らされたのか、息をきらし、むせていた。


 キレアーノさんは、無表情のまま軽く手を挙げると、俺たちの方へ急いで歩いてくる。


「な? 俺の読み通りだっただろ?」


「……ここへ来るのは初めてだからな。当然のことだろう」


 オラロワ支部長がからかうように口元を緩めると、キレアーノさんは眉をひそめた。

 彼の言い分は、いつもながら至極まっとうに聞こえてくるから不思議だ。


「お待たせして申し訳ない。ユウマさん、久しぶりですね」

「いえ。キレアーノさんが無事に到着できて良かったです」


 この人の場合、初めての場所に辿り着いただけで十分すぎるだろ。


「言葉に少し含みがあるようですが……まあ、いいでしょう。それから――」


 キレアーノさんは、胸ポケットから名刺を1枚取り出して差し出した。


「中央監察局・灰印(かいん)課のキレアーノ・エニー・ギルマップと申します。この度は、セリナ村の件に便乗させていただくようで心苦しいですが、どうぞよろしく」


「セリナ村、村長代理のグレオルド・ヘルダインです。こちらこそよろしく」


 挨拶を終えたふたりは、軽く握手を交わして静かにソファに座った。

 キレアーノさんは鞄を開け、分厚い書類の束をテーブルの上へ置くと、ようやく真っ直ぐに俺の方を見た。


「ユウマさんの手紙には驚きました……もし本当に施設が越境しているとなれば、国が動く可能性は高いでしょう」


 緊張した表情のグレオルドさんと顔を見合わせ、俺はほっと胸をなで下ろす。


「その様子だと、目印はもう見つけたようですね。受け取った手紙には、これから捜索すると書いてありましたが」


「ええ、ユウマさんたちの協力もあって、地中深く埋められた杭を見つけました」


 キレアーノさんは目を細め、深く息をついた。


「そうですか……この件は国同士の問題になりますから、まだ口外しない方がいいかもしれませんね。民衆の不安を煽りたくはないのです」


「……じゃあ、裁判中もこの件には触れない方がいいってことですか?」

「そうですね。たとえ契約の無効に時間がかかったとしても、この件で何とかできますから」


 キレアーノさんの言うことはもっともだけど、この裁判で決着をつけたい俺としては、つい暴露したくなる衝動に駆られる。


「……それから、他にも不思議なことがありましてね。少し前から調査がしやすくなったんです。ユウマさん、心当たりがあるんじゃないですか?」


 キレアーノさんは、少し困ったように眉尻を下げた。


「その……ジライ将軍と知り合う機会がありまして、お願いしてみたんです」


「将軍まで動かしたのか……まったく、お前は変なところで妙に抜け目がないな」

「褒め言葉ととっておきますよ、オラロワ支部長」

 

「なるほど、やっと理解できました」

「……すみませんキレアーノさん、勝手なことをして」


「ああ、いいえ。ずいぶん助かりました」


 苦笑する彼は、手元の書類を引き寄せて、何やら書き込んだ。

 オラロワ支部長は、彼の手元を覗き込む。


「それだけじゃねぇんだ、キレアーノ。他にも興味深い話がある」


 ◆


「……子供たち、ですか?」


 キレアーノさんは表情を曇らせ、しばらく沈黙した。

 俺はオラロワ支部長に促され、検問所で見た光景をできるだけ簡潔に伝える。

 

 夜になっても消えなかった松明と、妙に多い見張り。

 ぼろぼろの服を着て、手足を縛られたまま荷台に押し込まれていった子供たち。


 俺が言葉に詰まるたびに、グレオルドさんが代わりに説明してくれた。


「……サディロスは孤児院に多額の寄付をしています。あの男にしては珍しく、そこへ流れている金だけは、帳簿上きれいなんです」


 キレアーノさんは複雑そうな表情を浮かべた。


「孤児院ですか……それに、きれいとはどういう意味なんですか?」


「もちろん金の出所は、褒められたものではないでしょう。ですが、表向きは見返りを求めず、かなりの金額を納めていました。今の話と噛み合わないのですよ」


 サディロスが寄付だなんて……アイツがそんなことするのか?


「にわかに信じられないのは理解できます。孤児院に繋がるかどうかは、現時点では判断できませんが……調査する必要がありますね」


 キレアーノさんは、手元の書類を俺たちの方へ差し出す。


「これが私の調査結果です。現時点で判明している全てをまとめました。ぜひご覧ください」

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